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孤独の吸血姫   作者: 凰太郎
~第二幕~
16/26

白と黒の調べ Chapter.7

挿絵(By みてみん)

 観念(かんねん)()えた途端(とたん)、乾いた自嘲(じちょう)()く。

「ク……フフフ…………」

 (みずか)らが望んだ通り残されたエリザベートは、何故だか可笑(おかし)くなってきた。

 こうして幕を閉じてみれば、実に滑稽(こっけい)道化(どうけ)である。

 目に掛けていた懐刀(ふところがたな)には見限(みかぎ)られ、侮蔑(ぶべつ)していた小娘共には温情を向けられる。

 揚句(あげく)、この無様(ぶざま)(てい)たらくだ。

 笑うしかない……(ほほ)(つた)う熱さに()って。

「エリザベート・バートリー──名門〝ハプスブルク家〟の遠縁(とおえん)にあたる(ゆが)んだ血統〝バートリー家〟に()いて、ある意味、その(きわ)みに達した者」

「だ……誰だ!」

 不意に聞こえた濁声(だみごえ)が、辞世(じせい)叙情(じょじょう)を現実へと引き戻した。

 その姿を確認したくとも、相変わらず身体を動かす事が叶わない。

 先程の一幕とは状況が異なる。

 正体不明の相手に()すがままでは、さすがに焦燥と戦慄を覚えた。

 濁声(だみごえ)飄々(ひょうひょう)としたおどけ(・・・)に言う。

「そんな警戒しなさんな。ただの〈死神(・・)〉だよ」

「死神……だと?」

「そう、ただの〈死神〉だ。だから、別にオマエさんをどうこうするつもりもねぇよ。ィエッヘッヘッ……」

 ()()がよだつ薄気味悪さを感じた。

 その独特で下品な(しゃべ)り方は、生理的嫌悪を否応(いやおう)なく触発(しょくはつ)する。

「その死神が何用(なによう)だ!」

「オイオイ、死神の領分(りょうぶん)はひとつだぜ? そいつは〝()〟を(いただ)(むか)える事だ。アンタは、もうじき死ぬ。その瞬間を()(がた)頂戴(ちょうだい)しようって寸法(すんぽう)だよ」

「ふざけるな! キサマ如き下賤(げせん)が我を……」

「フムフム、なるほどねぇ──最初は、戦地へと(おもむ)いた亭主(ていしゅ)の気を引くため……か?」

「な……何?」

 濁声(だみごえ)指摘(してき)に、瞬間、エリザベートはギョッとした。

 彼女の微々(びび)たる変化を()らえたのだろうか、続ける濁声(だみごえ)にはあからさまな優越感が(ふく)まれている。

「けれど、実際にはテメェの(さび)しさを(まぎ)らわせるためだったってか? 随分(ずいぶん)とまあ一途(センチ)な理由で」

「キサマ、何を……?」

 間違いない!

 この男は──下卑(げび)た死神は、彼女の心を読んでいる。

 待て、そうではない。

 エリザベート自身は、いま現在〝過去〟を思い起こしてなどいなかった。

 つまり正確に言うならば、見通されたのは〝心〟ではなく〝過去の事実〟そのものだ!

「最初は黒人の使用人から学んだ〝まじない〟か……ま、ソイツの根元(ねもと)は〝ブードゥー〟だな──初歩的な稚技(ちぎ)だけどよ。んでもって、そいつがエスカレートして、今度は〝黒魔術〟へと傾倒(けいとう)したってか。そんなに亭主(ていしゅ)の戦死がショックだったかィ? おっと違うか。現実逃避したかったのは〝亭主(ていしゅ)の浮気〟だろ? ィエッヘッヘッ……」

「……や……めろ」

「やがて、口うるさい(しゅうとめ)目障(めざわ)りになってきた──ま、そいつは(しゅうとめ)(がわ)も同じだろうがよ。だから、殺した。人気(ひとけ)の無い階段から突き落とした。師事(しじ)していた魔女(・・)と共犯でな。んで、首の骨ポッキリってな」

「……やめろ」

「犯行直後のオマエさん、いい(ツラ)してるぜぇ? 一仕事(ひとしごと)やり終えた充実感に満ちてやがる……ィエッヘッヘッ」

 まるで現場を()()たりにしているかのような口振(くちぶ)りであった。

 いや、おそらく見ているのだろう。

 だとすれば、それは〈霊視(れいし)〉の(たぐい)だ。

 (もと)より〈死神〉は、霊的存在である。

 不思議ではない。

抑止力(よくしりょく)(かせ)を取っ払った後は天下だったよなァ? (とつ)ぎ先で、やりてぇ放題だ。で──ホゥホゥ、なるほど──癇癪(かんしゃく)(まか)せにメイドをどついた事が発端(ほったん)かィ? (かえ)()で照ったテメェの肌を『若返った』なんて勘違いしてやがる……実にバカだねえ。その錯覚を維持するために、次々と処女を拷問(ごうもん)したってか。そんなにも〝()い〟が怖ぇかよ?」

「やめろ!」

「だが、こりゃ(うらや)ましい限りだぜ。悲痛な懇願(こんがん)と恐怖と恨み──極上のスパイスが豊富に()えられた〝()〟が日常的に()れ流されてやがる。オレ様も御相伴(ごしょうばん)(あず)かりたかったぜ……ィエッヘッヘッヘッ」

「やめろと言っている!」

「イヤだね」

 侮辱(ぶじょく)への我慢が限界に達した瞬間、視界の(すみ)に死神がヌッと顔を(のぞ)かせた。

 薄汚(うすぎたな)()せた黒人の男だ。

 悪徳(あくとく)(にご)る目は喜悦(きえつ)(ゆが)み、葉巻(はまき)(くわ)えた大口が(いや)しく笑って歯を見せている。

「オレ様はよ、相手の人生(・・)を見通せるのさ。そいつで死に()くヤツの羞恥(しゅうち)(あお)る──そうすると〝()〟に旨味(うまみ)が増すんだなコレが」

「キ……キサマ! ズケズケと立ち入りおって!」

「そう怖い顔しなさんなって。言った通り、オレ様は何もしやしないぜ? ただ〝事実〟を見通してるだけだ。もっとも赤裸々(せきらら)に〝過去〟を直視(ちょくし)させられて、後悔と羞恥(しゅうち)(いだ)かねぇヤツなんていやしねぇがな」

 ゲデは自分を呪い(にら)む顔へと、これ見よがしに葉巻(はまき)の煙を吹きかけた。

「実に滑稽(こっけい)なもんだぜ。聖職者も犯罪者も〝()〟の前にゃ同格だ。どいつもこいつも、テメエが(きざ)んだ足跡(そくせき)美化(びか)誤魔化(ごまか)してやがる。詭弁(きべん)(いろど)られた自己弁護(じこべんご)──嘘八百(うそはっぴゃく)免罪符(めんざいふ)だ。そうでもしねえと、テメエが(あゆ)んできた人生(・・)を受け止められねぇらしい。そこまで恥ずべき人生なら、いっそ生まれて来なきゃ良かったのによ……ィエッヘッヘッィエッヘッヘッヘッ」

「こ……の下衆(ゲス)が!」

 予想以上に最低な(やから)である。

 引き裂いてやりたい殺意に()まれたが、指一本(ゆびいっぽん)動かす事すら叶わないのが忌々しい。

「さて、続けようぜ? 誇り高き〝吸血貴夫人(エリザベート)〟様──」

「キ……キサマァァァ!」

「──と言いてぇトコだが、どうやら幕引きみてぇだな」

 どうした心境の変化か、ゲデは口撃(こうげき)をやめた。

 真意(しんい)()めぬ違和感にエリザベートは懸念(けねん)(いだ)く。

 だが、それはすぐに氷解(ひょうかい)した。

 次なる事態を認識した瞬間、彼女は戦慄を覚える。

 周囲の瓦礫(がれき)物陰(ものかげ)、路地裏や(とう)から、ぞろぞろと現れ始める人影。

 最初はデッドかとも思った。

 覇気(はき)無き動作は、それを錯覚させるに説得力があったからだ。

 しかし、彼等はれっきとした人間──居住区画の在住者達であった。

 一人……また一人と数が増え、あれよあれよと集団になっていく。

 やがてそれは、地べたへと()い付けられた(にえ)に集まって来た。

「……〈吸血鬼〉だ」

「俺達を苦しめる悪魔が此処にいるぞ」

「なんでこんな……いままでだって、おとなしくオマエ達に(したが)ってきたのに……何だってこんなマネを!」

「ふざけやがって! コイツ等にとっちゃ、俺達人間なんてゴミ(・・)()でしかなかったって事さ」 

「返せ! 私の子を! 妻を! 私の家族を返せ!」

 口々(くちぐち)(ののし)られる呪詛(じゅそ)

 彼等の手に握られているのは、鉄の(かま)──白木(しらき)(くい)──聖水────いずれも〈吸血鬼〉を殺せる物だ。

「おやおや、どいつもこいつも殺気(さっき)()ちやがって。怖ぇ怖ぇ……ィエッヘッヘッ」

「キ……キサマ!」

「おいおい、勘違いしねぇでもらいてぇな? コイツ()は自発的に集まってきたのさ。ま、全部テメェ等が()いた政策のツケ(・・)だな。オレ様のせいじゃねぇや」

「クッ!」

「もっとも、さっき散歩がてらに歌ったか。『この襲撃を仕組(しく)んだのは吸血妃(きゅうけつき)だ~! そいつが、この先でくたばってるぞ~~!』ってな。ィエッヘッィエッヘッィエッヘッヘッヘッ……」

「キサマァァァァァアア!」

 (われ)を忘れた憤怒(ふんぬ)妖妃(ようき)の瞳が赤く染まる!

 だが、(にら)み付けるべき相手は、何処吹く風で群衆の芋洗(いもあら)いへと()き消えた。

 ──重い衝撃と鈍い痛覚(つうかく)

 自我(じが)を呼び戻されたエリザベートが認識したものは、地面へと打ち付けられた(おのれ)四肢(しし)であった!

「う……うあああああああああああああああああっ!」

 肩に!

 脚に!

 手首に!

 (ひざ)に!

 狂気(きょうき)()み込まれた群衆は、一心不乱(いっしんふらん)(くい)を叩き打っていた!

「吸血鬼! 吸血鬼! 吸血鬼! 吸血鬼!」

「死ね! 死ね! 死んじまえ! 殺してしまえ!」

 (にぎ)()めた煉瓦(れんが)や石を、憎しみのままに杭頭(くいがしら)へと殴り付ける!

 ある意味、人間は怪物以上に〈怪物〉──カリナの持論(じろん)だ。

 その認識は間違いなく正論(せいろん)のひとつだろう。

 いままさに、その側面(そくめん)は表層化していたのだから。

 もっとも、その警鐘をエリザベートが知る(よし)もない。

 朦朧(もうろう)(かす)み始めた意識に(あらが)いながら、彼女は皮肉(ひにく)()()めていた。

 あれほど至悦(しえつ)だった鮮血(せんけつ)拷問(ごうもん)が、今度は一転(いってん)して自分を苦しめる!

 首筋(くびすじ)に感じる鉄の感触。

 冷たい(やいば)が、柔肌(やわはだ)弾力(だんりょく)に食い込むのを感じた。

 (たと)え死すとも、その()(ぎわ)気高(けだか)く美しく──そう想い描いていた吸血妃(きゅうけつき)の最期は、けれども叶う事がなかった。

 一際(ひときわ)大きな赤花(あかばな)()()き、黒い(かたまり)()ね飛ぶ!

 それでも、残虐(ざんぎゃく)狂気(きょうき)()()かれた暴徒(ぼうと)(しず)まらなかった。

 もはや自制(じせい)倫理(りんり)も働かず、積年(せきねん)の恨みを肉塊(にくかい)へとぶつけ続ける……ただひたすらに。

 遠巻きに瓦礫(がれき)へと腰掛けるゲデは、()まぬ赤の狂宴(きょうえん)(さかな)(なが)めていた。

「ま、頭部切断は〝吸血鬼殺し〟の常套(じょうとう)手段だわな」

 飄々(ひょうひょう)(あざけ)りながら、携帯(けいたい)していたウイスキーを最後の一滴まで流し込む。

 (あお)視野(しや)に入ったのは漆黒(しっこく)の月。

 黄色く(よど)んだ巨眼は、間違いなく、この惨状を(なが)めていた。

 (いや)しく、悪辣(あくらつ)に、興味津々(しんしん)と…………。

「喜べよ〝血塗(ちまみ)れの伯爵夫人〟様、オレの御主人様も堪能(たんのう)してやがるぜ……ィエッヘッヘッヘッ」

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