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061 Burn out! - 獄炎の檻

 



 作業を終えたセレナとレトリーは、一足先に宿に戻ってきた。

 二人は最初だけ宴会に参加し、ギルドのおじさんたちに捕まる前にそそくさと逃げてきたのである。


 そんなセレナの背中には、ぐっすりと眠るシルフィードが抱えられている。

 100歳と言っても、体の作りはサーヤとさほど変わらない。

 祭りで食べまくって、疲れていたのもあるのだろう――宴会が始まる頃には、立ったまま寝てしまいそうなほどの眠気に見舞われていた。


 セレナとレトリーが宿に戻ってきたのは、そんなシルフィードをベッドで寝かせるためでもあった。


「ただいまー!」


 祭りの余韻がまだ抜けないセレナは、いつもより陽気な声でそう呼びかける。

 ――だが返事はない。


「サーヤちゃーん、ただいまー!」


「寝てるんじゃないですか?」


「もうこんな時間だもんね」


「起きてたら二次会をやるつもりだったのに、残念でしたね」


 レトリーは、両手にぶら下げた袋を見ながら言った。

 祭りで残った食べ物を、サーヤのためにと分けてもらっていたのだ。


「一次会もろくに出てないのに二次会って言うの?」


「ならここは、女子会とでも呼んでおきましょうか」


「あんたも私も女子って年齢じゃないと思うけどね」


「お嬢は夢が無いですねぇ。女性は何歳になっても女子なんですよ?」


 頬を膨らましながら、レトリーは先を歩くセレナについていく。


「ところでお嬢、何だか風を感じるんですが」


「そうね。サーヤちゃんの部屋、ドアが開いてるみたい。あそこから吹いてるんじゃない?」


「つまり窓も開いていて……何だかサーヤさん、お腹を出して寝てそうな雰囲気ですね」


「ふふっ、確かにありえるかも。風邪引いたらどうするつもりなんだか」


「引かないんじゃないです?」


「……それもそうね」


「あ、でも引いたらそこは、お嬢が口移しで肩代わりするというのも――ヴぇっ」


 セレナの拳がレトリーの横腹に突き刺さった。

 およそ女子が出すものとは思えない、低いうめき声が漏れる。


「以後、そのネタ禁止だから」


 頬をほんのり赤く染めるセレナ。


「そんな顔されたら、言わずにはいられませんって……」


 横腹をさすりながら、再び歩き出すレトリー。

 彼女はどれだけ抗議されようとも、一生このネタでセレナをもてあそぶ予定であった。


 やがて二人はサーヤの部屋まで辿り着く。

 半開きのドアの前で足を止めたセレナは、すんすんと鼻を鳴らした。


「変な匂いがする……」


「まさか、おもら――ヴぁっ!?」


 再びレトリーに炸裂するセレナの拳。


「鉄臭いっていうか、何ていうか……サーヤちゃん、いるのー?」


 部屋の灯りはついておらず、外からでは中の様子をうかがうことはできない。


「返事しないなら入っちゃうよー?」


 そう呼びかけながら、ドアの隙間に手を伸ばすセレナ。

 再び蝶番が鳴る。

 セレナの視線は、まず開いた窓を見て、次にわずかに乱れたベッドを見て、そして最後に、床に倒れるサーヤの姿を見つけた。

 見知った顔が、生気のない目をして、血溜まりに沈んでいる。


「サーヤちゃん?」


 セレナの脳は状況を理解できず、まず一度目は、いつものようにその名を呼んだ。


「サーヤ……ちゃん?」


 湧き上がる困惑。

 二度目は、かすかに声が震えていた。

 一方でセレナの背後に立つレトリーはすべてを理解し、口元に手を当て、目を見開き、肩を上下させながら、小刻みに、浅い呼吸を繰り返す。


「え……っ、うそ……サーヤちゃん?」


 三度目。

 胸にぽっかりと開いた穴を見て、セレナもようやく理解する。

 それが――サーヤの死体であることを。


「そんな……やだ……あ、あ……いやぁああああああああああああああああッ!」


 セレナは叫んだ。

 同時に脚から力が抜け、床に倒れ込む。

 慄える腕では体を支えることはできず、ドア枠にすがりつくようにもたれかかった。

 彼女の顔はみるみるうちに青ざめていく。

 セレナが背負っていたシルフィードの体は、その拍子にすとんと廊下に転がった。


「う……うぶっ……」


 レトリーは広がる濃密な血の匂いに耐えきれず、廊下の隅に駆けると、嘔吐する。

 せめてゴミ箱を探したかったが、そんな余裕すら無かった。


 別に死体を見たことが無いわけではない。

 こんな世の中だ、冒険者は簡単に死ぬし、モンスターに襲われてボロボロになった人体だって珍しくはない。

 だが問題は、それが見知った人間だということだ。

 今日までさんざん親しくしてきた、それも10歳の少女が、心臓をえぐりとられ、物言わぬ屍になって転がっている。

 その事実が、現状以上に、彼女たちの心をかき乱していた。


「いったたたた……ここ、どこ……?」


 落ちた衝撃で目覚めたシルフィードは、目のあたりを腕でこすりながら、ぼんやりとした表情であたりを見回す。


 隅で縮こまるレトリー。

 青ざめた顔でへたりこむセレナ。

 漂う血の匂い。


 それらの情報により緊急事態だと察すると、シルフィードの目つきは一瞬で鋭くなる。

 二人の状態からして、呼びかけてもまともな返事は期待できそうにない。

 シルフィードは自分の目で起きた事態を把握するため、セレナの脚をまたいで、サーヤの部屋に足を踏み入れた。


「っ……サ、サーヤ……!?」


 もちろん、彼女だってショックを受けた。

 しかしセレナやレトリーに比べれば軽いものだ。

 シルフィードはモンスターである。

 つまり、二人よりもずっと、人の死に近い場所で生きてきたのだから。


「争った跡はない……まさか、魔王さま本人が直接……」


「ま、魔王が……やったの……? サーヤちゃんに、こんな、ことを……っ」


「そうとしか考えられない。それ以外に、サーヤに勝てる相手なんているもんか」


 言いながら、シルフィードは歯を食いしばり、サーヤの体に触れる。


「……ん?」


 そして、違和感に気づいた。

 心臓をえぐりとられた死体であれば、とっくに冷たくなっているはずだ。

 だが不思議なことに、サーヤの体はまるで生きているように暖かかった。


「どうして……サーヤちゃんがこんなことに……! う、ううぅ……!」


 セレナの瞳から大粒の涙がぼろぼろと流れる。

 そして噛んだ唇から、つぅっと血がひとしずく流れた。


「は……はひっ……ひううぅ……」


 レトリーも、えづきながら涙を流す。

 ただただ嘆きに肩を震わせるその姿は、普段の陽気な彼女の姿からは想像がつかない。

 セレナですらも見たことのない、レトリーの一面であった。


「どういうこと……?」


 二人が嘆きに支配される中、シルフィードだけは首をかしげながら、サーヤの体に触れ続ける。

 首に触れた。

 とくん、とくん、と脈打つ感覚がある。

 口元に耳を寄せる。

 わずかではあるが、「すぅ」と呼吸を繰り返す音がする。


「……ねえ、二人とも」


 シルフィードは立ち上がり、戸惑いながらも、嘆くセレナとレトリーに告げた。


「サーヤ、生きてるかもしれない」


 同時にシルフィードを見る二人。

 心臓が無いのに、生きてるはずが――シルフィードだってそう思った。

 しかしサーヤの体の反応は、紛れもなく、生きている人間のそれだ。


「サーヤちゃん……生きてる……」


 この場にいる誰も、“絶対”を保証することはできない。

 だがセレナは信じることにした。

 信じがたい事実であろうと、それが救いになるのなら。




 ◇◇◇




 セレナたちが、魔王に心臓をえぐられたサーヤを発見した頃――


『ガハハハハハハハハハッ!』


 打ち上げの宴会で賑わう帝都の夜空に、下品な笑い声が響き渡っていた。

 ギルドのおっさんたちは、酒を飲む手を止めて、天を見上げる。

 彼らだけではない。

 残る四天王も、勇者たちも、城で静かに飲んでいたキャニスターとグランマーニュも、全員がほぼ同時に視線を上に向けた。


『人間どもよ、人生最後の祭りは済んだか?』


 そこに映し出されているのは、顔だ。

 ただし人の顔ではなかった。

 赤い金属で作られた、一つ眼の機械の顔。

 交戦経験のあるものならば、ひと目でわかる。


「神鎧……」


 イフリートはそうつぶやいた。


『そうだ、オレ様は神鎧! 神鎧イグニィィィィィィトォゥッ! ガハハハハハハハハァッ!』


 イグニートと名乗る神鎧は、どこかで聞いたことのあるテンションで笑い声を轟かせた。

 宴に浮かれていた人々は、みな一様に“怯え”を顔に浮かべている。


『オレ様は、不甲斐ない四天王に変わって運命を遂行すべく、魔王軍の幹部となった神鎧である!』


「はっ、こんなもんがあるから魔王はウチらを簡単に切り捨てたってワケ」


『いかにも』


 ティタニアがぼそりと呟いた声に、イグニートは反応した。

 帝都にいる者たちのすべての声は彼に聞かれているらしい。


『オレ様は日和って人間側に付く雑魚とは違う。だが、不意打ちをかけるほど卑怯ではない。オレ様にもポリシーというものがあるからな』


「御託はいいから、早く用件を言え!」


『まあまあ、吠えるんじゃない、犬っころ。オレ様とて理解しているさ、お前たちのその強がりの根っこにはサーヤという少女が存在していることを。だがな――』


 神鎧の表情は変わらない。

 だがその声から、イグニートがニタニタと笑っているのはすぐにわかった。


『サーヤは死んだぞ』


 そして告げられる、絶望的な事実。

 真っ先に反応したのはティタニアだった。


「何バカなこと言ってんのよ! んなわけないでしょうがッ!」


「そうだそうだ、ご主人様はつえーんだからな!」


「お前みたいな下品なやつにはやられない」


『オレ様ではない。殺したのは、魔王だ。魔王様が直々に手を下したのだ』


 イグニートの言葉と同時に、空に投影される映像が変わる。

 それはハルシオンが、サーヤの心臓をえぐりとり、殺害する瞬間であった。


「サーヤ……嘘、だし……」


『嘘ではない』


「どうせ幻覚だろ、あたしにはわかるッ!」


『幻覚でもない』


「ご主人様は死なない。死なない。死なない。そんなはずがない……」


『受け入れよ、これは現実だ』


 突きつけられる事実を前に、徐々に言葉を失っていくティタニア、ファフニール、そしてニーズヘッグ。

 もちろん帝都の民たちも、サーヤの死を突きつけられ嘆いていた。

 すると見かねたイフリートが一歩前に出て、彼に言い放つ。


「イグニートとやら。どうやらお前はオレ様を参考にして生まれた存在のようだな。誰が作ったかは知らんが、気持ちはよくわかる」


「イフリートは肉体も心もパーフェクトだからナ」


『かもしれんな。だがオレ様の方が優れている』


「ふっ、それはどうかな。話を聞いているだけで、オレ様にはわかる。お前には足りないものがある、と」


『ガハハハハハハッ! 笑わせるな雑魚が。この完全無欠の肉体を持ち、圧倒的な力を誇り、隙のない精神をも兼ね備えたこのオレ様に、何が足りないというのだ!?』


 イフリートは顎に手を当て、好戦的に笑う。


「戦えばわかる」


『ほう……よかろう。オレ様も最初からそのつもりだったからな。明日の夕方だ。黄昏時に、オレ様は帝都を破壊する。人類を滅ぼし、この戦いを運命通りに終わらせる。せいぜい、悔いなく死ねるよう抗う準備ぐらいはしておくんだな』


 イグニートがそう言い放った直後、ゴゴゴゴゴ……と地面が激しく揺れた。

 戸惑う人々。

 彼らを必死に落ち着かせようとする、冒険者やモンスターたち。

 そして――


 ゴガアァァァアアッ!


 帝都を取り囲むように、地面から巨大な火柱が天高くそそり立つ。

 それは檻だ。

 立ち向かう準備をすることは許可する。

 しかし、逃げることだけは許されない。

 無抵抗に死ぬか、抗って死ぬか、人類に選べるのはそれだけだ。


『ガハハハハハハ! ガハハハハハハハハッ!』


 イグニートは、最後に盛大な笑い声を轟かせながら、消えていく。

 静まり返った帝都に、先ほどまでの浮かれた空気は微塵も残っていない。

 明るく照らす火柱のせいで、現実逃避すらままならなかった。


 そんな中、ティタニア、ファフニール、ニーズヘッグの三人は、サーヤの無事を確かめるため、真っ先に宿に向かって駆け出した。

 フェンリルはイフリートの隣に移動すると、火柱を見上げながら彼に語りかける。


「どうするつもりなのだ」


「どうもこうも無い。オレ様は戦うだけだ」


「あんなパチモンヤローに負けるわけにはいかないからナ!」


「勝算はあるのか」


「知らん。やれるだけやるだけだ」


 デモンストレーション代わりに見せた、あの火柱。

 あれはおそらく、触れただけで、イフリートですら蒸発してしまう代物だ。

 その時点で力の差は歴然としている。

 だから、考えない。

 ただ、全力を出すことだけを考える。

 そうすること以外、今の彼らにできることはない。




 ◇◇◇




 そして一部始終を見ていたグランマーニュとキャニスターも動き出す。

 グランマーニュは、グラスに残っていたワインをすべて飲み干すと、立ち上がった。


「やるつもりか」


 キャニスターは、腰掛けたまま彼に尋ねる。


「参謀殿はどう考えている」


「抵抗するだけ無駄だろう。いかに楽に死ねるかを考えるべきだ」


「それが最もクレバーな作戦、か。キャニスター、もうひとつ聞くぞ」


 グランマーニュは、目を細め、睨みつけるようにキャニスターを見た。


「こういう時、俺ならどうすると思う?」


「ふん、全力をもって立ち向かう――だろう?」


 王は白い歯を見せ、友に笑いかける。


「わかっているじゃないか。さあキャニスター、忙しくなるぞ」


「今日までも十分に忙しかった」


「あんなものは忙しいうちに入らん」


「『出店の認可が面倒』だの『資材が足りない』だの愚痴っていたくせに」


「そうでも思わんとやってられんだろう」


 神鎧との戦いを直接見ずとも、サーヤと互角の戦いができる化物というだけで、その脅威がどれほどのものか、容易に想像がつく。

 軍がどれほど準備を整えようとも、焼け石に水だ。

 しかし一滴の水が、時に戦況をひっくり返すことを信じて――彼らは動き出した。




 

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