018 KISS×100 ~百合な世界~
「うぅーん」
サーヤはうなされていた。
白金剛の剣にまつわる一連の騒動が収束し、宿に戻ってきたのは日付が変わった深夜。
『やっと帰ってきたぁー……もう、心配したんだからね!』
セレナに抱きしめられながらめっちゃよしよしされて、ニーズヘッグとファフニールの紹介をして度肝を抜いて、そのまま部屋に直行。
ベッドに潜り込んだのは、たぶん深夜1時とか2時ごろのことだった。
まだ10歳、なおかつ規則正しい生活をしてきたサーヤには、あまりに遅すぎる時間だった。
そんなサーヤは浅い眠りの中で、奇妙な悪夢を見ていた。
それがうなされる原因なのか、はたまたうなされているから夢を見てしまうのか、どちらが先かはわからない。
「うぅーん……スライムぅ……巨大スライムがぁ……わたし、勝ったのに……どう、してぇ……」
思い出すのは、故郷で戦ったあの巨大スライムである。
それを拳一つで撃破することが、師匠に課された“外に旅に出る”ための条件だった。
もっとも、サーヤ自身はずっと師匠と一緒にいたかったので、別に旅に出たかったわけではないのだが――しかしそれが師匠の与える試練ならば、乗り越えるしかない。
一緒にいたいのは確かだが、育ての親でもある師匠の期待に応えたい、という気持ちも事実だったから。
「分裂ぅ……そんなぁ……分裂して……両方から、迫ってきます……ううぅ……」
夢の中で、撃破したはずの巨大スライムは二体に分かれていた。
しかも、サイズはそのままで。
つまり単純に計算するだけでも2倍の強さになったわけで、サーヤは手も足も出ずに両側から押しつぶされる。
「つよすぎますぅ……こんな大きいの……勝てるわけ……わけ……」
それでも抵抗しようと、手を動かしあがくサーヤ。
しかし、むにゅんと衝撃が殺され、跳ね返ってくるばかりで、まともにダメージは与えられない。
叩いてダメなら、触ってみる。
触ってダメなら、揉んでみる。
「んぅ……ん……」
すると、同じベッドで眠るファフニールが声を出し、体をよじった。
「てざわりは……んふぅ……わるく、ありません……こうなったらぁ……どうせ、かてないれすし……さわって……すこしでも、だめーじ、を……」
「……ん」
今度はニーズヘッグがピクリと動く。
サーヤが寝ぼけて触っているのは、スライムなどではない。
彼女を挟むようにして寝ている、二人のドラゴンの胸であった。
そう、サーヤはその圧力に両側から挟まれ、押しつぶされていたのである。
そもそもシングルベッドに三人で寝る時点でかなり無理があるのだが、帰ってきたのが深夜だったため、別の部屋を用意できなかった。
それでやむなく、同じベッドに寝ることになったのだ。
一応、“ご主人様”を気遣う形で、ファフニールとニーズヘッグは床でもいいと言っていたのだが――サーヤがそれを許さなかった。
ちなみに、『寝るときぐらい開放的になりたい』という理由で、ファフニールとニーズヘッグは下着姿である。
さらにレトリーとセレナのものではサイズが合わなかったため、胸周りはシーツをぐるっと巻いただけだ。
それゆえに、挟まれるサーヤが感じる圧力はかなりのものであった。
「スライムぅ……たおせない……お師匠さま……ずっと、いっしょ……」
恋しい故郷のことを思いながら、サーヤはどうにか、再び深い眠りへと沈んでいった。
◇◇◇
朝、一番最初に目を覚ましたのは、一番疲れているはずのサーヤだった。
規則正しい生活が身に染み付いているせいか、遅くまで起きていても、早い時間に目を覚ましてしまうのである。
彼女が起きると、両隣で寝ていたファフニールとニーズヘッグも起床する。
「おはようございますれす」
ぽやーっとした寝ぼけた表情で、二人に頭を下げるサーヤ。
「おはよう」
「おう、おはよー」
ドラゴンも朝は弱いのか、ファフニールもニーズヘッグもぼんやりとした顔だ。
そしてニーズヘッグは、眠そうな目でじーっとサーヤを見つめる。
「ニーズヘッグひゃん、なんれすかぁ?」
「挨拶をしたい」
「あいさつ……?」
「ドラゴン式の挨拶」
「それはいいれすねぇ、どうやってやるんれすかぁ?」
まだ完全に覚醒していないサーヤは、ニーズヘッグが「ふふふ」と悪そうに笑っても警戒しない。
そしてニーズヘッグはサーヤの両頬に手を当て、そのまま顔を近づけた。
「ニーズへッグさん、ちかいれふ……んぶっ」
ぶちゅっ、と重なる唇。
しかも割と長めに、たっぷり十秒間ほど堪能して、ニーズヘッグはようやくサーヤを解放した。
「んー……ぷはっ」
「……はへ?」
状況がよくわかっていないサーヤは、顔が離れてもなおぽかんとしている。
「ニーズヘッグ、人間の体になってもそれやんのか?」
ファフニールはぼさぼさの髪の毛をわしゃわしゃと掻きながら言った。
「ご主人様は特別だから。こういうのもいいと思う」
「そうか……ならあたしもやっとくか。ほれご主人様、こっち向いてくれ」
「はひ……?」
サーヤはなおもぽーっとした表情でファフニールのほうに振り向くと、彼女は顎に手を当て、くいっと持ち上げた。
そして手慣れた様子で唇を寄せる。
もっとも、ニーズヘッグと異なり、触れるだけの軽いものではあったが。
「改めておはようだ、ご主人様。あとついでにお前もな」
「別に私は……」
「そういうわけにはいかねえな、習慣なんだからな」
「……?」
サーヤが状況を理解できない中、彼女の頭上で、不服そうなニーズヘッグとファフニールが、ついばむようにキスをしている。
これはドラゴン同士が出会ったときに、相手に敵意が無いことを示すために行う儀式のようなものだ。
そもそもドラゴンという種族が珍しいため、あまりお目にかかることはない習性なのだが。
「今の、ちゅー……ですよね」
ようやく目がさえてきたサーヤは、自分の唇を触りながら、ほんのり赤らむ。
次第に赤さが増していく彼女を見かねて、ファフニールはその頭を雑に撫でながら言う。
「ま、文化の違いってやつだ。ただの親愛の証だから、深くは考えないでくれよ」
「そ、そうなんですね。なら問題ありませんね!」
「そう、ただの親愛の証。だから何度やってもいい。むしろ、親愛の度合いが強ければ強いほど繰り返すもの……むちゅっ」
「んんーっ!?」
「いやそれはちが……ってもうやっちまってるし。確かにニーズヘッグ、お前って昔からそういうとこあったもんなぁ……」
呆れつつも、見慣れた光景なのか、ファフニールは止めようとはしない。
なのでニーズヘッグはさらに調子に乗って、サーヤにキスを繰り返す。
「ご主人様。んふっ、私に光を与えてくれたご主人様。ちゅっ、ちゅぅっ。ふふ、私を支配してくれるご主人様。ご主人様。ご主人様!」
「に、ニーズヘッグしゃっ、んむっ、おちっ、おちちゅいてくらひゃっ、んひっ」
「これは親愛の証。私の親愛の分だけ、繰り返す。むちゅうぅーっ」
「それはうれひぃんれふけ、はぷっ、どっ!」
「私からだけじゃ申し訳ない。ご主人様からもしてほしい」
「ええぇっ!?」
「……私のこと、嫌い?」
「い、いえ……そうではないですが……恥ずかしいので。ですがわかりました、親愛の証、ですもんね。師匠は弟子に愛をそそぐものです、やってみせます!」
「別にやらなくていいと思うけどな」
「ファフニール、黙ってて。これは必要な儀式」
「へいへい」
ニーズヘッグの性格をわかっているので、ファフニールは必要以上に口は出さない。
(面倒なやつではあるが、危害を加えるようなことはしないから、まあいいだろ)
まったく良くないが、ドラゴンの価値観的にはセーフなのだ。
そしてサーヤはニーズヘッグの両頬に手を当て、「ふうぅー」と息を吐き出し気合を入れる。
お腹にきゅっと力を込めて、目を閉じ精神を統一する。
「……そこまで気合を入れるとムードが」
「発破の入れ方を間違えたみたいだな。自業自得だよ」
「むぅ……」
ニーズヘッグには若干の不満があるようだが、当初の目的――つまりサーヤからキスをさせるという目的を果たせれば、それでいい。
(最初はキスから始める。そして少しずつ常識のハードルを狂わせていって……ふふふ、最後はあんなことやそんなことを自分からやるようにする……ご主人様を、私のものにするために……)
そんな彼女の邪悪な考えなど知るよしもなく、サーヤは気合のチャージを完了し、顔を近づけていった。
ふわりと、二人の唇が重なる。
ガチャリと、部屋の扉が開く。
「おはよ……って」
どひえぇ!? と、セレナの叫び声が響く――
「な、なななにやってんのよあんたら! ふしっ、ふしっ、ふしだらっ! サーヤちゃんまだ10歳なのよ!? それをキスっ、キスとかっ! てかサーヤちゃんもなにやってんのー!?」
「セレナさん!? えっ、えと、これはですねっ、ちゃんと理由があるんです!」
「いかなる理由があろうとも10歳の女の子にそんなことしていいわけがないじゃないのよぉおお!」
正論である。
しかしニーズヘッグは考える。
正論など、愛の前には無力だと――
「そう騒ぐなって。えーと……」
「セレナよ!」
「そうだ、セレナ。あれはな、ドラゴン式の挨拶なんだよ」
ファフニールがフォローを入れるも、セレナは納得しない。
「はぁ? そんなわけのわからない論理、私に通じると思ってるの?」
「通じるもなにも、事実だからな。人間の行為とは意味が違うんだ」
言いながら、ファフニールは立ち上がり、セレナに近づく。
「な……なによ……っ」
「挨拶だからな、あんたにだってする。んっ」
「んぐうぅーっ!?」
顎をくいっと持ち上げ、ファフニールはセレナの唇を奪った。
セレナは目を見開き、すぐさまファニールを突き飛ばす。
「おぉっと、乱暴なお嬢さんだな。もうキスで恥ずかしがる年齢でもないだろうに」
「な……なんてこと……っ」
「これで納得したか?」
「するわけがないでしょうがっ!」
「なら、私もしておく」
「……は?」
「むちゅー」
「ふんぐぅーっ!」
今度は、いつの間にか背後に近づいてたニーズヘッグから唇を奪われるセレナ。
顔を真っ赤にしながら吸い付かれる彼女の姿を、サーヤは目をぱちくりさせながら見つめていた。
「わたしはなにをみているんでしょうか……」
「平和な日常、だな」
「にちじょう……にちじょうって、なんでしたっけ……」
遠い目をするサーヤ。
一方セレナは、どうにかニーズヘッグのホールドから逃れ、膝に手を付き『ぜえはあ』と肩を上下させている。
「ドラゴンって……聞いた時点で……やばいとは思ってたけど……はぁ……はぁ……ここまでとは……」
「ふふふ……私たちとの挨拶も終わったところで、セレナとサーヤも挨拶したほうがいい」
「するかぁーッ!」
朝っぱらから、セレナの鋭い突っ込みが宿に響き渡る。
厨房で朝食を作る彼女の両親は、
「元気だなぁ」
「そうねぇ」
と今日も元気な娘の健康を喜んだ。




