002 これに勝てば女装だって認めてくれるんですね?
サーヤはジェットに案内され、帝都の北へとやってきた。
目の前に広がる森、そのいたるところにモンスターの姿が見える。
そのどれもがいわゆる“雑魚モンスター”の類だ。
しかし冒険者にとっては雑魚でも、一般人にとっては十分に脅威である。
しかも、魔王の魔力によって倒しても倒しても、どこからともなく湧いてくるのだ。
「ここは冒険者がよく力試しに使う場所でな。“魔力を吸いやすい土壌”とかで、多くのモンスターが現れる」
「そのモンスターを倒すのがテストなんですね」
「鍛えてきたってんなら、さすがにあいつらに負けることは無いだろう」
「あそこに見えるのより大きなスライムなら倒したことがありますから、大丈夫ですっ」
「なるほどな……お嬢ちゃんの自信の源は、モンスターとの戦闘経験か」
「だから女装なんですー!」
サーヤの抗議を無視して、ジェットは顎に手を当て目を細め、彼女を観察する。
たなびく銀色の髪に、傷一つない肌。
そしておよそ戦闘に向くとは思えない、かわいらしいシャツにスカート。
(はっきり言って、冒険者を舐めているとしか言いようがないな。手足も細いし、鍛えているようには見えない。あれより大きいってことは、ヒュージスライムあたりか。確かにこのあたりのモンスターよりは強いが、所詮は雑魚。それを一体倒した程度で免許皆伝とは、ずいぶんとゆるい師匠に育てられたものだ。これは一刻も早く現実を教えてやる必要があるな)
一方でサーヤも、顎に手を当てながら、じーっとスライムを観察していた。
(わたしが戦ったのは山ぐらいの大きさがあるスライムでしたが、あんなに小さいスライムが外の世界には存在したんですね。しかし大きさで強さを判断してはいけません、外の世界には恐ろしいモンスターがたくさんいるとお師匠さまも言っていましたし)
体に満ちる闘気。
少し離れた場所から見ると、周囲の景色が揺らいで見えるほどなのだが、隣に立っているジェットは気付かない。
「それでテストの内容だが――オレとの競争だ。もちろんハンデはある。1匹分の“核”を1ポイントとして換算して、ハンデは3……いや、5倍だな。その条件でオレに勝てたら、傭兵になれるようギルドに話をつけてやろう」
「5倍ですか!?」
「どうした、ビビったのか? なら――それでも構わないがな!」
ガバッと胸元をさらけだし、サーヤを挑発するジェット。
「いえ、これに勝てば女装だって認めてくれるんですよね? だったら負けるわけにはいきません!」
「その意気や良し。それでは始めるぞ。制限時間は三十分、テストスタートだ!」
彼は開始を宣言すると同時に、“スペル”を発動する。
「オレよ、一陣のきらめく風となれ! シルフィードブウゥゥゥゥツッ!」
ジェットの足が風を纏う。
その状態で地面を蹴ると、空気の流れが彼の体を前に押し出し、急加速した。
「今日も絶好調だな、オレ!」
有限リソースである魔力を消費し、能力を発動させる――それがスペルだ。
発動できる能力は個人によって異なる。
ジェットの場合は、風を操ることができる。
だが制約として、その力を扱うことができるのは“下半身”だけに限定されていた。
「これこそオレが疾風のジェットである由来! 誰もついてくることのできない圧倒的な加速! Bランク最強の冒険者の力! どうだか弱き少女よ、驚いただろ――」
森に突入したジェットは、後ろを振り向く。
そこにサーヤの姿はなかった。
「ふっ……やはりただの子供だったか。まだ本気も出していないオレにここまで差をつけられるとは。これでは、いくら新人でも冒険者になるのは無理だ」
残念そうに言いながらも、その口元はにやついている。
自分の力を誇示することができてご機嫌のようだ。
「あとはより多くのモンスターを狩ることで、さらなる力の差を思い知らせる。さあ雑魚モンスターどもよ、オレの疾風の前にひれ伏すがいい! ふはははははははッ!」
風による高速移動を駆使しながら、縦横無尽に森を駆け抜けるジェット。
そして足に纏った旋風で、見つけた手頃なモンスター――青い半透明の不定形生物、スライムに蹴りかかる。
「空蹴撃!」
それっぽい技名を叫びながら飛び蹴りがモンスターに命中すると、風の刃がその生命を刈り取った。
彼は着地し、満足げに微笑むと、唯一残った“核”を手に取る。
それはモンスターにとっての心臓部のようなもの。
自らの意思を持たず、本能だけで生きる下級モンスターには、必ずこれが存在するのだ。
ただしかなり頑丈で硬いため、どんなに雑魚モンスターの核でも破壊するのは困難であった。
「まずは1個目。ふ、この森はオレにとって庭のようなもの、このペースだと50個は固いな。田舎から出てきたばかりの幼い女に、10体も倒せるとは思えん。もっとハンデをつけてやるべきだったか……いや、これぐらいの厳しさがあの年頃の子供には必要かもしれんな」
勝利を確信し、ジェットは少し長めの髪をかきあげた。
◇◇◇
一方そのころ、サーヤは――
(第一モンスター発見です、やはり奥のほうがたくさんいるだろうというわたしの読みは当たっていたみたいですね)
ジェットよりも圧倒的なスピードで森の深い場所に来ていた。
そう、遅れて姿が見えなかったわけではない。
ジェットですら認識不可能なほどの速度で、先に進んでいたのである。
(まだ相手はわたしに気づいていない。これなら!)
モンスターとの距離はまだ数百メートル離れている。
まるで獣のように低く構え、地面を蹴ると――ヒュゴオォッ! と彼女の体は静かに空を切り、さながら矢のように猛スピードで敵に接近していく。
「シィッ!」
そしてのんきにうにょうにょと形を変えるスライムの懐に潜り、軽く拳を振るった。
バシュウウゥゥウッ!
放たれた殴打はクリーンヒットし――心臓部たる“核”もろとも、拳と空気の摩擦によって発生する熱により蒸発して消えた。
「……あれっ?」
サーヤは首をかしげながらも、速度を落とすことなく次のモンスターに殴りかかる。
今度は狼の形をモンスターだったが――スライムと同じく、軽く拳を叩きつけるだけで、粉々に霧散した。
「あれれっ?」
その後も何十体と、見える限りのモンスターをほぼ一瞬で倒してみたが、そのどれもが核すら残さずに吹き飛んでしまう。
「おかしいです、故郷で倒したスライムはあんなに強かったのに、どういうことなんでしょう。ううむ……これは威力を調整しないと、核を集めるのは難しそうです」
そんなことを考えながら、さらに森の奥へと進んでいくサーヤ。
「前方にモンスターの群れ発見、これはチャンスです!」
基本的に個で行動するモンスターだが、時に徒党を組んで群れを成すことがある。
それは“圧倒的な脅威”を前にしたときである。
そう、すでにサーヤの存在は、核同士による情報のリンクにより、この一帯のモンスターたちの間で危険な存在として認識されつつあった。
どんな雑魚でも数が多いと危険だ。
特に新米冒険者は、自分の力を過信して群れに突っ込みがちだが――サーヤの場合、そんな心配は必要なかった。
「せっかくですし、あれも使ってみますか。正拳――エクスカリバアァァァァァァッ!」
◇◇◇
「これで五体目……我ながら自分の戦闘力が恐ろしいな。まあ、なんと言ってもBランク最強だからな。実はAランクトップクラスの連中と互角に戦えるともっぱらのひょうば……」
シュボッ――ドゴォオオオオオオンッ!
「うおおぉっ!? な、ななっ、なんだぁっ!?」
サーヤの突き出した拳から放たれた、閃光。
それはもはや正拳というよりはビームとか破壊兵器とかそういった類のものにしかみえなかったが、あくまでサーヤにとっては“正拳”である。
放出された光は地面をえぐり、木々をなぎ払いながらモンスターの群れを包み込み――シュワァッ、と消滅させた。
その音や衝撃は、ジェットのいる場所まで届いていた。
「まさか……モンスターか? 魔王軍の幹部でも来ているのか!? いくらこの疾風のジェットでも、それは勝てないぞ……?」
◇◇◇
「……やっぱり核ごと消えちゃうんですね。いちもーだじんにできると思ったんですが。むぅ」
“エクスカリバー”を放ったサーヤは、悲しげにぷくっと頬を膨らます。
彼女が故郷で戦ってきたスライムなら、これを何十発と連発しても耐えたというのに。
「いや、これはテストです。ジェットさんは、こうなることを見越してわたしに試練を与えたにちがいありません!」
そのジェットは彼女の遥か後ろでビビっている。
もちろん、サーヤは彼が後方にいることも“気配”で気づいていたが、それは“自分を見守るため”だと前向きに考えていた。
「わたしはジェットさんの5倍の核を集めなければならない……きっとあの人は、手を抜いてくれているんでしょう。それでも、5倍というのはとてもきびしい数です」
勝手に試練のハードルをあげていくサーヤ。
それも仕方のないことだ、彼女が故郷で受けてきた修行は、それよりもはるかに苛烈だったのだから。
「核を残したままたおすという繊細さと、速度を両立する……スピードとテクニック、それらすべてが冒険者には必要なのですね」
そんなことはない。
書類さえ出して、年齢と性別の条件さえ満たせば誰だって冒険者になれるものだ。
「じょーとーです。やってやりますよ、わたしは! きたえてくれたお師匠さまのためにも、そしてなにより、わたしの女装をみとめてもらうためにも!」
ガッツポーズで気合を入れるサーヤ。
彼女の体から“気”と言われるオーラが立ち込め、髪を逆立たせ、周囲の木々を揺らす。
そして闘志に満ちた瞳で近くにいるモンスターを発見すると、心なしか怯えているように見える敵の至近距離に、一瞬で潜り込んだ。
「せいやあぁぁぁあああっ!」
放たれる拳の前に、森のモンスターたちは為す術もなく蹂躙されていった。