037 もしフレイグが女ならファーニュに食われていたので逆に男でよかった
「ちんちんないない病は……存在しない……?」
フレイグはいつになく絶望的な表情を見せていた。
それほどまでに、彼にとってはショッキングな事実だったのである。
「当たり前よ。古今東西、ありとあらゆる毒と病に精通したウチが言うんだから間違いないっつーの」
「くっ……四天王は闇の力に満ちている。負の叡智をダークネス・アカシックレコードから引き出すのは容易だということか……」
「てかさ、いくら馬鹿でもそれを信じるとかありえなくない?」
「馬鹿ではない! 俺は確かに見たんだ、ちんちんないない病にかかった人間の姿を!」
「……」
ティタニアはシーファを見ながら、無言で頭を人差し指の腹で軽く叩いた。
どうやら『こいつ頭大丈夫?』と言いたいようだ。
するとシーファは、心の底から申し訳なさそうに語りはじめた。
「実は……僕がち、ちんちんないない病の話をフレイグにしたあと……」
「ここで恥じらうのはポイントが高い」
「ニーズヘッグ、ちょっと黙ってようぜ」
「その話が、フレイグの両親に伝わってしまって」
「もしかして、こいつの両親は“乗っかった”ワケ?」
こくん、と頷くシーファ。
「乗っかったという言葉の意味がわからないが、父も一時期はちんちんないない病を患っていた。母との闘病生活は、それはもう壮絶なものだったそうだ」
「子が馬鹿なら親も馬鹿ね……」
「人の親を馬鹿と言うな! 光に満ちた勇者である俺を生み出した、聖母と聖父と呼ばれていたんだぞ!」
「……もしかして、こいつが勇者バカなのって、親の影響なワケ?」
またもや無言で頷くシーファ。
ティタニアの頬がひくつく。
フレイグ自身の頭がちょっと弱いのも問題だが、こうなってくると、翻弄されたフレイグも不憫だ。
「親だけではない。町の人々も俺のことを“選ばれし人間”と呼んでいたし、ちんちんないない病を『逃れられぬ宿命』と呼び、町ぐるみで戦っていたはずだ! なあ、そうだろうシーファ!?」
「フレイグ、それは……町の人たちは、冗談のつもりで言ってたんだと思う」
「なん……だって……!?」
「フレイグは全てを知った上でそういう役を演じているだけだって思ってたみたいだから。だからみんなもそれに乗っかって、なりきって楽しんでたんだよ」
「ノリの良さが引き起こした悲劇」
「加害者なんて誰もいなかったってわけだな」
「アホとアホが交わった結果っつーか……」
同情するニーズヘッグとファフニールに、呆れるティタニア。
一方で真実を聞かされたフレイグは、さらなる絶望の淵へと落ち、ついに膝をついてしまった。
「ちんちんないない病など存在しなかったというのか……全ては、町の人たちのノリの良さが引き起こしたことだと……ならば、俺の力はどうなる! 体に満ちた光によって身体能力が向上する勇者の証は!」
「そういうスペル、としか言いようがないかな。たぶん、フレイグの気持ちが高揚すると、身体能力も上がるんだと思う」
「なるほど、実際にそういうスペルは持ってたわけか」
「そのせいで余計に信じ込んでしまった」
「ならば……俺は勇者などではなかったということか。そして、シーファは……」
「うん、女だよ」
「女……シーファが、女で、俺は勇者では……無い……」
がっくりと、地面に手をついて崩れ落ちるフレイグ。
彼の見てきた世界の全てが、反転した瞬間であった。
「まあ、サーヤの方が強い時点でそれははっきりしてたって言うかぁ。魔王様もわかった上で遊んでたのかもネ」
「魔王様は相変わらず謎が多い」
「あたしもあの人ばっかりは理解できないねえ」
モンスターたちから見ても、魔王というのはブラックボックスの塊のような存在であった。
いつの間にか王として君臨し、いつの間にかモンスターを統率していた。
しかし、こうして離れてみると、なぜ従っていたのか、その理由はぼんやりとしている。
それはさておき。
シーファは崩れたフレイグに近づき、しゃがみこんで、彼の手を握った。
「でもね、僕にとって、フレイグは間違いなく勇者だよ。そりゃあ、たまにバカだなぁ思うことはあるし、猪突猛進すぎて困ることもあるけど、僕が危なくなったら、他の事を放り出してでも助けてくれてきたから」
「シーファ……」
「だから、変わる必要なんて無いと思う。フレイグは、今まで通り、勇者のまま」
「なあ、シーファ」
「なあに、フレイグ」
フレイグは焦燥した様子で、低い声でシーファに問いかけた。
「お前は……俺のことが、好きなのか?」
「……ふぇ?」
突然のことに、シーファは彼の言葉を理解できない。
混迷がさらなる混迷を引き起こす予感の中、フレイグはなぜそう思うに至ったのか、経緯を語りだした。
「今までの出来事を思い出していたんだ。シーファを同性の親友と思っていた頃の記憶を、幼馴染の女の子相手だと置き換えたらどうなるのかを」
「別に同性のままでも問題は無いと思う」
「ここも黙ってた方がいいぞ、ニーズヘッグ」
価値観は人それぞれである。
「手を掴んだ時。抱きしめた時。同じテントで眠った時。そして川で水浴びをした時。俺は、シーファ……お前のことを、恥ずかしがり屋だと思っていた。事あるごとに頬を赤く染め、男同士で抱き合ったぐらいで慌てふためいていたからな」
「フ、フレイグ……ど、どど、どうしたの? そんなに察しのいいフレイグ、らしくないよ?」
「勇者らしい言動をする必要が無いと思うと、急に頭がクリアになったんだ」
「そこに脳のリソースを消耗してたの!?」
「確かに無駄に難しい単語を使おうとしてた節はあったケド……」
「らしくないよフレイグ! 元の勇者バカなフレイグの方が似合ってるよ!」
「だが、そのバカがお前を傷付けてきたんじゃないのか!?」
「ち、違うよ! 僕はフレイグと一緒にいられて幸せだった! 心の底から、フレイグの隣に親友としていられる自分が誇らしかったんだ!」
「答えになってないだろう!?」
「そ、それは……」
「俺だって、お前と同じだ。親友のままでいたかった。同性の友達として、いつまでも馬鹿やってたかった。だがそれは、本心を偽ってまで続けるべきことなのか? ちゃんと向き合って、新しい形で幸せを手に入れるべきじゃないのか!?」
「フレイグ……僕は……」
本格的にラブロマンスの様相を呈す情勢。
さすがに入り込めなくなってきたティタニアたちは、気まずそうな表情で黙ってその様子を眺めていた。
「本気でシーファがそれでいいんなら、俺は今までどおり、お前を男として扱う。一緒にバカなことやって、ゲラゲラ笑って、心の底から楽しいと思える友人関係を続ける」
「……うん」
「それで、いいのか? もし今後、魔王が倒れるようなことがあれば……俺は、モテるぞ」
自惚れる勇者。
「だろうね。フレイグ、かっこいいから」
それをあっさり認めるシーファ。
「……“だろう”なの?」
「あたしにもわからん」
「ただの惚気な気がする」
混乱するオーディエンスたち。
「正直に言うが、俺も男だ。おっぱいのでかい美人のねーちゃんに言い寄られたら、心が揺らがないとも言い切れない」
「ファーニュみたいな?」
「そうだな」
「ああいうのが、好みなの?」
「おっぱいは大きいほうがいいな」
「くっ……」
「だが、それを差し引いてもシーファという存在は魅力的だ」
「……っ!?」
「男だろうと女だろうと、ずっと一緒にいたいと思える、かけがえのない存在なんだ」
「そ、そうなんだ……」
「シーファ、今、嬉しそうな顔をしたな」
「え? あっ……」
「それがお前の本音か」
「ち、ちがっ!」
「違うのか?」
「いや……違わない、けど……あ、待って。やっぱり違う!」
「違うのか……」
「ああっ、落ち込まないで! じゃあ、じゃあやっぱ違わない!」
「違わないのか!」
「でも違うって言わないと認めることに……」
「違うのか……」
「いや、ち、ちがわな……っ」
「どっちかはっきりしろし!」
思わず声をあげるティタニア。
だが二人の世界には届いていない。
「まあまあ、ティタニア様落ち着けって」
「引き伸ばしが露骨なラブコメみたいな問答」
「ニーズヘッグ、お前はどこでそんな言葉を覚えてくるんだ?」
「レトリー先生」
「ああ……」
じわじわとその毒をモンスターにも広げつつあるレトリー。
彼女の創作物は、触れたことのないモンスターたちにとってはさぞ刺激的に違いない。
「ああ……もう、わかったよ、言うよ。違わないっ! 嬉しかった! フレイグが僕のことを大事に思ってくれてると思うと……胸が、どきどきして、体が熱くなるんだ。ほら、言ったよ。言ったから、フレイグも返事をしてよ!」
「……へ?」
「えっ、いや、その反応は何? なんで『まさか俺が言うとは思わなかった』みたいな顔をしてるの?」
「まさか俺が言うとは思わなかった」
「ずばりじゃん!?」
「聞くだけ聞いて満足しようとしていた」
「極悪非道だよ!」
「まるでヤリ逃げ」
「例えがひでえな」
「こうなったら、フレイグにも絶対に言ってもらうから。言っちゃったからには、はっきりと僕たちの関係にケリを付けてもらわなきゃ!」
「わかった。好きだぞ、シーファ」
「あっさりぃ!?」
「当然だろう、俺とシーファの仲だぞ? 望むのなら何にだってなれる」
「フレイグ……本気で言ってるの?」
「本気以外でこんなことを言うやつがいたら、勇者である俺がぶった切ってやろう」
「ふふっ……かっこつけすぎだよ」
「わざとらしかったか?」
「ううん、とびきりかっこよかった」
そして――二人はひしっと抱き合った。
勇者パーティから二組目の恋人が誕生した瞬間である。
「私にはわかる。この作者はカプ厨」
「誰に言ってんだよニーズヘッグ!?」
「いわゆるメタ発言。きっと神様は見てる」
「わかんねえ……レトリー語ってやつなのか……」
「てかさ……ウチら、一体何を見せられてんの?」
「茶番だろ」
「茶番」
「なるほど茶番……」
ティタニアは疲れた表情で、硬く抱き合うフレイグとシーファを眺める。
「……帰ってサーヤちゃんで癒やされよ」
そして二人に興味をなくしたように、ふいっと踵を返した。
ニーズヘッグとファフニールもそれに続く。
「シーファ……」
「フレイグ……っ!」
完全に二人の世界に突入したフレイグをシーファを放置して、並んで歩く三人。
「私も帰ったらご主人様の唇をねぶりたい」
「またセレナに殴られっぞ?」
「ウチも殴るし」
「と見せかけて釣れたセレナの唇を蹂躙したい」
「それは面白そうだな」
「あんたらの貞操観念はどうなってんのよ……」
「ドラゴンにとってはただの挨拶」
「それを言い訳に好き放題やりすぎだと思うんですケド」
「ティタニア様もご主人様とやればいいじゃんか」
「はぁ!? できるわけないし! ドキドキしすぎて気絶するし! 今もっ、ほら、想像しただけでヤバいことになってるし!」
「ティタニア様あざといよティタニア様」
「あざとい言うな!」
「じゃあ処女営業」
「言葉を選べっつうの変態ドラゴン!」
「じゃあティタニア様って、サーヤのことを抱きたくねえのか?」
「はぁ? そういうんじゃないし!」
「なら一生抱かなくていいんだな?」
「そういうわけでもないし!」
「どっちなんだ……」
「ティタニア様も快楽を知れば素直になるかもしれない」
「んなことやったら殺す! つか触ったら死ぬし!」
「ならサーヤに教えてもらうしかない。そのために私がサーヤに教え込んで、それをティタニア様に――」
「あんたはどこまで歪んでるんだか……」
「上司にそう育てられた」
「こんな時だけ部下面すんなっつぅーのッ!」
「ティタニア様とニーズヘッグは仲いいなぁ」
「よくないし!」
「マブダチ」
「上司に対する敬意の欠片も無いんですケド」
「……? 魔王軍を辞めたからもう部下じゃない」
「さっきと言ってること! ぜんぜん! 違うんですケド!」
「あっはははははっ、本当に仲いいんだなぁ」
「ソウルメイトだから」
「またわけわかんないことを……つかファフニール! あんたもニーズヘッグを調子に乗らせないでもらえる!?」
ティタニアたちはそのまま、きゃっきゃとじゃれあいながら宿に戻った。
ティタニア本人にはそのつもりは無かったらしいが――周囲から見た三人は、仲のいい友人そのものだったという。




