026 人であって人ではない、だから神は彼女に勝てない
ぐりぐりとサーヤにほっぺたを押し付けられる師匠。
満更でもない――むしろ久々の弟子成分に彼女はデレデレだったが、今はそれどころではない。
理性をフルドライブしてサーヤを引き剥がす。
「お師匠さま?」
「サーヤ、あなた戦闘中だったはずよね」
「はっ!? そうです、そうでしたっ! あのしんがい? ってやつの中から出てきたちっこくて、白くて、すっごく強いのと戦ってました! でも意識をなくしてしまって……ごめんなさい、せっかくお師匠さまに鍛えてもらったのに、わたし……」
「何を落ち込んでるのよ。世の中にはあなたより強い相手だっているわ。あんな理の外から介入してきた反則野郎ならなおさらにね」
「はんそくやろー?」
「こっちの話よ。それにしても……そっかぁ、神鎧クラスの相手と戦って意識を失うと、ここに飛ばされる可能性もあるわけね……かと言って今から修正は難しいし、できれば最後まで会わないつもりだったんだけど……」
「会わない……つもりだったんですか。でもお師匠さま、わたしを近くで見てくれていたんですよね? ほら、あのエクスカリバーが割れちゃったときとかです!」
「まあ、そうね」
師匠はずっと、サーヤには厳しく接してきたつもりだった。
はっきり言って傍から見るとかなり甘いのだが、それでも最大限の厳しさだったのだ。
「だったら百人力……いえ、万人力です。お師匠さまが見てくれてるって思うだけで、わたしすっごくがんばれますからっ! だからまたあいつと戦いに――」
「待ちなさい」
師匠はサーヤの首根っこをつかみ、部屋から出ようとする彼女を止めた。
「わたしが戻らないと、ティタニアさんやイフリートさんたちが……」
「時間は止めてあるわ、そう急ぐ必要は無いの」
「止めてるんですか。そんなことできるなんて、さすがお師匠さまです!」
「ふっ、まあね」
「でも、どうやって止めてるんですか?」
「ここがそのために作ったアトリエだからよ。詳しく説明してもサーヤには難しいから、そのあたりの講釈は今度にしましょう」
「はい、わかりましたっ!」
「素直でいい子ね」
サーヤは師匠に頭を撫でられ、でれっと頬をほころばせる。
(それにしても……どうしたものかしらね。このままサーヤを送り出しても、おそらくあれには勝てない。けれど私が出るわけにもいかない。気づかれる可能性はあるけれど、やっぱり剣を抜くしか……)
「お師匠さま……あのぉ……」
「んー? どうしたのよ、サーヤ。落ち込んでるなんてあなたらしくないわよ」
笑っていたサーヤの表情が、いつの間にか曇っている。
師匠はできるだけ優しく、彼女に問いかけた。
「わたし……人間じゃないんでしょうか」
サーヤは悲しげにそうこぼした。
神鎧に言われた、“同類”という言葉が、彼女の中で引っかかっていたのだ。
しかし師匠は「ふふっ」と笑って答えた。
「ねえサーヤ、あなたはモンスターたちと話してみて、どう思った?」
「へ? えっと……そう、ですね。人を殺したりとかはこわいですし、けどそうしなければならない理由が、人にもモンスターにもあって……でも、そういうのが無かったら、やさしくて、おもしろい人たち……なのかな、と思いましたです」
「もし理由なんてものが、本当は存在しないとしたら……?」
「だったら、どうして殺し合ったりするんですか? お話できます、わかりあうことだってできます。だったら、殺し合う必要なんてないはずです!」
「どうしてかしらねえ……でもサーヤの思っている通り、根本的なものって、どっちも変わらないのよ。だって、その気になればモンスターと人の間で子供だって作れるのよ?」
「そうなんですか!?」
「そういう事例もあるわ。だからね、サーヤが人かそれ以外かって悩みに、あんまり意味はないのよ」
「……はい」
「納得できない?」
「ちょっぴりですけど、はぐらかされてる気がしました」
「賢くなったわね、あなたも」
わしゃわしゃとサーヤの髪を撫でる師匠。
“はぐらかされた”と言われたにもかかわらず、彼女は嬉しそうだった。
「正直に言うと、さっきの話ははぐらかしたわ」
「やっぱり!」
「意味深なことを言うと、なんだかかっこいいでしょう?」
「確かにかっこいいです……」
「意味深なことを言い残してすぅーっと消えていったら、すごく重要な登場人物な感じがするでしょう?」
「ラスボスかもしれないと思います」
「そういうことよ」
「そういうことですか」
「けど見抜かれてしまった以上は仕方ないわ。はっきり言っておくけど、あなたは生物学上は人間よ。神がそれを認めなくても、あの醜い人形が同類と呼ぼうとも、それはあいつらの目が節穴ってだけ」
「ふしあなやろーなんですか」
「なんですよ。あれの声には耳を傾ける必要は無いわ。神鎧自身も言っていたでしょう? 神の見えざる手って」
「あの見えない攻撃のことですね」
「そう、神鎧に搭載されているそれは、武器の名前。けどね、それはあいつらの根本的な思想なのよ。インヴィジブルカースト。蹂躙する。優越感に浸る。全てを、踏みにじる。なんて忌々しい……」
「お師匠さま……?」
師匠は険しい表情で、誰かの姿を思い浮かべながら唇を噛んだ。
珍しく怖い顔をする師匠を前に、サーヤは少し戸惑う。
それに気づいた彼女は、すぐに笑顔に戻った。
「あ……ごめんなさい、つい熱が入ってしまったわ。とにかく、節穴野郎だから、あいつらの言うことは気にしないこと。いい?」
「はいっ! ところで、もうひとつ聞いてもいいですか?」
「なんでも聞きなさい、私はサーヤに頼られると喜ぶタイプの人間よ」
「それでは遠慮なく。ここは……どこなんでしょうか。部屋の中も、外の景色も、お師匠さまとわたしが住んでいた場所にそっくりですが……」
「それはね……光あれば闇もある。光が強ければ強いほど、闇も濃くなる……」
「どういうことでしょうか」
「何だかかっこいいでしょう?」
「はい、かっこいいです」
「そういうことよ」
「なるほど、お師匠さまっぽいです!」
「でしょう? まあ、そのうち説明するわ」
「わかりました、待ってます。今は、お師匠さまがすぐそばにいるってわかっただけでハッピーですから」
「その事実があなたの力になるのなら、こうして会えてよかったのかもしれないわね。けど、そろそろ頃合いかもしれないわ」
再会は永遠ではない。
まだサーヤが師匠に課された試練をクリアしていない以上、戻ってくるわけにはいかないのだ。
それに、サーヤの世界が狭かった頃とは違う――今は、彼女を必要とする人々が、外の世界にも存在するのだから。
「圧倒的な力……見えない攻撃……わたし、勝てるでしょうか」
「勝てるわ。気合さえあれば」
「気合……!」
「そう、気合よ。気合を入れたら、見えない攻撃も見えるようになるわ。それに、今のあなたには一緒に戦ってくれる仲間もいるでしょう? 一人で戦う必要はないわ、お互いに協力しあえば、必ず勝てるはずだから。人もモンスターも、手を取り合って。ね?」
「がんばります!」
「よし、良い返事ね。それじゃあ行ってきなさい」
「はい、行ってきますーっ!」
サーヤは勢いよく走って、扉を開き、師匠のアトリエから出ていく。
寂しいが、彼女は振り返らない。
なぜならば、いつだって師匠が近くで見てくれているとわかったからだ。
サーヤがいなくなり、静かになったアトリエで、師匠は一人つぶやく。
「他力本願だって、笑われるでしょうね。わかってるわよ、私だって。でも――」
彼女は手のひらを見つめる。
そしてぐっと歯を食いしばると、強く拳を握った。
「あの子じゃないと、ハルシオンを救えないから。だからサーヤ……あなたが無事に魔王にたどり着くことを、心から祈っているわ……」
瞳を閉じる。
思い浮かぶ情景は、優しく、温かくて、だからこそ喪失の痛みは今でも癒えない。
その尻拭いを自分たちの娘に任せなければならない罪悪感が、胸を締め付けた。
◇◇◇
『目覚めよ、神なる器よ――』
声が聞こえた。
そして、サーヤは覚醒する。
迫りくる神の見えざる手。
それは神鎧の背中から、まるで触手のように無数に伸びる“腕”であった。
(見えます……)
戻ってきたサーヤには、その腕がはっきりと視認できている。
さらに、体にも力が満ちている。
サーヤには確認しようもないが、彼女の体は淡く輝くオーラを纏っており、瞳の中央は金色に輝いていた。
(これが……気合の力!)
盛大に勘違いするサーヤ。
しかし、それが何かなど、些細な問題である。
まずは目の前の脅威を退ける。
そして勝利する。
それこそが――何よりも優先されるべきなのだから。
見えざる手は、サーヤにトドメを刺すべく、彼女を取り囲むように無数に伸びていた。
しかもあまり距離が無い、命中までは0.0001秒と言ったところだろうか。
全てを撃ち落とすには、もはや“連続攻撃”では間に合わない。
(全てを同時に迎撃する……今の、気合に満ちたわたしならできる気がしますっ!)
絶望的な状況は、しかし彼女に絶望を与えるには足りない。
師匠分を補充し、そして未知なる力に満ちた今の彼女には、不可能など無いのである。
ゴオォオウッ!
目にも止まらぬ速度で、サーヤは腕を前に突き出す。
動きは一度。
しかし、放たれた拳は幾百、幾千――
「超・多元拳――ナナツサヤノタチィッ!」
バシュウウゥッッ!
サーヤの拳によって、命中直前だった見えざる手が全て消え去る。
『ケイソクチガボーダーヲニセンパーセントチョウカ。サイユウセンハイジョタイショウニセッテイ。ジェネレーター・オーバロード、シュツリョクヲ200%マデジョウショウサセマス』
ヒュボッ!
神鎧はさらに出力をあげ、次元が歪み、景色がねじ曲がるほど強く空気を蹴って、地表に着地したサーヤに接近する。
飛び退き、回避するサーヤ。
神鎧の拳が大地に突き刺さる。
地面は大きくえぐれ、一帯の森が根こそぎ空に打ち上げられた。
サーヤは飛び上がり、打ち上がった樹木を神鎧に向かって蹴飛ばす。
ただの木をぶつけたところでダメージなどはない。
しかし彼女はそれら全てに壁拳アイギスを付与し、砲弾並の破壊力を与えていた。
神鎧は飛来する硬化樹木を、拳で打ち返す。
サーヤは打ち返されたそれをさらに神鎧に向かって打ち返しながら、新たな樹木も別に蹴り飛ばす。
空中のサーヤと、地上の神鎧の間で、数百本の木々の応酬が繰り広げられる。
それを数秒間繰り返した後、神鎧が突如として姿を消した。
サーヤの姿も消えて見えなくなる。
互いに、同時に相手に向かって突進したのである。
両者は木々の間を縫ってエンカウント。
神鎧の拳がサーヤの頬に命中。
対するサーヤは神鎧の頬にカウンターを打ち込む。
互いに吹き飛ばされ、浮かぶ樹木の幹を蹴って、再び接近。
殴る、吹き飛ぶ。
蹴る、吹き飛ぶ。
音速を越えた樹木ですら止まって見える、“光の領域”での人智を超えた戦闘。
だが――神鎧は、それすらも凌駕する。
『“ヒカリ”トハ、ヒトノロンリデアル』
ゆえに彼は主張する。
自らが“神”を冠する存在ならば、光すらも超えることが可能である、と。
その言葉通り、神鎧はサーヤの背後を取った。
そして全力の飛び蹴りを、無防備な背中にめり込ませる。
気合のおかげか、あるいは別の要因があるのか、サーヤの身体能力は神鎧に匹敵するほど向上している。
だが、消耗まで消えたわけではない。
覚醒以前に蓄積したダメージはまだ残っている。
ゆえに、彼女はこの一撃に耐えられない――はずであった。
だから――神鎧の飛び蹴りは命中しない。
足裏が背中に触れるその直前に、サーヤの姿は彼の目の前から消えた。
光を越えた神鎧、それをさらに上回る、サーヤの神速――
「超迅拳・クラウソラスです」
一瞬ではあるが、自分の限界を越えた速度を得る聖拳術。
それにより、サーヤは神鎧の背後に回り――そして相手を羽交い締めにした。
動きは止まった。
ならば彼女たちがやることは決まっている。
◇◇◇
「空は青く、ゆえに海は青く、だから星も青い。そう――“青”は全て。青こそが全智! ゆえに我が魔は全てを“再現”する! ブルーマジック・神壁アイギスッ!」
先ほどの戦闘に巻き込まれ、土でドロドロになったマギカがスペルを発動させる。
かざした手の前で展開される見えない絶対壁。
そして彼女は腕を上げ、ボールを投げる要領で、アイギスを神鎧に向かってぶん投げた。
「とおぉおりゃあああぁぁぁああっ!」
飛んでいった神壁は、羽交い締めにされた神鎧に命中し――バチバチィッ! と激しく火花を散らした。
侵食、中和、相殺。
『アイギスノショウシツヲカクニン。サイテンカイマデアトイチビョウ――』
それはほんの一瞬の隙だ。
だからイフリートとティタニアが動いたのは、マギカとほぼ同時であった。
「断絶と、拒絶。世界は命に満ちていても、ウチに孤独しかないのなら、全部、全部……今はちょっと心境変わってるけど……まあいいや。全部、滅びちゃえばいーし! デッド・スコルピオ!」
ティタニアが尻尾から放った毒が、高純度の白金剛を溶かし、強度を落とす。
「炎、それはすなわち全ての目覚め。響け、轟け、爆ぜるように、宇宙の果てまで! そしてオレ様の情熱的な声を聞け、あまねく命よ! これこそが、新たなる世界の誕生を告げる爆轟也! ビッグバン・ブレイザアァァァァァアアッ!」
「オレも火を吐いてちょっぴりお手伝いだゼー! ファイアブレエェェェスッ!」
さらにイフリートとノーヴァの放つ火球が、むき出しになった高純度の白金剛を熱し、神鎧を上空に吹き飛ばした。
サーヤは腕を放し、飛翔する神鎧にターゲットを定める。
もはや平然と空を飛んでいることに誰も疑問は抱かない、サーヤ自身も、気合がそうさせているのだと無条件に納得している。
(みんなのおかげで、かなりあの体の強度は落ちています。ですが、触ったわたしにはわかります。あれはただの白金剛じゃない。ずっと硬くて、丈夫なやつです。だから――とびきりの一撃をお見舞いしてやらないと!)
腕に力を込めて、サーヤは顔を歪める。
たとえ師匠に『あまり使わないほうがいい』と言われていたとしても、必要なときもある。
空を蹴り、神鎧に接近するサーヤ。
そして、力を込めた手刀を、強度の落ちた胴体に突き刺す。
「超滅拳、ティルフィングッ!」
ズドォッ!
サーヤの手が装甲を貫通する。
『ボー……ダー……キケ、ン……キケン……』
明滅する瞳。
脳に響く声も、ノイズ混じりで途切れ途切れだ。
『ハイジョ……セネバ……ジコ……シュウフク、カイシ……』
だがすでに、突き刺した腕の周囲では傷が埋まり始めている。
装甲を貫いただけでは足りないのだ。
ゆえにサーヤは、体内で拳を握った。
「全力全開ぃ……!」
残るありったけの力を込めて、その内側で、ゼロ距離から、
「超ッ! 正拳ッ! エェクスカリバアァァァァァアアアアアアッ!」
膨大なエネルギーの奔流を、叩きつける――!
ズドォオオオオオオンッ!
炸裂音が世に轟き、光の柱が龍の如く天に向かって登っていく。
『ゴ……ガガッ……キケ、ン……ヒト……ガ……カミ……ヲ……』
その頂点に、神鎧はいた。
光の帯に飲み込まれ、体を溶かされながら、空高く舞い上がっていく。
「とぉぉおおりゃあああぁぁああっ! ちぇすとぉおおおおおっ!」
サーヤが気合を入れると、拳から放たれるビームはさらに太くなる。
『コエテハ……ナラ……ヌ……』
機体全体を包んでいた神壁アイギスも機能を失い、損傷した白金剛の装甲は、その傷口からエクスカリバーに破壊されていく。
『チツ……ジョ……ヲ……』
最後まで何かを言っていたが、サーヤはまったく聞いていなかった。
というか、聞ける状態ではなかった。
神鎧が撃破されると、放たれたエクスカリバーは次第に細くなり、消えてきく。
「やりまし……た……きゅう」
それと同時にサーヤも、何もかもを使い果たして、ぶっ倒れたのである。
「サーヤ!?」
辛うじて、真っ先にティタニアが駆け寄ってきたことだけはわかった。
温かな体温に抱き上げられる感触の中、サーヤの意識は闇に飲み込まれていった。




