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054 有言実行の男

 



 帝都のとある広場に、子どもたちの楽しそうな声が響き渡る。

 普段から賑やかな場所ではあるのだが、特に今日は騒がしかった。


「いっくぞぉー! えいっ! てやっ!」


「おぉっ、中々やるではないか。だがまだオレ様には敵わんなぁ!」


「ふんぬーっ! ぬぐぅーっ!」


「ふっふっふ、何人で来ようとも、オレ様を倒すことなど――」


「隙ありぃーっ!」


 イフリートの背後から近づいた二人の子供が、同時に膝の裏側を思いっきり押しこんだ。


「何だとっ!? ぐわぁーっ!」


 迫真の演技と共に、わざとらしく地面に倒れ込むイフリート。


「やったーっ!」


「へっへっへーん、僕たちの勝ちだね!」


「ガハハハハハッ! 子供だというのにやるではないか。これは将来が楽しみだな!」


 その後も、イフリートは集まってきた子どもたちとじゃれ合っていた。

 一方でノーヴァは、


「待てぇー!」


「ギャハハハハッ! そんなもんじゃオレは捕まらないゾ!」


 子どもたちとの追いかけっこを楽しんでいる。

 もちろん速度は調整して、捕まりそうで捕まらない、そんな絶妙な距離を保って逃げ続ける。

 しかし子供は急加速し、伸ばした手がノーヴァの赤い羽に増えようとすると――


「そぉラっ!」


 その場で急激に方向転換して、子供の足の間をすり抜け背後に回る。


「うわっ!?」


「すげえ、あんな狭い所を抜けていったぞ!」


「羽が当たった感じもしなかった……!」


 股を抜かれた子どもも、悔しがるというよりは、憧れの目のようなものをノーヴァに向けている。

 子どもたちの親は少し離れた場所で、微笑ましくその情景を眺めていた。

 イフリートとノーヴァはモンスターだが、彼らに対する警戒はすっかり解けているようだ。


 しかし、そこに外での仕事を終えたサーヤが現れると、子どもたちの動きがぴたりと止まる。

 そして目をキラキラと輝かせ、一斉に彼女に駆け寄った。


「サーヤだっ!」


「すげーっ、本物のサーヤじゃん! 握手! 握手してくれ!」


「うわわっ!?」


 あまりの勢いに押されるサーヤ。

 そう見た目の年齢は変わらないのだが、子どもが彼女に向ける視線は、完全に“憧れの相手”に向けるものだ。

 四天王の襲撃を退け、帝都を何度も救ってきたサーヤは、彼らにとっても英雄なのである。


「あちしもいるんだけどなー」


 サーヤの後ろで若干ふてくされるシルフィード。


「あのぉ……」


 そんな彼女に、気弱そうな女の子が近づいた。


「おっ、あちしのファン?」


「サーヤさんに負けたシルフィードさんですよね? くじけずに、がんばってくださいね! ファイトです!」


「う、うん……」


 なぜか応援されるシルフィード。

 それだけ伝えると、女の子はサーヤの方に走り去っていった。


「ギャハハハハッ! そう落ち込むなっテ、オレはオメーのいいところも知ってるゾ?」


「コウモリに慰められたって嬉しくない」


「ヒデーこといいやがる! ギャハハハハハ!」


 ノーヴァがシルフィードの周辺を、笑いながら飛び回る。

 楽しそうな相棒を見て微笑みながら近づいてきたイフリートは、サーヤに声をかけた。


「女装娘よ、もしかしてオレ様に会いに来たのか?」


「はい、外でのお仕事も終わったので。聞きたいことがあるんですが、お時間ありますか?」


「オレ様はモテるので忙しいが、ちょうどティータイムにしたいと思っていたところだ。行きつけの喫茶店がある、そこで話をしようではないか」


「喫茶店……大人です……!」


 イフリートが醸し出すダンディズムに、ちょっぴり憧れるサーヤ。

 彼らは子どもたちに別れを告げると、サーヤとシルフィードとともにその喫茶店へと向かった。




 ◇◇◇




 その店は、昼は喫茶店、夜はバーを営む、文字通りの大人のお店。

 シックな内装に加え、ピアノの生演奏の音が店の雰囲気をさらに引き立たせる。

 極めつけには、マスターも髭を生やした渋いおじさまであった。


 店内の隅の席に陣取ったイフリート、シルフィード、サーヤの三人。

 ノーヴァはイフリートの肩の上に止まっている。

 全員が腰掛けると、すぐさまマスターが近づいてきて、メニューを差し出した。

 するとイフリートは、それすら見ずに注文を告げる。


「オレ様はブラックコーヒーで頼む」


「ん、今日はブラックなのか。ならオレはナッツを頼むゼ!」


「かしこまりました。こちらのお嬢さん方はミルクでよろしかったですか?」


「ああ、構わな――」


「いえ、わたしもブラックコーヒーでお願いしますっ!」


 イフリートの声を遮って、サーヤは言った。


「大丈夫なのか?」


「めちゃくちゃ苦いゾ?」


「へ、平気です。そろそろわたしも、そういうのを飲む年頃だと思うのでっ」


 どうやら、今日は大人ぶりたい気分らしい。


「そうか、ならばシルフィードだけミルクで――」


「待てぇいっ! サーヤがブラックなのに、あちしがミルクなわけがない。おじさん、あちしもブラックコーヒーで!」


「かしこまりました、それではブラックコーヒー3つに、ナッツが1つでございますね」


 マスターは微笑みながら、厨房の方に戻っていく。


「それにしても、イフリートさんってこんなお店にも来るんですね」


「当然、長い付き合いではないが、最近はよく寄らせてもらっている」


「ずっと子ども相手に遊んでるんだと思ってた」


「ふっ、それもそれで悪くは無いが、付き合いは広いに越したことは無いからな」


「イフリートは、魔王軍に居た頃から顔が広いからナ!」


「顔が広い……」


「確かに、あちしたちよりは広いけど、横に長いって言うより、全体的に大きいって感じだよね」


「わたしもそう思います。広いじゃなくて、顔が大きいって言うべきです」


「そういう意味じゃねーヨ! あれダ……顔がきくんだヨ」


「顔がきく……」


「顔が有効って意味かもしんないな。つまり、顔で相手にダメージを与える?」


「ヘッドバッドのことでしょうか」


「知り合いが多いって意味だヨーッ!」


 羽をバサバサさせながら、やけくそ気味に声をあげるノーヴァ。


「ガハハハハッ、そうかっかするなノーヴァ。まだまだ女装娘もシルフィードも子どもだということだ」


「あちしは100歳越えてるぞ」


「そうなんですか!?」


「ドワーフだからな」


「子どもじゃないなら余計に悪いじゃねーカ」


「年齢というのはさしたる問題では無い、ということだな」


 綺麗に会話がまとまった雰囲気が出た所で、マスターがコーヒーを運んできた。

 もちろん、ノーヴァの好物であるナッツもいっしょだ。


「おっ、来タ来タ! ここのナッツは絶品なんだゼー!」


 皿が差し出された瞬間、ノーヴァはイフリートの肩からおりて皿の縁に止まり、器用に羽で豆を挟むと、ひょいっと口に放り込んだ。

 一方でサーヤとシルフィードは、差し出された漆黒の液体を前に、カップに手を添えたまま固まる。


(あちしも、とんでもなく苦いって話は聞いたことがある。でもサーヤが飲むんなら、あちしだけ逃げるわけにもいかない!)


(シルフィードさん、すごい気迫です。これも大人になるために必要な儀式。匂いがすでに苦いからって、やめるわけにはいきません。サーヤ、行きますっ!)


 二人は意を決して、ほぼ同時にカップを持ち上げ、口に流し込む。

 瞬間、強烈な苦味が彼女たちを襲った。

 広がる香りを楽しむ余裕などあるわけがなかった。


『――っ!!』


 二人はほぼ同じリアクションを見せた。

 きゅっと強く目を閉じ、全身がこわばり、特に口元に力が入る。

 唇をすぼめ、前歯を見せるその姿は、げっ歯類系の動物にそっくりだった。


「ガハハハハハッ! 無理をするからそうなるのだ。マスター、砂糖とミルクを頼む」


「ギャハハハハッ……って笑ってみたけド、オレも最初に飲んだ時は同じ反応だったナ!」


 ようやく苦味が落ち着いてくると、サーヤはべーっと舌を出しながら言う。


「にがいれふ……とんでもないれふ……」


「あちし……まだ……子どもでいい……」


「イフリートさん、よくこんなに苦いものが飲めますね」


「大人の嗜みというやつだ」


 そう言いながら、余裕の表情でカップを口元に運ぶイフリート。

 彼はぐいっとカップを傾けると、サーヤたちよりも多めのコーヒーで口の中を満たす。


「……ぬっ」


 そして、げっ歯類のような表情を浮かべた。


「お前も飲めないのかよっ!」


 思わず突っ込むシルフィード。


「えっ、飲めないんですか!?」


 続けて戸惑うサーヤ。


「おかしいよ思ったんだよナ。イフリート、いつもは砂糖たっぷり入れてるんだゾ?」


「かっこつけたかったのだ……ぐ、うっ……」


 明らかにサーヤたちよりも受けているダメージが大きい。

 相当無理をしていたようだ。


「ふふふっ、本当に愉快な方ですね、イフリートさんは」


 マスターはそう言いながら、彼の前に角砂糖とミルクの入ったビンをそれぞれ差し出した。

 イフリートはすぐさまドバドバと残ったコーヒーにそれを投入する。


「ふぅ、慣れないことをするものではないな。やはり甘いほうがオレ様には合う」


「大人への道は長く険しい、ですな」


「まったくだ。マスターのような渋さを身につけるには、もっと鍛錬が必要だな」


「いえいえ、私も子どもですよ。誰しもが憧れる大人になれるのは、ごく一握りの者だけですから。それでは、失礼いたします」


 丁寧に頭を下げて、去っていくマスター。


「はえー、本当に大人のおじさまって感じがしますね」


「あの人でも大人になれないんだから、あちしらにはまだまだだな」


「大人っつーのも曖昧だからナ」


「難しい命題だ……ところでサーヤ、オレ様への要件とは何だったのだ?」


 イフリートは表情を引き締め、話題を切り換える。

 彼を誘ったサーヤの雰囲気からして、少し重めな話だろう――ということは想像していた。


「実はさっき、シルフィードさんと、戦いが終わった後の話をしてたんです」


 頷くシルフィード。


「それで、イフリートさんはどうするのかな、と思いまして」


「戦いが終わった後か……それはつまり、女装娘が魔王様を倒した後、ということか?」


「そうなります。倒すどころか、倒せるかどうかもわかりませんし、できれば話し合いで終わればいいと思ってますが」


「無理だろうな」


 イフリートは腕を組み、断言する。

 それを聞いてもサーヤは別に否定された気分にはならなかった。

 わかっているからだ。

 自分の言葉が、所詮は都合のいい願望でしかないことを。


「魔王様がハルシオンという女ならともかく、あれの中身が彼女である可能性は極めて低い」


「乗っ取られてるからナ! 倒したっテ、分離できるかはわかんねーゾ!」


「そこは、何とかなるんじゃないかなとは思ってるんです」


「女装娘よ、何を根拠にそう考える?」


「でなければ、お師匠さまはわたしを送り出したりはしなかったはずだからです」


「賢者マーリンか……」


「そのお師匠さまっての、あちしはあんま知んないけど、すごい人なの?」


「歴史に残ってるぐらいだからナー」


「わたしより強いですし、頭もいいです。ハルシオンさんとお師匠さまが離れ離れになって300年が経っていますが、たぶん、準備ができてれば、お師匠さまはすぐにでもハルシオンさんを助けようとしたと思うんですよ」


「つまり、今、このタイミングで女装娘を送り出したのは、その準備が完了したから――というわけか」


「はい、わたしはそう思います。なので必ず、ハルシオンさんが助かった上で、戦いは終わります。そうなるはずなんです」


 それはサーヤがマーリンを信じているからこそ、だ。

 イフリートをはじめとした周囲の人々は、そこまで顔も知らないマーリンという存在を信じることはできない。

 だが、彼女を信じるサーヤを信じることはできる。

 というより、神鎧に抗える力がサーヤしか無い時点で、信じるしかないのだが。


「む……すまないな、女装娘。戦いが終わることを疑っているような話になってしまったが、そうではない。確かにオレ様も、戦いが終わった後のことを考えてはいるからな」


「そうだったのカ? オレ、何も聞いてねーゾ?」


「まだプランを練っている最中だからな、こうして聞かなければ、事が終わるまで誰かに話す機会はなかっただろう」


「よろしければ、聞かせてもらえませんか」


「何、そんなにかしこまるような話ではない。ただ、オレ様が人間とモンスターの仲介役になろうと考えているだけだ」


 サーヤにとってみれば、それは十分にかしこまる話だった。

 イフリートは簡単に言っているが、相当にスケールの大きなプランである。


「今は魔王軍の侵略が進み、生き残った人間が追い詰められているからこそ、オレ様たちの存在は受けいれられている。藁にもすがる思いというやつだ。しかし、戦いが終わり、復興が進めば、そうもいかんだろう」


「あちしも今のままじゃいらんないってこと?」


「そうだな。オレ様たちが人間と戦争をしてきたのは事実だ。潰してきた町も、殺してきた数も、片手の指では足りぬほど。恨みを持つ人間というのは必ずいるはずだろう」


「悲しいけド、オレらも相当な数を殺されてるからナ」


「感情は主観的なものだ、互いに殺し合ったからといって、憎しみが相殺されるわけではない。魔王という共通の敵が消えた時、必ず新たな敵を探す者も出てくるだろう。人にしても、モンスターにしてもな」


「また、戦いが始まるってことですか……?」


「そうならないために、人もモンスターも問わずに心を惹きつけるオレ様が仲介するということだ」


 イフリートは親指を胸のあたりに当てながら、自信に満ちた表情で言った。


「人間とモンスターの完全なる融和など叶うはずもない。理想ではあるがな、現実はもっと厳しい。適度に距離を起きながら、適度に交流する。憎しみが互いを傷つけないように。そういう役目を、オレ様は果たしたいと思っているんだ」


「スゲェ……やっぱスゲーよ、イフリート! 体や力、知識だけじゃねエ、考えてることもビッグなんだナ! 世界で一番ビッグな男ダ!」


「ガハハハハハッ! そうだろう、そうだろう!? これはオレ様にしかできない役目だ。困難な道筋だろう。しかしこれを乗り越えた時、オレ様はさらに大きな存在となる! そう、天の彼方に輝く、陽の星のように!」


「イフリートォ! オレもついていくゼ! 地の果てまでだってナー!」


「もちろんだ、我が友ノーヴァよ! ガハハハハハハッ!」


「ギャハハハハハハッ!」


 閑静な店内に、二人分の笑い声が響き渡る。


「頭を使いすぎてあちしにはよくわかんないな……」


「わたしも完全には理解できませんでしたが……イフリートさんは、帝都から離れていくんですね」


「そのつもりだ。オレ様もこの街の子どもたちや、人々の笑顔を見れなくなるのは名残惜しいが、しかし――永遠の別れではない。忙しなく世界中を巡る中で、必ずや、何度も帝都には立ち寄るだろう。女装娘よ、その時はお前の成長を楽しみにするつもりだ」


「あちしも忘れんなよー」


「もちろん忘れんさ。一人ひとりの顔を、オレ様は記憶に刻みつける。なあに、心配するな。オレ様は脳もビッグだからな、この世界全ての人々を記憶しても余裕がある! ガハハハハハッ!」


「心配したつもりはないんだけどな……」


「あははっ、でもそれがイフリートさんらしさだと思います」


 この地を離れても、別に消えるわけじゃない。

 変わるわけでもない。

 イフリートはイフリートのまま、ノーヴァはノーヴァのまま、またそう遠くないうちに再会できるのだろう。

 そう思うと、未来への不安も、少しだけ和らぐような気がした。




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