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032 300年経っても終わらないリリーリリック

 



 サーヤたちが図書館に向かっている頃、ティタニアは帝都をぶらついていた。

 通行人にぶつかってもいいように、上着は長袖だし、スカートも長く、手袋で指先までカバーしている。

 もっとも、人混みは自然と彼女を避けていたが。


「人間の世界は廃れたって聞いてたけど、ここは割と元気なのねー」


 ただし、品の少ない店もあれば、少し路地に入ると物乞いらしき人間の姿も見えていたが。

 戦争で疲弊した国とはそういうものだ。


「ま、ウチには関係ないケド」


 ティタニアの目的は、人間を観察することではない。

 サーヤへのお見舞いの品を購入しにきたのだ。


「好物とか聞いてないしぃ、無難にお守りとかがいいのカナ。ははっ、毒の四天王がお守りとか超ウケるケド」


 ぼそぼそとそんなことを呟きながら、店を見て回るティタニア。

 すると道の往来で、ニーズヘッグとファフニールに出くわした。


「ふぃふぁにあひゃま!」


「ふぉふふぉ」


「せめてそのまんじゅうを口から退かして喋れっての……」


 両手には荷物、口にはまんじゅう――いかにも帝都を満喫しています、と言わんばかりのスタイルであった。


「あんたらほんと馴染んでんだね」


「はむっ……まあな、ご主人様の弟子ってことになってるし、一応、セレナのおかげでギルドのお墨付きももらえてるらしいからな」


「暴れさえしなければ、割とおおらか」


「人間ってモンスターを見ると無条件で敵対するもんだと思ってたケド」


「そりゃあたしらだって同じだろ?」


「私、人間を一人も殺さずに、こんなに長く過ごすの久しぶり」


「そういや、ウチもそうかも……」


 以前のティタニアなら、これだけ沢山の人を見たら、『何秒でどれだけ殺せるだろう』と計算するところだったが、今は頭によぎることすらない。


(サーヤのことばっか考えてるからカナ……?)


 人間のことを考える脳のスペースが残っていないのか。

 はたまた、心境の変化が生じたのか。


「ところでティタニア様はなんで一人でここにいたんだ?」


 ティタニアが歩きだすと、ファフニールとニーズヘッグはその両側にぴたりとくっつく。

 ドラゴン特有の距離の近さに、ティタニアは微かに頬をひくつかせつつも、特に何も言わずに前に進んだ。


「サーヤに何か買っていこうと思ったの」


「私たちと同じ」


「あんたたちも? 参考までに、何を買ったか見せなさいよ」


「あたしはこれだ」


 ファフニールが自信ありげに取り出したのは、袋に入った上等な生肉だった。


「元気が無い時はやっぱり肉だからな!」


「寝てるサーヤにどうやって食べさせるの……?」


「……」


「何も考えてなかったって顔をしてる」


「前から思ってたけど、ファフニールって頭の悪いイフリートって感じよね」


「全方位に失礼だぞそれはー!」


 涙目になりながら反論するファフニール。

 しかしどうやって食べさせるか考えてなかったのは事実である。


「まあ、肉なら目を覚ましてからでもいいし、今日の夕飯にも使えるからいいとして……ニーズヘッグ、あんたは?」


「私は問題ない。寝てるサーヤでも楽しめるものを買ってきた」


「うん、それで何を買ってきたの?」


「買ってるとこ見せてくれなかったよな。その小さい袋の中身だろ?」


「そう、サーヤの部屋に行ってからのお楽しみ……あ」


 ティタニアは素早い動きでニーズヘッグの手からそれを奪い取った。


「嫌な予感がするからチェックさせてもらいまーす……って、これは……粉薬?」


「ピンク色か、怪しいな」


「怪しくはない。健康にも問題はない。ただの、栄養薬」


「怪しくないって言ってるやつの挙動が一番不審なんだが?」


「吐きなさいよ、ニーズヘッグ。上司命令よ。これは何?」


「今は、もう、上司じゃない」


「そう、ウチに逆らうんだ……ニーズヘッグってば……へぇー……」


「うぅ……」


 さすがのニーズヘッグでも、ティタニアには逆らえない。

 なんだかんだ言って、ティタニアはドラゴンすら凌駕する一流のモンスターなのだ。

 実力的にも、立場的にも、従うしかなかった。


「利尿剤」


 そして、ニーズヘッグはゲロった。


「無いわなそれは……」


「はい没収ー」


「ティタニア様、待って欲しい。私と同じくサーヤを愛する人間として、きっと理解してもらえるはず」


「するわけないし! つかさ、せめてサーヤが喜ぶもんを買っていけっての!」


「必ず喜んで……いや、私、頑張ってサーヤを悦ばせる」


「その指の動きでウチを説得できると思ったワケ?」


「テクニックに自信あり」


「余計ダメだっつーの。はぁ……ったく、ほんとあんたは相変わらずね。ファフニール、一緒に付いてるんならちゃんと監督してくんないと困るんですケド」


「あたしの手にも余る」


「そりゃそうだろうけど……」


 頭を抱えるティタニア。


 実力に申し分なし。

 知能も他のモンスターに比べれば高め……ということで、何かと重宝されるドラゴンなのだが。

 その特性として、ちょっぴり人格に問題有りな個体が多いのだという。


 結局、その後ニーズヘッグは無難にお守りを、ティタニアは赤いバラを購入したのだった。




 ◇◇◇




 帝都図書館――大陸最大の蔵書量を誇るこの場所は、『人類全ての叡智が集う場所』とも呼ばれている。

 吹き抜け三階建ての建物内には、イフリートでちょうどいい高さになるほど、大きな本棚が所狭しと並べられていた。

 天井には神話の1ページが描かれており、本棚の側面、手すり、壁にも細かな装飾、彫刻が施され、建物全体に荘厳な雰囲気が満ちている。


「立派なものだな。知識の殿堂と呼ぶにふさわしい」


「こういう所に来ると、ワクワクしますよね」


「そうだナ、オレの知らない本が沢山あるわけだからナ!」


 建物内を見回しながら、心を踊らせるイフリート、ノーヴァ、レトリーの三人。

 一方でセレナとサーヤは、なんだか落ち着かない様子だった。


「何か、私たち、場違いじゃない?」


「わたしもそんな気がします。わたしのような若輩者が立ち入っていい場所なんでしょうか」


「お嬢にサーヤさん、ここは基本的に誰でも入っていい場所なんですよ? 確かに、若い人はなんとなーく入りにくさを感じちゃうみたいですけど」


「これだけ立派な図書館があるというのに、利用しない手は無いと思うがな」


「知能派だから出る発言だゾ、イフリート。シルフィードなんかハ、ここに入った途端ニ気絶しちまうゼ!」


「ガハハハハ! 確かに、あいつならありえるな」


「そんでレトリー、マーリンのことを書いた本ってのはどこにあるの?」


「歴史書のコーナーにあったと思うんですが……おや?」


 レトリーは角から顔を出して棚を覗き、ぴたりと動きを止めた。


「……ふむ、騒がしい笑い声が聞こえたから誰かと思えば、君たちか」


「キャニスター様ぁっ! きゃああぁっ! 本物! 本物です! 帝国を支える鬼畜眼鏡ことキャニスター様!」


「誰が鬼畜眼鏡だ、この変態作家が……!」


 黄色い声をあげるレトリーに、彼女をにらみつけるキャニスター。

 グランマーニュとのBL本を描いた件を未だに根に持っているらしい。


「キャニスターさん? どなたですか?」


「グランマーニュ陛下の参謀よ」


「あ、じゃあ偉い人なんですね。どうも、よろしくお願いいたします」


「サーヤ君だったか、噂は聞いている。四天王を打ち破るのは結構だが、どうか今後はその場でトドメを刺して、帝都に連れ込まないでほしいものだな」


「ガハハハハハ! 本人の前でそれを言うか」


「前に会った時も思ったガ、性根の悪いやつダ!」


「ふ、グランマーニュがお人好しすぎるのでね。私はこれぐらいでちょうどいい」


 キャニスターは眼鏡をくいっと上げながら言った。

 そんな彼の発言を聞いて、レトリーは今にも叫びそうなほど興奮し、鼻息を荒くしている。


「それで、君たちのような前線担当がこの場所に何の用だ?」


「わたしたちは、お師匠……えっと、マーリンさんについて調べに来たんです」


「大泥棒マーリンか……これはいいタイミングに来たものだな」


「どういうことです?」


「実は、帝国にはマーリンの残した日記帳があってな。彼女の作り出した独自の言語で書かれた厄介な代物だったんだが、ちょうど数日前に、その解読が完了したところだ」


「なんで解読なんてしてたの?」


「人類がこの状況から逆転するには、神器の力を借りるしかないという陛下の判断だ。ふ、もっとも無駄足だったわけだがな」


「無駄足、か。その日記帳には何が書かれていたのだ?」


「気になるナ!」


「ついてこい、実物を見せてやろう」


 キャニスターはサーヤたちを先導し、図書館の地下につれていく。

 そこには、研究者たちが缶詰になって、古文書の解読などを行う作業場が存在していた。

 キャニスターは研究者から鍵を受け取り、部屋の棚から一冊のボロボロになった本を取り出した。


「これが、マーリンが残した忌々しい日記帳だ」


「歴史マニアが涎を垂らして欲しがる代物だと思いますが、なんで忌々しいんです?」


「それはな変態女、この内容がマーリンと、とある人物との惚気(・・)を記した、本当にただの日記帳だったからだ」


「のろけ……なんですか?」


「ああそうだ、少女よ。帝国が莫大な予算をつぎ込んで解読したにもかかわらず、出てきたものが300年前のラブストーリーだぞ!? しかも、この言語を使って記してあるのはたった一冊のみ。他の研究に流用もきかない。投げ捨てたくもなるというものだ」


「300年前カ……」


「ノーヴァ、引っかかるな」


「そうだナ、イフリート。引っかかる」


「何を知りたがってるのかは知らんが、少しでも役に立つのなら私の怒りも収まるというもの。特別に読み上げてやろう」


 そう言って、キャニスターは日記帳を開く。

 そして文字に指を這わせながら、自身も解読に参加した文章の内容を読み上げようとした――その時であった。

 日記帳が、ゴォッ! と青い炎をあげながら燃え上がったのである。


「うおっ!?」


 さすがにこれにはキャニスターも驚き、のけぞる。


「レアな表情いただきました!」


 いつも冷静沈着なキャニスターのレアショットを網膜に焼き付けるレトリー。

 そして彼に睨まれるレトリー。

 そんな彼にぐっと親指を立てるレトリー。

 さらに睨まれるレトリー。


「この変態女が……それにしても、今のは一体何だ?」


 様子を見ていた研究者たちは、キャニスターを守ろうとしたり、外から水を持ってこようとしたり、かなり慌てふためいている。


「まさかイフリート、貴様が……!」


 真っ先に疑われたのは炎を操るイフリートであったが、彼は静かに首を横に振る。


「知りたがっていたオレ様が燃やすわけがないだろう。それに、青い炎はオレ様の流儀ではない」


「燃えたぎるイカした赤がイフリートのトレードカラーだからナ!」


「となると、一体誰が……この場所に侵入者がいたとも考えられない」


 顎に手を当てて考えるキャニスター。


「……サーヤちゃん?」


 するとセレナは、様子のおかしいサーヤに気づく。

 サーヤは困った顔をして、あたりをキョロキョロと見回していた。


「心当たりがあるのか、規格外少女」


「たぶん……お師匠さまだと思います」


「師匠?」


「マーリン本人だ」


「はっ、バカな。大うつけのマーリンが生きているだと? あれが神器を盗んだのは300年も前だぞ!?」


「でもよお、女装っ娘が描いた“師匠の似顔絵”はマーリン本人にそっくりだったゼ? 顔を見たことがあるイフリートが言ったんだから間違いねえヨ!」


「マーリンが生きている上に、この近くにいるだと……? 信じがたい話だが、四天王が二人も帝都にいる方がよほど馬鹿げている、か。良かろう、それを信じるとして、なぜマーリンは日記帳を焼いた?」


「シンプルに、知られたくなかったからじゃないですかね。いわゆる黒歴史ってやつですよぉ。お嬢の日記帳とかもすごいですし」


「あんた、見たの?」


「見ましたよ。架空の王子様との一大ラブロマンス。リアルタイムの日付と連動してる上に、十代の文章とは思えない独創的な表現も多くて、なかなかおもしろい読み物でした!」


「あんたはほんと……!」


「……確か、ギルドの受付嬢だったか。お前も苦労しているようだな」


「身内だから仕方ないです……」


 仲間意識が芽生えるセレナとキャニスター。

 しかし、今はそれはどうでもいいのだ。


「それにしても、見られたくなかったから焼いた、か……ずいぶんと子供じみたことをするのだな」


「キャニスター様っ!」


 研究者の一人が、目を見開きながら彼に駆け寄る。


「解読に使用した研究資料が、全て燃えています!」


「そうか……マーリンめ、泥棒のみならず放火にまで手を出すとは」


「徹底しているな」


「よっぽど見られたくないんだナ!」


「でもこれじゃあ、日記帳の中身はわかりませんねぇ」


「せっかく手がかりになりそうだったのにね」


「お師匠さま……そこまで見られたくない日記帳っていったい……」


 万事休すか――と誰もが諦めかける中、


「ふ……ふふふ……ふははははははっ!」


 キャニスターが、急に笑い出す。


「片手を手で覆い、軽くのけぞりながらの高笑い……あれはイケメン、それも“攻め”にのみ許される笑い方です! すごい、実物が見られるなんて!」


 興奮したレトリーはひとまず置いといて。

 キャニスターはひとしきり笑うと、なおも口元に意地の悪い笑みを貼り付けながら、マーリンに向かって言い放つ。


「甘い、甘いなマーリン! 解読には私も参加していたのだぞ? 資料を燃やし尽くしたところで、私の記憶からそれらを消しされることはできんよ! いいやむしろ、貴様が意地になることで、この私のサディスティックなやる気に火が付いた! 私はこの場で、日記帳の中身を、一字一句抜かさずに彼らに話す! そしてそのあとは、世間に公表し……そうだな、恋愛小説にでもアレンジして販売するか! はははっ、それがいい! 少しでも使った予算を取り戻さなければならないからな。それぐらいやってちょうどいい! ふははは! ふははははははははっ!」


 よほど腹に据えかねるものがあったのだろう。

 キャニスターはいつになく愉しそうに、早口でまくしたてる。

 そして予告した通り、サーヤたちに日記帳の中身を語りはじめた。


「そう――あの中に記されていたのは、マーリンと、とあるモンスターの少女が紡いだ、じつにいたいけな恋物語だ」


「モンスターの少女、ですか? お師匠さまが!?」


「イエス、だ。神器によって人類優勢だった当時、一部のモンスターは奴隷として売買されていた。そこで見つけたのが、銀色の髪の乙女。マーリンは、ささくれだっていた自身の心を沈めた彼女を、こう名付けた」


 キャニスターはキメ顔で、手を前にかざし、全力でかっこつけながら言った。


「ハルシオン、と」




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