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034 春、始まる音。

ガチ百合時空、まだ続きます。

 



 かくして、モンスターの少女を家に連れ帰ったマーリン。


「……散らかってる」


 少女は部屋を見るなり、そう呟いた。


「生活能力皆無で悪かったわね」


「そんなこと、言ってない。お手伝いさん、雇ってるの?」


「そんな面倒なことしないわよ。ゴーレム、こっち来なさい」


 マーリンに呼ばれ、部屋の奥から女性が現れる。

 どこからどう見てもただの人間にしか見えない。

 唯一特徴的なのは、顔に儀式めいたタトゥーが施されていることだろうか。


「この人は?」


「だからゴーレムよ。私が作ったの」


「作った……? ほとんど、人間にしか見えないけど……」


「実際、ホムンクルスの出来損ないみたいなものだもの。人間の肉体を試験管で作るのには成功したんだけどね、自意識ってやつを持ってくれなかったの。やっぱり肉体を使って魂を入れるより、魂を実体化した方が早いのかしらね……」


 ちょっと聞いただけでもヤバそうなことを話しながら、マーリンはテーブルの上に散乱した書物を薙ぎ払うように下に落とした。

 どうやら片付けているつもりらしい。


「ここ、座っていいわよ」


「しつれい、します」


 少女が腰掛けると、その向かいにマーリンは座った。

 向き合う二人。

 マーリンは少女をじろじろと観察しはじめた。


「……何?」


「服のサイズを測ってたの。ひとまず今日は私のを貸すけど、明日にでも店に行く必要があるわね。ああそうだ、ゴーレム、お風呂沸かしといて」


 思い出したように、ゴーレムに指示を出すマーリン。

 女性の姿をしたゴーレムは無表情に、相槌すら打たずに、風呂場に向かって歩いていった。

 それを少女は目で追いかける。


「みんな不気味だって言うわ」


「えっ?」


「あのゴーレムよ。一部の魔術師が使うんだけどね、基本的に無機物を素材に作るのよ」


「そうなんだ」


「うん、だからおかげで、面倒な奴らが寄り付かなくて助かってるわ」


「……わざと?」


「副産物ではある。でも今も使ってるのはわざとね、魔除けみたいなものよ」


「あの……おねえさん」


「ん、お姉さん? あー……名前、教えてなかったわね。私はマーリンよ、この国じゃ賢者なんて呼ばれ方もしてる」


「マーリンさん」


「呼び捨てでいいわ」


「マーリン」


「オーケイ、それで行きましょう」


「マーリンは、有名人なの?」


「そうねえ、一応国一番の魔術師とは言われているわ」


「すごい人なんだね」


「ええ、そこに関しては自信があるわ。ただ私の才能のせいで、面倒な連中が寄ってくるんだけどね」


 マーリンはその気になれば、いくらでも金など稼げる。

 だが魔導国家ジェミナスの偉い方々は、どうにか彼女に恩を売ろうと、半ば押し付けるように金や宝石などを送りつけてくるのだ。

 他にも、魔術師が弟子になりたがったり、技術を盗もうとしたり――


「スペルっていうのは、個々の才能に左右されるもの。私から技術を学んだり、盗んだりしたって、結局は自分でどうにかするしかないのにね」


 うんざりしたようにマーリンは言った。


「つかれてるの?」


「とても」


「いやになったの?」


「そのはずだった。何なら、いきなり大暴れしてこの国を潰してやろうかとも思ってたぐらいよ」


「でも、私を買ってくれた」


「たぶん逆よ」


「……?」


 マーリンは頬杖をつくと、ほんのり赤くなりながら言う。


「あんなにイライラしてたのに、あなたを見たらその気持ちが消えたの。だから、何となく、あなたを買ったほうがいいと思ったのよ」


「気持ちが、安定した?」


「そういうことになるわね。まあ、私にも理由なんてわかんないわよ」


 ただ、惹かれた。

 わかることはそれだけだ。


「でも買った以上は、幸せにする。だって賢者マーリンの近くにいさせてあげるんだもの、そんじょそこらの連中より幸せにならなきゃ嘘だわ」


「そうなの?」


「そうなの! それで――えっと、そうだ、あなたの名前、聞いてなかったわね」


「わからない」


「名前が? モンスターだって、あなたぐらい知能があれば名前を付けるものだって聞いたけど」


「父様は、私に名前は必要ないと言った。言葉も、心も。だから」


 それを聞いて、顔をしかめるマーリン。


(父様……それなりに有力なモンスターの娘ってこと? 少なくとも、核持ちの“作り出された”モンスターじゃないってことね。そんで、微妙に言葉が拙いのは……その教育方針のせい、か)


 ならば彼女が奴隷商人に売られていた理由もわかる。

 おそらく、そんな実家に嫌気がさして、一人で飛び出してきたのだろう。


「わかったわ。なら今日からあなたの名前は“ハルシオン”よ!」


「ハルシオン? どうしてその名前に?」


「聞きたい?」


 こくり、と少女は頷く。

 するとマーリンは自信に満ちた笑みを浮かべ、言い放った。


「かっこいいでしょ?」


「うん、かっこいい」


「そういうことよ」


「そういうこと……」


 実際は、そういう名前の精神を安定させる薬があるのだ。

 だが、マーリンは面倒なのでそこまで語らなかった。


「ハルシオン。私は、ハルシオン……」


 自分に言い聞かせるように、少女はそう繰り返す。

 瞳を閉じ、胸の前で両手を握り、その名前を染み込ませていく。


「ハルシオン……とっても、かわいい名前」


「む、かっこいいじゃないのね……でも確かにかわいらしさもあるわね。気に入ってくれた?」


「うん、気に入った。とても、とっても、気に入った」


 ハルシオンが笑うと、マーリンも一緒に微笑む。


「よし、命名も済んだ所で、お風呂タイムと行きますかっ」


 ちょうど風呂の支度が終わったらしく、ゴーレムが戻ってきた。

 マーリンはハルシオンを連れて風呂場へ向かう。


 そして脱衣所で当然のようにマーリンも服を脱ぎだし、一人で入ると思っていたハルシオンを驚かせ、恥じらう彼女からスペルを使って衣服を強引に引き剥がした。


「お、落ち着いてマーリン……私、一人でできるから」


「そうはいかないわ。見えないところの方が汚れてるものだもの」


「でも、そこまでしなくてもっ、ひゃんっ!?」


「それにせっかく綺麗な肌なんだから、きちんと洗わないともったいないわ」


「だけど、ここまで行くともうっ、ひあ、あぁっ、ただのお風呂ではっ! そんなとこまでっ、ああっ、ああ~っ!」


 その後マーリンは、それはもう丁寧にハルシオンの体を洗ったという。




 ◇◇◇




 お風呂場でのスキンシップを境に、距離を縮めた二人。

 その日は少し大きめのマーリンの服を着せ、同じ食卓を囲み、同じ布団で眠った。

 以降も、食事はもちろんのこと、風呂、就寝に関しても、初日の流れで一緒にすることになった。


 最初こそマーリンの距離の近さに戸惑うこともあったハルシオンだが、徐々に慣れ、やがて彼女から甘えるようになっていった。

 もっとも、マーリンは別に意識してそうしたわけではない。

 ただ、日常的に他人と関わることがあまり無かったので、距離感がわからなかっただけだ。

 最終的にハルシオンと仲良くなれたのだから、結果オーライというやつなのだろう。


 それから数日のうちに、『賢者マーリンがモンスターを買った』という噂が流れ始めた。

 マーリンは堂々とハルシオンを連れ歩いていたのだから当然である。


 奴隷モンスターの使いみちなど限られているので、周囲はもちろん、“そういうこと”に使うのだと考えた。


『賢者も人の子だな』


『穢らわしい』


『やはり魔女は魔女か』


 厳しい意見も多く聞かれたし、


『王族の求婚を断ってきた理由がはっきりした』


 ハルシオンが女性だったため、そんな噂を流す者まで現れた。

 どちらにしろ、肯定的な反応は皆無だったわけだ。

 元より、帝国との戦争に積極的に参加しないマーリンへの風当たりは強かった。

 そういった反応になってしまうのも仕方のないことだろう。


 もっとも、マーリン自身は一切気にしていなかった。

 元から唯我独尊な性格だったため、周囲の悪評など全く歯牙にもかけなかったのである。

 だが、そんな彼女にもやがて限界が訪れる。


「戦争に参加せずに、モンスターを買って喜ぶ役立たず賢者めー!」


「帝国の人間を殺さないならお前なんてモンスターと一緒だ!」


「その気味の悪いモンスターと一緒に死んじゃえーっ!」


 ある日、ハルシオンと道を歩いていたマーリンに、子供たちが石を投げた。

 もちろんスペルによって防がれ、彼女は無傷であったが、向けられた言葉の数々は強烈に印象に残った。

 そしてマーリンは決意したのである。


(国の方から『戦いには参加しなくていいんで』って言われたからここにいるだけだってのに。わかったわ、そんなに嫌なら、もっと見せつけてやりましょう!)


 その日以降、マーリンは以前にも増して堂々とハルシオンを連れて歩くようになった。

 手をつなぎながら、ごきげんな日は腕を絡めながら、大通りのど真ん中を二人で歩く。


「こんなに高いの、いいの?」


「いいのよ、これぐらいじゃないとハルシオンと釣り合いが取れないもの」


 人々の視線を一身に受けながら、ハルシオンに豪勢なアクセサリやドレスを買ってみたり。


「これ、すごくおいしいよマーリン!」


「でしょお? でも次はもっとすごいのが出てくるわよ」


 高級レストランで一番高いコースを頼んでみたり。


「うわああ……きれい……」


「私ぐらいになるとね、これぐらいできちゃうのよ」


 ハルシオンのためだけに、夜空にスペルで作り出した花火を打ち上げてみたり――それはもうやりたい放題だった。


「マーリン、すごい!」


「ふふふ、もっと褒めなさい。褒めれば褒めるほど、私の中にあるエナジーが高ぶっていくわ! ふははははははっ!」


 一流ホテルのバルコニーで、華美なドレスを身にまとい、ワイングラス片手に高笑いするマーリン。

 その様はどう見ても悪の帝王そのものだったが、ハルシオンは幸せそうに笑いながら彼女の姿を見ていた。


「ねえマーリン、エナジーって何?」


「ふっ……なんかかっこいいでしょ?」


「かっこいい!」


「そういうことよ」


「なるほど!」


 最初はボロボロで売られていたハルシオンも、この頃にはすっかり元気になり、ガリガリだった体つきも健康的に膨らんできた。

 美人さにも拍車がかかり、マーリンが気を抜くと、一瞬でその瞳に吸い込まれてしまいそうになるほどだ。

 だが、最近は彼女もそれに慣れてきた。


 別に顔を見てどうも思わなくなったわけではなく――受け入れられるようになったのだ。

 ハルシオンは見惚れてしまうほどにかわいい。

 とてつもなく魅力的だ。

 自分は惹かれている。

 それならそれでいいじゃないか、と。


 もっとも、現状はまだそれ以上(・・・・)踏み込んではいない。

 ただ、見せつけるとか、見返すとか、そういうのを差し引いても、単純にハルシオンに幸せになってほしい。

 心の底から、そう思う。


「ねえハルシオン。今、幸せ?」


「うん、幸せ。私がこの世に生まれてきてから、一番幸せっ!」


「ならよし! 私、宣言した通りに全力であなたのこと幸せにするつもりだから。今後もよろしくね?」


「ねえマーリン」


「なあに?」


「あのね、でも私、別にマーリンがすっごくお金をかけてくれるから幸せってわけじゃないの。確かにそれも楽しいし、嬉しいけど、もっと大事なことがあって――」


 夜空に花火が打ち上がる。

 アストラルの街並みが鮮やかな光に照らされる中、ハルシオンは満面の笑みを浮かべながら言った。


「マーリンが一緒にいるから、幸せなの!」


 吸い込まれる。

 瞳に、笑顔に、そして――感情に。


 一つだけなら耐えられた。

 二つまでなら我慢できた。

 だが三つとなると、さしもの賢者も、衝動を理性で抑えることができない。


 体が動く。

 顔が近づく。

 初めてのくせに、やけにスムーズな動きで、マーリンはハルシオンの唇を奪っていた。


「……!」


 最初こそ驚いていたハルシオンだが、すぐに目を細め、うっとりと身を預ける。

 両頬に当てられたマーリンの手に自らの手を重ね、ぬくもりを感じる。


 どぉーん、と打ち上がる花火の音が、やけに遠く聞こえた。


 数十秒間唇を重ねた二人は、ゆっくりと、名残惜しそうに離れていく。

 マーリンはとろんとした瞳で、ハルシオンを見つめた。


「言い訳は、しないわ。したいと思ったから、しただけよ」


 と言いつつも、若干の罪悪感があるのか、少し気まずそうである。

 一方でハルシオンは、真っ赤に染まった両頬に手を当てて、とろけたような笑顔を浮かべている。


「えへへ……」


「嬉しかったの?」


「……それは、もう。とっても。こうなったらいいなって、思ってたから」


「そう。その……いつから?」


「一緒に暮らしてるうちに、いつの間にか。でも、思い返してみると……最初から、だったのかも」


「一目惚れってやつね」


「うん、そういうやつ」


「んじゃ……私と一緒ね」


「へ?」


「思い返してみれば」


「そう、なんだ……」


「そうなのよ」


「そっかぁ……んへへぇ……私とマーリン、運命の赤い糸ってやつで、結ばれてるのかもね……」


「どこでそんな言葉を覚えてくるんだか」


 照れ隠しをするように、ぶっきらぼうに言い放つマーリン。

 二人が出会ってから半年。

 その日、曖昧だったその関係に、恋人という名前が付いたのだった。


(これが人生の春ってやつかな……)


 冷たい夜風に吹かれても、なかなか熱は冷めない。

 いや、どんなに冷気でも、きっとこの温度を奪うことはできない。

 それならもっと浮かれてしまえ――と、マーリンは再びハルシオンに顔を近づける。

 彼女は幸せそうに首の後ろに腕を回すと、花火に照らされたシルエットが、一つに重なった。




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