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043 銀狼、駆ける。

 



 銀狼たちがくつろぐ広間――その扉が勢いよく開かれ、慌てた様子でフェンリルが叫んだ。


「お前たち、荷物をまとめろ! 魔王城を出るぞ!」


 だらけて横たわっていた者も、仲間と歓談していた者も、ほぼ同時に長に視線を集中させる。


「わふっ、フェンリル様、ついに帝都に攻め込むんですね!?」


「違う。魔王軍を抜け、逃げるのだ。魔王様はシルフィードの意思を奪い、人形に変えた。我らも安全とは限らん!」


 ざわめく銀狼たち。

 しかし、彼らはそれ以上理由は追及せずに、フェンリルに従う。


 そして全員の準備が終わり、部屋から出ようとすると――五体の銀狼が、群れの前に立ちはだかった。

 姿が見えなかった仲間たちだ。

 彼らは頭部に見慣れぬ銀色の兜を装着しており、みな目が虚ろであった。


「お、お前たち、まさか……」


 向けられる無機質な殺気。

 その威圧感に、後ずさるフェンリル。


「わふ、どうしたんだよお前ら、そんなかっこいいもの付けて!」


 だが仲間の一人が前に出て彼らに声をかけると、そうもいかなくなった。

 殺気の矛先が変わる。

 フェンリルと同等――否、それ以上のスピードで飛びかかる操られた銀狼。

 庇うように飛び出すフェンリル。

 距離が近かったおかげか、ギリギリで体当たりして向きを逸らすことに成功する。

 だが敵は5体いる。

 1体が動き出したということは、残る4体もすぐに仕掛けてくる。


「魂すらも凍りつかせるゼロの氷獄、顕現せよ! アイシクル・コフィンッ!」


 フェンリルは先手を取って、5体の銀狼たちを空間ごと凍らせた。

 そしてすぐに仲間たちに告げる。


「出口に向かって全力で走れ、今すぐにだッ!」


 彼らは従う。

 もちろんフェンリルや、様子のおかしい仲間たちの身を案じ、不安げな顔は浮かべていたが――それでも従うのだ。

 それが、長に対する信頼の証なのだから。


 直後――神器と思われる兜によって操られた銀狼たちは、力だけで氷を砕き、自由を取り戻す。


(馬鹿な、こうも早く脱出されるとは!)


 驚愕し、同時に認識する。

 操られた彼らは全て――自分より格上(・・・・・・)の存在であると。

 つまり、フェンリルがここで立ち向かった所で、勝つことは絶対に不可能。


(自分の弱さを理解する。ゆえに役割もはっきりする。そうだ、我にできることは、こいつらを救うことでも、勝利することでもない。できるだけ多くの時間を稼ぐことだ!)


 そのためには――できるだけ長い時間、死なないことが重要だ。

 5分……いや、2分がいいところだろうか。

 それだけあれば、十分に魔王城の出口まで辿り着くことができる。

 問題はそこから外に出られるかどうかだが、今はそこまで気を回している余裕は無い。


「我は“資格”の所有者。あまねく銀狼を統べる百獣の王。我が覇道を妨げる者、たとえ神であろうとも、氷獣王の加護を纏い裁きを下す――ラグナロク・アウェイクニング!」


 フェンリルがスペルを発動させると、彼の全身を氷が覆う。

 前後の足には、金剛石ですら引き裂く鋭い氷の爪。

 体には、大地神の鉄拳すらも防ぐ氷の鎧。

 そして頭部には、王の権威を象徴する雄々しき氷の兜。


 近接戦闘に特化した、フェンリルの戦闘形態である。

 対人間との戦いにおいて、彼がこの姿になったことは無い。

 つまり数百年ぶりに発動させた、切り札であった。


「――ッ!」


 いつもうるさいほど『わふわふ』言うくせに、無言で食らいついてくる仲間たち。

 フェンリルはそのお行儀の良さを真っ向から否定するように、まず腹の底から声を出し、吠えた。


「ワウウゥゥゥゥゥゥウウウウウンッ!」


 その遠吠えは、銀狼に――というより、彼ら(・・)に長年染み付いた『長に従う』本能を呼び覚ます。

 いくら神器と言えど、理性を完全に操ることは出来ても、本能までは制御できない。

 一瞬、銀狼たちの動きが止まる。

 フェンリルはその隙に後方に飛んで距離を取ると、氷のブレスを彼らの足元に吐き出した。


「グルルルゥゥゥアアアッ!」


 そして今度は飛びかかるように接近すると、氷で強化された爪を振るう。


(すまん、ガルムよ!)


 心の中で仲間に謝りながら、繰り出される全力の一撃。


 ザシュゥッ!


 血を吹き出しながら胴体に傷が刻まれる。

 が、それはフェンリルが思っていたよりも遥かに浅かった。


(肉体も強化されているか!)


 しかも直後、まるで逆再生するように傷がふさがっていくではないか。

 身体能力の強化のみならず、再生能力まで与えられている。

 こうもインチキじみた力があったのでは、万が一、いいや億が一程度に残っていた勝機も完全消滅は免れない。


(元より勝とうとは思っていないが……なっ!)


 真正面からの襲撃を、横に飛んで回避。

 続けて、後方からの攻撃が迫る。


(いつの間に後ろに!?)


 フェンリルは飛び上がり、宙返りしながら、爪を振るう銀狼の頭上を舞った。

 空中に浮かび無防備になった彼を、鋭く尖った円錐形の氷弾が狙う。


「ガアァウッ!」


 それを後ろ足で振り払い、粉砕。

 無事着地。

 すぐさま彼の頭上から、今度は氷弾の雨が降り注ぐ。

 バックステップ、方向転換からの、一旦退避。

 後方から追ってくる暴力的な氷の雨。

 さらに、『逃さん』と言わんばかりに前に立ちふさがる、二体の銀狼。


(逃げるつもりなど無いわ!)


 フェンリルは彼らを避けるように横に飛ぶと、爪を食い込ませながら、壁を走る。

 目指す先にいるのは、氷の雨を降らした個体。

 逃げ道を防ぐために2体使ったせいで、彼は孤立している。

 1対多の相手はしない。

 この限られた空間の中で、いかに1対1の状況を作るかが、より長い時間をかせぐための作戦である。


「ガゥアアァァァアアッ!」


 フェンリルは飛び上がり、爪を振り下ろす。

 銀狼はスペルを中断し、氷の鎧をまとった彼と向き合った。

 そして逃げることも避けることもせずに、真正面から、その爪を自らの爪で受け止める。


 ガギイィィッ!


 力は、拮抗していた。

 フェンリルが上から飛びかかったにもかかわらず。

 氷の鎧をまとっているにもかかわらず。

 拮抗してしまっていたのだ。


(体に満ちた魔力で力の差は理解していたつもりだが、体感すると寒気がするな! ははっ、銀狼が寒気とは面白いジョークだ!)


 自分で言って自分で笑って見ても、気持ちはちっとも晴れやしない。

 相手は強い、確かにそれも辛いことだが、一番は戦っている相手が守るべき仲間だということ――それが一番辛かった。

 仲間を守るために仲間と戦わなければならない。

 なぜ、こんなわけのわからないことになっているのか――


「……フッ!」


「くっ!?」


 眼の前の銀狼とせり合っていると、横から別の銀狼が飛びかかってくる。

 前足を弾き飛ばし、一旦体を浮かせて、側方からの攻撃を前足でガード。

 互いに空中。

 状況はイーブン。

 つまり、フェンリルは力負けして吹き飛ばされる。


「ぐうぅっ!」


 壁に叩きつけられたところに、迫る次の銀狼。

 フェンリルはすぐに立ち上がり、転がるように前に飛び込む。

 直後、彼の居た場所を鋭い爪が切り裂き、壁と床がガゴォンッ! と大きく削られ、砕かれる。


「何という威力っ、直撃は避けね――ばっ!?」


 フェンリルの脇腹が、爪の直撃を受けた。

 吹き飛ぶ体、揺らぐ意識。


 いつの間にこの距離まで近づかれたのか、まったくわからなかった。

 ただの油断だったと思いたいが――実際は視認できないほどの速度で、一瞬にして距離を詰めたのである。

 幸い、氷の鎧のおかげで致命傷は避けられたが、“神の拳すらも耐える”と言われていた鎧は砕け、ひび割れている。

 つまりフェンリル自身にも、相応の衝撃が伝わっていた。


「く、速――」


 ふらつく足でどうにか着地したが、すぐさま次が襲いかかってくる。

 足元を払う爪、転げた所に、首元に食らいつく牙。

 鋭い犬歯が氷を貫通し、分厚い皮膚を破って肉に食い込む。


「ぐああぁぁああっ!」


 身動きが取れなくなると、次は二体の銀狼が、氷の弾丸を交互に降らせる。


 ドゴォンッ! ドゴォンッ!


 まるで大砲でも直撃したような音を響かせながら、砕けた氷の鎧は更にひしゃげ、フェンリルにダメージを与える。


「がっ、あがっ、ぐああぁぁぁあっ!」


 響く苦悶の叫び。

 だが誰も助けに来ない。

 そう、それでいい。

 それこそが――彼の勝利なのだから。


「時間は、十分に……稼いだ。ならば……我、は……」


 諦観ではない。

 役目を果たしたからこそ、終わりを受け入れただけ。


 また別の銀狼がフェンリルの体に牙を突き立てた。

 スペルを放っていた者も、かつて慕っていた長の体に喰らいつく。

 このまま自分は、銀狼たちに貪られ息絶えるのだろう――そう悟り、瞳を閉じるフェンリル。

 そして静かな終わりは――


「わふんっ! お前たち、突撃だあぁぁぁあああっ!」


 ――訪れなかった。

 聞きたかった。

 いや、聞きたくなかった。

 そんな声が響いて、『ウオォォオオオンッ!』と吠えながら、十体ほどの銀狼が駆けてくる。


「馬鹿な……なぜ……っ! やめろっ! お前たち、早く逃げるんだあぁぁぁぁああっ!」


「わふわふっ、逃げれるわけないだろ!」


「わふんっ、フェンリル様あっての我々です!」


「わふぅんっ、作戦は練ってきたのさ!」


「こいつらに作戦など――」


 あっても無意味な力量差を、フェンリルは身をもって知った。

 だが彼らは止まらない。

 もちろん、これだけの敵意を向けられて、操られた銀狼たちもただ見ているだけなはずがない。

 フェンリルから牙を引き抜き、迫り来る群れと向き合う。


「やめろぉぉおおおおおっ!」


「わふっ、とりゃあぁぁあああっ!」


 先陣を切った“ハティ”は、まだ若いが、勇ましく優秀な銀狼だった。

 いつかフェンリルの側近になると息巻き、周囲と衝突することもあったが、実に頼もしい、将来が期待できる存在だ。

 そんな彼は――大きく口を開きながら敵に立ち向かい、そして片手で軽く吹き飛ばされた。


「くぅ……ん」


 バチィンッ! と強く壁に叩きつけられ、口から血を流しながら、一瞬で意識を失うハティ。

 彼はずり落ちるように地面に横たわる。


「ぼ、ぼくだって……ワオォォオオオンッ!」


 震える体で、ハティに続く“フレキ”。

 気弱な彼はハティの幼馴染で、真逆の正確をしたハティにいつもついて回っていた。

 だがフェンリルは知っている。

 フレキが、やる時はやる男だということを。

 ハティに隠れがちだが、ここぞというときの勇気は大したものなのだ。


 だから――ハティに続いて飛びかかった彼は、爪に引き裂かれ、声もなく床に転がる。


「ハティ……フレキ……」


「フェンリル様、今のうちですぞっ!」


 参謀である“コルン”がフェンリルを呼んだ。

 悲しいのに、体は動く。

 そんなものは望んでいないが、彼らの犠牲を無駄にしてはならないと、動いてしまう。

 もちろん操られた銀狼たちはフェンリルを追ったが、駆けつけた仲間たちが壁となり、犠牲となって彼を守るのだ。


「なあ、作戦というのは、まさか……」


「私たちが身をもってフェンリル様をお守りし、あなたを逃がすという作戦ですな」


「ふざけるなぁッ!」


 いつも温厚なフェンリルが、珍しく声を荒らげた。

 足を止めて説教してやりたい気分だったが、そういうわけにはいかない。

 なぜならば、今も現在進行系で、背後からは犠牲になった銀狼たちの苦しげな声が聞こえてくるからだ。


「馬鹿なことを言うんじゃない、群れを守るのが長である我の務めだぞ! 今、命を賭けるべきは我だ!」


「フェンリル様は……守りすぎたのですよ。あなたは、あまりに偉大な長だった」


「何を言いたいのだっ!」


「あなたが居なければ、私たちは群れでいられない」


「新たな長が生まれるだけだ!」


「普通の群れならそうでしょう。ですが、私たちは違います。フェンリル様がいたから、群れでいられた――皆、そう思っています。ゆえに、この結論に達しました」


「そのような……こと……っ」


「フェンリル様さえ生きていれば、群れは再興できます」


「それに……何の意味があるというのだ……っ!」


 フェンリルの瞳から涙が溢れる。

 彼の表情を見て、並走するコルンは思った。


(だからこそ――私たちはあなたを守りたいのです)


 そんな彼の決意は、一人のものではない。

 それを、身をもって証明していく銀狼たち。


 正面から、雄の銀狼が近づいてきて――すれ違う。

 その瞬間、彼はニィッと、フェンリルに向けて歯を見せて笑った。


「ウプウアゥト……」


 ダークネスとの会合にも一緒に向かった彼は、群れの中では古参である。

 今でも若者のように血気盛んだが、そこそこ歳はとっているのだ。

 とはいえ、銀狼の寿命は長い。

 戦闘能力の衰えはまだまだ先の事、今はまだまだ現役の、フェンリルに次ぐ群れの戦士であった。


「わふんっ! 俺に勝とうなんざ、まだまだ1000年ぐらい早いぜえぇぇええっ!」


 そんな彼も――神器を装備した相手の前には無力。

 前足を氷の槍に貫かれ、首筋に食らいつかれる。

 聞こえてくる、苦しげな叫び。

 フェンリルは俯き、首を左右に振った。


「そろそろ、私も行かなければなりませんな」


「コルン……」


 足を止め、フェンリルに背中を向けるコルン。


「どうかご無事で。あなたさえ生き残っていれば、私たちの“群れ”が生きた証は残りますからな!」


「う……ううぅ……うおぉぉおおおおおおっ!!」


 振り返らない。

 別に覚悟したとか、決意したとか、そういう話じゃない。

 怖かったのだ。

 守りたかったものが、壊れていく姿を見るのが。


 そして、魔王城の出口が近づいてくる。

 フェンリルは扉を突き破って、外に出た。

 そこで彼を待っていたのは、首のあたりにじゃしんさん人形をぶら下げた彼女――


「無事だったのか!」


「私は一番弱いので、一番前に……」


「そうか……とにかく逃げるぞ!」


「は、はいっ!」


 二人は並んで、魔王城の“端”を目指して駆ける。

 そこには門があるはずだ。

 現在どこに繋がっているかはわからないが、もし魔王が“閉じて”いなければ、外に出ることができる。


(まあ、望み薄ではあるがな……これは魔王が仕掛けたことなのだから)


 最初から、群れの銀狼たちを逃したのはそれ自体が“賭け”だったのだ。


(まったく、頭の足りてない仲間たちだ。本当に……本当に……っ)


 銀狼は鼻がきく。

 ここまで離れていても、城内から漂ってくる血の臭いはわかってしまうのだ。

 それが誰のものなのかも含めて、全て。


「わふん……フェンリル様、どうしてこんなことになっちゃったんですか?」


「わからん。神器が何なのかも、魔王様が何を考えているのかも!」


「魔王様が……?」


「我々は駒に過ぎないのか? それとも、あのサーヤという少女がそこまでして滅ぼさなければならない相手なのか!? わからんっ、我にも何もわからん! だが今は――あの少女を、頼るしかあるまい」


「サーヤさんをですか? じゃあ、フェンリル様は帝都に行くんですね」


「そのつもりだが――」


 門が見えてきた。

 同時に、その前に立ちはだかる、桃色の髪をした少女の姿も。


「シルフィードさんっ」


「近づくな、マーナっ!」


「わふっ?」


「両腕を見ろ。彼女も、あれに操られているのだ」


「そんな……」


「シルフィードのスピードは本物だ。あいつらと同じく神器を身に着けたのなら、さらに強くなっているだろう。消耗した我では、逃げるのは難しいな……万事休すか」


「……い、いえ、違います」


 諦めかけたフェンリルは、何時になく力強いマーナの声を聞く。


「私が……フェンリル様を、逃します」


「何を言っているんだ、そんなの無理に――」


「死ぬことを覚悟すれば、できないことはありません。1秒か、それにも満たないぐらいかもしれませんが、フェンリル様なら門にたどり着けるはずです。わふ、わふっ!」


「やめろマーナ、我はこれ以上、誰かが傷つく所を見たくはない!」


「わ、私は、もっと、フェンリル様が思ってるよりもっと、あなたが傷つくところを見たくありません! わ、わふうぅぅぅんっ!」


 頼りない咆哮をあげながら、シルフィードに立ち向かうマーナ。

 もちろん、足止めなどできるはずもない。

 軽く腕を振るえば、それで終わりだ。

 彼女は、これまで犠牲になった仲間たちよりもさらに強い力の奔流を叩きつけられる。


「きゃうううぅぅんっ!」


 より悲痛な叫び声を響かせながら散ってしまうのだ。

 だから、フェンリルは前しか見ない。

 ただただがむしゃらに、湧き上がる負の感情を全て牙で噛み砕いて、前身する。

 シルフィードの横を通り抜け、伸ばされた腕を体をよじって回避し、門に突っ込む――




 ◇◇◇




 門を抜けた先は、鬱蒼と茂る森の中だった。


「はっ……はっ……はっ……」


 木々の狭間から、高い山が見えた。

 それで現在位置を把握する。


「は……はは……そう、か……魔王様、あなたは……どうあっても、我に希望を失わせないつもりなのですね? 希望を見せて、奪うことに悦びを見出しているのですね?」


 門を抜けられた時点でおかしいとは思ったのだ。

 逃したくないのなら、外に繋がなければいいのだから。

 だがフェンリルは門を抜けた。

 そして、帝都からはるか遠い場所に、その出口を繋げていた。

 彼を逃がすために。

 逃して、逃して、あと少しで帝都に辿り着くあたりで、捕らえるために。

 その思考は、サディストのそれだ。


 フェンリルの近くの空間が歪み、開いた門の向こうから、神器をまとった銀狼が現れる。

 その数は五体。

 誰もが赤い液体で汚れている。

 彼らが現れたということは、魔王城に残っていた仲間たちは全員、もうやられてしまったのだろう。


「ですが、我にも意地がある。“どうあっても”我を捕らえたいのなら、“どうあっても”逃げてみせよう! 四天王――否、この世で最も愛おしき“群れの長”としてッ!」


 強く宣言し、木々の間を縫うように走り出すフェンリル。

 神器を纏う銀狼たちは、すぐさま彼の追跡を開始した。




 ◇◇◇




 ぼろぼろになりながら逃げる銀狼の長の姿が、ハルシオンの目の前に浮かび上がっている。

 彼女は、魔王城の自室で逃走劇を眺めていた。


「希望は奪われるもの。奪われて初めて輝くもの」


 ハルシオンは虚ろな瞳で、うわ言のようにつぶやく。


「魔王とは、そういうもの……」


 目を細め、過去の光景と彼の姿を重ねながら。




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