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052 サーヤは10歳ですがこの小説の登場人物は全員18歳以上です

 



 ズガガガガガガガガガガァッ!


 ズギャァンッ! ズギャアァンッ!


 ドギュウゥゥゥゥゥンッ!


 宿全体に、揺らすほどの音が響く。

 そんな中、食堂でシーファが起きてくるのを待つフレイグは、腕を組みながらつぶやいた。


「さすがマギカとファーニュ。魔王が動きを見せない時でも、訓練は欠かさないということか……俺も、勇者でないことを知ったとはいえ、今もまだ一人の戦士だ、うかうかしていられないな」


 フレイグは未だ、マギカとファーニュの関係に気づいていなかった。

 もちろん、この音がいかなる行為によって発されるものかも知らない。

 というか、知っていたら知っていたで、逆に『何でこんな音が出るの?』という疑問を抱いてしまったはずだ。


「お、おはよう、フレイグ」


 ちょうど食堂に姿を現したシーファが、そんな疑問を抱くうちの一人だった。


「ああ、おはようシーファ。どうしたんだ、朝から顔が赤いようだが」


 フレイグは立ち上がると、シーファに歩み寄り、自然な動きで額を当てる。


「ひ、うひぇっ!?」


「熱があるのか……? 幸い、今は魔王の攻勢も止まっているんだ。休んでおいた方がいいんじゃないか?」


「ち、ちちっ、違うからっ! そういうんじゃないからぁっ!」


 今度はりんごのように真っ赤になるシーファ。

 フレイグは恋人になった今でも、幼馴染だった頃と変わらない距離感で接してくる。

 変化を望んでいなかったシーファからしてみると嬉しいことなのだが、最近はドキドキしっぱなしで心臓がもちそうになかった。


「フレイグだけ恥ずかしがらないのは卑怯だよ……」


 彼に聞こえないよう、ぼそりと呟くシーファ。

 しかしフレイグにはしっかりと聞こえていたらしく、


「別に何も感じてないわけじゃないぞ。ただ俺は、お前に抱く感情の変化を楽しんでいるだけだ」


 爽やかに笑いながらそう言った。


「本当にフレイグって、勇者じゃなくなったら普通にかっこいい男の子になっちゃったよね……」


「今でも勇者には憧れているぞ?」


「確かにこの前の戦いの時もノリノリだったというか……必死だったというか……でも前に比べると、表情とかに知的さが出てきたと思うな」


「つまりそれはあれか、以前の俺には知性のかけらもなかったと」


「うん」


 シーファは真顔で即答した。

 地味にダメージを受けるフレイグ。


「そうか……俺はそんな風に見られていたのか……」


「あっ……ご、ごめんっ! そんなつもりじゃ……いやそんなつもりじゃないと出てこない発言だけど、そんなつもりじゃなかったんだよ!」


「いや、いいんだ、シーファに悪意がなかったことはわかっている。それだけ、俺がアホ顔なのは当然のことだったんだな。生まれついてのアホ顔だったんだな……」


「でも僕は、そんなフレイグを好きになったんだしっ!」


 顔を赤くしながらも、必死に弁解するシーファ。

 とはいえ、それは紛れもない本心である。

 今の割と落ち着いているフレイグも好きだし、前のアホっぽくて心配で放って置けないフレイグも好きなのだ。


「ふっ、わかっているさ。別にシーファの気持ちを疑うわけじゃない」


 ひとまずそういうことで、話を収めようとするフレイグ。

 もっとも、以前の自分がアホ顔と思われていたショックが消えたわけではないが、今はひとまず飲み込んで、忘れることにした。


 ドギャギャギャギャギャギャギャァァァァアアッ!


 二人は同じテーブルに向かい合って座る。

 そのまま談笑してしばらく待っていると、宿の主が朝食を運んできた。


 デュルルルルルゥッ! デュバァッ! ドゥルルルズガガガガァッ!


 現在この宿を使っているのは、勇者一行だけだ。

 客がいないわけではなく、帝国が高めの金を出し、貸し切っているのである。

 そう広い宿ではないが、自分たちだけとなると、自然と宿の主とも親しくなっていた。


「おお、今日の朝食にもオムレツがあるのか!」


「フレイグ、これ大好きだよね」


「絶品だからな。戦いが終わって故郷に戻っても、必ずまたここに食べに来るつもりだ」


「ありがとうございます。勇者様にそんな風に言っていただけるなんて、自信になります。戦いが終わったら、宿の看板に『勇者様お墨付き』と書かせていただいてもよろしいですかな?」


 鼻の下に髭を生やした中年の主は、冗談めかして言った。


「そんなもの必要が無いぐらい、このオムレツだけで客を集められると思うがな。いや、むしろ世界だって目指せるだろう!」


「はっはっはっ、いくらなんでも持ち上げ過ぎですよ、勇者様」


 ズギャンッ! ズギャギャギャンッ!


「でも、僕もすごいと思います。料理の腕はもちろん、本当に細かい所まで気配りが行き届いてて。内装もすっごくおしゃれですし、掃除も隅々まで行き渡ってて、ベッドなんていつ寝てもふかふかですもん。地元に帰ったら、間違いなくここのベッドが恋しくなると思ってます」


「困りましたね……私なんぞを褒めても、オムレツのおかわりぐらいしか出ませんよ?」


 ウォォォオオオオオオンッ! オォオオオオオオオンッ!


「俺は三つでも四つでも大歓迎だぞ」


「もう、フレイグったら……」


「はははっ、ではリクエストにお答えさせていただきましょう」


 宿の主は厨房に戻っていく。


 シュゴォォオオオオッ! シュバババババッ! バヒュウゥゥゥンッ!


「本当に素晴らしい宿だ」


「うん、この宿のおかげで、僕たちの旅もずいぶんと楽になったよね」


「料理もそうだが、俺が評価したいのは――」


 ズババババババババッ! ガゴォンッ! ガガガガガガガオォンッ!


「建物の強靭さ、だな」


 フレイグの一言に、シーファは頬を引きつらせた。


「いやはや、ここまで激しいトレーニングを屋内で行い、なおかつここまで建物全体が揺れているというのに、ヒビ一つ入る様子がない。これは、相当腕のいい大工が作り上げたに違いない」


「あはは……そう、だね」


 シーファは気まずそうに言う。

 恋人になった今だからこそ、マギカとファーニュの話題はできるだけ避けたいシーファだった。


(そっか、僕が女だってことは伝わったけど、あの二人の関係についてはまだフレイグは気づいてないんだよね。言うべきなのかな。でもこれに関しては、勘違いしたままでいい気もする……)


 シーファにだって、それは理解できない事象だった。

 恋人たちはそういう行為をする――知識としては、彼女も知っている。

 しかし実際にしたことがあるわけではないし、したことがなかったとしても、こんな建物全体を揺らすような音がする行為だとは思えないのだ。


「なあシーファ」


「な、なあに、フレイグ」


「俺たちも……やった方がいいのかもしれないな」


「え、えぇっ!?」


「なぜ驚く。マギカとファーニュがあんなに頑張っているんだ、俺たちだけが休んでいるわけにもいくまい」


「いや……いいんじゃないかなぁ、別に」


 答えを濁すシーファ。

 そこにちょうど、二個目のオムレツを持った宿の主が近づいてきた。


「お邪魔をするようで申し訳ありません」


「待ってください、そういう話題じゃないんです!」


「ですが、マギカさんとファーニュさんの名前が聞こえてきましたが」


「それはですね……」


「俺たちもマギカとファーニュのように頑張らなければな、と話していた所なんだ」


「あーっ! フレイグ、それはダメーっ!」


「おやおや、お盛んなのですね。今は貸し切りですから、どうぞご自由に」


「いえ違うんですおじさんっ、僕たちのはそういう意味じゃなくてですね!」


「シーファ、何でさっきから恥ずかしがってるんだ?」


「フレイグが恥ずかしがらないからだよぉっ!」


「なぜ俺が恥ずかしがる? 俺はただ、俺たちもマギカとファーニュのような関係に――」


「あの二人はぁっ、フレイグが思ってるような関係じゃないのぉっ!」


 ついにその事実を、フレイグに伝えてしまうシーファ。

 何だか面倒くさそうな雰囲気を感じ取った宿の主は、オムレツを置いてひっそりと厨房へと戻っていった。


「どういうことだ……? マギカとファーニュは、訓練をしているんじゃなかったのか?」


「違うんだよ……それは勘違いなんだよぉ……」


 ズババババババッ! ドヒュゥンッ! ドヒュゥンッ! キエェェェェエエエエッ!


「確かに以前も、シーファはそんなことを言っていたな。ならこの音は、一体何なんだ!? 何をどうしたら、こんな音が鳴るんだ!?」


「僕もナニをドウしたらこうなるのか知りたいよぉ!」


「ぼかさずに教えてくれシーファ、あの二人が何をしているのか!」


「……まず大前提として、フレイグは、マギカちゃんとファーニュちゃんはどういう関係だと思う?」


「仲良しだな」


「うん」


「つまり、戦友というところか」


「違うよ」


「ならば……友達か?」


「違う」


「親友?」


「それも違う」


「……それ以上か、それ未満か教えてくれるか」


「以上」


「……」


「……」


「……恋人、なのか」


 こくん、と頷くシーファ。

 フレイグは両手で顔を覆った。


「マジか……」


 彼はまったく気づいていなかった。

 戦闘中ですら、あれだけいちゃついていたというのに。


「マジなんだよ……」


「マギカだけに……」


「マジか……」


 二人してダジャレを言ってみるが、くすりとも笑えない。


「でもよく考えてみれば、そうだな。友達というよりは、そういう関係と呼んだほうがしっくり来るな。だが待ってくれシーファ、それと、この音とにどんな関係がある?」


「フレイグは、恋人ってどういうことをするか、知ってる?」


「ああ、まずは手をつなぐだろう? それで、抱き合ったりもするな。あとは……キ、キスとかか」


「う、うん。そうだね。でも、その後。さらに、その先だけど……いや、あの、知らないんならいいんだけどさっ」


「俺も年頃の男だ。もちろん知ってるが……」


「知ってるんだ……フレイグも、やっぱり」


「まあ、な」


 意外でもあり、しかし普通に考えれば当然のこともである。

 つまりいずれはシーファともそういう関係になるということだが、今はそこはどうでもいい。

 重要なのは、マギカとファーニュに関してである。


「待ってくれシーファ、まさかお前は……この音が、それの音だと言いたいのか!?」


 再び無言で頷くシーファ。


「バカな! そんなはずがないっ! そういう行為はだな、その……もっと静かに、ひっそりとやるべきだと思うぞ!」


 三度無言で頷くシーファ。

 同時に、フレイグが常識的な考えの持ち主だったことに安堵していた。

 内心、『俺のエクスカリバー』とか言い出したらどうしようとか思っていた。


「バカな……こんな大規模工事のような音が、人間二人が抱き合っただけで鳴るわけが……」


「でも、事実として鳴ってるわけだし」


「誰も現場は見てないはずだ! 俺は認めないぞ、そんなこと。やっぱりマギカとファーニュは、訓練をしているんだ! そうじゃなきゃ、あまりに夢がなさすぎる!」


「フレイグの気持ちはわかるよ。よーくわかる。でも僕ね、見ちゃったんだ。二人が部屋から出てくる所を。ほぼ服が脱げかけたマギカちゃんが汗まみれでぐったりとして、ファーニュちゃんにお風呂場まで連れて行かれる所を!」


「それだけ激しいトレーニングだったかもしれないじゃないか!」


 ズッギュウルルルルルルルゥッ! ジュバアァァァアアアアッ!


「でも、お風呂場からまた聞こえてきたんだよぉ! こんな感じの音がぁ!」


「風呂場で訓練していたかもしれない!」


「フレイグ……認めようよ。これが人間の営みなんだよ。僕たちも、この世界に生まれてきた全ての命も、こんな音を鳴り響かせながら産まれてきたんだよ!」


「世界はもっと美しいはずだ! 俺は……紛いなりにも勇者を名乗った者として、そう信じたいんだ!」


「綺麗事だけじゃ世界は回らないんだよ。僕たちも、大人にならなきゃならない」


「汚れを知ることが大人になるってことなら、俺は永遠に子供でいい。お前と一緒に、無邪気にはしゃいでいたい!」


「気持ちは、とても嬉しいよ。僕だって、できることならそうなりたかった。けど、この鳴り響く音と時の流れが、それを許してくれないんだ……」


「シーファ……」


 なぜか重苦しい空気に包まれる二人。

 自然と、フレイグがオムレツを食べる手も止まっていた。


「……いや、まだだ」


 フレイグの手から離れたフォークが皿に当たり、“カラン”と音を鳴らす。

 そして彼は立ち上がった。


「やっぱり、俺は信じたい。人間って生き物の尊さ、そしてこの世界の美しさを」


「どうするの? どうやって確かめるの?」


「見に行く」


「えっ」


「あの音の原因を確かめるために、俺はあのパンドラの箱を開く」


「ダメだよフレイグっ! そんなこと……そんなことしたら……18歳未満の人たちに見せられなくなっちゃうよ!」


「この宿にいる人物は全員18歳以上だっ!」


「フレイグは16歳だし僕は17歳だよ! 現実を捻じ曲げたっていいことは何も無いよ! というかマギカちゃんたちのプライバシーはどうなるの!?」


「こんな騒音を撒き散らしておいてプライバシーもへったくれもあるか!」


「正論すぎる……!」


 絶対的な正論を前に、シーファは反論できなかった。

 仕方ないので、彼女もフレイグの後ろにひっついて一緒に部屋に向かう。

 フレイグはドアノブに手を置いて、大きく深呼吸をした。


「ほ、本当にやるの?」


「当たり前だ。行くぞ、シーファ」


「わかった、フレイグ」


 部屋の中からは、相変わらず“ズギャァン!”だとか“ウニャァン!”だとか“ミュイイィィン!”だのと、人体から出るとはとても思えない音が響いてきている。

 だが、それがどういった行為の結果生まれた音なのか、まだ確定はしていないのだ。


 フレイグの言う通り、トレーニングかもしれない。

 シーファの考え通り、そういう行為かもしれない。

 扉を開くまで答えは確定しない、シュレディンガーの百合。


 知らないままにしておくのが、きっと一番幸せなのだろう。

 しかし、フレイグは我慢できなかった。

 若さゆえ。

 あるいは、その正義心ゆえに――真実を暴くしかなかったのである。


 そしてフレイグは、ドアノブを握る手に力を込めた。

 シーファがごくりと生唾を飲み込む。

 ギィィ――と、蝶番が軋む音を立てながら、ゆっくりと隙間は開いていく。


 後にフレイグとシーファは、口を揃えてこう言った。




 あれが人体の神秘か――と。




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