070 Link - わたしたちは生きている
人の強みとは、知恵を次の世代に遺せることだ。
今の代では成し得なかった悲願を、その意志を受け継いだ若者が進歩させていく。
そして技術は継承され、進化する。
人は、己が想像した物語を書き綴った。
絵であったり、文章であったり、歌であったり、劇であったりと、様々な形で表される。
そしてそれらの積み重ねは、進化の果てに、次のステージへと至る。
世界の創造。
意思を持った駒を配置し、その世界を管理者として監視し、時に介入する、創作の新たな形である。
箱庭の中で、自らの意志を持って動く登場人物たち。
彼らが織りなす物語は、新たな娯楽として人々の心を満たした。
それはもはや、物語を綴るとか、想像を形にするとか、そのような次元ではなく――神として、世界を作り出すことに等しい。
そう、いつしか人は、神となったのだ。
身勝手に数多の世界を生み出し、時に幸福に、時に不幸に翻弄する、かつての神話に描かれた身勝手な神々に。
「あなたたちが私たちを作り物だと認識しようとも、そんなのは関係ない。私たちはこの世界に生きているの。必死に、何かを成し遂げて、誰かを愛するために!」
マーリンはアレンに告げる。
「だから、それは僕に与えられた役目に過ぎない! どうして僕が作った存在に、反抗されなくちゃならないんだ!」
一方でアレンは、彼なりの正論を叫ぶ。
「繰り返すわ、そんなのは関係ない。あなたは魔王というシステムを作り出し、この世界の命を翻弄した――いや、違うわね。私とハルシオンの運命を翻弄した。だから私は怒ってるの。ええ、そうよ、これは個人的な恨みだわ。そこに、相手がどう認識しているかとか、関係ある? 無いわよね?」
「そんなもので、お前らなんかに僕が殺されてたまるものかっ! 管理者権限で命じる、お前はこの場で消えろぉっ!」
アレンはマーリンに向けて手をかざし、そう叫んだ。
だが何も起きない。
確かにアレンは、神の見えざる手――この世に存在するあらゆる物体や法則を自由に書き換える力を行使したはずだった。
だが、マーリンは笑う。
「言わなかった? ここは神縛器サーヤの中。つまり神の力は使えない」
そう、ここは別空間だ。
神の力が及ばない――つまり、箱庭の中にありながら、箱庭の法則から隔離された異界である。
「ありえない……なぜそんなことができるんだ!? 作られた世界の中で、作られた命が、僕らに影響を与える道具を作り出すことなんて!」
「いくつもの想定外が積み重なった結果、ってことかしら。死んだ魂が存在できるこの領域。天才とされた私が300年も生き続けた事実。そして本来はばらけるはずだった全ての神器が一箇所に集まるというイレギュラー」
「だとしてもッ!」
「ふふっ、だとしても、何? 理由がどうであれ、根拠が何であれ、結果は変わらないわ。あなたはまんまと魔王に釣られて、ここに足を踏み入れた。そして――この世界に干渉するために魂魄となったあなたは、私の手によって具現化する」
マーリンはアレンに歩み寄ると、彼の肩に手を置いた。
「そう、触れられるのよ。この意味、わかる?」
「僕の存在が、同レベルにまで引き下げられている……まさか、まさか、まさかまさかまさかっ!」
「うふふふふ、いい顔ねぇ、神様。その様子だと、私がどうするつもりなのか、わかったみたいね」
アレンの顔が青ざめた。
それは彼が初めて、自分の創作物を、自分と同じ次元で動く“命”として認識した瞬間でもあった。
「今まで私たちの人生を翻弄してきた分、あなたには惨めに踊ってもらうわ」
マーリンは、アレンの頭の真横で、手のひらに魔力を集めた。
二人の存在が同レベルならば、まともに受ければ、アレンの頭は吹き飛ぶはずである。
「嫌だ……」
小刻みに首を振るアレン。
「そんなこと、認めるかあぁぁぁぁああッ!」
そしてマーリンの手を振り払うと、その足で逃げ出した。
さらに少し離れた地点から跳躍すると、何も無いように見える空――この空間と神器としてのサーヤの体内とを区切る壁に、全力で拳を振るう。
「逃げるんだ、僕は、ここからぁっ!」
バチッ! バチイィッ!
拳は壁に弾かれ、雷光を散らす。
この世界において、神は自由だ。
今はその能力のほとんどを制限されているとはいえ、振るう拳の力は相当なものだろう。
それでも突破できない、マーリンの作り出した壁。
アレンはとにかく必死で、なりふり構わず、今の自分が持ちうるあらゆる力を拳に込めてぶつけ続けた。
「うわあぁぁぁぁぁあああああああッ!!」
やがて彼の腕は見えない力を纏い、壁をぶちやぶった。
辛うじて通れる大きさの穴を、必死にくぐるアレン。
マーリンとハルシオンは、特に何をするでもなく、彼の姿を見上げていた。
「あれって大丈夫なの?」
「ええ、予想通りだもの。この空間に入ってきた時点で、あいつの力は随分と削がれていたわ。だから――私のとっておきのスペルも、問題なく適用されたはずよ」
「とっておき? まだ何かあったの!?」
「よく考えてみなさい、ハルシオン。私はね、あなたを生かした状態で魔王を始末するつもりだった」
「そうなったら……私とマーリンは、再会できないよね」
「そうよ。もちろん、また会えたらがっつり抱くつもりだった私としては、それじゃあ困るわけよね」
「だ、抱くって……えっと、じゃあ、どうするつもりだったの?」
「この場所から出ても、触れ合えるようにするだけよ。そのスペルをね、ここに立ち入った時点で、あの神様にかけてやったのよ」
そう言って、マーリンはアレンの開いた穴を見上げた。
すでに空間は傷の自己修復を始め、ほぼ塞がりつつある。
穴の向こうに広がっているのは、深い闇だ。
マーリンがいるこの空間は、その広い広い闇の一部を間借りしているだけである。
闇のどこかには、サーヤに力を与えている13個の神器も存在するだろう。
だがその他の部分は、延々と無が続くばかり。
「そのまま彷徨い続けるも良し。けれどそうはならない。あいつは必ず脱出して、そして――安堵と同時に、絶望を叩きつけられるでしょう」
◇◇◇
アレンはがむしゃらに走り回り、壁を貫いて、ようやく闇を抜けた。
「出口だ……! やった! 当然だよ、僕は逃げるんだ! こんな、自分が作った世界で、自分が作った駒に殺されるなんてこと、あってたまるもんかよぉおおっ!」
表情を歓喜で満たしながら、ずるりとサーヤの体から出てくるアレン。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
彼は尻もちを付いて、呼吸を整える。
そもそも息が荒くなること自体、本来はありえないことなのだが。
そしてある程度の体力を取り戻すと、顔をあげた。
「はぁ……はぁ……は?」
――目が合う。
サーヤが、彼を見下ろしていた。
いや、サーヤだけではない。
「今度は、みなさんにも見えているということでいいんですよね」
これまで彼女と出会い、繋がってきた人々が勢揃いして、アレンを見つめている。
「ええ、ばっちり。こんな見た目だとは思わなかったけど」
「ウチにもはっきり見えてるよ。めっちゃ生意気なツラしてるし」
「マーリンさんの話を聞いた時は、私もまさかと思いましたけど、神様がこんなショタっ子だったとは」
「でも、ショタだろうがガキだろうがあたしらには関係ねえ」
「うん。だって、ご主人様のお師匠様は言ってた」
「オレ様たちの住む世界を作り出したのはこいつだとな」
「ギャハハハッ! 信じられねえ話だガ、信じるしか無いナ!」
「作り出したのは世界だけではない。我々という存在、魔王、そして――人とモンスターは絶対にわかりえないというルールもこいつが作り出したものだ」
「つまり、あちしらは神さまの力を受けないサーヤと出会って、ようやくそれから抜け出せたってことだったんだな」
「……冷静に考えると、その状態で私に惚れたファーニュって一体」
「それだけ愛が深かったってことですねぇ」
「脱線してるよ、二人とも。要するにこの人……ううん、神様が、自分の思い通りにならないからって、僕たちの世界を壊そうとしたんだよね」
「ああ。すでに数多の命が奪われたんだ。俺たちに、容赦の必要は無い」
彼らは、大なり小なりの敵意をアレンに向けている。
アレンがマーリンのいた空間から逃げ出し、サーヤの内部から脱出するまでの間に、マーリンは人々に全てを語っていたのだ。
「ま、待ってよ……僕は、君たちの生みの親だよ? 親には感謝するもんだろう!? なあ!」
「だからと言って、あなたにわたしたちの命を好きにうばう権利はありませんよ」
「神鎧との戦いを言っているのか……? あれなら、大した奴らは死んでないはずだ! 見てみろよ、せいぜい死んだのはモブばっかじゃないか! 物語の進行に問題はない。あ、あ、それでも不満だって言うんなら、みんな生き返らせてあげよう! これなら文句無いだろう? そして、これからは、魔王無しでハッピーな世界に――ひぎゅっ!?」
サーヤは今までに見せたことのない怒りの表情で、アレンの胸ぐらを掴む。
「あなたはッ! 人の命をなんだと思っているんですかッ!」
「仕方ないだろう、僕にとっては作り物でしかないんだから! 自分が描いた絵が紙から急に飛び出してきて襲いかかってきたらどうする!? それが自分と同じ命だと思えるっていうのかよ!」
「そうです。なぜそれを拒むんですか? わたしたちは生きています。あなたたちと同じように、この世界で、一つの命として!」
「だから……ああ、わかったよ。生かせばいいだろう? さっき言った通りだ、望むなら死者も蘇らせる。それが冒涜だって言うんなら、もう僕は何もしない。好きに生きていけばいい。それでいいんだろう?」
両手を上げて、降参の意思を示すアレン。
サーヤはそれを見て手の力を緩めようとしたが、
「サーヤ、騙されちゃダメだよ」
ティタニアがそれを止めた。
「そいつは反省なんてしてない。逃したら、また同じように――ううん、前よりもっと容赦無い方法で、ウチらを殺そうとするだろうね」
「……そう、なんですか?」
「……」
「何か言ってくださいよ!」
「そうだよ」
へらへら笑いながら、アレンは言う。
「……っ!」
サーヤは歯を食いしばり、拳に力を込めた。
「当たり前じゃん。何で作り物連中と僕が対等でなくちゃなんないの? わけわかんないじゃん。創造主である僕に逆らうなら、大人しく死んどけっての」
「くっ……このおぉぉおおおっ!」
珍しく激昂したサーヤは、全力でアレンの頬を殴りつけた。
彼の体は一直線に吹き飛び、壁に叩きつけられる。
ずり落ちて、地面に脚を投げ出した体勢で座り込むと、彼は頬を手で拭い、また笑う。
「妙なスペルを使って、外に出ても僕の権限を封じてるみたいだけど……ははっ、やっぱりそうだ。封じようが何だろうが、この世界において僕は神だ。所詮、作られた存在に、僕を傷つけることなんてできないんだ!」
「今ので無傷なのっ!?」
驚愕するセレナを見て、上機嫌に口角を吊り上げるアレン。
「そうさ、見ての通りノーダメェージ! そして、要領もつかめたよ、ようやくね。今の状態で、僕が力を振るう方法をッ! 神の残酷なる手、行けえぇっ!」
そして立ち上がったアレンの背中から、黒い無数の腕が伸びる。
見える以上は、見えざる手ではない。
だが触れれば、アレンの管理者としての権限が発動し、問答無用で命はそのあり方を改ざんされるだろう。
彼が狙うのはもちろんサーヤ――以外の、神の力に耐性を持たぬ者たちだった。
「守れるもんなら守ってみなよ、この世界に生きる命とやらをさぁ!」
「多元刺拳――ナナツサヤ・フロッティ!」
サーヤの拳は同時に放たれる。
それらは打撃ではなく、刺突であった。
通常の殴打よりもさらに鋭く、破壊力を増した攻撃が、限りなく同時に近い速度で、連続的に繰り出される。
ズザザザザザザッ!
アレンが繰り出した無数の手は、ことごとく串刺され、力を失い消えていく。
「神器の力を、二つ組み合わせたのか!?」
「今のわたしなら、そういう芸当もできるんです!」
「だったら今度は一つに束ねて――そぉら、止めてみろよぉ!」
アレンの言葉通り、黒い腕は束ねられ、一つの大きな塊となってサーヤに迫る。
彼女は右の拳を握り直すと、手首に左手を添えて、神器の力を引き出す。
「正滅拳――ティルフィン・エクスッ、カリバアァァァァァーッ!」
突き出した拳から放たれるのは、黒と白の混ざりあった、混沌の力場。
聖なるエクスカリバーと、邪なるティルフィングの合成聖拳術。
その圧倒的破壊力の前に、アレンの放った手はあっさりと消滅する。
そして無防備なアレンは、両腕をクロスして、迫りくるその波動に備えた。
ゴオォォォオオオオッ!
アレンの小さな体は、サーヤの放った力場に飲み込まれる。
彼を飲み込んだ力は少しずつ細くなり、やがて消えた。
あれだけの威力を体で受け止めたにも関わらず、アレンは健在である。
体に擦り傷は見られるものの、まだ両足でしっかりと立てていた。
「は……ははは……あははははっ! あのマーリンとやら、どうもこの子に僕の始末を託したようだけど……甘かったねえ」
「これでもまだ、力が足りないんですか……」
「うん、足りないよ。ぜんぜん、これっぽっちも。どうやら、神器の力を同時に扱えるのは二つまで――それが君の限界みたいだ。甘いなあ、本当に甘い! それしきで僕を殺せると思っていたのかなぁ! あははははははっ!」
高らかに笑うアレン。
サーヤの全力で倒せないのなら、他の誰がやっても無駄だ。
試すまでもなく、それはみなが理解していることだった。
生意気で不快な笑い声が、ボロボロの帝都に響く中――落ち着いた女性の声が、それを断ち切る。
「逆に聞くけど、私がそれを考えていないと思ったの?」
アレンは目を見開いた。
「その声は……」
まるで幽霊のように、サーヤの前に現れる二人の人影。
「お師匠さまに……ハルシオンさんっ!」
「どーも、うちのサーヤがお世話になってます」
サーヤを撫でながら、周囲の人々に頭を下げるマーリン。
「……」
一方で、ハルシオンは気まずそうだ。
魔王としての記憶がまだ残っているからだろう。
もっとも、みな事情を知っているので、彼女を責める者は誰もいなかったが。
「さて、と。これで役者は揃ったってことで、仕上げを始めましょうか」
「なるほど、お前が力を貸して、さらに多くの神器を同時に扱えるようにするんだな? いくつだ。3個? 5個? それとも8個? 無駄無駄無駄ぁ、それぐらいじゃ僕は死なない。わかるんだよ、だって僕は想像主だから!」
「あら、だったらこれならどうかしら。システム14――完全解除」
マーリンはサーヤに触れる手に、軽く魔力を込めた。
すると彼女の体が今まで以上に光りだし、体内から多くの力が放出させる。
「うわっ、わわわわっ! お師匠さまっ、これは一体!?」
「溜め込んだ気合を放出してるのよ」
「なるほど……ってダメじゃないですか、放出しちゃったら!」
「放出して、他のみんなに分けるのよ。友情パワーってやつね」
「おお、そういうことですか!」
「相変わらずマーリンは適当だし、サーヤちゃんはそれを信じちゃうんだ……」
どこか嬉しそうに呟くハルシオン。
そしてサーヤの光がさらに強まり、人々の視界を真っ白に埋め尽くすほどになると、次の瞬間――
「こ、これって……」
「お嬢、剣ですよこれ。たぶん、本物の神器ですっ!」
「つまりサーヤちゃんの中にあった……?」
セレナとレトリーの前には幻剣デュランダル、
「なるほど、これがご主人様の中に……」
ファフニールの前には刺剣フロッティ、
「ご主人様の中にある剣……何だか興奮する」
ニーズヘッグの前には追剣フラガラック、
「ウ、ウチはそんな不埒なこと考えないし! 単純にサーヤがウチのこと信頼してくれてるってことっしょ、これって」
ティタニアの前には邪剣アロンダイト、
「おぉー、あちしのはかっこいい剣だな! 風もびゅんびゅん吹いてるし、ぴったりの剣だな!」
シルフィードの前には嵐剣ストームブリンガー、
「オレ様には随分とイケメンな剣――いわゆるイケ剣がやってきたな!」
「顔がいいと剣もイカすのが来るもんなんだナ!」
「そういうものだ。ガハハハハハッ!」
「ギャハハハハハッ!
イフリートとノーヴァの前には煉剣レーヴァテイン、
「剣というのは馴染まないが、選ばれたのならしょうがない。扱ってみせよう」
フェンリルの前には氷剣アルマス、
「俺はやはりエクスカリバーではないのだな」
フレイグの前には断剣アスカロン、
「がっかりすることなんて無いよ、フレイグ。僕すごく似合ってると思う」
シーファの前には迅剣クラウソラス、
「アイギスって、勝手に盾だと思ってたわ。こんな幅広の剣だったのね」
マギカの前には壁剣アイギス、
「マギカさんの守備範囲の広さを示唆しているようですねぇ」
「じゃああんたの枝分かれした剣はなんなのよ」
「これはぁ……二穴責」
「ちょっ、やめなさいよこんな時に!」
「なら後でぇ」
「後でもやめなさーいっ!」
ファーニュの前には多元剣ナナツサヤノタチ、
「みんな気楽なものね」
「わかってるんだよ、もう終わりだって」
「そうね……これなら一目瞭然だもの」
「でもマーリン、どうして私たちにはこの剣なのかな」
「上書きするためよ。忌々しい悲劇の剣から、私たちの未来を切り開く希望の剣に」
「あぁ……そっか。そうだね。それならきっと、あの時のことも、『昔のことだ』って切り捨てられるよね」
マーリンとハルシオンの前には滅剣ティルフィング、
「これが、わたしの体の中にあった神器……ど、どうも、はじめまして。いつも助かってます」
そして、ぺこりと頭を下げるサーヤの前には聖剣エクスカリバーが――光に包まれた状態で、ふわりふわりと浮かんでいる。
マーリンの意図は、誰の目にも明らかだった。
3つで無駄なら、5つで無理なら、8つでもまだ足りぬのなら、神器13個、全て使ってしまえばいい。
ついでに言えば、サーヤ自身も神器なのだから、合計で14個ということになる。
「全部……同時に……! は、はは……だけど、四天王ならともかく、ただの一般人に使えるわけが無いだろ、そんなものっ!」
アレンは強がっているが、焦りが垣間見える。
そんな彼に、マーリンは追い打ちをかけるように言った。
「もちろん改造はしてあるわよ。威力も性能も全部向上してるわ。300年もあったんだもの、それぐらいやるわよ」
「だったら余計に!」
「扱えない、って? ええ、わかってるわ。だからサーヤに紐付けしたの。13個の神器は、今もサーヤと繋がっているし、神器が彼女に力を与えるように、彼女も神器を通して所持者に力を与えている」
「どういうことだ……?」
「神器が彼らの前に現れたのは、私が指定したわけでもなければ、たまたま近くにいた相手を選んだわけでもない。サーヤが無意識下で、『信頼できる』と思っている相手を選んでいたのよ」
その時、少し離れた場所でトムだかジェットだかが「そこに俺は入ってないのか」と呟いたが、誰も相手しなかった。
「そういう意味では――サーヤがたくさんの人たちと絆を結んだ日々は、決して無駄では無かったわ。いえ、むしろ必須だったと言えるわね」
「じゃあお師匠さまが、わたしに立派な冒険者になれって言ったのは……」
「冒険者っていうのは、人助けをするものでしょう? なら、その道を究めるほどに、自然と人との繋がりができると思ったの。実際、サーヤは予想以上にやってくれたわ。いくら神器としての力で神の見えざる手の影響を受けず、モンスターと対等に話せるとしても――彼らを味方に引き込んで見せたのは、間違いなくサーヤ、あなた自身の魅力と努力があってのことだもの」
サーヤを取り巻く人々は、マーリンの言葉に首を縦に振りうなずく。
まあ、当のサーヤは公衆の面前で褒めちぎられて、恥じらい顔を赤くしていたが。
そして、そんなやり取りを目の前で見せられたアレンは――唇を噛んで怒りをあらわにしていた。
「人の繋がり……魅力……? ははっ、まさかお前たちは、僕に友情だの努力だので勝とうとしてるのか!? 漫画かよっ! ばっかじゃねーの! やれるもんならやってみればいい。そして僕はそれに耐えて、お前たちをあざ笑って、最後は消し去ってやるよ! 生意気にも生みの親に逆らって、惨めに死んだその末路を、観客たちに見せてやる! きっとみんな大喜び間違いなしだ! あはははははははははっ!」
まくしたてるアレンだが、彼の余裕の無さは一目瞭然だった。
サーヤたちは、彼が望む通りに、剣を構える。
十三の刃が、神に向けられる。
「は……はは……来いよ……来るなら、来ればいいさっ! うおぉぉおおおおおおっ!」
神は、数多の人生を歪めてきたその――かつては誰の目にも見えなかった――しかし今はただの邪悪なだけな腕で、自らの体を包むようにして守る。
そしてついに、全ての神器が同時に、振り下ろされた。
ゴガガガガガガガガガガガァァァァッ!
大地をえぐり、空間を裂き、空の雲さえ割って断つ。
いいや、そんなものは序の口だ。
光が、闇が、炎が、氷が、まるで嵐のように渦巻きアレンを襲う。
力を逸らして防ごうにも、逸れた力は再び彼の元に戻ってくる。
後退りして逃げようとしても、神ですら逃げられる速さではない。
力の流れを腕でせき止めようにも、力は枝分かれして間をすり抜けてくる。
そもそもあらゆる方法を講じて防ごうとしても、全てを滅する力がそれすらも消し飛ばしてしまう。
断ち切り、刺し貫き、見えた活路も幻で、心さえも折ってくる。
多数の神器が放つ力――それは防御不能の、まさに神さえも殺す、絶対的な一撃であった。
(行ける……!)
しかしまだ、アレンは崩れない。
さすが神と褒めるべきか、これでも倒せないのかと嘆くべきか。
(この攻撃は、ありとあらゆる防御方法を無効化してくる。けれど、僕の心が完全に壊れない限り、この調子なら耐えられる! ははは、あはははっ! やった、やったぞ! マーリンが僕にかけた怪しげなスペルもそろそろ効果が切れるはずだ。そうなれば、僕はここから逃げて、そしてあいつらを可能な限り凄惨で、痛くて苦しくてたまらなくて、そして無様な方法で殺して見せる! そして晒すんだ、観客の前に! みんなでゲラゲラ笑うためにぃっ!)
勝利を確信してか、徐々に表情にも余裕が出てくる。
だが彼は、全てを覆っているから気づいていない。
「……やっぱり、しっくり来ませんね。やっぱりこっちじゃないと」
「サーヤ、調整はほどほどにして早くしなさいっ!」
「あっ。はい、わかりましたお師匠さまっ!」
まだ、放たれている力は、12個分しか無いことに。
そう、サーヤのエクスカリバーがまだだった。
彼女は剣を振るったことがない。
神器に関する知識は持っていたが、それそのものに触れたことは無かったし、基本的にマーリンは拳による戦い方しか教えなかったので仕方のないことだ。
まあ、それは神器なので、何も考えずに振るえば力は行使できるのだが――それは最善ではない。
もっともやりやすい方法で、サーヤらしく力を放つ。
それが最も確実に、この戦いを終わらせる方法だ。
だから多少の遅れが生じたとしても、剣としてでなく、拳として力を放つという彼女の判断は、正しいのだろう。
ただし、それはアレンが一縷の望みを得てしまうという想定外を引き起こしてしまったが。
「ではいきますっ! 真・正拳――エェクスッ! カリバァァァァァアアアアアアッ!」
シュゴォォォオオオオオッ!
繰り出される拳。
放たれる、巨大な光の帯。
(今、エクスカリバーって聞こえなかったか……? まだだったのか? 僕が受けていたのは、あのサーヤってやつの分を差し引いた――)
視界が、意識が、光に塗りつぶされる。
もはや防ぐとか耐えるとか、そんな領域の話ではなかった。
一瞬で、消えた。
辛うじて拮抗していた力関係は、またたく間に振り切り、天秤ごと吹き飛んだ。
(あぁ……負ける……僕が……! 自分が作った世界で、自分が作った命に、敗北するなんて! こんなの認めない。認めてたまるもんか。こんな終わり方、僕が作ったシナリオには、絶対に――クソぉぉおおおおおおおおッ!)
光が晴れると、そこにアレンの姿は無かった。
元より魂の状態だった彼は、完全にこの世界から消失したのである。
「終わった……んですかね」
終わるまでは長く感じたが、終わってみれば、あまりにあっけない。
「たぶん、そうだと思うわ」
「あ、剣が戻ってっちゃいます!」
デュランダルはレトリーとセレナの手を離れ、サーヤの元に飛んでいく。
他の剣も同様に、彼女を取り囲むように浮かんでいる。
「すげー力だったな。あたしらにゃ余る力だぜ」
「でも、ご主人様の中身だと思うと心惜しい」
「あんたはその話から離れなさいよ。ったく、ウチの部下だってのに何でこんなに変態だし」
「きししっ、ティタニアの部下だからじゃないのか?」
「我もシルフィードと同感だ」
「あんたらねぇ……!」
「ガハハハハハッ! まあ良いではないか。冗談を言えるのも、勝ったからこそなのだからな」
「ギャハハハハッ! そうだゼ。黒幕が消えたと思ったラ、オレも急に体が軽くなってきたゾ!」
イフリートの周りを、ノーヴァはパタパタと飛び回る。
「本当に、あれで終わったのか……」
「じゃ、ないかなあ。まだ生きてたら、さすがに僕も諦めちゃうかも」
「それは無いでしょう。魔力も、それに近い感覚も存在してないわ」
「最初の目的からを考えるとすごい戦いになっちゃいましたけどぉ、これで私たちの使命も終わりですねぇ」
「ふっ、元より勇者などでは無かったのだから、使命も無いようなものだがな」
「それでも全う出来たと考えると、何だか素敵な気分だよ」
勇者たちも、戦いの終わりを実感したのか、少しずつ穏やかな表情を取り戻しつつあった。
それは、マーリンとハルシオンも同様である。
「終わったのね……」
「思ったより、あっさりだったね」
「最後なんてこんなものよ、何だって」
「うん……そうだね。だって終わるだけなんだから」
「ずっと呆けてたってしょうがないわ。今日という日を目指した理由も、その先にある幸せを手にするためなんだから、ね」
マーリンはハルシオンの手を握る。
ハルシオンは笑顔でそれを受け入れると、ゆっくりと指を絡めた。
「300年分、沢山愛してあげるから、覚悟しておきなさいよ、ハルシオン」
「私の300年分をそれで満たせるかなあ」
「あら、甘く見られたものね。私の天才的な甘やかし技術を、これでもかというぐらい放出してあげようじゃない。300年鍛えてきたんだから、かなりのものよ?」
「マーリンの300年は濃密だね」
「今日から先の方がもっと濃密になる予定だけども」
「それは……ふふ、私も一緒」
幸せそうに見つめ合う二人。
するとサーヤがそこに駆け寄ってきた。
彼女はマーリンとハルシオンの顔を見上げながら、少し恥ずかしそうにはにかみ、元気に言い放った。
「あの……おししょ……じゃなくて……」
「なあに、サーヤ」
「えっと……お母さんっ! で、いいんですよね?」
不意打ちだった。
確かに、呼んで良いという話はしていたが、ハルシオンに夢中で、その件をすっかりマーリンは忘れていたのだ。
サーヤは続けて、状況が飲み込めないハルシオンに向けて言う。
「ハルシオンさんは……ママ、です。そう呼んでいいですか?」
その言葉で、彼女の意図を知る。
いまいち実感は無いが、サーヤは間違いなく、ハルシオンの子供でもあるのだ。
同じ色をした髪が、何よりの証拠である。
「ハルシオン」
マーリンは名前を呼んで、視線を交わす。
「ん、マーリン」
ハルシオンも同じく、目と目で意思を通じ合わせ、うなずく。
そして二人はサーヤの方を見て、口を開いた。
『ええ、もちろん』
それは区切りだ。
ひとつの戦いが終わり、新たな日常を始めるための。
帝都、ひいては帝国の復興や、魔王を失った魔王軍の行き先、人類とモンスターの相互理解――未だ、課題は山積である。
だが、この世界の生命たちは、ようやく自由を手に入れた。
外から与えられる理不尽ではなく、自分たちで歴史を歩む権利を。
誰にも予想がつかない、予定調和なんて知ったこっちゃない、ある意味でたぶん、以前よりも理不尽な世界が始まる。
それでも、全てを決めるのがこの世界に暮らす生命の意思ならば――後悔は無い。
決着は皇帝に伝えられ、そして皇帝は生き残った人々に、堂々と勝利を宣言する。
人々はいつになく晴れ晴れとした気持ちで歓声をあげ、誰が言い出すでもなく、自然と宴が始まっていた。
次回最終話です




