表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の吸血姫   作者: 凰太郎
~第二幕~
17/26

白と黒の調べ Chapter.8

挿絵(By みてみん)

 双色(そうしょく)吸血姫(きゅうけつき)達は、ようやく小汚(こぎたな)安息所(あんそくじょ)へと帰って来た。

 その外観を見上げ、カリナは軽い安心を(いだ)く。

(取り立てて、異変は感じられんな。()しんば何かあっても、心配には(およ)ばんだろうが……そのために、メアリーのヤツを残しておいたのだから)

 (きし)む階段を踏み登る。

 先の経緯(いきさつ)からか、互いに黙々と()を刻むだけだった。

 ひたすらに会話は無い。

 激闘の疲労感もあるだろう。

 されど、カーミラに限っては、それだけではなかった。

 胸中を巡る思いが釈然(しゃくぜん)としないからだ。

 エリザベートの末路(まつろ)……ではない。

 その事は(すで)に割り切っている。

 胸中に逡巡(しゅうじゅん)するのは、もっと別な事柄(ことがら)であった。

「ねえ、カリナ? ちょっといいかしら?」

 (くろ)外套(マント)に続いて登る最中(さなか)、我慢しきれず(たず)ねる。

 背後からの不意な()()けに、カリナは無愛想な仮面を再武装した。

「何だ?」

貴女(あなた)の魔剣、いったいどういった代物(しろもの)なの?」

「フン……やはり、それかよ」

 登りきると目的の部屋は、すぐ(そば)である。

 (ゆえ)か、カリナは踊り場で小休止とした。

 対話応対が多少()()るのを予測しての判断だろう。

「正直、感心したぞ。()()を組み()ける者が、私以外にもいたとはな」

 黒艶(くろつや)にくすむ(かし)手摺(てすり)へと背を預け、軽い優越を(ふく)んだ態度に返す。

 相変わらず、軽視(けいし)的な毒気(どっけ)()びた言い方だった。

「あら、そう思ったからこそ、()(たく)してくれたんじゃなくて?」

「まあな。万にひとつの可能性だが、そうした展開が有り得るなら見たくもあったさ。それと、もうひとつ──」

「何かしら?」

「──〈伝説の吸血姫(きゅうけつき)〉とやらが、無様にしくじるのも面白い……ともな」

 悪戯(いたずら)的な笑みを浮かべている。

 さりながら、敵意ではない。

 そこから判断する限り、おそらく本気ではあるまい……と思いたい。

「それは残念な結果だったわね。で? いつから愛用しているのかしら?」

「最初からだ」

闇暦(あんれき)以前の記憶が無いと(うかが)ったけれど?」

「ああ、そうだったな。だから、私が認識した時点からの話さ」

「単刀直入に()くけれど、それは何なの?」

「さあな。だが、()()()の中には〝()()()〟が()む」

 その事実は(すで)に知っている──そう思いつつも、カーミラは言葉を()えて()んだ。

 カリナ自身が把握(はあく)している詳細(しょうさい)を引き出すためである。(よう)は探りだ。

 が、ポーカーフェイス戦に()いては、流れ者の方が上手(うわて)だったようだ。

「その(ツラ)じゃ、オマエも会ったようだな」

 微々(びび)たる不自然さを鋭敏に感じ取り、例の如き冷ややかな口調を先制する。

「ま、当然か。だからこそ、コイツを()()せる事ができた。一応は合点(がてん)がいったぞ」

「お見通し……か」

 カーミラは、はにかんだ苦笑に誤魔化した。

「会えたのは幸運だったな。でなければ、コイツは制御できん。さもなくば、オマエの魂すらも(かて)と喰らっただろうよ」

(かて)と喰らう……つまりは〝()()()()()〟という事よね」

「ああ。操者(そうしゃ)(たましい)も、斬り捨てた敵も、(ひと)しく()()()(エサ)だ。そうして魔力底値(そこち)を上げていく。戦えば戦う(ほど)、そして喰らえば喰らう(ほど)、コイツ自身が強くなるのさ」

「正直、驚いたわね。確かに〝自我〟や〝残留思念(ざんりゅうしねん)〟を宿(やど)す魔剣は、()(いく)つか存在するわ。精製魔法によって付随(ふずい)形成された〝疑似(ぎじ)人格(じんかく)もね。そうした魔剣は総じて稀少(きしょう)な武具だけれど……それは一線を(かく)する」

「ま、おそらく唯一(ゆいいつ)無二(むに)だろうな」

「ええ。その魔剣は〝()〟そのものを内在させている。ううん、どちらかと言えば転生体に近い物よ」

「事実、そうなんだろうよ」

「その魔剣に巣喰(すく)う人が、誰かは御存知(ごぞんじ)?」

「かつて、真名(まな)を聞き出した事がある。確か〝ジェラルダイン〟と言ったな。第一世代吸血鬼──つまり〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉の魂らしい。だから私は、この魔剣を〈ジェラルダインの牙〉と名付けた」

 浅く(かわ)きを覚え始めた(のど)柘榴(ザクロ)(すす)りに(うるお)す。

「相変わらず、続けるのね」

「……何がだ?」

「それ──柘榴(ザクロ)よ」

 白から(ゆび)さされ、軽く嗜好品へと見入る。

「菜食主義も結構だけど、度が過ぎると身体に(さわ)るわよ」

「ほっとけよ」

 カリナは軽く鼻を鳴らし、目線を()らした。

 こうした指摘である以上は、間違いなく柘榴(ザクロ)の意味合いを見透(みす)かされている。

 なんとも面白くない。

適度(てきど)()()摂取(せっしゅ)しなければ、魔力も低下するわ」

「ハッ……先の戦闘で、私の魔力が(おと)っているように見えたかよ?」

(……そこなのよね)

 カーミラが知る限り、カリナは吸血行為を断っている。

 にも関わらず、魔力に(かげ)りは無い。

 自分に匹敵する強大さだ。

(むしば)んでいないはずはないのだけれど……)

 ともすれば、底値自体が高いという事だ。

 (まれ)にみる存在ではある。

 それだけの魔力という事は、少なくとも第三世代以降ではあるまい。実に興味深い。

「まあ、いいわ。で、経歴は?」

「……どちらのだ?」

「どちらの?」

「剣か? 柘榴(ザクロ)か?」

「剣よ」

「知らん。正直、興味が無いしな」

「そう」

 それ以上は追求せずに、カーミラは話題を終息させる。

十中八九(じゅっちゅうはっく)、わたしが行き着いた〈真相〉に間違いないでしょうね。けれど、それを語り聞かせるタイミングは、いまではないわ。それよりも優先すべきは──)

 想起した瞬間、カーミラの瞳は強い固執(こしゅう)を燃え上がらせていた。

(──そう、最優先すべきは〈レマリア〉の存在!)

 尋常(じんじょう)ならざる(すご)みが魔眼(まがん)宿(やど)る!

 けれども、それが表層化したのは数秒にも満たない。

 自覚したカーミラは、すぐさま普段の貞淑な物腰へと(かえ)ったからだ。

 その変化に気付けなかったカリナの迂闊(うかつ)さは、カーミラにとって(さいわ)いな油断である。

(事前に動揺させる事は、極力(きょくりょく)()けたいものね)

 そして、実行すべき時期は遠くない──そんな予感を確信と(いだ)いていた。



 ガタつく扉を開くなり、満面の安堵(あんど)出迎(でむか)える。

 リック少年とメアリー一世であった。

「カリナ! マリカル!」

御双方(おふたかた)、どうやら御無事で……」

 左腕の痛みを押し隠したカーミラが、(うれ)いある苦笑を返答とする。

 とはいえ、高貴なる純潔を(そこ)なう腹部の赤は、無言の心配を()したようだが。

 一方でカリナは、そわそわと落ち着きを無くしていた。

 まるで(こころ)()らずの様子(ようす)だ。

 その視線は、(いささ)焦燥(しょうそう)気味に周囲を捜している。

 目敏(めざと)く察知したカーミラが声を(ひそ)めて(たず)ねた。

「どうしたの?」

「いや、レマリアの姿が……」

「あら、あそこにいるのは違って?」

 目線で()す先を追うと、柱時計(はしらどけい)(かげ)から若草色のスカート(すそ)がはみ出ている。

 それを認識したカリナは、ようやく平静さを取り戻したようだ。

「どうやら隠れきれないでいるらしいな」

「きっと怖くなって、隠れていたんじゃなくて?」

「ああ、そうか。そうかもな……」

「身の守り方、教えてあったんでしょう?」

「うむ。万ヶ一、私と離れた場合は、物陰へと隠れるように教えてあったはずだな──そうだとも」

「そうでしょう? きっと、それを守ったのね」

 母性に()まる黒姫(くろひめ)は隠れた女児へと歩み寄る。

 その(そば)で片膝付きに(かが)むと、悪戯(いたずら)っぽくスカート(すそ)を軽く(つま)んでやった。

「……見えてるぞ」

 ひょこりと顔を覗かせる無垢(むく)

「わたし、みつかってないのよ? だって、ちゃんとかくえてますからねーだ」

 (つたな)い負けん気が「イーッ」と顔を(ゆが)めた。

 どうやら簡単に見つけられた事自体が不服らしい。

 そんな愛しい()()()()()を、彼女は優しく抱き上げる。

「そうだな。だが〝かくれんぼ〟は、もう終わりだ」

「おわり?」

「ああ、敵がいない」

「おにさん、バイバイしちゃった?」

 つまらなさそうに意気消沈していた。

 その背中を軽く叩いて、あやしてやる。

 カリナにしてみれば、駄々(だだ)(ふう)じの先手(せんて)()れたものであった。

 親指吸いにおとなしくなったレマリアが、頭をコテンと胸枕(むなまくら)(ゆだ)ねる。

 それから左程(さほど)()たずに、幼女は微睡(まどろ)みへと落ちていった。

「……よく寝るヤツだ」

 軽く(あき)れながらも、愛らしさに(いや)される自分がいた。

 身体(からだ)()(かご)と泳がせ、たゆとう波長を共有する。

 しばらくして、(おもむろ)にリックが近付いてきた。

 心無しか、その態度は怖ず怖ずとしているようにも見える。

「あのさ、カリナ?」

「何だ」

「う……ん、さっきリャムから聞いたんだけど……」

 (いささ)()(づら)そうに躊躇(ためら)っていた。

 (さっ)したカリナは、慣れた無愛想を(よそお)って(うなが)す。

「どうした? 黙っていても進展はないぞ」

「うん……じゃあ、思い切って()くけどさ」

 深い一息を吸うと、少年は迷いを()った。

 その勢いのまま、()(けっ)して疑問をぶつけてみる。

「カリナって〈()()()〉なのか?」

「…………」

「…………」

「……フッ、今更(いまさら)かよ」

 (くろ)外套(マント)は砕けた苦笑を(たずさ)え、その答えとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらのランキングにも御協力を宜しく御願いします。
【無料小説投稿サイト ツギクル】
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ