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孤独の吸血姫   作者: 凰太郎
~第三幕~
18/26

醒める夢 Chapter.1

挿絵(By みてみん)

「何処だ! いったい何処に!」

 胸中を焦燥(しょうそう)一色(いっしょく)()め、カリナは城内を駆け巡った!

 迷宮の如き(つく)りが(わずら)わしい。

 彼女にしては珍しくも、ありのままの自分を露呈(ろてい)していた。

 それも無理はない。

 彼女が〝()()〟たるアイデンティティーが、見失われていたのだから。

 それだけを必死に捜し求め、彼女は駆け続けていた!

 霊気に満ち溢れた広い魔城内を、ただひたすらに……。

「何処にいるんだ! レマリアァァァアアッ!」

 慟哭(どうこく)とすら思える悲痛な叫びが、閑寂(かんじゃく)とした大回廊(だいかいろう)に響き渡った。




 天空の闇を()める紅蓮(ぐれん)(ほのお)

 ロンドン塔の城壁周囲を、大規模な朱舌(しゅぜつ)が取り囲む!

 その勢いは(しず)まる(きざ)しすら無い!

 ただひたすらに灼熱(しゃくねつ)(うたげ)を踊り狂っていた!

 城壁へと押し寄せる(おびただ)しい数の死体──(すなわ)ち〈ゾンビ〉の(むれ)である!

 謎の軍勢による夜襲(やしゅう)は、(きょ)を突いた()のままに展開していた!

「クソッタレ! 何なんだ、コイツ()は!」群がる屍兵(しへい)を破壊し続け、アーノルドが(いら)()つ。「(さば)いても(さば)いても減りゃしない。それどころか(ひる)む気配すらねぇぜ!」

 防衛部隊を(ひき)いて出陣したものの、予想以上に面倒な敵であった。

 加えて、戦場の条件も悪い。

 城門は南方角に当たり、表通りは東西へと伸びる。

 横たわるテムズ川に沿()った形だ。道幅(みちはば)はそれなりだが、乱戦に適したほど広いとは言い(がた)い。

 そんな路上を、(うごめ)黒波(くろなみ)が埋め尽くしていた。敵勢は両側から押し寄せて来ている。物量押しの挟撃(きょうげき)だ。

 結果として〈不死十字軍ノスフェラン・クロイツ〉は、城門前に固まる陣型を余儀(よぎ)なく()いられていた。

「このままじゃ圧倒的な敵数(てきかず)に消耗していくばかりだぜ! バリケード代わりの人身御供(ひとみごくう)に過ぎねぇ!」

(あせ)られるな! アーノルド殿!」

 背後からの(げき)が平常心を(うなが)す。

 東側の敵を相手取る吸血騎士──ジル・ド・レ卿だ。西側を受け持つアーノルドとは背中合わせとなる。

「単にタフネスさの底値が高いだけだ。()としては、たいした〈怪物〉ではない」

 騎士の剛剣(ごうけん)が敵兵の頭を破断(はだん)した。

 が、倒れた死体はゆるりと起き上がり、何事も無かったかのように戦線復帰を()たしてしまう。

「頭を破壊しても死なぬ……か。どうやらデッドとは勝手が違う」

「敵一体を沈黙させるのに、こちらは二人()られる! 割が合わねぇ!」

(いた)(かた)あるまい。我等と同じ〈不死者〉ではあるが、小奴等(こやつら)には自我が欠落しているようだ。つまり〝死〟や〝痛み〟を恐れない。玉砕(ぎょくさい)前提(ぜんてい)()(ごま)戦法は、物量押しに相性が良過ぎるのだ」

「基礎能力では我々〈吸血鬼〉の方が、圧倒的に(まさ)っているのにか?」

小奴等(こやつら)相対(あいたい)して、我等〈吸血鬼〉は生前の精神性を色濃く維持している。つまり〝焦燥〟や〝動揺〟といった感情が、(いま)だに()くという事。衛兵達の志気にも影響は出よう。そうした精神面の(もろ)さが、劣勢(れっせい)(まね)く要因ともなっているのだ」

「ハッ! そんな腑甲斐(ふがい)()さで、よくも〈闇暦大戦(ダークネス・ロンド)〉へ参戦しようとなんざ考えたもんだぜ」

 アーノルドの凡庸魔剣(ぼんようまけん)が、敵の眉間(みけん)(つらぬ)いた!

 無論、成果はない。

「……クソッタレ」

 見渡す限り、死体だらけであった──動くも動かざるも(へだ)たりなく。

 彼等〈吸血鬼〉の存在そのものも、例外にない。

 阿鼻叫喚(あびきょうかん)に展開するは、血の謝肉祭(しゃにくさい)

 エリザベート・バートリーの謀反(むほん)から、(わず)か三日後の凶事(きょうじ)であった。




 城郭(じょうかく)(いただき)から戦況を見据える白き麗影(れいえい)──カーミラ・カルンスタインの姿だ。眼下の混戦を観察する表情は渋い。

 防壁を吹き登る熱風が強烈な異臭を運んだ。()飛沫(しぶき)の鉄分臭と戦火の(こげ)(くさ)さが混じり合ったものだ。

「不快ね。まるで〈終末の日アンゴルモア・ハザード〉を思い出させる」想起(そうき)される回顧(かいこ)(うと)む。「ねえ、メアリー? あの時よりも、ゾンビの数が増えていなくて?」

 (わき)に並び()う真紅のドレスが、形式的な恐縮で答えた。

「そのようですね。カリナ殿の教示(きょうじ)を考慮すれば、あの時の三倍はいるかと」

(およ)そ一八〇体ってとこ? (わず)か三日程度で、そんなに増えるものかしら?」

「あの後、私なりに〈ゾンビ〉の文献(ぶんけん)を調べました。どうやらネックとなるのは、甦生呪術に要する儀式時間だけのようです。魔術精通者であれば、三日は充分過ぎるかと」

(きも)である〝()()〟は?」

「大前提として〈デッド〉化していない〝純粋な死体〟に限るようですが……その気になれば、いくらでも調達できましょう」

 メアリーの見解に(まゆ)を曇らせた。平静を(よそお)った言い回しではあったが、明らかな(ふく)みがある。

「それって、まさか?」

「恐れながら、居住区の人間達を虐殺(ぎゃくさつ)した可能性も……」

 カーミラは強く唇を噛んだ。望まざるべき返答でありながらも、予想通りの示唆(しさ)に。

 居住区画の煉獄(れんごく)は、まだ生々しく胸中に刻まれている。

(なまじいエリザベートと対峙(たいじ)しただけに、彼女の謀反(むほん)(かく)だと思い込んでいた──それは迂闊(うかつ)短絡(たんらく)だったわね。傀儡(かいらい)の裏には〝()()〟たる存在が別にいる。となれば、その目的は違っても当然なのだから)

 カリナが追求し、エリザベートが言い(のこ)した〈魔女〉の名前が思い出された。

「ドロテア……か」




 如何(いか)に不死身の〈吸血鬼〉といえども、今回の持久戦は(いささ)か不利な状況にある。

 敵軍先陣へと深く切り込んだジル・ド・レも、さすがに(あせ)りを覚えていた。

(アーノルド・パウルが(いら)()つのも無理はない。こうも不死身では……)

 先程、彼自身が口にした通りであった。物量押しの戦術は、ゾンビ兵に相性が良過ぎる。()して自我が欠落しているが(ゆえ)に、玉砕(ぎょくさい)前提(ぜんてい)()(ごま)扱いを物ともしない。

 剛剣の一突きが、まとめて二体の頭部を破砕した!

 西瓜(すいか)の如く弾け散る!

 当然、意味など無い。首無し死体として復活するだけだ。 

下等(かとう)(ゆえ)に上位を(くだ)す……か。皮肉な下克上(げこくじょう)だな」

 浅く自嘲(じちょう)を浮かべる。

 頭では理解していながらも、対デッド戦のノウハウが自然と(にじ)み出てしまう。体に()み着いた〈戦士〉としての習性であった。

(確かにゾンビ共のタフな性質は厄介だ。さりとも()が軍の兵が不慣れな点も、劣勢要因としては大きかろう──実戦経験の不足だ。所詮(しょせん)近代吸血鬼(モダン・ヴァンパイア)(いくさ)()を知らぬ。安寧(あんねい)世代の(ゆる)さよ)

 内政面では一目(いちもく)の価値を尊重(そんちょう)してきたが、前線に()いては軟弱な有象無象(うぞうむぞう)に過ぎない。

斯様(かよう)な組織実態では〈闇暦大戦(ダークネス・ロンド)〉へ参戦したところで(そこ)は見えておるな)

 ()(がゆ)い。

 数世紀の間、摂理(せつり)(はん)して生き長らえた。

 それもこれも(いだ)く理想へと邁進(まいしん)すればこそだ。

 理想──いや、待て。

 理想とは何だ?

 そもそも()を追い求めていたのだ?

 取り留めもなく涌いた自問に戸惑(とまど)う。

 と、混戦の渦中(かちゅう)で見知った顔を見つけた。

 深々と(かぶ)った漆黒の長外套(ローブ)姿。まるで様子を(うかが)うかのように、城壁(すそ)へと(たたず)む男。

 疑心(ぎしん)誘発(ゆうはつ)忠臣(ちゅうしん)に他ならない。

「プレラーティか?」

 死体を(さば)きながら確認する。

「ジル・ド・レ様、()(おとず)れました」

()だと? 何を言っておるのだ!」

 意味不明な()()けを拾いつつ、数体の敵兵を(まと)めて破壊した!

斯様(かよう)謎掛(なぞか)けを(たわむ)れる(ひま)があれば、()が片腕として加勢(かせい)せぬか!」

「……()(おとず)れたのでございます」

「だから、何を──」

 叱責(しっせき)する中で、違和感(いわかん)を覚えるジル・ド・レ。

 混戦状況そのものは変わらない。

 しかし、黒集(くろだか)りに空間が(ひら)いていくではないか。(むら)がるゾンビ達が緩慢(かんまん)的な動きに退(しりぞ)いていったのだ。ジル・ド・レの周囲に限り……。

「こ……これは?」

()(おとず)れたのでございます」

 暗い瞳が淡々(たんたん)(うなが)す。

 直感、ジル・ド・レは(さと)った。

 ゾンビ共の撤退は、この男の術だと。

 黒魔術によって排除したわけではない。そうした術に不可欠な動作を振舞(ふるま)ってはいなかった。

 ともすれば、絶対的な支配権の行使(こうし)とさえ思える。

 根拠も証拠も無い確信だ。

 だがしかし……。

(いな)、それ以外にも不自然さはあったではないか!)

 ジルは(いぶか)しんだ洞察(どうさつ)(にら)む。

(そもそも、この男は何故(なにゆえ)襲われずに()たのか?)

 これらの状況を客観的に分析すれば──この軍勢(ゾンビ)(ひき)いていたのは、プレラーティ自身という可能性が高い!

「プレラーティ! キサマ、一体(いったい)?」

「私は従者(じゅうしゃ)──貴方(あなた)(さま)の願いを叶えるべく()()い続けた()でございます」

「ワシの……願い?」

 正視に(にら)()えた魔術師の目が爛々(らんらん)と赤い()りを()びる。

 吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)たる自分ですら不気味な禍々(まがまが)しさを感じた。

 ()まれるような赤い闇──自我も意識も思考も何もかもが、混沌と攪拌(かくはん)されて境界線を無くしていく。

 (さなが)ら、彼等〈吸血鬼〉の常套(じょうとう)手段ある〈催眠術〉を連想させた。

 が、その魔力の源泉は、もっと根深く感じられる。魔界の深淵(しんえん)から湧き出るようなパワーソースだ。

 つまりは、単なる精神技巧(ぎこう)ではない。

 そうした分析観を(いだ)きつつも、ジルは次第に己を見失っていった。

 夢遊のように全てを受け入れ、誘惑の声へと歩み寄る──全てを受け入れ? 何を?

 何(ひと)つ確かな情報も無いというのに?

 この男は何者だ?

 目的は?

 何故、自分を(いざな)う?

 そして、(おのれ)は──ジル・ド・レ自身は()を求めてきたというのだ?

 明答など見えない。

 見えぬまま、ジルは受け入れつつあった。

 やがて並び立った主人と従者(じゅうしゃ)は、そのまま屍群(しぐん)陣営の奥深くへと()まれ去る。

 背後から投げ掛けられるのは、部下の制止と断末魔──(あか)飛沫(しぶき)の悲鳴──骨身(ほねみ)(つぶ)され果てる醜音(しゅうおん)

 それらを手向(たむ)けと浴び、吸血騎士は決別の(あゆみ)を刻む。

 もはや戦況の行く(すえ)など、どうでもいい。

 これから満を持して刻むべきは、ジル・ド・レ自身の足跡(そくせき)なのだから。




随分(ずいぶん)と大掛かりな人形劇ね」

 辟易(へきえき)とする気持ちを押し殺して、カーミラは思索を巡らせていた。

(ゾンビ自身は単なる労働力……自己判断力や知恵なんかは持ち合わせていない。つまり攻城戦を指揮している()()近場(ちかば)にいるという事)

 (いま)だ見ぬ〈魔女〉の存在が憎々しい。

 主人を捨て駒とした外道(げどう)。これだけの兵力を水面下で整えていた狡猾(こうかつ)な策士。

「メアリー、此処数日で襲撃被害に()ったと思われる居住区画は?」

「それはまだ調査していませんが……なにより、居住区の実態調査はコンスタンスではないので」

「大至急調べて下さい。必要とあれば、貴女(あなた)(みずか)らが城外へ(おもむ)いても構いません」

「この状況下で戦場を離れろ……と?」

「構いません。わたしからの勅命(ちょくめい)です」

 カーミラの瞳には毅然(きぜん)たる意志が宿っていた。

 それを()むが(ゆえ)に、メアリーも素直に(じゅん)ずる。

 背後で一礼を払うと、彼女は紅い蝙蝠(こうもり)へと変化した。

 居住区の方角へと飛び去る知獣(ちじゅう)を見送り、少女城主が瞳を上げる。

 と、はたして()むべき敵は、()()に存在していた!

 黒月の巨眼を(うし)(だて)に浮遊する人影!

 距離にして約二〇メートル先──黒い長外套(ローブ)(なび)かせ、戦火の頭上に滞空(たいくう)している!

 一瞬、エリザベートの亡霊かとも思った。

 だがしかし、それは有り得ぬ話だ。呪われたる魔物と堕落した〈吸血鬼〉の魂は、霊界の(ことわり)から除外排斥されているのだから。(ゆえ)に〝再生〟こそすれ〝輪廻転生(リィンカーネーション)〟などしない。()してや〈幽霊〉などになるはずがない。

「まさか……()()は?」

『ああ、私が〝ドロテア〟さ』

 カーミラの推察に影が答える。肉声ではない。低く静かな(ささや)き声を聞き取るには、互いの距離が離れ過ぎている。当然ながら〈魔術〉による無声(テレパシー)会話だ。

「満を()して〝黒幕〟(みずか)らの御登場かしら?」

 思念を返す。

『黒幕? クックックッ……』

「あら、何か可笑(おか)しくて?」

『クックックッ……(われ)(つゆ)(はら)いに過ぎん。イギリス全土を掌中(しょうちゅう)(おさ)めるためのな』

「やはり、()()は別に(ひか)えているって事ね。(ある)いは〈不死十字軍ノスフェラン・クロイツ〉同様に、(いま)だ母国で胎動中(たいどうちゅう)なのかしら?」

『……何?』

「敵対勢力の本格的侵攻ならば、全面攻撃を打ってくるでしょうからね。けれど、エリザベートの謀反(むほん)(そそのか)した暗躍に、夜闇(よやみ)(まぎ)れた消耗品による奇襲──あまりにも小規模で場当(ばあ)たり的過ぎる」

『…………』

「背後にいるのは、エジプト? イタリア? それとも、まさかフランスかしら? どちらにせよ〈魔女の勢力〉なのでしょう?」

『……よく(しゃべ)る』

 ドロテアの声音(こわね)から抑揚(よくよう)が消えた。それは情報隠匿(じょうほういんとく)を再意識した証拠である。

(これ以上は語らず……か。誘導尋問(ゆうどうじんもん)は失敗みたいね)

 詳細看破(しょうさいかんぱ)を突きつける事で動揺を(さそ)ってみたが、結果として裏目(うらめ)に出たようだ。逆に警戒心を誘発し、これ以上の聞き出しは(のぞ)(うす)となってしまった。

(けれど、それは当たらずとも遠からずって事を語っているようなものよ……魔女ドロテア!)

 互いに出方を(うかが)反目(はんもく)が続く。

 ややあって、浮遊する影が揺らいだ。

 魔女が消え去るのを察知し、カーミラが制止を叫ぶ!

「御待ちなさい! 魔女ドロテア!」

 しかし対応は紙一重で遅く、その幻姿(げんし)(かすみ)と消えた。

『カーミラ・カルンスタイン、キサマ達〈吸血鬼〉の軍勢は今宵(こよい)滅びる。ロンドンの領有権(りょうゆうけん)は、我等の掌中(しょうちゅう)に……』

 置き土産(みやげ)の声が拡散して響く。

(むな)しい支配権なんて、どうでも良くってよ」カーミラは虚空(こくう)(にら)()え、忌々(いまいま)しく本音を吐き捨てていた。「けれど、貴女(あなた)を許す気は無いわ。(みずか)らの姦計(かんけい)のために忠義(ちゅうぎ)()き捨てる──わたしの(もっと)も嫌う人種ですもの」

 静かなる敵意に、エリザベートの哀れさを(うれ)える。心より信頼を置いていた腹心(ふくしん)に裏切られ、道化(どうけ)()ちた哀れさを……。

 それは、如何(いか)に絶望的な(みじ)めさであっただろうか。あのような無慈悲な姦計(かんけい)を、繰り返させてはならない。

 (すべ)ての元凶(げんきょう)は、あの〈魔女〉だ!

 絶対に()たねばならない!

 次なる〝エリザベート〟を生み出さないためにも!

 と、背後に何者かの気配を感じた。

 重々しい男性の声が、彼女へと呼び掛ける。

「カーミラ様」

「ジル・ド・レ卿?」こうした戦況には頼もしい人材であった。「丁度良かった。折り入って御願いがあるの。しばらく、わたしに代わって戦局の指示を──」

 そう告げて振り返ると同時に、腹部で熱さが燃える。

「……え?」

 状況が呑み込めず、カーミラは確認の視線を落とした。

 彼女の腹部を(つらぬ)簡易魔剣(かんいまけん)

「珍しくも(きょ)を突かれましたな。この目まぐるしい乱戦下では、無理からぬ事ではありましょうが」

 力強く(やいば)捻込(ねじこ)む!

 それは(さなが)ら、エリザベートの仇討(あだう)ちにも思えた。

「かふっ!」

 白が赤を()く!

所詮(しょせん)貴女(あなた)は浮き世離れ。(いくさ)には(うと)()ぎる」

「ジル……ド……?」

「いま一度、生まれ変わらねばならぬのです──このロンドンも──我等〈不死十字軍ノスフェラン・クロイツ〉も──そして、私自身も────」

 魔剣に断腸(だんちょう)(ねん)を込めるジル!

「っああ!」

 可憐が鮮やかに生命(いのち)()く!

 理不尽な餞別(せんべつ)を引き抜かれると、麗しき少女吸血姫(きゅうけつき)(みずか)らの血溜(ちだ)まりへと崩れ倒れた。

 まるで、冷たい眠りへと落ちるかのように……。




 本格的な戦ともなれば、来賓(らいひん)や使用人たる〈吸血鬼〉の出る幕はない。率直に言えば〝役立たず〟だ。

 ジョン・ジョージ・ヘイとペーター・キュルテンによる合同部隊の任務は、そうした(やから)を保護する役目にあった。

 狼狽(ろうばい)に踊る来賓(らいひん)達が、速やかに安全な場所へと誘導される。具体的には屍棺安置室(しかんあんちしつ)血液貯蔵室(けつえきちょぞうしつ)等だ。こうした部屋は総じて地下に(もう)けられているため、緊急避難壕(きんきゅうひなんごう)としての側面も(おぎな)っている。

 慌ただしい誘導を終えると、ジョンは一階へと登った。正面大回廊へと続く通路だ。(もと)より深い霊気を漂わせる情景が、(さら)に拍車を掛けた蒼い虚構(きょこう)へと染まっている。

 城内には、人の──(いな)〈吸血鬼〉の姿気配(すがたけはい)は全く無い。避難するか戦地へ(おもむ)くか……その二択だ。

 手近な窓から外を眺めると、城壁の向こうには朱宴(しゅえん)(あざ)やかだった。

 加勢できぬ弱さが歯痒(はがゆ)い。だが、自分達は戦火が鎮まるのを待つしかなかった。

「とりあえず全員避難させたな」

 背後からの声に振り向く。遅ればせながら登ってきたペーターだ。

「非戦闘的なボク達には適した任務だね」

 軽く自嘲を含むと、ジョンは視線を城外へと戻す。

 ペーターも、それを追った。

「ジル・ド・レ卿とアーノルドに任せるしかないさ」

 と、ペーターは異変を感じる。

「な……何だ?」

 (にわか)血相(けっそう)が変わった。

 ジョンは、まだ気付かない。 

「どうしたんだい?」

 声も届いていないかのように、ペーターは睨み据えている。どうやら焦点は城門だ。

 釈然としないままそれに(なら)い、ようやくジョンも驚愕(きょうがく)()らした!

「城門が……揺れ(きし)んでいるっ?」

 外側からの大きな圧力だ!

 それはつまり、敵勢が押し寄せているという事実に(ほか)ならない!

()られたっていうのか? ジル卿とアーノルドが……()が軍きっての防波堤(ぼうはてい)が?」

「僕にしても(にわか)には(しん)(がた)いよ。けれど、これは(まぎ)れもなく現実──有無(うむ)()わさずね」

「クソッ! どうすればいい!」

「まだ現在(いま)は巨大(かんぬき)が耐えているけど、それも(わず)かな猶予(ゆうよ)でしかないだろうね」

「実戦部隊は(すべ)迎撃(げいげき)に出たんだぞ! 応戦できる兵力なんか残っちゃいない!」

 加熱するペーターに反して、ジョンは沈着冷静を(たも)っていた。口元に手を添えて黙々と思索する姿は、まだ希望を捨てていない。

「おい、ジョン?」

「我々は、戦闘能力で〝吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)〟に(おと)る──傭兵経験者のアーノルドは別としても。つまり、それさえ(おぎな)えれば応戦する事も可能なはず」

「だろうさ。けど、現実的に無理な話だ。いまから訓練でも重ねるってのか?」

「待ち(たま)えよ。僕は『()()には応戦手段が無い』と言ったのさ──つまり僕と君に限った話だ」

 城門を警戒に(にら)み続け、ペーターが()れる。

「正直、話が見えないな。手短(てみじか)に要点だけを言ってくれ」

 その時、威勢(いせい)猛々(たけだけ)しい勧告が(つげ)げられた!

 城門の外からだ!

「聞けぃ! 残留兵共(ざんりゅうへいども)!」

 気迫だけで通る叫び声!

 聞き覚えを抱き、二人は顔を見合わせる!

「この声は……ジル・ド・レ卿か!」

貴様等(きさまら)主君(しゅくん)カーミラ・カルンスタインは、(すで)()(やいば)に倒れている! 防衛線たるアーノルド・パウルも、(われ)(ほふ)った!」

 ようやく合点(がてん)がいった。

 この急変した劣勢(れっせい)は、ジル・ド・レ卿が寝返(ねがえ)ったが(ゆえ)なのだ!

 理由は判らない。

 が、突破された防衛線が、その事実を立証している!

「速やかに降伏し、我が軍門へと(くだ)れ! 一時間だけ猶予(ゆうよ)を与えてやる! よく考え、賢い選択をするがいい!」

 そう言い残して、気配は消えた。夢幻(ゆめまぼろし)であったかのように鎮まる城門。

 訪れた静寂の中で、ペーターが嘆息(たんそく)()じりに(こぼ)した。

「やれやれ……カーミラ様が倒され、アーノルドも死んだ──何よりも主戦力であるジル卿が寝返った以上、我々には打つ手は無いぜ?」

(かり)にカーミラ様が()られたのだとしても、我々には匹敵する一騎当千(いっきとうせん)がいる」

 思いの(ほか)、ジョンは涼しい。

「そいつは〝ブラッディ・メアリー〟の事か?」

「いいや」

「もしかして、ドラキュラ伯爵なんて言うつもりじゃないだろうな? 確かに〈伝説の吸血王〉かもしれないが、来城した事すら無いんだぜ?」

「いいや」妙案(みょうあん)(ふく)んだ微笑(びしょう)(たずさ)え、ジョンは明答する。「カリナ・ノヴェールさ」

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