017 フレイグ先生の次回作にご期待下さい!
四天王の一人、イフリートの敗北――その事実を受け、夜が明ける前に魔王は動いた。
帝都の宿に泊まっていた勇者フレイグはその予兆を感じ取り、部屋にパーティメンバーたちを呼び寄せる。
「どしたのぉ、こんな時間に……」
シーファはやたらかわいらしい寝間着をまとい、枕を抱いて、目をこすりながら現れる。
どこからどう見ても女の子だが、フレイグの中では幼少期から飽きるほどみてきた“男の幼馴染”シーファの姿であった。
「ちょ、ちょっとそんなとこ触らないの! 呼ばれてるんだから、行かないと!」
「やですぅー。途中でやめたくありませんー」
「もう十分したじゃないのよぉ!」
「足りませんー。ぜんぜん足りませんー!」
「お前は淫魔かーっ!」
マギカとファーニュは、なぜかドアの外で揉めてなかなか中に入ってこない。
「……お前たち、何をやってるんだ」
痺れを切らしたフレイグが外に出ると、そこにはなぜか服がよれよれになったマギカと、頬を膨らますファーニュの姿があった。
マギカは慌てて服を直し、「なんでもないわっ」と顔を真っ赤にして部屋に入る。
ファーニュは「なんでもありませーん」とマギカを追い、ひとまず諦めて彼女の腕にぎゅっと抱きついた。
「仲がいいのは悪いことではない。だがあまり、ハメを外しすぎるなよ。闇の力は、いついかなるときもオレたちを狙っているんだから」
片手で顔を覆い、最大限かっこつけた声で注意するフレイグ。
だがシーファは相変わらず眠そうだし、マギカとファーニュもちょっと白け気味である。
それもそのはず、いきなり『闇の目覚めだ! オレの部屋に集まれ!』などとわけのわからない理由で集められては、不満も出るというものである。
(闇の目覚めってなんなのよ……こんな深夜なんだから、闇だってお眠りだっての。いやまあ、おかげで助かった部分はあるんだけど)
ファーニュは熱い視線をマギカに向けている。
以前から彼女とは良好な関係を築いていて、まあ同じ部屋で泊まることもあった。
だが最近は、宿では同室が既定事項みたいになっているし、ベッドが二つあっても一つしか使わない。
どれだけマギカが拒否しても布団に潜り込んでくるし、彼女自身も徐々に強く拒絶できなくなりつつあった。
(別にファーニュのこと嫌ってるわけじゃないけど、そういうのは何か違うっていうか……私はあくまで、健全な友人関係を築きたいだけであって! 友達の唇の感触とか胸の柔らかさとか指先のしなやかさとか知りたくなかったというか……)
そんなことを考えていると、つい先ほどまでの出来事を思い出し、ふいに体が熱くなる。
「う……」
もぞりと太ももを動かし、体をよじると、その仕草を見たファーニュは嬉しそうに微笑んだ。
妖艶な表情を見せられ、マギカは背筋にゾクゾクとしたものを感じる。
(だからその笑みをやめなさいっての、聖職者!)
教会に知られたら即刻クビな顔である。
しかしマギカの想いも虚しく、ファーニュはさらに大胆に攻めてくる。
紅色の唇をマギカの耳元に寄せ、吐息混じりに、色っぽく囁くのだ。
「戻ったら、続き……しましょうね?」
今日一番強い“ゾクゾク”が、マギカの全身に走る。
彼女はできるだけ平静を保とうとしたものの、明らかに顔は紅潮し、肌は汗ばみ、挙動不審になっていた。
そんな不自然な二人のやり取りを見て、寝ぼけ眼のシーファは「んー?」と首をかしげる。
一方でフレイグは、夜を切り取る窓のほうを、じっと見つめていた。
「……奴が来るぞ!」
そして、何の前兆を感じ取ったのか、意味深にそんなことを言い出す。
どうせ何も起きないだろう――マギカがそう高をくくっていると、フレイグの視線の先が歪み、黒い人影が映し出された。
『くっくっくっ……愚かな人間どもよ……久しぶりだな……』
「魔王ランゾード、やはりお前だったか!」
「本当に何か出てきたー!?」
フレイグは本当に闇の力を感じ取っていたのだろうか。
否、そんなはずはない。
ただの勘である。
だがそれが勇者の力かどうかはさておき、奇跡的とも呼べる勘であった。
『まずはよくやった、と褒めてやろう』
「ふっ、貴様からの褒め言葉など必要ない。俺たちは当然のことをやったまでだ」
「私たち何かやったっけ?」
宿に泊まってくつろいでいただけだ。
『まさかまだ未熟なお前たちが、四天王の一人、獄炎のイフリートを撃破するとはな』
「また勝手に幹部が減ってる……」
「大したことはない。俺の勇者パワーがあればな!」
「あんたはもうちょっと疑問を抱きなさいよ!」
マギカの突っ込みが虚しく響く。
『しかし、奴は四天王の中でも最弱……人間ごときに負けるとは、四天王の面汚しよ……』
「私たちの与り知らない所でやられて勝手に罵倒されるイフリートさんごめんね……」
「やめろ魔王! あいつは四天王だが、それ以前に一人の武人だった! 勇者である俺のライバルだったんだ! 俺が覚醒しなければ敗北は必至だったろう。たとえ魔王であろうと、彼をバカにすることは許されない!」
「あんたの脳内ではどんなシナリオが展開されてるの?」
『なるほどな。確かに、イフリートは正々堂々を好む男だ。愚かなことに正攻法で挑み、そして覚醒した勇者に運悪く敗北してしまったというわけか』
「ほら魔王がそういうこと言うからフレイグがまた調子に乗るー」
おそらくこちらの会話は、フレイグの声しか聞こえていないので仕方のないことだ。
『だが四天王を甘く見るなよ勇者よ。残る三人は終氷のフェンリル、死毒のティタニア、疾風のシルフィード……三人とも、イフリート以上の実力者揃いだ』
「たとえ誰がかかってこようとも、力に目覚めた俺は絶対に負けない! 必ずや全員撃破し、魔王ランゾード――お前のもとにたどり着いてやる!」
『フハハハハハ! 威勢の良い奴だ。我も貴様と相まみえる日を楽しみにしているぞ……フハハハハハッ、ハハハハハハッ、ハーッハッハッハッハッハッハ!』
お手本のような三段笑いを残して、フェードアウトしていく魔王。
映し出された姿が見えなくなると、フレイグは苦しそうな表情で膝をついた。
「くっ……」
「フレイグっ!? 大丈夫?」
さすがにもう目が覚めたらしく、シーファは機敏な動きで彼に駆け寄る。
「すまないシーファ。どうやら……闇のエナジーに充てられて、体力をごっそり持っていかれたようだ……」
つらそうに目元をしばしばさせるフレイグ。
「ただ眠いだけでは?」
現在時刻、深夜二時過ぎであった。
「そんな……でもボクたちはどうして平気だったの?」
「俺が……闇のエナジーを一身に引き受けていたからな……がはっ!」
「フレイグっ! 無茶したらダメだよ。休もう!」
「すまない、シーファ……エクスカリバーさえあれば、闇にも耐えられたんだが……」
シーファに支えられ、フレイグはベッドに横たわった。
そんな小芝居を、目を細めながら白けた表情で見ていたマギカだったが――彼女の腕を、ファーニュがぐいっと引っ張った。
「ファーニュ?」
そのまま無言で、ずるずると部屋の外に連れて行く。
「なにっ? いきなりどうしたの?」
ファーニュの表情は見えない。
ひとつだけはっきりしていることは、彼女の力が聖職者とは思えないほど、異様に強かったということだけだ。
◇◇◇
場所を移して、マギカとファーニュが泊まっている部屋へ。
ファーニュは連れ込んだマギカを、無言のままベッドに押し倒した。
「ファーニュ、あんたまさか……我慢できなかったの?」
「違います」
「じゃあ何を……」
「さっきマギカさん、私に“淫魔か”って言いましたよねぇ」
「言うわよそりゃあ……そうとしか思えないぐらい、その、あんた底なしじゃない……」
「そのことなんですが、実はぁ――」
ファーニュの体が光に包まれ、一瞬にして服が変わる。
隠すべき場所を、最低限のエナメル質の布で隠した、非常に際どい、下着のような格好に。
さらには背中からは羽根が生え、お尻からは先っぽにハート型をかたどったしっぽまで生えている。
「私、淫魔なんですぅ」
「ええぇぇぇぇええええええっ!? ええっ! ええぇっ!? 聖職者じゃないの!?」
「性職者ですぅ」
「文字に起こさないと伝わらないやり方でうまいこというのやめて! えっ、というか、モンスター……? じゃあ、本物のファーニュ、というか聖職者さんは……?」
「今頃、田舎で家族と悠々自適に暮らしていますぅ」
「やり方が優しい!」
「実は私ぃ、イフリート様から派遣されてぇ、勇者を籠絡して旅を妨害するように言われていたんですがぁ」
「じゃあなんで私にこんなことするのよ……」
「……フレイグさんより遥かに、マギカさんのほうが好みだったので、つい。あっ、もちろん体だけじゃなくて、性格も大好きですよぉ!」
「ただのガチ告白!」
しかしこれで、これまでのファーニュの行動に説明がついてしまった。
そりゃあ聖職者に見えないはずである。
回復スペルが使える淫魔という時点でかなりレアなのは間違いないが、その度に激しくマギカにくっついてきていたのは、あれが魔力供給の手段だったからなのであろう。
「ちなみにイフリート様の独断で派遣されたので、魔王軍は誰も私のことを知りません」
「じゃあ、イフリートがやられちゃったってことは……」
「私ぃ、普通に魔王軍の敵ですねぇ……」
「……」
「……」
「……なら、黙って私たちに付いてきたほうがまだよかったんじゃ」
「それだとバレたときにぃ、捨てられちゃうかもしれませんしぃ。だったらぁ、今、言えば……マギカさんならぁ、受け入れてくれるんじゃないかと思ってぇ……」
「まあ、私もファーニュのことは嫌いじゃないから、追い出そうとは思わないけど……うーん……淫魔ってやっぱり、そういうことしないと、生きていけないの?」
「いえ、特にそんなことは。ご飯でも生きていけますよぉ?」
「だったら今まで私を襲ってきたのはなんだったの!?」
「ただの趣味ですぅ」
「趣味!」
「好きな人とそういうことをしたいと思うのは、自然なことではないですかぁ?」
「そうだけどぉ! そうなんだけどぉ!」
マギカに残された選択肢は一つである。
ファーニュが淫魔であるという事実を自分の胸の中にだけ秘めておいて、一緒に旅を続ける。
それ以外になかった。
なかったのだが――それを続けるということは、ファーニュとの関係を続けるということを意味している。
「えへへぇ、言ったらすっきりしましたぁ。やっぱりわだかまりがないほうがぁ、こういうのって楽しめると思うんですよぉ♪」
「うひぁっ!?」
ファーニュはズボッ、と上着の下に手を突っ込む。
(なんでかしら……ファーニュがちゃんと私のことを好いてくれてるってわかったからか、悔しいけど、確かに以前より抵抗感がなくなってるわ。別に私のほうにそんなつもりはないのにぃー!)
マギカがファーニュに向ける感情は、あくまで友人のそれである。
そう、少なくともマギカはそう思い込んでいる。
だからそういった行為は不本意ではあるのだが――相手は淫魔。
それはもうプロフェッショナルだ。
男性経験ゼロなマギカからしてみれば、アリが巨人に立ち向かうようなもので――
「私を受け入れてくれたマギカさん、大好きですぅ。今日はぁ、しっぽも使ってフルコースで愛してあげますからぁ、たっぷり楽しんでくださいねぇ?」
逃れることなど、できるはずがないのだ。
「いぃーやぁー!」
今夜も宿屋に、マギカの声が響き渡る。
翌朝、例のごとく彼女は寝不足で、ファーニュの肌はツヤツヤしていたという。




