023 Q.もしかしてサーヤさんキレてますか?
ゴオォオオオオッ!
サーヤと巨人の拳がぶつかり合い、嵐が巻き起こる。
ティタニアは「きゃあっ!」と女の子らしい声をあげて両手で顔を庇い、イフリートは「ガハハハハッ!」と笑いながら仁王立ちで踏ん張った。
ノーヴァは彼の影に隠れて難を逃れたようだ。
『ウォォオオオオオオオオッ!』
神鎧から響き渡る声は、動力源のうなりなのか。
体のみならず、人間の奥底にある恐怖の根源を揺るがすような音とともに、再び振り下ろされる拳。
「ふんぬうぅっ!」
ガゴォァンッ!
細い腕で、それと互角に打ち合うサーヤ。
『ウオォオオオオンッ!』
三度押しつぶす巨人の拳。
「はああぁぁああっ!」
再度迎撃するサーヤ。
応酬は次第に加速していく。
ぶつかり合う拳のみならず、巨人が振るうその“腕”そのもので生じる風もまた嵐となり、大気を揺るがす。
まるで重機関銃のような攻撃がサーヤを襲う中、彼女は未だ“聖拳術”すらも使わずに真正面から打ち合っていた。
『ウォオオオオオッ――』
業を煮やしたか、巨人はリズムを崩して、大ぶりの一撃を繰り出す。
サーヤの口角がにやりと吊り上がった。
「ティタニアさん、下がってくださいっ!」
彼女がそう言うと、戦いに見とれていたティタニアは「はっ!」と現実に引き戻され、その場から後退する。
イフリートとノーヴァも、ティタニアと共に一旦距離を取った。
そしてサーヤは、巨人の渾身の一撃を跳躍して回避する。
文字通りの“鉄拳”を叩きつけられた大地は砕け、盛大に地割れを起こした。
その間にもサーヤは巨人の腕を駆け上っていく。
彼女の足が装甲を蹴るたび、バチバチッ! と雷光が弾けた。
(やっぱり……壁拳アイギスで脚を補強しておいてよかったです)
神鎧の表面には、常に不可視のエネルギーフィールドが展開されている。
もしもなにもせずに触れていたら、サーヤは吹き飛ばされていただろう。
(狙うは、比較的弱そうな腕関節。まずは戦闘力を削がせてもらいます!)
標的はすでに目の前にまで近づいていた。
だがもう一方の腕が、サーヤの体をつかもうと伸びてくる。
「それを待っていました!」
彼女は開かれた手が自身を握ろうとする直前、大きく跳躍し、拳を振りかぶった。
「正拳ッ、エクスカリバアァァァァァアアアッ!」
そして空中に浮かんだ状態で、聖拳術を放つ。
それは圧縮されたエネルギーの帯。
触れたもの全てを吹き飛ばす、必殺の閃光。
「あれは……!」
「オレらをふっとばしたビームだナ!」
イフリートたちはそれを見て、初めてあれがサーヤの攻撃だと気づいたらしい。
「勇者以外にあのような人間が存在したとはな、面白いではないか! ガハハハハハッ!」
「お前は相変わらず能天気ダナ! でもそういうとこ好きだゼ! ギャハハハハッ!」
もっとも、だからと言ってサーヤを逆恨みする二人ではないのだが。
「ほんと、なんなのあの子……」
一方でティタニアは、規格外の戦いを見ながら、どこかうんざりしながら呟いた。
まあ、口元は微かに笑っていたが。
しかし――光が晴れてもなお、神鎧の腕が落ちることはなかった。
せめて熱に焼かれて損傷していることを期待したサーヤだったが、深くえぐられたクレーターの底に着地すると同時に、無傷で背中からバーニアを噴かし浮かぶその姿を見て、珍しく険しい表情を見せる。
「エクスカリバーの威力をもってしても、突破できない防壁ですか……」
文字通り必殺の一撃を受けてもなお、平然とこちらを見下ろす神鎧。
ツインアイが威圧的に光り、殺気にも似た圧迫感を周囲に撒き散らす。
『ウオォォォオォォォ――』
機体より響き渡る重低音。
すると巨人は両腕を前に突き出した。
手首から先が開き、変形し、“聖砲エクスカリバー”とは形状の異なる銃口となる。
奥底で微かに光が見えたかと思うと、その直後――両腕から降り注ぐ光の雨が、サーヤを襲った。
一秒間に数千発のエネルギー砲を同時に射出する、“多元砲ナナツサヤノタチ”である。
「多元拳ナナツサヤノタチ! ハイハイハイハイハイィッ!」
サーヤもその銃撃を、同じ名を冠する拳術にて迎撃した。
触れただけで炸裂するはずの光球を、表面をなぞり、向きを変える絶妙な力加減で逸らし、受け流す。
サーヤの背後で無数の爆発が起きたが、飛び散る岩の破片や衝撃波では、彼女の軸を微かに揺らすことすらできない。
拳と弾丸の接触は数万回に及んだが、それに要した時間はわずか5秒程度であった。
神鎧は機体内にてカートリッジの換装を行い、先ほどとは異なる砲撃を行う。
響く唸り声。
放たれる――先ほどよりも弾速、連射性でともに劣る弾丸。
サーヤは手ぬるい攻めに首をかしげながらも、一発目を拳で受け流すと、これを好機と判断し前に突っ込んだ。
すると当然、二発目が正面からやってくる。
そして同時に、後方で炸裂するはずの一発目が、サーヤの背後から近づいてくる。
「追尾ですかっ!」
そう、つまりそれは追砲フラガラック。
標的か自分が死ぬまでどこまでも追い続ける、厄介な弾丸であった。
サーヤは前後より迫り来るそれを、横を向き、両拳による裏拳で打ち砕く。
爆発し、彼女にダメージを与えられない程度の風が巻き起こり、煙が視界を塞ぐ。
その向こうから、三発目以降の弾丸が迫った。
無論、サーヤは気配でその居場所を察していたが、この場で止まって受け止めるわけにもいかなくなった。
神鎧がうなりをあげたのである。
(腕の揺れ方から推察するに、おそらくまた“アレ”が来るはずです!)
カートリッジの換装、そして込められた弾丸は、再度“ナナツサヤノタチ”。
サーヤも同じくナナツサヤノタチで迎撃しようにも、フラガラックが四方八方より彼女を取り囲む。
かといって逃げて回避しても、フラガラックはどこまでも彼女を追ってくる。
(なんだか……なんだかとても……)
がんじがらめの状況。
あの巨人に搭載されている頭脳は、かなり優秀なようだ。
それに対してサーヤは、
(とっても、めんどくさいです!)
じわじわと、苛立ちはじめていた。
◇◇◇
少し離れた場所で戦いを見守るティタニアたち。
見ただけで、自分たちが参加できるものではないとわかってしまうのだ。
エクスカリバーには耐えられたので、即死はないだろう。
だが、まともにナナツサヤノタチを受けてしまえば、四天王と言えど瀕死は免れない。
とはいえ見ているだけというのも不満なようで、
「サーヤが追い詰められてる。ウチもそろそろ覚悟を決めなきゃね……」
ティタニアは、傷付けられるサーヤを遠目に見て、闘志をたぎられていた。
……まあ、実際は無傷なのだが。
「オレ様も、見ているだけというのは性に合わん。だがティタニアよ、下手に介入すれば足手まといになりかねんぞ」
「キチッと作戦は決めていきてーヨナ! なんたってオレたちは頭脳派だかラナ!」
「脳みそまで筋肉で埋まってるくせになに言ってんだか」
「ティタニアよ、筋肉を甘く見てはいかんぞ。世の中にはインテリジェンスを生み出す筋肉も存在するのだ!」
「そんなもんあんノカ! よく知ってンナ、イフリート!」
「はいはい、頭脳派頭脳派。ったく、冗談ぐらい理解しろっての。ウチもわかってる、作戦はちゃんと立てないとね。でも、あの巨人を守ってる見えない壁みたいなの、どうやって突破すんの? 逃げてたってことは、イフリートの全力でもぶち抜けなかったわけじゃん?」
「ああ、あれには困ったものだ」
「オレたちも色々考えたんだけどヨ!」
「結局のところ、さらに強い力で貫くしかない、という結論に至った」
「脳筋……でもそれしかなさそうだよね。んで、サーヤの攻撃でも突破できないっつうことは……ウチらじゃ無理じゃね?」
「だな! ガハハハハハッ!」
「笑ってる場合かっつの!」
「じゃあヨ、マオーサマに頼むってのはどうダ? あの御方なラ、オレたちの力になってくれるんじゃねーノカ?」
ノーヴァの言葉に、ティタニアの表情が曇った。
「なんダヨ、その顔ハ」
「魔王様ってさ、ウチらが生きてるかどうか、魔力で判断つくんだよね」
「そう聞いているが」
「でもあんたら、死んだことになってんだけど?」
「ナン……」
「だと……?」
「そこ分ける必要ある?」
どんな時でも二人は息ぴったりである。
「そうか……なるほど、薄々思ってはいたが……」
「どういうことなんダ、イフリート!」
「どうやら……」
「ゴクリ……」
「追い込まれたオレ様の魔力が強大になりすぎて、魔王様を混乱させてしまったらしいな! ガハハハハハッ!」
「ギャハハハハッ! さすがダゼ、イフリート! やっぱお前はそうじゃねーとナ!」
「バカしかいない……つかあんたら、現実逃避してる場合じゃないっての! 魔王様はイフリートが生きてることを知ってた、なのに死んだことにした。これがどういうことかわかってるワケ?」
「死んだことにしたかったんだろうな」
「わかってんのかよ!」
「要するニ、あの巨人の存在ヲ知られたくなかったのかもしれねーナ!」
「あんたもわかってんの!?」
存外に話の通じる二人であった。
それだけに、ちょくちょく茶番を挟んでくるのがティタニアにはめんどくさかった。
「つまり、魔王様には助けを求められないってことダナ! こりゃあ困っタ、どうするイフリート!」
「答えはひとーつ!」
「答え、あんの?」
「ああ、最適解を見つけた。少々情けない話ではあるが、あのサーヤとかいう女装娘が倒せば万事解決するわけだな!」
「だからそれができれば苦労しないんですケド……」
ティタニアが呆れ顔でそう言おうとした瞬間――ドォオオオオオオンッ! とひときわ激しい音が鳴り響き、極太のビームが空に向かって放たれた。
慌ててサーヤのほうを見ると、そこには頬をぷくっと膨らまし、拳を構える彼女の姿があった。
「な、なに……?」
「どうやら―――我慢の限界を迎えたらしいな」
「要するに、“キレた”ってことダナ!」
そう、サーヤはキレていた。
実に珍しく、感情を剥き出しにして。
「もうめんどくさいですぅーっ!」
怒りを叫びながら、拳を前に突き出す。
すると神鎧が放った砲撃もろとも、光に飲み込まれて消えた。
「色々と考えながら戦ってましたけどもぉーっ!」
ドゴォオオンッ!
「考えれば考えるほどめんどくさいのでぇーっ!」
ドガガガガァッ!
「これはもう、しゃらくせえってやつですよぉーっ!」
ズギャギャギャギャアァッ!
「エクスカリバアァァァッ!」
ズガアアァァンッ!
「エクスカリバー! エクスカリバー! エクスカリバーッ!」
スガンッ! ドオォンッ! ズギュウゥンッ!
「カリバーっ! かりばーっ! かりばーっ! かりばあぁぁぁんっ!」
そのどれもが、帝都ぐらいなら簡単にぶち壊せるほどの威力の光線であった。
それが彼女が拳を振るうたびに、何十発と連続で放たれるのだから、もうそれを見ているティタニアたちは、
「うわぁ……」
と引くしかなかった。
そのたびに空の雲が吹き飛び、宇宙の彼方では名もなき星が砕けているかもしれないのだから、そちらのほうもたまったものではない。
「なるほど、確かに合理的な解決法ではあるな。どこまでも追ってくる追尾弾、そして数千発と放たれる無数の弾丸、まともに対処しようとすれば非常に厄介だ。だが圧倒的なパワーで破壊してしまえば全ては解決する」
「あいつも頭脳派ってわけダナ!」
「違うでしょソレ……」
しかし実際のところ、それが神鎧と比べたときの、サーヤの強みでもあった。
“神砲エクスカリバー”の威力は確かに脅威だ。
壁拳アイギスを使っても、そう何発も受け止められるとは思えない。
だがあれには、チャージが必要だった。
一方でサーヤの放つ“正拳エクスカリバー”にチャージは必要ない。
もちろん消耗する体力は大きいものの、今のように連発も可能というわけだ。
そして、これだけ連続して攻撃を受ければ、いかなる防壁であろうとも――
『アイギス、突破されました。腕部装甲に損傷。続けて脚部装甲に損傷発生。頭部カメラ損傷、一部センサーに異常発生。損傷率、危険域を突破。行動モードを退避に変更――』
破壊はまぬがれない。
もはや反撃に転じることすらできずに、為す術もなく歪んでいく巨人の体。
「もいっちょ最後に、エクスゥ――カリバアァァァァアアアッ!」
最後にサーヤが、ひときわ大きなエクスカリバーを放つと――手足が吹き飛び、頭部は潰れ、ついに巨人は地面に倒れ伏した。
『ピ……ピピ……ガ……損傷、率……ピ……ギ、ギギ……ソンショ……ショ……ピー……ガー……!』
機体は動かなくなり、聞こえてくる機械音すら途切れ途切れになり、やがて沈黙した。
「ふうぅ……」
大きく息を吐き、額に浮かんだ汗を拭くサーヤ。
「やりました!」
そして彼女は、やりきった感じで満面の笑みを浮かべた。
「いやあ、こんなに強い敵と戦ったのは、故郷でのスライムとやりあったとき以来です。帝都の近くのモンスターがそんなに強くなかったので油断してしまいましたが、やっぱり外の世界にもこういうモンスターがいるんですねぇ」
倒れた巨人に近づき、サーヤはその表面をツンツンと人差し指でつつく。
すでに防壁は展開されていないようで、バチバチと弾かれることはなかった。
「サーヤっ!」
そんな彼女を、ティタニアが背後からがばっと抱きしめる。
大げさな、と思うかもしれない。
本人もそう思っている。
ぶっちゃけると、ただ抱きしめたかっただけである。
「うひゃんっ! ティタニアさん……怪我はありませんか?」
「それはウチのセリフだっての! あんな滅茶苦茶な戦いしといて、腕とかおかしくなってないワケ?」
「ちょっと疲れましたが、怪我はありません。丈夫なのが取り柄ですからっ」
「それ丈夫ってレベルじゃねーゾ!」
「ガハハハハハッ! 知れば知るほど謎の多い女装娘だな! だが今は素直に礼を言おう。助かったぞ、女装娘よ。お前が居なければオレ様もノーヴァも死んでいたかもしれん」
「なりゆきですが、力になれてよかったです!」
差し出された大きな手を握るサーヤ。
イフリートの手が大きすぎて、指を握るのが精一杯であった。
「さて、それじゃあ……それじゃあ……二人は、どうします?」
「どうって言われてもさ、ウチらが帝都に入るわけにはいかないっしょ」
「かといって、魔王城に戻って歓迎されるとも思えんな」
「まずは城に戻る前に、マオーサマにシンイってやつを聞いたほうがいいかもナ!」
「じゃあ、もしそれでダメだったら……帝都に来てください」
「だから無理だって……」
「大丈夫です。ファフニールさんやニーズヘッグさんっていうモンスターの方も一緒に住んでますから!」
「ファフニールに」
「ニーズヘッグ……ってウチらの部下じゃんそれ! いなくなったと思ってたら、サーヤが連れてってたワケ!?」
「勝ったら弟子にしてほしいって言われたんです。ドラゴンはそういう種族だって」
「確かニ、ドラゴンや魔狼はそういうとこあるナ!」
「だからって人間に……まあ、あいつらがいるなら絶対に無理ってことはなさそうカナ。わかった、助けが必要になったら頼る。つか、たぶん必要になると思う」
ティタニアは、自分が魔王軍に戻れる予感がしなかった。
後ろ向きすぎる考え方かもしれない。
だがイフリートも顎に手を当てて神妙な顔をしているあたり、そんな気がしているのだろう。
そして三人は、ひとまずクレーターの外まで一緒に行動することにした。
その間、ティタニアは惜しむように、ずっとサーヤの手を握っていた。
◇◇◇
クレーターの底に残された、神鎧の亡骸。
沈黙したはずの機体から、鮮明な音声が流れる。
『神鎧ヴォーダの破壊を確認。文明レベルが危険領域まで達したことを確認』
全身から蒸気のような白い煙を吹き出し、ガコンッ! と装甲が外れた。
『虐殺モードに移行します』
そして内側から卵から孵化するように、一回り小さな何かが姿を現す――




