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011 おねロリは無罪

 



「思えば――ずいぶんと乾いた人生を送ってきたと思う。


 けれどそれは仕方のないことだ。

 こういう性格だし、おしとやかさとは無縁だったから、男の子に言い寄られることなんてなかったのだ。

 だから、別に焦ったりはしなかった。

 二十歳を過ぎて、たまに周囲から『そろそろ結婚したら?』とか『相手はいないの?』と言われることはあった。

 けれど笑って『いませんよそんなの』と簡単に躱せたし、実際その笑顔は愛想笑いなどではなく、本心だったからだ。

 焦りなんてない。

 というか、別に結婚の必要なんて感じない。

 だって私は、今の生活で十分に幸せだと思っているから。


 でも――心のどこかで思っていたのだ。

 もしかしたら自分は、ひどい不感症(・・・)なんじゃないかって。

 好意を向けられたことはゼロじゃない。

 でも、そのどれにも、私は気づかなかった。

 他者から向けられる好意。

 そして自分から向ける好意。

 そういうものに対して、ただただ鈍感で――割り切っているわけではなく、私はそういう病なのではないかと、不安に感じることがあった。


 だから(・・・)、それは革命だった。


 サーヤちゃんに指をしゃぶられた瞬間、私の中に電撃が走った。

 胸が高鳴り、体が火照り、頭がぼーっとする。

 これはなに? この感情は一体!


 ああそうか、私は不感症だったわけじゃない。今まで一度も、ときめきを感じる相手に出会ったことがなかっただけなんだ――」


「レトリー、勝手に私の人生を捏造しないでくれる!?」


 セレナが身動きを取れないのをいいことに、好き放題妄想を垂れ流すレトリー。

 怒鳴られてもなお、彼女はニヤニヤとした表情を崩さなかった。


「えぇー、だってぇ、さっきお嬢ったら恍惚とした表情してましたよぉ? 自分よりずーっと年下の女の子を膝の上に乗せてぇ、指をしゃぶらせてぇ、見たこと無いような表情してましたよぉ?」


「ニヤニヤしながら言うのも禁止よっ! 別にそんな顔してないわ。ただ、ちょっとだけかわいいと思っただけじゃない」


 セレナの膝の上には、涙目で彼女の指をしゃぶるサーヤの姿があった。

 エクスカリバー破壊のショックは、彼女にとってそれだけ大きなものだったのである。

 どうやらサーヤは、“聖剣”や“神器”と呼ばれる武具に対して、思い入れがあるらしい。

 彼女の扱う拳術に、それらの名前が使われているのはその影響のようだ。


「いやでもセレナお嬢。実際のところ、なかなかにヤバい絵面ですよそれ。サーヤさんがもっと小さい女の子ならともかく、10歳ですからね。娘と呼ぶには近すぎますし、姉妹と呼ぶにはちょっと離れてますし。というか肉親に指をしゃぶられてそんな顔をするはずが……」


「さっきからしつこいわねえ。私がどんな顔をしてたっていうのよ!」


「幼女と触れ合えて興奮するロリコンのそれでしたね」


「そ、そそ、そんなわけないじゃないのよぉっ!」


「声が裏返ってますよお嬢」


「うるさいやいっ!」


「安心してください、おねロリは無罪だって法律書にも書いてありますから! あ、この場合はおねショタになるんですかね? どう思いますかお嬢」


「聞かれたってわかるわけないでしょ!?」


 必死に否定するセレナだが、否定すればするほどドツボにハマっていく。

 確かに、サーヤに指をしゃぶられた瞬間、これまで感じたことのないゾクゾク感を覚えたのは事実だ。

 ひょっとすると、気持ち悪い顔もしてしまっていたかもしれない。

 だが決して、まず大前提として、別にセレナは、指をしゃぶらせようと思ってしゃぶらせたわけではないのだ。


 今日の朝、起床してきたサーヤは、新聞を見るなり泣き出してしまった。

 泣きじゃくる彼女からどうにか話を聞き出してみると、どうやらエクスカリバーを破壊したのは彼女だったらしく、勇者フレイグは『平気だ』と言っていたらしいが、実は全然平気じゃないことを、その記事を見て知ってしまったらしい。

 かの聖剣を素手で破壊したなど、にわかには信じがたいが、その泣きっぷりからして嘘をついているようには見えなかった。

 とにかくセレナは、サーヤを泣き止まそうと、彼女を抱きしめてあやした。

 その最中のことだった。

 たまたま、セレナの人差し指がサーヤの唇に近づいたのである。

 そしてサーヤはなにを思ったか、口を開いてぱくっとくわえこんだ。


 結果として泣き止んでくれたのだが、それから今に至るまで、サーヤは数十分に渡って指を口に含み続けている。

 まだもごもごちゅぱちゅぱとしゃぶり続けており、引き抜くに引き抜けない状況であった。


(指がぞくぞくする……涙を浮かべて上目遣いで見られるとさらにぞくぞくする……なんなのこの感覚はっ! 開いてはいけない扉を開いてしまった気がする――)


 未知の感覚。

 見て見ぬふりをするのが最良だ、と自分の理性が語りかけてくる。

 受け入れた先に待っているのは、おそらく底なし沼だ。

 レトリーを笑えなくなるぐらいヤバい世界だ。

 だから絶対に回避しなければならないのだが――セレナの心の片隅に、その世界を渇望する本能が存在している。


「ふふふ……セレナお嬢」


 レトリーはセレナの背後から近づくと、耳元に口を寄せて囁いた。


「ようこそ……『乙女の世界(・・・・・)』へ……」


「い、行かないわよそんな世界ーっ!」


 セレナは勢いに任せて、ずぼっとサーヤの口から指を引き抜いた。


「あ……」


 寂しそうな顔をするサーヤから目を背け、そして近くにあった布巾を手に取ると、よだれをしっかりと拭き取る。


「ああぁっ! お嬢、なんてことを! しゃぶらせた指を自分でしゃぶって初めて儀式は完了するんですよ!? さあ今からでも遅くありません、しゃぶって!」


「あんたの変態儀式に私を巻き込むなっ! ほらサーヤちゃん、立って! あなたは強い子なんだから、もう大丈夫でしょう?」


「セレナしゃん……でも、わたし……っ」


「泣かないの! 勇者は『大丈夫』って言ってくれたんでしょう。ファンならその言葉を信じなさい」


「大丈夫じゃなかったから、記事になったんじゃないんですか……?」


「うっ、まあそうだけど……」


「じゃあやっぱり、わたしのせいで……わたしのせいでぇ……っ!」


「え、えっと……あー……なら、こうしましょう。新しい剣を買って、勇者にプレゼントするのよ」


「エクスカリバーの代わりなんてありませんよぅ……セレナさん、神器って言うのはですね、この世界に人間が生まれるよりもずーっとまえからあるって言われてる、すっごく、すっごい武器なんです!」


「それぐらいは、聞いたことあるわ」


「神が作ったっていわれてて、それはもうすごい力があって、でも人間同士の戦争に使われそうになったから、三百年前に魔女マーリンがぜーんぶもっていなくなっちゃったんです! だから、現存する神器は、あのエクスカリバーが最後だったんです!」


(好きなものの話題だと泣いてても饒舌になるのね……)


「だからぁ、代わりなんて用意できるはずがないんですよぉ! わたしはぁ、取り返しのつかないことを……してしまって……うわあぁぁぁあんっ!」


「ああ、もう泣かないのー!」


 セレナは再び、泣き出したサーヤの口に人差し指を突き刺した。

 するとそれをちゅぱちゅぱと舐め、彼女は泣き止む。


「エクスカリバーがすごい武器ってことはわかったから。だったらなおさら、私たちにはどうしようもないことよ。だいたい、それだけすごい武器なのに、サーヤちゃんのパンチで壊れるなんておかしな話じゃない」


「ひょうれふけど……」


「私が思うに、サーヤさんが破壊したそのエクスカリバーは偽物ですね」


「れひょりーひゃん……ひょうなんれふか?」


「ええ、こういうときは本物の剣が、勇者のピンチに目を覚まして力を与えてくれると相場が決まっているんです! そして真なるエクスカリバーに宿る精霊がイケメンだったりするとなお良いですね! ええ、非常にいい! そして夜になると、目覚めた聖剣は主である勇者にこう語りかけるんですよ! 『実は私、聖剣でもあり性剣でもあるんですよ』、『やめろエクスカリバー、ボクたちは男同士だぞ!?』、『剣に性別など関係ありません。さあ飲み込んで、ボクのエクスカリ――』」


「サーヤちゃん、現実と虚構の区別がつかない、ああいう人間にだけはなっちゃだめよ?」


「わかりまひた……」


「それは割と傷つくんですけど!?」


「そういうのはいいから、現実的に考えましょうよ。エクスカリバーはどうしようもないんだし、だったら考えるべきは、少しでもサーヤちゃん自身の罪悪感を減らすことだと思うのね」


「ざいあくひゃんをへらふ……」


 サーヤは指をしゃぶったまましゃべるので、セレナはくすぐったくてしょうがなかった。


「だから剣をプレゼントするってこと自体が重要なんじゃないかと思うわ。使ってくれないんなら、お守りがわりでもいいわけだし、きっと勇者だってファンからプレゼントを貰えば嬉しいはずよ」


「お嬢の言うことは一理ありますね。私もファンレターをもらうと嬉しいですし、本編で死んだカプの絡みを書いたファンアートとかもらうとなおさら嬉しいですから!」


「例えが余計な上に理解不能だわ……」


「なにもひないよりは、そういうことをひたほうがいいってことれふね……」


「そういうことっ。腕のいい鍛冶師なら知ってるわ、私が連れてってあげる」


「ありがとうございまふ、セレナひゃん!」


「ふふ、どういたしまして」


「そう言って、私は笑いながらサーヤちゃんの頭を撫でた。

 その瞬間は、まるで仲のいい姉妹のように振る舞えたと思う。


 でも、この時の私は、ただ現実から目を背けているだけだった。

 胸の奥底に存在する、熱くてドロドロしたなにか(・・・)を、見て見ぬふりしていた。

 そう、このときすでに、私の胸には芽生えていたの。


 やがて大きく花開き、私の人生を狂わせる、獣のごとき禁断の愛欲が――」


「変なモノローグを入れるなーっ!」





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