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孤独の吸血姫   作者: 凰太郎
~第三幕~
20/26

醒める夢 Chapter.3

挿絵(By みてみん)

 どれほどの街並(まちなみ)を見たかは覚えていない。

 如何(いか)ほどの廃墟(はいきょ)出会(でくわ)したかも覚えてはいない。

 ただ、事実を情報へと更新すべく、(あか)蝙蝠(こうもり)は飛び続けていた。

「この()(さま)では、一八〇体では()かぬやも知れぬな」

 屍軍(しぐん)(いま)だ見えぬ実態を懸念(けねん)する。

 A区画──B区画──C区画────行く先々は、(ことごと)虐殺(ぎゃくさつ)跡地(あとち)であった。

 そして、D区画。メアリーにとっても、特別な感情移入が(しょう)じた居住区画である。(すなわ)ち、リック親子が住まう街だ。

「やはり、此処も……」

 降り立つと本来の姿に戻り、メアリー一世は周囲を展望する。

 同じであった。

 建物や壁は暴力に崩れ、(おびただ)しい血痕(けっこん)が悲痛な(なげ)きと断末魔の恐怖を(いろど)る。

(さなが)ら内乱か暴動の(あと)だな」

 死体は無い……一体も。

 在るはずがなかった。

 それこそが敵の欲した〝素材〟であり、襲撃目的なのだから。

「この分では、あの親子も……」

 自然と足取りは、例のボロアパートへと向いていた。

 辿り着いた懐かしい()()まりは、やはり廃墟然(はいきょぜん)と化けている。

 軋む音に割れ朽ちた扉を開くと、安っぽいロビーへ足を踏み入れる。

 静寂──荒涼とした霊気が、建物内部を蹂躙(じゅうりん)していた。

耳障(みみざわ)りで下世話(げせわ)喧噪(けんそう)に感じたが、現在(いま)となっては微笑(ほほえ)ましい生活臭(せいかつしゅう)であったな」

 階段を登り、馴染(なじ)みの部屋へと向かった。親子の無事な姿を切望(せつぼう)しつつ……。

 だが、奥に見えた戸口(とぐち)にゾッと観念(かんねん)(いだ)く。(かろ)うじて扉と機能しているものの、やはり襲撃の(あと)が刻まれていた。

 重い気持ちに立ち入る。

 少年の姿は無い。

 床に割れ落ちたランタンに面影を思い起こし、そっと卓上へと拾い置いた。

「……不憫な」

 幼き身に苦労を()せられながらも、明るく乗り越えていた健気(けなげ)な生命力を(しの)ぶ。

「こほっこほっ」

「っ!」

 不意に(せき)()む声を聞いた!

 隣の部屋──つまり、母親の寝室だ!

 一縷(いちる)の希望を再燃させ、その部屋へと駆け込む!

 ベッドの上に半身(はんみ)を起こした病姿(びょうし)を確認した!

母君(ははぎみ)、無事であったか!」

 喜びに寄り支える。

「ああ……ああ! リャム様!」

「……そうか、そうであったな」

 カリナが悪戯(いたずら)(ごころ)に付けた偽名(アナグラム)を思い出した。

 とはいえ(うと)ましくも、それはもういい。

 いまは母親の無事が何よりだ。

「リックは、どうされた?」

「うう、あの子は……あの子は!」

 母は泣き(むせ)び、声を詰まらせるばかりであった。

 そこからメアリーは、少年の末路を察する。

「どうやら遅かったようであるな……許されよ」

 再襲撃を予見できなかった(おのれ)迂闊(うかつ)さが恨めしい。

(カーミラ様には盟主として日々追われる責務がある。そして、カリナ殿は客人……居住区管轄の義務は無い。だが、せめて(われ)だけでも警戒に目を光らせていれば、未然に防げたはず!)

 ひたすらに甘さを()いる。

 が、母から聞かされたのは、予想外の顛末(てんまつ)であった。

「こほっ……あの子は(さら)われました……(さら)われたのです」

「何と!」

 驚きを隠せない。

 敵の目的は〝死体確保〟にある。

 なればこそ多くの犠牲者を出しさえすれ、(かどわ)かす意図が読めない。

母君(ははぎみ)、詳しく聞かせてはくれまいか? 今回の襲撃、どのような経緯(いきさつ)であった?」

「襲撃の惨状については、私も詳しくは存知ません──何せ病床の身ですから、(おもて)様子(ようす)を見に行く事が叶いませんので」

「御存知の範囲で構わぬ」

「二日前の事です……リャム様も(すで)に御承知の事とは思いますが、突如として死者の軍勢が襲撃してきたのです」

(二日前? それではバートリー夫人の謀反(むほん)後日(ごじつ)ではないか。そんな直後から、ゾンビ増産へ胎動(たいどう)していたというのか)

 確かに盲点(もうてん)ではあった。あれほど大きな謀反劇(むほんげき)の直後では、誰しも再襲撃など思いも寄らないだろう。

「老若男女問わず一人残さず殺され、そして、その死体を〝動く死者〟が区画外へと運び出して行きました。私が無事でいられたのは、おそらく此処が〝隠れ部屋〟のような構造だったからでしょう。私はリックと一緒に部屋へと()もり、息を潜めておりました」

「では、その時点ではリックも?」

「無事でした。けれど(ほど)なくして、他者(ひと)の気配を感じたのです」

「この部屋に直接……か?」

「はい。それは前触れも無く、まるで湧き出るかのように部屋の(すみ)へと現れたのです。女でした──黒いローブを(まと)った浅黒い女でした」

 その容姿と出現経緯から、メアリーは直感する!

(おそらく、カーミラ様から聞き及んでいた〝魔女ドロテア〟に違いあるまい。此処を見つけたのは探知魔法か、(ある)いは……我等(われら)の妖気が(のこ)()となってしまったか)

 しかし、目的が『死体集め』ならば、何故ゾンビに襲撃させず、(みずか)らが(おもむ)いたのか?

 疑問は深まる。

 黙考へと(ふけ)るメアリーに、母親は続けた。

「その者は怯える私達親子を見て、意地悪く薄ら笑いを浮かべました。そして、こう言ったのです──此処にも手土産(てみやげ)があったか──と」

手土産 (てみやげ)?」

「最初は意味が分かりませんでした。ただただ死者の襲撃と、目の前の怪異に(おび)え震えるばかりだったのです。やがて、その者は()(かば)う私から()ぎ取るかのように、リックを奪いました」

外道(げどう)な。して、目的らしき事は言わなかったか?」

「どうやら襲撃に乗じて、子供や赤子を(さら)っているようでした。そして、私に対して、こうも言っておりました──キサマは不要だ。どうせ(じき)に死ぬ。(やまい)(おか)された体など、役には立たん──と」

「……なんと心無き暴言よ」

 おそらく母は短命を自覚している──だがしかし、斯様(かよう)に追い打ちのような言葉を吐いて許されるはずがない!

 メアリーの胸中に、非道(ひどう)へ対する怒りが沸々(ふつふつ)と込み上げた!

 独白(どくはく)吐露(とろ)(せき)が切れたか……母親はメアリーの手へと(すか)ると、必死に懇願(こんがん)する。

「リャム様、どうかカリナ様に御伝え下さい! あの御方なら、きっとリックを御救い下さるはず! 何卒(なにとぞ)!」

相分(あいわ)かった。そなたは何も案ずる事はない。カリナ殿には必ずや伝えよう。そして、私も尽力(じんりょく)を惜しまぬ」

「ああ、有り難うございます」

 ようやく安心したのか、母親の白い手から力が抜け落ちた。

「これは……」

 一瞬、メアリーは違和感を覚える。

 半身起こしだった母親の姿は、直後の眠り姿と重なり合って消えた。

 まるでフェードアウトするかのように……。

 幻視的な感覚ではあった。

 そして気付けば、ベッドに横たわっていたのだ。

 母親の頬へと、そっと触れてみる。

 体温は無い。

「そうであったか……(すで)に」

 おそらくメアリーが来る前には亡くなっていた──何時(いつ)かは断定できないが。

 それでも息子の身を案じ続け、救いの手を求めていたのだ。

 深き母性が縛った幽霊(ゴースト)である。

「何も心配する事はない。神は(こころ)(ただ)しいそなたを必ずや御導(おみちび)き下さる。安らかに()くがいい」

 神に許されぬ〈()〉は、それでも福音(ふくいん)()いた。

 優しくも不憫(ふびん)な魂の(ため)に……。




 カーミラは、たゆとう。

 無限に広がる赤き波へと……。

 鮮血の大海(たいかい)裸身(らしん)を優しく(つつ)み、深淵(しんえん)なる(いや)しを(あた)(たも)うた。

 微睡(まどろ)みにも似た緩和(かんわ)感覚は、彼女の〈()〉としての境界線すらも融解するかのようである。

 もしもそうなったら、はたして主導権を握るのは〝自分(・・)〟か〝()〟か──そんな黙想に(たわむ)れた。

 仰向(あおむ)けの視野へと映り込む大空は、夕暮れの如く淡い朱に染まる。赤海(あかうみ)の反射によるものだろうか。

「フフ……フフフ…………」

 思わず細く零れた。

 その声音は小悪魔的に愛らしい。

「赤く染まる空か……なんだか懐かしいわね」

 旧暦時代に眺めた夕景を想起させる。

 愛しい〝ローラ〟と眺めた情景を……。

 闇暦(あんれき)では久しく見ていない光景に、カーミラは懐古的な安堵感を抱いた。

貴女(あなた)は、どうなのかしら? わたしと同じく、そう思えて?」

 無造作に投げた()()けは、けれども(ひと)(ごと)ではない。

 頭側に立つ人影へと向けたものである。

 カーミラは視線だけを動かし、相手を見定(みさだ)めた。

 (うれ)いと虚無感(きょむかん)を等しく宿した少女──見た目の年齢は自分と変わるものではない。

 それなりの身分を主張している黒いドレスは、しかしながら端々(はしばし)(すす)(やぶ)れていた。無情なる歳月(さいげつ)刻印(こくいん)だろう。

 (ゆる)やかに波掛(なみが)かった金髪は、所々(ところどころ)に赤の宝石が散りばめられている。

 深雪(しんせつ)のように白い肌だが、かといって少女自身は病弱な心象にない。むしろ硝子(ガラス)細工(ざいく)のように繊細な美貌からは、底知れぬ不敵さすら(はら)んだ冷徹な貫禄(かんろく)も感じられた。

 不思議な少女ではある。

 外見の可憐さとは不釣り合いな貫禄(かんろく)(かも)し出されながらも、それが破綻(はたん)無く同一化していた。

 だからこそ、カーミラは親近感を覚える。

 永遠の処女性と、悠久を噛み締めた(すえ)(いた)達観(たっかん)──それは彼女自身が持つものと同質(・・)だからだ。

「ようやく会えたわね、ジェラルダイン──我が血統の始祖(しそ)

 ジェラルダインは何も語らず、ただ淡々と子孫へと見入(みい)っていた。

 意思の疎通(そつう)は、それで充分だ。

 ジェラルダインの瞳が語り掛け、カーミラが無言の意図を()む。

「ええ、そうだと確信はしていたわ。あの剣を手にした時から。やはりカリナ・ノヴェールは、私と同じ──貴女(あなた)の血統なのね。わたし達は〈ジェラルダインの牙〉を組敷(くみし)いたわけじゃない……貴女(あなた)自身の意思で助力(じょりょく)をしたのでしょう?」

 (いにしえ)の魂が淡い黙視(もくし)(いつく)しんだ。

 アイコンタクトでもテレパシーでもない。()系譜(けいふ)のみが可能とした魂の共鳴であった。

「不思議なものね。貴女(あなた)は、わたしの〝()〟ではない。けれども、実の親より強い(きずな)()している」

 医学的には〈隔世遺伝(かくせいいでん)〉というものがある。父母よりも祖父母からの遺伝が強く出る現象だ。

 カーミラとジェラルダインの関係も、それに近しい。

 ただし、祖父母などという近親的距離ではない。原初吸血姫(デモン・ヴァンパイア)は、(はる)か昔に血脈の(いしずえ)(きず)いたのだから。カルンスタイン家の発端(ほったん)よりも、(はる)か昔に……。

貴女(あなた)達〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉は人間と(まじ)わり、その〝呪われし血〟──(すなわ)ち〝呪血(じゅけつ)〟を脈々と受け継がせてきた。そうした交配種が歴史の中で分岐していき、やがて各地で家系となる……()が〝カルンスタイン家〟や〝バートリー家〟のように。(ぞく)に言う〝呪われし家系(・・・・・・)〟かしらね。ただし〝呪血(じゅけつ)〟は次第に希釈(きしゃく)化し、系譜者(けいふしゃ)からも〈吸血鬼〉の特性が失われてしまう。(なが)い歴史に()いて人間の血(・・・・)が濃くなるのだから当然ね。そうした中で、(まれ)に〈先祖返り(・・・・)〉を覚醒(かくせい)する異端(いたん)(あらわ)れる──わたし(・・・)みたいに」

 カーミラ──いや〝マーカラ(・・・)〟以外には、カルンスタインの家系に〈吸血鬼〉は存在しない。彼女の両親も、数代後の子孫である〝ローラ〟も、純然たる〈人間〉だ。

「転生プロセスに他者(たしゃ)介入(かいにゅう)が無いだけに、貴女(あなた)達〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉の魔力素質がダイレクトに遺伝するのよ。これが〈血統(けっとう)〉と呼ばれる所以(ゆえん)──()わば貴女(あなた)は、私にとって〝()()()()()()()()()()〟なのよ。(ある)いは〝歴史の彼方に存在した母体〟かしらね」

 カーミラの結論通り〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉と〈血統(けっとう)〉の関係性は、それ(・・)()きる。

 生体的な(しがらみ)は関係ない。悠久なる時代の(へだ)たりすらも意味がない。ヘソの緒(・・・・)や家庭の群像が刻み示す関係性ですらない。

 純粋に〝|潜在因子によって直系的覚醒を果たした・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〟が全てである。

 そして、これが鼠算(ねずみざん)的に増産同属化する〈覚醒型〉以降とは一線を(かく)する理由でもあった。(かり)に第三者たる吸血鬼によって同属化させられたのならば、カーミラとて〈覚醒型〉に属する存在となっていただろう。それは吸血行為を()て、呪血(じゅけつ)が不純化するからだ。

 だが、カーミラは自発的(じはつてき)覚醒(かくせい)()たした。原初世代たるジェラルダインの血を、高純度のまま受け継いだのである。 

 そして、カリナ・ノヴェールもまた、そうした希有(けう)な存在の一人であった。

初見(しょけん)から感じてはいたのよ……それが〝何か(・・)〟までは判らなかったのだけれど。だから〝親密な友達〟になれそうな気がしていたのね」

 (ひと)合点(がてん)(つぶや)()らす。

「けれどね、ジェラルダイン。カリナは自分の出生すら知らないのよ。これって奇妙だと思わなくて? 愛剣(・・)として守り続けてきた貴女(あなた)なら、何か知っているのじゃないかしら?」

 上目(うわめ)(づか)いで真意を求めるも、始祖(しそ)たる娘は沈黙に見つめ返すだけであった。威風と慈愛を宿す瞳には有益情報が何も込められていない。

「自分で確かめろ……か。それって意地悪な試練よ?」

 意向を()んだカーミラは、それ以上の追求を諦める。

 とはいえ、一つだけ確信も(いだ)けた。

 ジェラルダインは(いつく)しみ、見守っているという事実だ。

 (みずか)らの()()()()達を……。

 その深い母性に(うそ)(いつわ)りは無い。

度重(たびかさ)なる謀反(むほん)に、貴女(あなた)との邂逅(かいこう)──次々と転機が表層化している。だとしたら、そろそろ潮時(しおどき)かしらね……カリナを〈レマリア(・・・・)〉と決別させるにも」

 重い気持ちを、目の前に広がる(あか)へと投げた。

 憎まれるのは勿論(もちろん)、場合によっては一戦(いっせん)(まじ)える覚悟も必要となるだろう。

「それは〝姉妹(・・)〟たる〝わたし(・・・)〟の役目でしょうね」

 静かに(ふく)まれた決意を、ジェラルダインが(おだ)やかな微笑(びしょう)で受け取った。

 やがて赤の世界は揺らぎ、怒濤(どとう)(すべ)てを溶かし()んだ。




「っ!」

 覚醒(かくせい)に眼を見開き、カーミラは(ひつぎ)から半身(はんみ)を起こす!

 なみなみと(そそ)がれた鮮血を(なみ)飛沫(しぶき)(こぼ)して!

 白の吸血姫(きゅうけつき)は、魂の最深層から帰還を果たした。

 未成熟な裸身(らしん)が毒々しい(ぬめ)りに()()まる。

 彼女専用の(ひつぎ)は、生命(いのち)の赤に満ち(あふ)れていた。

「此処は……」瞬間的な一瞥(いちべつ)で必要な情報を吸収し、(みずか)らの状況を把握(はあく)する。無惨に半壊(はんかい)しながらも豪奢(ごうしゃ)な室内装飾が、謀略の(きずあと)(きざ)んでいた。吹き抜けとなった壁からは熱風が侵入し、赤いビロードカーテンを(もてあそ)ぶ。おそらく投石機等によるダメージだろうが、(ことごと)く見慣れた部屋の面影(おもかげ)が残っていた。「わたしの部屋?」

「カーミラ様! 御無事で!」

 聞き慣れた声が安堵(あんど)に駆け寄る。

「メアリー?」

「心配致しました。発見した時は、(すで)に意識の無い状態でしたから」

「では、これは貴女(あなた)が?」

「はい。調査から帰ってみると、血の海に倒れる貴女(あなた)を発見致しましたので。適切な再生処置さえ(おこな)えば蘇生(そせい)するとは思いましたが、賭けでもありました。何せ、経過時間が分かりませんでしたから」

「そう……心配を掛けたわね」

 淡い微笑(ほほえ)みで安心を(さず)け、(ひつぎ)から起き出た。

 装束を用意するメアリーが、事の真相を(たず)ねる。

「それにしても、いったい何があったのですか?」

謀反(むほん)です」

 手伝われながら(そで)を通し、カーミラは簡潔に伝える。

謀反(むほん)? この交戦下にですか?」

「逆に好機(こうき)だったのかもしれないわね」

「カーミラ様相手に誰が? よもや、カリナ殿が?」

「いいえ、ジル・ド・レ卿です」

「ジル・ド・レ卿? まさか?」

「本当よ。もっとも油断を突かれた形ではあるけれど」

 事実を伝えながらも、カーミラの胸中には(ぬぐ)えぬ疑問が芽生(めば)える。

(何故、ジル・ド・レ卿は(とど)めを刺さなかったのかしら)

 腹部を(つらぬ)いた程度では死なない──それはジル・ド・レ卿も重々承知のはず。

 そして、無抵抗と()したカーミラを〝吸血鬼殺し〟の手段に(くだ)すのは他易(たやす)い。

 にも関わらず、何故?

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