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孤独の吸血姫   作者: 凰太郎
~第二幕~
15/26

白と黒の調べ Chapter.6

挿絵(By みてみん)

 紫翼(しよく)()ちた。

 (さなが)ら、天界から追放された堕天使(ルシフェル)の如く。

 (いな)、そんなに尊厳(そんげん)めいたものではないだろう。

 単に闇空(あんくう)から(すべ)り落ちる投棄物(とうきぶつ)だ。

 地表へと(たた)きつけられた衝撃に、(おびただ)しい土煙(つちけむり)(うず)(まく)と広がる。

 その渦中(かちゅう)で鳴った骨身(ほねみ)(つぶ)れる不快音は、爆発的な轟音(ごうおん)()き消された。

「が……は…………」

 地面を(えぐ)るクレーターの中央で、起点たるエリザベートが瀕死(ひんし)苦悶(くもん)を吐く。

 半身(はんしん)をめり込ませた彼女を核として、無数の(ひび)力強(ちからづよ)く放射状に伸びていた。

 墜落衝撃(ついらくしょうげき)(すさ)まじさが(さっ)せるというものだ。

 全身が砕骨(さいこつ)しているのが自覚できた。

 内蔵も(ほとん)ど破裂している事だろう。

 にも関わらず、彼女は死んではいない。

 虫の息ながらも息絶えてはいない。

 ここに()いて〈不死者(ノスフェラトゥ)〉の特性が恨めしかった。

 死なぬとは言ってもダメージはある。

 現状、小指ひとつ動かせなかった。

 明らかな致命傷(ちめいしょう)過多(かた)だ。

 さりとも(ひつぎ)で再生休眠していれば、数日で復活できるだろう。

 それが〈吸血鬼〉の特性だ。

 しかしながら、それが叶うはずもない。

 むざむざと敵が見逃すはずもないのだから……。

 気配を感じた。

 異なる方向から、ふたつだ。

 ひとつは、自身が転落した上空からフワリと柔らかく舞い降りて来た。

 もうひとつは、コツリコツリと冷たい足音を響かせ歩いて来る。

 それらが誰かは言うまでもない。白と黒だ。

「エリザベート……」

 視野の外からカーミラが呼び掛けてくる。

 温厚な口振りからは、明らかな哀れみが()めた。

 (いま)()ちぬ自尊心(じそんしん)には屈辱的(くつじょくてき)だ。

 言葉()わす宿敵(しゅくてき)(にら)みたくもあったが、瀕死(ひんし)身体(からだ)では生憎(あいにく)と首を動かす事も叶わぬ。

「いまにして思えば、露骨(ろこつ)(さと)れる手数(てかず)(さそ)うための揚動(ようどう)であったか」

「ええ。貴女(あなた)が推察した通り、わたしは左腕を負傷していた。その時点で、左腕は(エサ)と割り切ったのよ」

何故(なにゆえ)()めは借り物で? 愛用の茨鞭(いばらむち)ではなく……」

「密着体勢では(むち)なんて使えないわ」

成程(なるほど)……最初から連携(れんけい)奇策(きさく)()りきであったか」

「まさか? カリナの助太刀(すけだち)咄嗟(とっさ)の判断よ」

「何?」

「ああ、思いつきで投げてやっただけだ」

 ()めた口調は、カリナ・ノヴェールのものであった。

「カーミラがキサマを()い付けた時点で、何を姦計(かんけい)しているかは大方(おおかた)(さっ)しがついたからな」

「あら、以心伝心(いしんでんしん)ね。(さっ)してくれて(うれ)しいわ」

「ぬかせよ。どうせ最初(ハナ)から、(おのれ)の右腕を(くい)とするつもりだっただろう」

 愛らしい白の微笑(ほほえ)みを、黒が無愛想(ぶあいそう)()わす。

「もっとも、アレ(・・)を使いこなせるかは()けだったがな」

 挑発めいて(ふく)(わら)うカリナ。

 その品定(しなさだ)めに()た視線が、カーミラには意地悪くも思えた。

 気持ちを切り替えた少女盟主は、再びエリザベートへと関心を移す。

「エリザベート・バートリー──貴女(あなた)軽視(けいし)できない切れ者。わたしは常々(つねづね)、そう思っていたわ」

「……随分(ずいぶん)()(かぶ)ってくれたものだな」

「真性の武闘派であるジル・ド・レ卿には、武力面では(およ)ばないでしょう。けれど、メアリー一世と五分に渡り合えるだけの実力と知慮(ちりょ)内包(ないほう)している。そんな好敵手(こうてきしゅ)を相手取るには、(きょ)を突く奇策(きさく)が必要だと判断したの」

好敵手(こうてきしゅ)……か」

 宿敵(しゅくてき)無作為(むさくい)に発した言葉を拾い、強く噛み絞める。

 エリザベートにしてみれば、カーミラ・カルンスタインは徹底的に(うと)むべき(あだ)に過ぎない。

 だが、カーミラの方は、そんな自分を尊重すべき〝()〟として見ていたという事だ。

(……(うつわ)(ちご)うたか)

 認めざる()ない──遅過(おそす)ぎではあったが。

 妖妃(ようき)(なが)らく(いだ)いていた野心は、いま此処に(つい)えた。

 もはや未練(みれん)すら無意味だ。

「さあ、殺すがいい。覚悟はできている」

「殺すのは構わんが、その前に()いておきたい事がある」

 カリナが尋問(じんもん)を向ける。

 その声音(こわね)は、あくまでも冷淡であった。

()きたい事だと?」

「キサマは先程(さきほど)ドロテア(・・・・)〟と叫んでいたな。(さっ)するに従者(じゅうしゃ)の名だろうが、何者だ?」

「クックックッ……そんな事か」

「ああ、そんな事だ」

 (たが)いに()わす(かわ)いた(さぐ)(わら)い。

 ややあって、エリザベートは素直に語り出した。

 このような結末になっては、私事(しじ)情報を隠匿(いんとく)する事に意味など無い。

 何よりも、自分を見捨てた裏切り者へと一矢(いっし)(むく)いたい思いもあった。

アレ(・・)は生前からの従者(じゅうしゃ)よ。黒魔術の師事(しじ)がために、(われ)(やと)うた。(われ)を〈吸血鬼〉へと(いざな)った者でもある。以来、ヤツは(われ)の片腕として付き(したが)った。もっとも、最後には見限ったらしいが」

「そいつ自身は〈吸血鬼〉ではないのか?」

「違うな。ヤツは〈魔女〉──(すなわ)ち、大別(たいべつ)的には〈人間(・・)〉だ。ただし、その実力は本物だがな」

「〈魔女〉……か」

 推察するに、今回の謀反(むほん)騒動には大きく一枚噛んでいる──下手(へた)をすれば黒幕(・・)だ。

 エリザベート自身に野心があったにせよ、それを(さか)しく利用したに過ぎないのだろう。

 利害(りがい)合致(がっち)や忠誠心があれば、主人の勝負所で雲隠れなどしない。

 そう確信を(いだ)きながらも、カリナは(くち)にせず()せた。

 眼前(がんぜん)()えようとしている敗者に対する、せめてもの手向(たむ)けであった。

 各人の黙考が、(しば)しの静寂を()む。

 それを(ゆる)やかに(やぶ)ったのは、(さと)すように柔和(にゅうわ)抑揚(よくよう)であった。

 カーミラ・カルンスタインである。

「ねえ、エリザベート? もう一度やり直せないものかしら?」

「……何?」

「確かに思想や理念で、わたしやメアリーの対極(たいきょく)にあるかもしれない。けれど、貴女(あなた)ほど有能な人材は()しいと思うのよ。だって、そうでしょう? なあなあと同調しただけのぬるま湯では、(さら)なる意識向上は望めないもの。そうした見地(けんち)も、また一石(いっせき)(とう)じる貴重(きちょう)な意見。最近は殊更(ことさら)にそう考えるようになったわ」

 ()べつつ見遣(みや)る相手は、近況で一番の不穏分子(ふおんぶんし)

「……私を見るな」

 意味深(いみしん)な視線に気付いたカリナは、不貞(ふて)気味に顔を()らした。

()えて〝()〟となれ……と?」

「言葉は悪いけれど」

「……どこまでもアマいな、カーミラ・カルンスタイン」

 なけなしの反骨(はんこつ)悪態(あくたい)をつきながらも、いまのエリザベートには温情(おんじょう)が痛かった。

 身中(しんちゅう)の虫ですら蟲毒(こどく)と受け入れる器量(きりょう)は、エリザベート自身には無い。

 彼女の根底(こんてい)()す自尊心と憎悪──それを軟化(なんか)させていく慈母(じぼ)的な安らぎ──そして、そんな心情変化を(がん)として認ようとしない拒絶と敵意。

 それらが混然(こんぜん)となって、彼女の情緒(じょうちょ)攪拌(かくはん)する。

 短い沈思(ちんし)の後、敗将は決断を呟く。

「…………行け……捨て置け」

「エリザベート?」

謀反者(むほんもの)(さば)く気も無ければ、()軍門(ぐんもん)(くだ)る気も無いと言う……そんな生殺(なまごろ)しの(さら)し者にするぐらいなら、せめて無価値な(しかばね)と捨て置け」

 次期盟主の野望は(つい)えたとしても、(おのれ)軌跡(きせき)を否定する気など無い。

 それでは、心底(しんてい)から(みにく)()ぎる。

 謀反者(むほんもの)の意地を逸早(いちはや)(さっ)したのは、孤高を()が身と知るカリナであった。

 だからこそ、黒の魔姫(まき)は無関心を(よそお)って(きびす)を返す。

「……行くぞ」

「カリナ?」

 あまりに淡泊な対応に戸惑(とまど)うカーミラ。

 (すで)足早(あしばや)く先行した(くろ)外套(マント)後追(あとお)いに駆け、白の吸血姫(きゅうけつき)酌量(しゃくりょう)(うった)えた。

「待って、カリナ! あのまま放置していては、エリザベートは……」

「最悪、()ちるだろうな」

 懸命(けんめい)(うった)える顔すら見ず、カリナは黙々と歩き続ける。

(ひつぎ)で再生休眠を()れば復活もできようが、床土(とこつち)すら無い野外放置では再生能力の発現は(かんば)しくない。(すべ)ては負傷程度と個人の魔力にもよるが、あの具合(ぐあい)では……な」

「それが分かっていて、何故?」

「分かった上でヤツは選択した。本人が(くだ)した決断に、我等(われら)がとやかく言う(すじ)はあるまいよ」

「けれど!」

 (あきら)めの悪い温情を一瞥(いちべつ)し、カリナは冷たい言葉に突き放した。

「オマエの甘言(かんげん)に乗るような()(もの)なら、私が斬り捨てている」

 どこか寂しさを(はら)んだ口調に、カーミラは思い出す。

 望めど(かな)わず死んでいった連中の無念を(くさ)るほど見てきた──かつて、カリナが吐露(とろ)した言葉だ。

 (ゆえ)に、それ以上は食い下がるのをやめた。

 現状に()いて誰よりもエリザベートの心境を理解しているのは、幾多(いくた)の〝()〟を見てきたカリナ自身なのだから。

 (うし)ろ髪を引かれる思いであったが、二人の吸血姫(きゅうけつき)達も、また(ほこ)り高き選択を(くだ)したのである。

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