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012 エクスカリバーを越えろ

 



「ここがその鍛冶師のハウスですか……」


 サーヤは寂れた建物の前に立つと、かかげられた看板を見上げた。

 オーレ武器防具店――錆びたその看板からは、客を歓迎する雰囲気は見当たらない。

 むしろやってきた人間を拒み、追い出すような圧迫感があった。

 しかしサーヤは気にせずに入口をくぐる。


「お、おおっ? お客さんじゃーん! いらっしゃいませー!」


 彼女を迎えたのは、十代半ばほどの活発な少女だった。

 想像と違う店主の姿に、のけぞり驚くサーヤ。

 そんな彼女に、店主はぐいぐい迫ってくる。


「いやあ、嬉しいなあ、こんな小さいお客さんが来てくれるなんて。武器をお探し? それとも防具を? オーダーメイドも受け付けてるよぉー!」


「あの……とびきり強い剣を探しにきたんです」


「とびきり強い剣と来たかぁー! イイネ! そういうのイイよー! お父さーん、お客さんがオーダーメイドの剣をご所望だよー!」


 少女は店の奥に向かって大きな声で呼びかける。

 するとすぐさま返事が戻ってきた。


「んな適当な仕事が受けられるかっ! とっとと突き返せえぇぇっ!」


 あまりに迫力のある怒鳴り声に、ビクッと体を震わせるサーヤ。


「もうお父さん、そんなこと言わないでよ! せっかくお客さんが来てくれたんだよ?」


「誰の仕事を受けるかはオレが決める。そんなガキの依頼なんざ受けられるもんかよ!」


「そうやって仕事を選ぶから向かいの店にお客さんを取られるんじゃーん」


「はっ、あんな粗悪品でいいなら勝手に買わせとけ。ひっく……」


「あ、またお酒飲んでる! こんな時間から!」


「んなもんオレの勝手だろうが! ったく、うるせえやつだ」


「なにをぉーっ! 私はこのお父さんにもっと頑張ってもらいたいと思って! お父さんの腕なら、このお店だってもっと繁盛するはずなんだから!」


「そんなこと頼んでねえんだよっ!」


 いきなり親子喧嘩が始まり、サーヤは完全に置いてけぼりになる。


「あ、あの……?」


 戸惑い、そわそわしていると、


「お嬢さん、お困りですかな?」


 背後から誰かが、ぽんっと肩に手を置いた。


「ひゃいっ!?」


 振り向くと、そこには顔に笑顔をべったりと貼り付けた、胡散臭そうなスーツの男が立っていた。


「ワタクシ、向かいのお店のコーンマンと申します。このお店ではまともな剣は作れません、ぜひワタクシの店に――」


「コーンマン! あんた勝手に人の店に入ってこないでって!」


「困っているお客様がいたら、救いの手を差し伸べる。接客業として当然のことをしたまでです。それでは行きましょうか」


 ぐいっと、強引に腕を引くコーンマン。

 しかしサーヤの体はびくとも動かない。


「ん? お嬢さん、こんなお店に執着してもなにもいいことはありませんよ」


「……違います」


「え?」


「わたしはお嬢さんじゃありません、この格好は女装ですっ!」


「えぇ……」


「ぷっ……くくっ、変な理由で断られてやんの」


「パーナス、なにを笑っているのですか! 別に断られたわけではありません! それではお坊ちゃま、行きましょうか」


「行きません。わたしはセレナさんにこのお店を紹介されたんです。この帝都で一番素晴らしい剣を作るお店だ、って。だから、わたしはセレナさんの言葉をしんじます!」


「あはは、だってさ」


「くっ……わかりました。ですが、困ったときはワタクシのお店にいらっしゃってください。速さもお値段も、そして質も、この店よりも上等なものをお見せいたしますよ。それに、このお店はもう長くない。装備のメンテナンスのことを考えると、うちに来たほうがいいと思いますけどね」


 最後にコーンマンはパーナスをにらみ、背中を向けて去っていった。


「なんだったんですか、いまの……」


「コーンマン。うちの向かいに出来た新しい武具店の店主なの」


「それにしては体がほそかったですね。鍛冶師さんのようにはみえませんでした」


「嬢ちゃん……それがわかんのか」


「だから女装ですって!」


「こまけえことはどうでもいいんだよ」


「むぅ……まあ、一応これでも冒険者ですから、相手の筋肉の付きかたである程度はわかります」


「ほう……その見てくれで冒険者ねぇ」


 品定めするようにサーヤを観察する男。

 彼の名はオーレ。

 ここの店主にして、かつて帝都一の鍛冶師と呼ばれた男であった。


「コーンマンの店は、鍛冶専用の魔導機械”ブラックスミスⅡ”で剣を自動的に作ってるからね。鍛冶師は必要ないの」


「まどうきかい? モンスターの核でうごくあれですか? そんなものが作れるなんて、頭がいい人なんですね」


「元はパーナスが設計したもんだけどな」


「へ? どうしてそれが、あっちのお店にあるんです? というか、パーナスさんすごいですねっ! まだお若いのにそんなものを設計できるなんて!」


「設計できても、お金が無いと作れないの。それに……鍛冶の自動化なんて許せないって、どっかの頭でっかちな父親が妨害してくるから」


「出来た剣が、商品の域まで達してねえんだよ」


「だからそれは発展途上って言ったじゃん! んで、そんなことしてるうちに……空き巣が入って、設計図を盗まれたの。それから少しあとに、コーンマンが来て店を作ったってわけ」


「それって悪い人じゃないですか! 文句をいうべきです!」


「言ってどうにかなる相手じゃないのよ。元はウチを潰すのが目的みたいだし、設計図を公表してたワケでもないから、私が設計したっていう証拠もないし」


「そんな……」


 しょんぼりと落ち込むサーヤ。


「なんであなたがしょげてるのよ」


「だって、くやしいじゃないですか。頑張ってきたのはパーナスさんなのに、それを奪った上に、このお店をつぶそうとしてるなんて!」


「ふふ……ありがとね。まあ、でも実際、うちには後がないのよねぇ。例の勝負の期限は一週間後。お父さんのスペルを使ってどれだけ急いで剣を打っても、素材を見つける時間を考えると間に合うかどうか……」


「なにかあるんですか?」


「コーンマンから勝負を持ちかけられたの。それだけ質に自信があるなら、どちらの剣が素晴らしいか勝負をしよう、ってね。負けたほうは大人しく店を畳むことになってる」


「でも、まだ作ってないと……それはこまります! わたしは勇者さんのエクスカリバーの代わりになる剣を手に入れないといけないんですっ!」


「エクスカリバーだと?」


 オーレが興味を示す。

 サーヤは自分がエクスカリバーになにをしたのか、そしてどうなってしまったのか――今回の経緯を二人に語った。

 最後まで聞き遂げた上で、オーレは「はっ」と鼻で笑った。


「お嬢ちゃんがあの聖剣を壊しただと? ありえるわけがねえ。そんな与太話には付き合ってらんねえな」


「信じてもらえなくてもいいです。ですが、わたしには勇者さんに渡す剣が必要なんです!」


「お父さん、受けてあげてよ。もしただのファンのお願いだったとしても、このタイミングで勇者様に剣を渡すことは別に悪いことじゃないじゃん」


「エクスカリバーに匹敵する剣だぞ? そんなもの、白金剛の剣でもない限りは無理だろうが」


「白金剛の剣……」


「なんなんですか、その白金剛って」


「これだよ。ほらよっ」


 オーレはサーヤに向かって、白く輝く鉱石を投げた。

 サーヤはそれを片手で受け取ると、キラキラと光を反射するそれを見つめる。


「うわあ、とってもきれいな石です……」


「世界最高硬度を誇る鉱石、白金剛だ」


「じゃあ、これで剣を作ればエクスカリバー並のものができるかもしれないんですね?」


「作れれば、ね」


 パーナスは苦笑しながら言った。

 首をかしげるサーヤ。


「元々、私が魔導機械に頼ろうと思ったのは、“人間の力で白金剛を加工するのは不可能だから”だったのよ。まあ結局、どんな設計したって無理だったんだけど」


「加工できないんじゃ、その硬度も宝の持ち腐れだ。オレも昔は、それで剣を作るんだって夢を語ったこともあったが……」


「そんなに硬い石なんですね……確かに、すっごく力を入れてやっと形が変わるぐらいですし、これで剣ができれば素晴らしいものになりそうなんですが……」


「そうそう、どんなに力を入れても形が変わるぐらいで……えっ?」


「お嬢ちゃん、今、なんつった?」


「へ? ああ、これで剣を作れば素晴らしいものになる、って」


「そっちじゃねえ! その前だ!」


「すっごく力を入れて、やっと形が変わるぐらい、ですか? あ、ごめんなさい! 勝手に形をかえたらいけませんよね!」


「そういうことじゃないってば! とにかく見せて!」


「は、はい……」


 戸惑うサーヤから、奪うように白金剛を受け取るパーナス。

 店の奥で腰掛けていたオーレも、すごい形相で駆け寄ってきた。


「本当に形が変わってやがる……こんなことがありえるのか……? どんだけ熱を加えても硬度が落ちなかったんだぞ……?」


 白金剛の原石には、くっきりとサーヤの指の跡が残っていた。


「で、でも、形が変わったってことは、剣が作れるってことじゃないの?」


「ああ、そうだな。人間の力で無理なもんをどうやってやったのかって疑問はあるが――」


「もしかして、この子がエクスカリバーを壊したっていうのも、本当なんじゃ?」


「……かもしれねえな」


「……?」


 まったく状況が読めないサーヤ。

 なぜか恐ろしいものを見る目を二人から向けられ、彼女は頭の上にいくつもハテナマークを浮かべていた。






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