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孤独の吸血姫   作者: 凰太郎
~第二幕~
14/26

白と黒の調べ Chapter.5

挿絵(By みてみん)

 紅蓮(ぐれん)の炎が街を()む!

 (しかばね)の侵攻が人々を斬り捨てる!

 シティ居住区は、いままさに地獄絵図と化していた!

 その大虐殺のパノラマを、屋根の上から遠退(とおの)きに傍観(ぼうかん)する二つの影──〝血塗(ちまみ)れの伯爵夫人〟ことエリザベート・バートリーと、その片腕たる魔女ドロテアだ。

「ホホホホホ……見事! (まこと)に見事であるぞ、ドロテア! よくぞ数日で、これだけの兵力を(そろ)えた!」

御誉(おほ)めに預かり光栄にございます。されど、まだ種火(たねび)に過ぎません。此処に(そろ)えたるは、たかが酒場客の頭数(あたまかず)。これを皮切りに、(さら)に多くの兵数を増産しなければ……」

「いや、充分であろう」

「エリザベート様?」

今宵(こよい)の襲撃分だけで、(さら)なる兵数補填(ほてん)(かな)う。なれば、ロンドン塔など楽に陥落(かんらく)出来ようぞ。これで、ようやく忌々しい小娘(こむすめ)(ども)(ほうむ)れるというもの……ホホホホホホ!」

(チィ、短絡(たんらく)白痴(はくち)が! 戦力差の目算(もくさん)も出来んというのか!)

愚民(ぐみん)(ども)(われ)(あが)めるがいい! (たた)えるがいい! 畏怖(いふ)するがいい! 美しいであろう? 怖ろしいでろう? それこそが〝真の支配者〟たる(われ)にふさわしい賛美(さんび)!」

 眼下(がんか)の惨状を眺める邪視(じゃし)愉悦(ゆえつ)陶酔(とうすい)に細まる。

 所々(ところどころ)で赤の飛沫(しぶき)()き上がり、断末魔の絶叫が()()なく響きわたった。

 その凄惨(せいさん)(わめ)き声が、エリザベートの耳には畏敬(いけい)と崇拝を込めた命乞(いのちご)いに聞こえる。

 現状、彼女は自分を〈神〉の如く倒錯(とうさく)していた。

 (うごめ)くも動かぬも含め、死体は街路を(にぎ)やかす!

 それを熱に照らす朱舌(しゅぜつ)は、猟奇的高揚感を助長させる照明演出でもあった。

 眼下に黒く広がる屍兵(しへい)の影。

 忠実なる不死の群隊(ぐんたい)

 その圧倒的な侵攻力に、吸血妃は高らかな嘲笑(ちょうしょう)で勝ち誇る。

「アハハハハ! アハハハハハハ!」

 と、その光景に違和感を覚えた。

「……何だ?」

 視界の(すみ)に捕らえた異変は、やはり錯覚ではない。

 黒集(くろだか)りの一角が、微々ながらも陣形を崩しているではないか。

 それは()()げのように広がり、やがて、その周辺を大きく()(ひら)いていく!

 毒々しくも(あざ)やかな()飛沫(しぶき)が咲き乱れてはいるが、それは先刻(さっき)までとは(しつ)が異なっていた!

 屍兵(しへい)赤花(あかばな)だ!

「ア……()()は!」

 彼女の目に飛び込んできたのは、反逆の輪舞(ロンド)を踊り狂う黒と白の外套(マント)

 謀反(むほん)手駒(てごま)たる屍兵(しへい)達は、次々と冥府へ解放されていった!

「……カーミラ・カルンスタインッッッ!」

 憎むべき敵の姿を認識し、忌々しく唇を噛んだ。

 距離にして三〇メートル程離れている。双色(そうしょく)吸血姫(きゅうけつき)達はミニチュア人形にしか見えない。

 にも関わらずエリザベートは、確実に憎悪の対象を認識していた。

 それは吸血鬼特有の超視力による部分も大きいだろう。しかし、それ以上に彼女の執着的呪怨が、それほどまでに強いという立証でもある。

 何故(なにゆえ)、カーミラが此処にいるのか──それはエリザベートにとって、どうでもよい事だ。ただ〝宿敵によって計画を邪魔立てされた〟という事実だけが、彼女にとっては重要なのである。

 一方で策謀(さくぼう)(しゃ)ドロテアの分析眼には、非常に由々(ゆゆ)しき展開としか映らない。

(アレはカーミラ・カルンスタインに、カリナ・ノヴェール? 何故、貴奴(きやつ)()が此処に?)

 全く(もっ)て計算外の乱入者であった。

 エリザベートにゾンビに自分……これだけの戦力では、(いささ)心許(こころもと)ない。

(此処は一時退()くか)

 取り敢えずのテストは上々の結果であった。これ以上、無理を敷く必要はない。否、折角(せっかく)の戦力を無駄に損失しない(ため)にも、此処は退くべきである。

「エリザベート様、一時撤退を……」

「ならん!」

「エリザベート様?」

 ドロテアが困惑に凝視(ぎょうし)した女主人の横顔は、まさに吸血鬼の本性であった。殺意に血走った目と、歯噛みする口元に覗く牙──破滅を帯びた美貌の相好(そうごう)獣性(じゅうせい)を宿す形相が同化している。

 憎悪に(みなぎ)ったエリザベートの瞳は、カーミラだけを睨み据えていた。

 彼女の薄っぺらい自尊心には、もはや、それしか映ってはいない。

「フン……考えてみれば、これは千載一遇(せんざいいちぐう)好機(こうき)よ! いま此処で、あの小娘を亡き者にしてくれる!」

「此処は撤退の選択が英断かと! 悪戯(いたずら)屍兵(しへい)を損失すれば、これまでの計画が(みず)(あわ)……」

「いいや、退()かぬ! それでは、我が貴奴(きやつ)に屈した事と同義(どうぎ)となろう!」

「し……しかし!」

「案ずるでない。要は確実に(ほふ)ればいいだけの事。こんな場所で城主が()ち果てたとは、誰も思うまい」

(ええい! その実力がキサマには無いと言っている!)

 ドロテアは焦燥(しょうそう)(いだ)く。

 ここにきて〝傀儡(くぐつ)〟は暴走した。

 そして、虚栄と過信に支配された人形は、もはや彼女にもコントロール出来る(いき)ではない。

「続け! ドロテアよ!」

 紫の外套(マント)滑空(かっくう)に屋根から飛び降りる!

 その姿は、まるで血に()えた巨大蝙蝠! 

 (ある)いは、獲物を捕食せんと襲撃する怪鳥の(ごと)く!

「……誰が行くかよ、馬鹿が」

 ドロテアは隠していた本性を(さら)け出す。

 争乱の火祭へと呑まれていく紫翼(しよく)を蔑視に見捨て……。

「あの手駒(てごま)は、もう帰るまい。本来ならばアレを御輿(みこし)として、ロンドン塔を襲撃させる計画であったが……」

 (かなめ)たる傀儡人形(マリオット)は失った。おそらく屍兵(しへい)も大幅に損失する。

「計画を見直さねばならんか」

 魔女が指を鳴らすと、数体のゾンビが静かに撤退した。

 (うごめ)頭数(あたまかず)が多いだけに、誰一人として気付かない。

 カーミラも──カリナも──エリザベートも────。

「悪く思うなよ、エリザベート・バートリー。少しでも基手(もとで)は残しておきたいのでな」

 損失した屍兵(しへい)の数は、これを起点に増やしていくしかないだろう。

 問題なのは、エリザベートに代わる戦場の(かなめ)だ。

 現状、それは〝()()()〟以外にない。

 虚栄心の(かたまり)であるエリザベートに比べ、(いささ)かコントロールは(むずか)しそうだが……。

「保険を掛けておいて良かったよ」

 冷酷に言い残してドロテアは(きびす)を返した。

 後目(うしろめ)に見送る〝血塗(ちまみ)れの伯爵夫人〟とは、もう会う事もないだろう。

 そして、魔女は闇へと(かす)んで消えた。




 (いばら)(むち)が蛇と踊り、(あか)(やいば)が星と(ひらめ)く!

 双色(そうしょく)吸血姫(きゅうけつき)は華麗に舞い、(むら)がる死体の包囲網を(さば)いていった!

 しかし、(しかばぬ)が動きを()める事は無い。

「何なの? 頭を()ねたというのに、首が無いまま向かってくるわ!」

 実際のところ、首だけではなかった。四肢を斬り離しても死体は停止しない。それどころか、地に落ちた部位が分裂派生した別生物のように(うごめ)いているではないか。

 転がる部位を細分化に斬り捨て、カリナが平然と教示(きょうじ)する。

蘇生(そせい)プロセスからして、デッドとは違うのさ。コイツ等は〈呪術〉によって再活動している。脳や頭部を破壊した程度では()ちん」

「わたし達〈吸血鬼〉に近しい性質ってわけね──認めたくはないけれど」軽く不快感を含んだカーミラは、荊鞭(いばらむち)で切断しながら改めて処置を(たず)ねた。「じゃあ、コツは? 教えて下さるかしら?」

間接(かんせつ)そのものを破壊するか切り捨てろ。如何(いか)に動く肉片とはいえ、テコ軸が無ければ行動など出来まいよ」

「なるほどね」

「手首は炎にでもくべてやれ。この部位だけは、乱戦下で(さば)(ひま)など無いからな」

 本来ならば多勢に無勢の窮地(きゅうち)であろう。

 さりとも〈吸血姫(きゅうけつき)〉たる彼女達にしてみれば、たいしてデッド戦と変わらなかった。単に一手間多いだけだ。

 その時、()き出しの敵意が、カーミラを急襲(きゅうしゅう)する!

「カァァァミラ・カルンスタイィィィン!」

 悪鬼(あっき)形相(ぎょうそう)で飛来する紫の魔翼(まよく)が、カーミラの頭上()()れを過ぎる!

 凄まじい突風を発生させる奇襲!

 咄嗟(とっさ)に踏み(こら)えようと(こころ)みるカーミラを、勢い(はら)む気流は紙細工の如く()いだ!

 次の瞬間には、抵抗(むな)しく煉瓦(れんが)(かべ)へと叩き着けられる!

「きゃあ!」

「カーミラ!」

 戦況(せんきょう)の急変を察知し、カリナが叫んだ!

 だがしかし、彼女の(もと)へは駆けつけられない!

 取り巻くゾンビ共が足止めとなっていたからだ!

「ぞろぞろと……っ! どけぇぇぇぇぇ!」取り囲む首を一舞(ひとまい)に跳ねるも、すぐさま(むら)がり補填(ほてん)されてしまう。「チッ、(もと)より()()だけあって怖いもの知らずか」

 こうなると、武功の欲を出して先行していたのが(あだ)となった。

 ややあって、瓦礫(がれき)の山からカーミラが身を起こす。

 (くず)(まみ)れに汚されながらも、白麗(はくれい)は案じる戦友へと苦笑を向けた。

「大丈夫よ、カリナ。ちょっと油断しただけ……」

 その一方で、彼女は失念の軽率さを噛んだ。

 つまり、背後に当然潜んでいる黒幕の存在を。

(並の吸血鬼ならば、四肢が(はじ)け飛んでも不思議はなかった……か)

 左腕が鈍く(うず)いた。曖気(おくび)にも出さぬよう隠してはいたが、それなりのダメージを()っている。

 紫翼(しよく)の怪物は抜け目がなかった。

 奇襲に()(ちが)(さい)超音波咆哮(ソニックウェーブ)を放っていたのである!

 それは不可視(ふかし)の鉄球と()し、風圧に硬直した無防備な身体(からだ)へと殴りつけた!

 臨戦体勢に気持ちを切り替え、カーミラは頭上に滞空する奇襲人物を(あお)(にら)む。

 黒い妖月(ようげつ)を背景に、悠々と外套を靡かせ立つ紫影。巨眼を後ろ盾にした構図(ゆえ)か、まるで魔界からの刺客(しかく)にも思えた。

 (あや)しの影は高笑いに勝ち誇る。

「ホホホ……無様(ぶざま)! 無様(ぶざま)よのう、カーミラ・カルンスタイン? (けが)れたキサマは地へと()(つくば)り、勝者たる我は悠々(ゆうゆう)高見(たかみ)にある──これぞ()るべき優劣の縮図(しゅくず)よ」

「エリザベート・バートリー?」

「〝(さま)〟が足りぬわ!」

 鋭利な爪撃(そうげき)を混ぜた風圧!

 鎌鼬(かまいたち)現象を()びた暴風が、ダメージを()った左腕に四筋(よすじ)赤痕(あかあと)が刻みつける!

 この部位を狙ったのが、故意(こい)か偶然かは判らぬが……。

「クッ!」

「本来ならば、いま少しは軍勢の育成に集中すべき時期であったが……キサマが介入(かいにゅう)してきた以上は捨て置けぬわ」

「軍勢?」

如何(いか)にも」

「では、この惨状は貴女(あなた)が!」

 胸中に芽吹く悲嘆と(いきどお)り。

 確かに強健派が現状の政策方針を(こころよ)く思ってない(ふし)は、カーミラ自身も重々承知している。そして、殊更(ことさら)エリザベートには、自分へ対する反抗心が顕著(けんちょ)だという事も。

 一方で、己の統制力が絶対的だと自負(じふ)していたのも事実ではあった。

 だからこそ、自身が防波堤(ぼうはてい)として機能する限りは人間を擁護(ようご)出来るとも……。

 が、結局それは過信に過ぎなかったのかもしれない──カリナが示唆(しさ)していたように。

 その証明が組織末端たる衛兵吸血鬼の腐敗であり、我が身を襲った現在の苦境だ。

 それでもカーミラは叱責(しっせき)せずにはいられなかった。

「禁じたはずです! 人間を不遜(ふそん)に扱ってはならないと! その人権を尊重(そんちょう)せねばならないと!」

下賤(げせん)の事など知るか!」

 謀反人(むほんにん)が吐き捨てた台詞(せりふ)を耳にし、(くろ)外套(マント)(まゆ)がピクリと反応する。カリナにとって、唾棄(だき)すべき不快感であった。

所詮(しょせん)、奴等は貯蔵樽(ちょぞうだる)よ! 我等を吸血鬼を(うるお)すための家畜(かちく)に過ぎんわ! 共存? 人権? ハッ! 笑わせるな! 下層(かそう)の者(ども)は、おとなしく全てを差し出せばいいのだ! その命までもな! 我等支配層は、ただ(うるお)うのみ! 奴等が飢えようが野垂(のた)れ死のうが知った事か!」

「エリザベート・バートリー!」

 口惜(くちお)しさに()える。

 まさか〝血塗(ちまみ)れの伯爵夫人〟が、ここまで強烈なエゴイズムを鬱積(うっせき)させていたとは……完全にカーミラの憶測を越えていた。

 盟主としての立場上、(さば)かねばならない──そう自覚しつつも、カーミラは躊躇(ちゅうちょ)を覚える。

(できれば、戦いたくはないけれど……)

 反目(はんもく)関係に在るとは言っても、互いに〈吸血鬼〉であるという同属意識は拭えない。況してや〈吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)〉は希少(レア)な存在だ。

 だからこそ、それを共感に置き換えようとしてきた。

 それに対してエリザベートは、意固地なまでに敵意へと転化している。

 この平行線は決して(まじ)わる事がない──その確信があればこそ、彼女は苦悩を抱くのだ。

「何故、このような愚考を!」

空々(そらぞら)しい。(われ)がキサマへの殺意を常々(つねづね)(いだ)いていた事は、(すで)に知っておったであろう? 水面下で謀反(むほん)画策(かくさく)していた事も……。のう? カリナ・ノヴェール?」

 屍兵(しへい)の包囲網を(さば)き続けるカリナは、剣舞(けんぶ)一息(ひといき)に冷ややかな()めつけを返す。

「部外者の私に振るなよ」

「フン、(われ)は忘れてはおらぬぞ。あの時、キサマは(われ)心底(しんてい)見透(みすか)かし、挑発と侮蔑(ぶべつ)を込めて見据(みす)えたではないか」

「ああ、()()か」

 背後から襲ってきた(しかばね)脳天(のうてん)を、紅剣(こうけん)(わずら)わしく突き刺した。肩越しの無作為な一撃だ。物量こそ厄介(やっかい)ではあるが別段脅威ではない。 

 カリナは鼻で笑い、小馬鹿(こばか)にした態度で答える。

「アレは、こう思ったのさ──『随分(ずいぶん)化粧(けしょう)の濃い老害(ババア)がいやがる』とな」

「なっ?」

 (ひるがえ)る黒波に生み出される幾多もの赤い弧!

 (くろ)外套(マント)の周囲には肉片(にくへん)が、ピクピクと散乱しているだけだった。

「いまの一体が最後か。もはや(さば)くべき(なま)ゴミは無いようだ」

 (わずら)わしい作業の終了を確信するカリナ。

 そのまま手近な瓦礫(がれき)へと腰を下ろすと、傍観意向に脚を組んだ。

「おい、カーミラ」

「何かしら? カリナ・ノヴェール?」

 ()(にら)()えたまま、カーミラが返す。

 左腕が(うず)いた。それは、そのまま誇りの痛み。

 隠した異変に気付いたか──(ある)いは気付かぬままなのか──干渉(かんしょう)放棄(ほうき)(くろ)外套(マント)は、ぞんざいな()(ぐさ)(てい)する。

「今回の(きょう)は、くれてやる」

「え?」

 一瞬、カーミラは耳を(うたが)った。

 思わず傍観者を凝視(ぎょうし)する。

 あの意固地(いこじ)(ひねく)れ者が、他人へと(きょう)(ゆず)ると言う──到底信じられない申し出だ。

 しかし、頬杖(ほおづえ)ながらに自分を正視(せいし)する眼差(まなざ)しは、強い意志力で見定(みさだ)めているようにも感じられた。

 無言の真意を()むと、不思議と迷いが晴れていく。

「……そうね。それが、わたしの責務ですものね」

 己への鼓舞(こぶ)に腕の痛みは忘れた!

「ええい、(ことごと)目障(めざわ)りな小娘が!」

 わなわなとした怒りに震える吸血妃。

 全く(もっ)て、腹に()()ねる態度であった。不遜(ふそん)な獲物達は、緊迫も畏敬(いけい)(いだ)いていない。

「ドロテア!」

 懐刀(ふところがたな)の名を加勢に呼んだ!

 だが、返事は無い。

「……何故だ? 何故、返事をせぬ! ドロテアよ!」

 (あた)りに気配を求めるも、水を打ったかのような静寂──この時、ようやくエリザベートは(さと)った!

「ま……まさか、見限(みかぎ)ったというのか? この私を……無二(むに)(あるじ)である、この私を!」

 受け入れ(がた)い現実!

 生前から目に掛けてきた飼い犬は、最大の勝負処に来て飼い主の手を噛んだのだ!

「エリザベート・バートリー!」

 凛然とした呼び掛けが、狼狽(ろうばい)に浸る吸血夫人を(われ)へと呼び覚ます。

 視線を向ける先には、滞空に立つ白い麗姿。

「不本意な形ではありますが、決着を着けましょう」

 両手に茨鞭(いばらむち)を携えたカーミラ・カルンスタインが、いつの間にか飛翔していた!

 その立ち位置は、いまや対等だ!




 巨眼の黒月(こくげつ)に見守られ、白と紫が激しくぶつかり合う!

 闇空(あんくう)を舞う双影(そうえい)は、衝突したかと思うと(たが)いに放物線を(えが)いて距離を離れた。そして、また引かれ合うように(はじ)き合う。

 その流れが繰り返されていた。

「まるで磁石だな」地上で傍観するカリナは柘榴(ザクロ)(かじ)りに()らす。「……で、なんでキサマがいるよ」

 背後の虚空(こくう)へと嫌悪感のままに呼び掛けた。

 空間に現れたのは、彼女が(さげす)下衆(ゲス)──ゲデである。カリナにとっては数日ぶりの厄日(やくび)だ。

「ィエッヘッヘッ……どうにも食欲をそそる()()()()したんでねぇ?」

「まさか、この惨状はキサマの仕業(しわざ)じゃあるまいな?」

「冗談よせやィ! なんでオレが〝不死〟なんかを生産しなきゃならねぇんだよ? おまんま喰い上げになっちまわァ!」

「確かにな」

 ゲデの(かて)は〝魂〟でも〝殺戮(さつりく)〟でもない。純然たる〝()〟そのものであり、その瞬間自体だ。

 ともすれば、必然的に〝生者(せいじゃ)〟の存在は不可欠となる。()にデッドやゾンビの比率が多くなればなるほど、死神の(かて)は減っていく。それは望むところではあるまい。

 つまり、大方(おおかた)はカリナの予想通りという事だ。

 無愛想(ぶあいそう)魔姫(まき)(なら)うかのように、ゲデは闇空(あんくう)衝突劇(しょうとつげき)(あお)(なが)めた。

「こりゃまた珍しい見せ物だ。吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)同士の決闘ですかィ?」

「そんな尊厳(そんげん)高いものかよ。単に盟主が不祥事の責任を(まっと)うしているだけさ」

「ま、オレとしては、どうでもいい事ですがね?」簡単に興味を失うと、ゲデは周囲に散らばる肉片(にくへん)へと好奇心を移す。路上に散乱する赤い欠片(かけら)は、ピクピクと脈打つかのように(うごめ)いていた。「ィエッヘッヘッ……苦しみ足掻(あが)いてやがるぜ、コイツ」

「確かデッドと違って、ゾンビには〝()〟が内在していたな?」

 天空の決闘に見入りながら、カリナが無愛想(ぶあいそう)(たず)ねた。

 性懲(しょうこ)りもない悪趣味には、爪先(つめさき)(ほど)の関心も向ける気が起きない。

「まぁな。けどよ、オレ様が()してるのは()()()じゃねえぜ。どのみちゾンビに内在した魂は〝肉体〟という(おり)隔離(かくり)された捕虜(ほりょ)みてぇなモンだ。痛みもクソも感じねぇよ。オレが堪能(たんのう)してるのは〈()()()()〉の方だ」

「ズンビー?」

 相変わらず、顔すら向けずに()う。

「ブードゥー精霊のひとつ──要は〝蛇精(じゃせい)〟だわな。精霊としちゃあ下級だが、コイツが死体の四肢に(まと)わり()く事で〈ゾンビ〉という傀儡(くぐつ)出来上(できあ)がる」

「ゾンビ発生の根源ってトコか」

「ソイツが解放されねぇまま切り刻まれたモンだから、二進(にっち)三進(さっち)もいかずにもがき苦しんでやがる……ィエッヘッヘッ、間抜けだぜぇ」

 と、ゲデは(いささ)か感じた差異(さい)を見通す。

「ん? コイツは〝()()()()()()()〟じゃないぜ?」

「何?」

 興味深い発言に、初めてゲデを一瞥(いちべつ)した。

「ああっと……厳密に言やぁ()()()()()()()()()()じゃねぇって話だ。プロセス的には踏襲(とうしゅう)してるが、間違いなくコイツァ似て異なる〝()〟さな。おそらく〈西洋魔術〉の応用ってトコか。精霊との盟約じゃなく、強力(きょうりょく)な魔力で力尽(ちからづ)くに()いつけてやがる。だから、蛇公共(へびこうども)は解放されねぇのさ。ま、どうでもいい事だけどな……ィエッヘッヘッヘッ」

「なるほどな」

 柘榴(ザクロ)(すす)りに、再び戦局へと注視を戻す。

(プロセス的に〈ゾンビ〉は〝使役(しえき)(じゅつ)〟の(たぐい)だ。そして、それは洋の東西に関わらず古来より多くある。つまり〈黒魔術〉でも応用可能という事だ。それだけの実力が()けていれば……だがな)

 冷静に分析しながらも、懸念(けねん)胸中(きょうちゅう)渦巻(うずま)く。

「……ドロテアか」

 先刻(せんこく)、エリザベートが呼び叫んだ名前が思い出された。

 白と紫の衝突は(いま)だ進展を見せていない。



「この小娘がぁぁぁあああっ!」

 エリザベートが癇癪(かんしゃく)(まか)せに手刀(しゅとう)を突き出す!

 四指の爪は鋭利な(やいば)と伸び、数メートル先に舞うカーミラを強引に射程へ捕らえようと襲い掛かった!

 その挙動を瞬時に読んだ白い影は、またも大きな(きょく)(えが)いて回避する。

「チィ……ちょこまかと!」

 エリザベートの攻撃は、(いま)だ当たる気配すら感じられなかった。ここぞと繰り出す手数は多いというのに、獲物は(ことごと)く優美な旋回に回避してしまう。

 カーミラとの交戦で厄介だったのは、その縦横無尽な軌道取りだ。目線上にいたかと思えば、次の瞬間には降下して足下から迫る。かと思えば、その警戒を先読みしたかのように頭上から降ってきた。

 そうした変幻自在な出現術から繰り出される二対(につい)茨鞭(いばらむち)は、奇襲してくる回数こそ少ないが的確なタイミングで無駄が無い。

 それらを()け続けるエリザベートの反応力も、(あなど)れないものではある。

 が、あくまでも劣勢な感は(いな)めなかった。

 その自覚があればこそ、彼女自身の焦燥(しょうそう)否応(いやおう)なく(つの)るのだ。

「ええい! 忌々しい百舌(もず)めが!」

 専用の武器を有さない自身の戦闘スタイルが、これほど口惜(くちお)しく感じた事はない。

 カーミラには茨鞭(いばらむち)、ジル・ド・レには剣、そして、カリナには細身剣(レイピア)……といった具合に〝武闘派〟と呼ばれる吸血鬼には愛用の武器がある。

 一方で、自分やメアリーのような〝非武闘派〟には、そうした武器を所有しない者も珍しくはない。(いな)、そちらの方が多いのが実状だ。

 そもそも〈吸血鬼〉は、存在そのものが特殊能力(ハイスペック)(かたまり)である。(したが)って、そうした武器に頼らなくとも(ほとん)どの事象は脅威とならない。

 (なお)()つ彼女の場合は、自身が足りない側面を魔女ドロテアに任せていた。この劣勢は、そうした依存が()んだツケ(・・)かもしれない。

 しかし、エリザベートは(あきら)めが悪い性分(しょうぶん)であった。()してや相手が〝カーミラ・カルンスタイン〟であればこそ、(がん)として敗北を(きっ)するわけにはいかない!

(考えよ! 何か策は有るはずだ!) 

 四方八方から繰り出される(いばら)(した)

 しかも、今回のカーミラは両手持ちだ!

 それだけ、彼女も本気ということだろう。

 対するエリザベートは外套(マント)(たて)として身を(つつ)む。

 防御に徹しながらも、(けわ)しく(にら)邪瞳(じゃどう)は策謀を(めぐ)らせ続けた。

 とはいえ、休まぬ攻撃が(かす)(ごと)に、外套(マント)微々(びび)とダメージを累積(るいせき)していく。それは(この)ましい展開ではなかった。

 元来(がんらい)、エリザベートの魔力(まりょく)底値(そこち)は、カーミラよりも下回(したまわ)る。自力では(およ)ばぬ空中戦能力をこなせているのは、(まと)った外套(マント)の魔力増幅による部分が大きい。しかも、この外套(マント)がドロテアによるカスタムメイドであればこそ、カーミラに匹敵するほどの底上げが実現しているに過ぎなかった。

 またも繰り出される茨舌(いばらした)連撃(れんげき)

 と、咄嗟(とっさ)()わしながらも、エリザベートは何か違和感を察知した。

 生来(せいらい)の油断ならない狡猾(こうかつ)さが発揮した注意力だ。

(二:一……三:一……二:一…………)

 黙視に数える。

(二:一……二:一……四:一…………)

 ひたすら()つ確実に()わしつつ、黙々と数え続ける。

 それが確信へと変わった瞬間、彼女はニィと邪笑を含んだ。

 エリザベートがカウントしていたのは、カーミラから繰り出される手数の左右比率!

 そして、それは確実に左手数の少なさを刻んでいた!

 (さっ)するに、出会(であ)(がしら)の急襲が(こう)(そう)したのであろう。

 間違いなくカーミラ・カルンスタインは、左腕にハンデを()っている!

 付入(つけい)勝機(しょうき)が見えた!

(二:一……三:一……二:いまだ!)

 自身の左腕を犠牲として、定期的に繰り出された左鞭(ひだりむち)をわざと受ける!

 それは細腕を軸として絡みつき、細かく鋭い(とげ)がガッチリと食い込んだ!

 だが、それだけの対価(たいか)はあった!

()らえたわ!」

「きゃあ!」

 力任(ちからまか)せに上半身を(ひね)り、執念で引き寄せる!

 姿を()らえる事すら困難だった小鳥が、ようやく暴力に屈した!

 慣性(かんせい)()()んでくる獲物へ目掛(めが)け、エリザベートは右腕を突き出す!

 その一撃が容赦(ようしゃ)なく(はら)をぶち抜いた!

「かふっ!」

 小さく(あえ)ぐように吐血(とけつ)する白麗(はくれい)

 しかしながら、それはエリザベートが(ほっ)した一撃ではない。

「チィ!」

 思わず(いきどお)りを噛む。

 不死者(ノスフェラトゥ)たる〈吸血鬼〉相手に(はら)など(つらぬ)いても、()して意味はない。ダメージとしては大きいが、所詮(しょせん)、その場(しの)ぎだ。

「実戦()れしていない不慨(ふがい)なさか。真に(つらぬ)きたかったのは心臓よ!」

 されど、千載一遇(せんざいいちぐう)好機(チャンス)(のが)すほど(おろ)かでもない。

 すぐさま()いた右腕を獲物の首へと巻き付け、背後からギリギリと絞めあげた!

 優勢に酔いしれ、無力化した小鳥の耳元で(ささや)く。

「手を焼かせおって……だが、厄介(やっかい)な動きは封じたぞ」

「クッ!」

 清廉が眉根(まゆね)を曇らせる(さま)に、(かす)かな情念を覚えた。怨敵(おんてき)に対する優越感か──(ある)いは貞淑な小娘に対する情欲かは(さだ)かにないが……。

 純白ドレスの腹部を鮮血が真っ赤に染め濡らす。その清らかな(けが)らわしさが、深層意識で眠る〈吸血鬼〉の本能を陶酔(とうすい)的に刺激した。(ある)いは悪徳と邪淫(じゃいん)(まみ)れた〝バートリー家〟の(さが)かもしれぬ。

 いずれにせよ、エリザベートは異常な興奮に酔った。自制の効かぬ加虐心が頭を(もた)げる。

 茨鞭(いばらむち)の拘束力が弱まった左腕が、カーミラの華奢(きゃしゃ)な肩を鷲掴(わしづか)みにした!

「ぅああああああっ!」

「アハハハハ! 心地よいぞ! 夢にまで見たキサマの苦悶、実に心地よい! アハハハハハハハハ!」

 (さら)に力を込め、鋭爪(えいそう)を食い込ませる!

「っい! ……ぅああああああああ!」

「アハハハハアハハハハハハアハハハハハハハハ!」

 実感した勝利に酔い、妖妃(ようき)は狂ったように高笑(たかわら)った。

 と、その反響に(まぎ)れ聞こえてくる(かす)かな(ふく)(わら)い。

「フ……フフ…………」

「な……なんだ?」

 耳に届いた静かな笑い声は、(おのれ)のものではない!

 戸惑(とまど)いながらに特定した出所(でどころ)は、(ほか)ならぬカーミラ・カルンスタインであった!

「フフフ……そうね。これだけ密着すれば、到底(とうてい)逃げられないわね」

「な……何を笑っている? それが判っていながら、何故(なにゆえ)に笑っている!」

「いい事? エリザベート・バートリー? わたしが逃げられないという事はね、同時に貴女(あなた)も逃げられないという事でもあるのよ」

 一瞬、エリザベートは戦慄(せんりつ)する。

 冷ややかな微笑(びしょう)(たずさ)える吸血姫(きゅうけつき)の瞳は、見る者全てを〝()〟へと魅了するような闇を光らせていたからだ!

 次の瞬間、カーミラの眼前に紅い光が短く伸び生える!

 それは一振りの細身剣(レイピア)

「何?」

 予想外の連携(れんけい)プレイに(きょ)を突かれ、エリザベートは地表を凝視(ぎょうし)した!

 そこには、頭上へと愛剣を()(たく)したカリナの姿!

 一方、狼狽(ろうばい)に対応が遅れた(わず)かな(すき)を、カーミラは見逃さなかった!

 短く生まれた紅閃(こうせん)素早(すばや)(つか)み取る!

 途端(とたん)(にぎ)(つか)から強大な自己主張が(あふ)れ出す!

(な……何? この魔剣?)

 戸惑(とまど)うカーミラの精神へと、魔剣の意思が浸食してきていた!

(まるで捕食! 禍々(まがまが)しい生命体による捕食だわ!)

 沈黙のまま暴れる魔剣は、寄生するが如く彼女の内へと侵入してくる。

 肉体的にではない。

 宿主の存在そのものを取り込まんとする暴力的な支配意思だ!

(なんて魔剣! こんな化物をカリナは……!)

 ひたすらに(あらが)う!

 いま、カーミラの精神は現実世界にない。

 その魔眼(まがん)に見えているのは、高々(たかだか)と荒れ狂う怒濤(どとう)

 (ねば)()()びた赤き津波!

 街並(まちなみ)すらも()み染める破滅的なイメージは、彼女の魂さえも()(つぶ)そうと(うな)(せま)る!

 (なが)きに渡って(かて)(すす)り喰らった鮮血が、積念(せきねん)に逆襲してきているかのようであった!

(このままでは()み込まれかねない!)

 気高き意志を精神抵抗の(かせ)()き、逆に魔剣を支配せんと(こころ)みる!

 だが、彼女が抵抗を示せば示すほど、無形(むけい)の怪物は強大に()けていった!

(おとなしく(くだ)りなさい! 我が名は〝マーカラ(・・・・)カルンスタイン(・・・・・・・)〟! 誇り高き〈ジェラルダインの血族(けつぞく)〉なのですよ!)

 祖先の名と(みずか)らの真名(まな)(よりどころ)として、折れそうな戦意を立て直す!

 その直後、背後から優しき抱擁(ほうよう)を感じた。

 ひたすらに穏やかで柔らかな抱擁(ほうよう)を……。

 しかし、伝わってくる(ぬく)もりは心強いほど熱い!

(これは……ジェラルダイン?)

 確証はない。

 それでも、確信は()く。

 縁者(えんじゃ)(ゆえ)の共鳴現象とでも言おうか。

 姿無き存在からの(ちから)()えであった。

 原初吸血姫(デモン・ヴァンパイア)の魂が味方した瞬間、(たけ)赤魔(せきま)(ひる)んだ!

 たじろぐ(すき)好機(こうき)と判断し、いざ()()かんと構える。

 と、カーミラは奇妙な違和感を()らえた。

(え? これは?)

 敵の中核に〝()〟を感じる。

 しかも、それは自身に(ちから)()えする魂とまったく同質──つまり〝ジェラルダインの魂(・・・・・・・・・)〟という事になる。

(そう……そうだったの……この魔剣は……)

 矛盾(むじゅん)の中に正体の片鱗(へんりん)見出(みだ)した。

 轟音(ごうおん)()びて()し寄せる赤波(あかなみ)

 それは彼女の精神世界を()()め、全てを潮流(ちょうりゅう)に流し(つぶ)した!

 赤き鉄砲水が鎮まり引いていく。

 徐々(じょじょ)に減水していく(かさ)から、血濡(ちまみ)れの麗姿(れいし)が現れた。

 鮮血に(けが)()れる高潔(こうけつ)──白の吸血姫(きゅうけつき)は自然体に(たたず)むだけ。

 まるで何事も無かったかのように……。

 カーミラは、そこに()るだけだ。

 ──風に(なび)かれるが如く。

 ──草木と揺らぐが如く。

 ──大海に波とたゆとうが如く。

 ただ()るがままに()り、素直に事象を受け入れる。

 ただ、それだけ。

 やがて、静かに(まぶた)を開いた。

 



 精神世界での攻防は、時間にして刹那(せつな)でしかない。

 魔剣への主従権(しゅじゅうけん)を勝ち取ったカーミラは、静かに瞑想(めいそう)から帰る。

 そして、(おのれ)(はら)もろともエリザベートを(つらぬ)いた!

「がぁぁぁああああ!」

「く……ぁ!」

 激痛の共有!

 闇空(あんくう)()き上がるは赤の飛沫(しぶき)

 ようやくエリザベートは(さと)った。

 左腕は(おとり)だと!

 (はか)られのは自分の方である!

「よくも……キサマ()、よくもォォォォォ!」

 忌々しく呪詛(じゅそ)()えつつ、(つらぬ)かれた身体(からだ)(くさび)から引き()がした!

 弁圧(べんあつ)を失った傷口から、(さら)霧花(きりばな)()()る!

「グ……アアアァァァ!」

 一過性(いっかせい)とはいえ、致命的なダメージを()った。

 通常の剣なら──(いな)(たと)凡庸魔剣(ぼんようまけん)であっても〈吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)〉である自分は、ここまでのダメージは()わない。

 しかし、カリナ・ノヴェールの愛剣は、相当に強力な魔剣であった。まるで白木(しらき)(くい)に落雷を受けたかのような衝撃が、彼女の命を(むしば)んだ。それはカーミラにしても同じだろうが……。

 紫妖(しよう)(くず)れる体勢のままに急落下していく。

 もはや滞空(たいくう)する余力(よりょく)も無くしていた。

 朦朧(もうろう)(うつろ)に毒された瞳孔(どうこう)が、伏兵(ふくへい)たる(くろ)外套(マント)(とら)える。

 読唇術(どくしんじゅつ)心得(こころえ)があるわけではなかったが、少女の(くちびる)が何を刻んでいたかは読めた気がした。

 ────無様(ぶざま)だな。

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