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孤独の吸血姫   作者: 凰太郎
~第二幕~
13/26

白と黒の調べ Chapter.4

挿絵(By みてみん)

「さ、汚い所だけど遠慮すんなよ」

 リック少年は、命の恩人達を明るく自宅へと招いた。

 その構成は二階建てで、狭い敷地ながらも背高い。角石積みの壁面に、長細い窓枠。柱や鴨居には装飾意匠が彫られている。

 ゴシック建築様式を気取っているものの、カリナ達の目には全体的に安っぽく映った。経年劣化の(ひび)()れや()()りも目立つ。

「随分といい所に住んでるじゃないか」

 カリナが露骨に茶化(ちゃか)す。

 しかし、少年はあっけらかんと答えた。

「ただの安アパートだよ」

「……だろうさ」

 静かに苦笑する。

 どうやら少年は素直過ぎるようだ。言葉に含まれた(とげ)を感じ取っていない。

 カリナにしても、別に険悪な展開を期待していたわけではなかった。単に皮肉屋の性分(しょうぶん)だ。

「オイラ、ちょっと先に行くぜ。お客さんが来たのを、母ちゃんに報告しなきゃいけないから」

 リックは一足先に建物内へと駆け入った。歓迎するのが待ちきれないといった様子だ。

「そんな御気遣いをなさらなくても──」謙虚な社交辞令を返すカーミラだったが、建物内へと一歩踏み入った途端、思わず呆気(あっけ)に固まった「──あらまあ、本当に汚ないのね」

 意図せず無遠慮な浮き世離れの頭を、カリナが軽く小突(こづ)いて(たしな)める。

「う……これは」

 常に礼節を(わきま)えているメアリーも、さすがに言葉を失っていた。思わずハンカチで口元を(おお)う。

「そんなに(にお)うかよ」

「いや、そうではありませんが……しかし、失礼は重々(じゅうじゅう)自覚しながらも、つい……」

「温室育ちのオマエ達では、確かに無理からぬだろうな。潔癖な環境で暮らしていたが(ゆえ)の拒否反応ってところか」

 黒い野良は優越感ながらに柘榴(ザクロ)(すす)った。

 両者とは対照的に、こうした劣悪環境には慣れている。

 彼女達が観察するロビーは、確かに見窄(みすぼ)らしかった。あくまでも形式的な空間に過ぎないのだろう。

 中央に据え構えているのは、年季の()った登り階段。粗末な(かし)製で、軽く足を乗せるだけで鳴き(きし)んだ。

「はたして強度も疑わしいものだな」

 カリナが苦笑(にがわら)う。

 階段を()(かこ)うように、廊下が()の字に伸びていた。奥へと続く先には、これまた安板(やすいた)造りの扉が(つら)なっている。各部屋の玄関だ。

「此処は物置かしら?」

 カーミラがそう判断したのは、別に嫌味からではない。ガラクタにも見える資材の山が、廊下の(はし)で共同的に()(くず)れていたからだ。

「これも住人の家財だろうよ……一応な」

「さっきから耳障(みみざわ)りな喧噪(けんそう)が、ひっきりなしに漏れてくるのだけれど……何処の部屋かしら?」

「何処も彼処(かしこ)も……さ。庶民層の安アパートは、こんなものさ」

「まるで下品な(さか)り場ね」カーミラが(あき)れ気味に漏らす。初体験した庶民の生活環境は、あまりに未知な別世界であった。「それにしてもギャップが(すご)いわね。外観は申し分ないのだけれど」

「この()()()()()()()()じゃないかよ」

 カリナの(あざけ)りに、カーミラの表情が不快に曇る。

 顔を(そむ)けた皮肉屋は、微々(びび)と肩を震わせていた。含笑(ふくみわら)いを噛み殺しているのは明らかだ。

「何やってんだ? 早くおいでよ?」

 階上の手摺(てす)りから少年が顔を(のぞ)かせる。

「どうやら二階がアイツの住処(すみか)らしいな」

 迷わず階段を踏み出すカリナに、カーミラとメアリーが戸惑(とまど)いつつ続いた。




 リック家族の部屋は、二階の一番奥になる。

 カリナは声を押し殺し、カーミラへと語り掛けた。

「改めて招き入れられたのは、偶然ながらも(さいわ)いだな」

「ええ。古来より〈吸血鬼〉は、生者(せいじゃ)の家へ入る(さい)家人(かじん)の許可を最初に得なければならない──それが〈魔〉としての(ことわり)ですものね」

「ま、以降はフリーパスだがな」

 ()くして立ち入った部屋は、実に質素な印象であった。

 薄いコンクリートを基盤とした心許(こころもと)ない内壁(うちかべ)。重厚な造りは外観に限った話のようだ。天井で塵被(ちりかぶ)りとなった(かさ)付き電灯は、おそらく、あまり使われていない。

 それを推察したカーミラが、少年へと疑問を向ける。

「節電中なの?」

「いいや。けど、普段は蝋燭(ろうそく)かランタンさ」

 (ふる)()けたランタンを(とも)す作業ながらに、リック少年は答えた。

「電気ぐらい使えばいいのに……。供給されているでしょう?」

 電力供給は、カーミラが掲げる共存政策の一環である。

 大時計塔(ビッグ・ベン)を改装利用した風力発電だ。それを旧暦遺物たる電線を(かい)して、ロンドン中へと供給している。

「まだまだ全然、電力が弱過ぎるんだよ。実用的な供給力じゃない。だから、冷蔵庫とかを優先的にしてるのさ。貴重な食べ物が腐っちまう方が痛手だからね」

「……そう」

 少女領主は消沈気味に(むす)び、それ以上は会話を広げなかった。

 いや、広げられなかった──傍目(はため)のカリナは、そう看破(かんぱ)する。

(リックが提示したのは実状報告に過ぎない。それでもコイツには、痛恨(つうこん)一矢(いっし)だっただろう──失策の再自覚に(ほか)ならないからな。白木(しらき)(くい)で心臓を(つらぬ)くよりも効果的な殺し方だ)

 同情は両者に対して等しく()いた。

 が、(いたずら)に介入する気も無い。

(答えを見出すのは、結局、本人次第だ)

 達観(たっかん)的持論に割り切り、会話の手綱(たづな)を握る。

「オマエ、家族は?」

 油芯(ゆしん)の寿命が限界に近いのか、リック少年は作業集中の片手間に答えた。

「オイラと母ちゃんの二人暮らしさ」

「父親は?」

「オイラが小さい時に殺されたらしい。だから、顔も知らないや」

 その抑揚には、特に感慨(かんがい)も感じられない。思い出すら無いのだから無理からぬ。

「デッドに……か?」

「ううん。吸血鬼にさ」

「っ!」

 少年の独白に衝撃を受けるカーミラとメアリー!

 それは自責(じせき)や罪悪感に近い感覚であった。

 少年に他意があったわけではない。単に〝事実〟を示しただけだ。

 それを理解していても、何故か後ろめたかった。

 一方で、カリナは(しゃ)に構えた態度を(かざ)る。

「吸血鬼共の(かん)にでも(さわ)ったかよ?」

「さあね。けど、特に理由なんて無かったかもな。アイツ等にとっちゃあ、オイラ達なんて所詮(しょせん)はオモチャなんだろうしさ」

 カーミラとメアリーの脳裏には、先程の末端達が思い浮かんでいた。

(ああした連中は、もっと以前から横暴を振る舞っていたのかしら)

 ()(がゆ)沈思(ちんし)に暗い瞳を落とすカーミラ。

 そうした反応の機微(きび)を、カリナは見逃さなかった。

「では、家計は母君(ははぎみ)とそなたが?」

 メアリー一世の()()けに、手を休めたリックが苦笑を返す。

「なんか変な呼び方だなあ。ま、いいけど。母ちゃんは働けないから、オイラが(かせ)いでる」

「そなたが? 一人でか?」

「ああ。母ちゃん、病気で寝たきりなんだ。それでオイラが……さ」

「なんと、子供の身で……」思わず強まる(あわ)れみ。「して、仕事は? 子供の身では、そうそう見つからぬのではないか?」

「基本、日雇(ひやと)(かせ)ぎ。仕事選ばずの使い捨てなら、結構あるんだぜ」と、それまで楽観的口調だったリックは神妙に声を押し殺した。「あんまり大きな声じゃ言えないけど、ちょっとヤバめの仕事とかもさ。中身不問の物品受け渡しに、墓暴(はかあば)きの手伝いとか……母ちゃんには内緒だぜ?」

 一瞬、メアリーの表情が嫌悪感を呑む。王室育ちの厳格な性分(しょうぶん)(ゆえ)であった。

 しかし、改めて実状を噛み締めると、気持ちを切り替えざる得ない。

(いや、そこは不問とせねばなるまい。人生経験未熟な少年が家庭の柱と奮闘するは、()むに()まれぬ事情によるもの──ともすれば、仕方あるまい。そもそも、そうした劣悪な環境は、我等〝支配層〟のせいなのだ。責められるはずもない)

 小休止を終えて作業再開するリックに、またもカリナが会話を(さそ)う。

(さら)には配給の受け取りに、闇市(やみいち)への買い出し……か? オマエも大変だな」

「まあね。けど、慣れたよ」ようやく息吹(いぶ)いた油灯(ゆとう)を手に、少年は別室への扉に客人を招いた。「さ、こっちの部屋だよ。母ちゃんに紹介するから」





 通された部屋は、()して変わらぬ貧相さであった。

 ただし、個室(ゆえ)(さら)狭苦(せまぐる)しい。それこそ〝物置〟と錯覚できる。

 換気も(まま)ならないのか、鼻腔(びこう)に届く空気も乾き(にご)っていた。曇った(まど)硝子(ガラス)寄りにベッドが()えられている。

 そこに寝たきりとなっているのが、少年の母であった。

 リックは母親へと〝友人〟を紹介する。その抑揚は誇らしげに自慢するかのように明るい。

「母ちゃん、紹介するよ! こっちがカリナ! 前に話しただろ? オイラを救けてくれたって……」

「別に救けたわけじゃない。ただの退屈(たいくつ)(しの)ぎに、オマエという()()()が付いてきただけの事だ」

「チェ、素直じゃないなあ」不服そうに口を(とが)らせながらも、リックは嬉しそうだった。「んで、こっちの二人が……えっと……」

「……………………」

 いざ紹介という段階になって、少年は手際の悪さを思い起こす。新しい友人達の名前を聞いてなかった事を。

 しどろもどろになる少年へと助け船を出したのは、カリナの悪戯(いたずら)(ごころ)であった。

「〝マリカル〟と〝リャム〟だ」

「ちょ……っ?」「カ……カリナ殿?」

「ちゃんと(ことわり)(のっと)ってアナグラム名だ。悪くは……プッ……あるまい」

 寝耳に水とばかりに狼狽(うろた)える二人を見て、(くろ)野良(のら)は含み笑いを噛み殺す。

 そんな(たわむ)れの一幕へ半身(はんみ)を起こし、少年の母が挨拶を向けた。

「これはこれは、こんな汚い所へわざわざ……。それに、カリナ様には息子が大恩を受けまして、どのようにして恩返しをしたら良いものやら…………」

 瞬時に働くカリナの洞察眼──身体(からだ)を引きずるような動作から、かなり重く病んでいる。

「じゃあ、おとなしく(いびき)でも()いてろよ」

 一転して放つは、あまりに冷た過ぎる()(ぐさ)

 それまで友好的だったリックも、これには憤慨(ふんがい)(あらわ)にした!

「な……なんて事を言うんだ! いくらカリナでも、母ちゃんをバカにするのは許さないぞ!」

「カリナ殿、いまのは流石(さすが)非礼(ひれい)過ぎますぞ!」

 どうやらメアリーも同感のようだ。

 それを見た生来(せいらい)の憎まれ役は、少しだけ安心した。

 だからこそ、表情ひとつ変えずに続けられるというものだ。

「無理した社交辞令など鬱陶(うっとう)しいだけだ。(わずら)わしいのは好かんのさ」

 突き放すように吐き捨てると、(くろ)外套(マント)は一足先に寝室を出た。

「……カリナ」

 扉の向こう側へと(なび)き消える黒波を、カーミラは悲しそうに見つめる。

 一方で、少年の怒りは収まりそうもなかった。

「こ……のっ!」

 後追いで殴り掛からんばかりに憤る!

 その腕を(つか)んで制止したのは、(ほか)ならぬ母親であった。

 温厚な表情は息子に反して怒りになく、ただ(おだ)やかに優しい。

 刺々(とげとげ)しい態度の裏に(ひそ)む真意を()めたのは、病を(わずら)う母親当人とカーミラ・カルンスタインだけであった。




 雑多に小汚いダイニング。使い古された鍋やフライパンが、シンクの貯め水に積み重なっている。樫製の円卓にシミと化しているのは、質素な食事の(かす)だろう。それらの汚さは、日々(つむ)がれた(せい)痕跡(こんせき)

 (かろ)うじての配電によって機能している冷蔵庫は、しかし、内側を覗くまでもなく()いているはずだ。

 家財道具は(ことごと)(ほこり)と汚れにまぶされていた。(やまい)()せた母と子供の家庭では、とてもこまめな掃除までは行き届かないようだ。

 卓上へと置いた燭台(しょくだい)がゆらゆらと灯りを息吹(いぶ)き、暗い室内に無数の陽炎(かげろう)を踊らせる。熱に溶ける(ろう)(くさ)さが鈍く鼻腔(びこう)を刺激した。

 (さび)しい静寂の中で、カリナは頬杖に座る。

「長くはない……か」

 独り黙想へと(ふけ)り、(うれ)いて呟いた。

 母親の方は自覚があるようにも(うかが)えたが、少年は知る(よし)も無いだろう。いずれ訪れるかもしれない〝忌避(きひ)したい可能性〟に対して、それなりの覚悟があるだけだ。

 無垢(むく)な瞳でレマリアが問う。

「おばちゃん、しんじゃうの?」

「ああ、そう長くはない」

 優しく子供の髪を撫でてやるのは、自身への(なぐさ)めの転嫁(てんか)であろうか。

 (ある)いは、またひとつ胸中(きょうちゅう)へ刻まれた(むな)しさからの逃避(とうひ)かもしれない。

「なんで?」

「おそらく原因は栄養失調辺りだろうが、それはあくまでも引き金に過ぎんだろう。それによって抵抗力が慢性的に弱まり、内在する(やまい)が表層化した……といったところか」

「なんのびょーき?」

「さあな、私は医者じゃない」

「それって、イタいイタい?」

「……さあな」

 痛いとすれば〝心〟だ。

 息子を置いて()く母親の痛み──たった一人の母を失う少年の痛み──そして、カリナ自身の無力感を(ともな)う痛み。

「リック、かあいそうね?」

「……そうだな」

 レマリアは、保護者の脚へコロンと頭を預けた。

 事態など理解していない。

 ただ何となしに甘えたくなったようだ。

 親指を吸いながら自分を(した)う子供を、若き母性が優しく撫でてやる。

 はたして自分には、この子との別離(わかれ)を受け入れられるものだろうか──そんな寂しい想いを(いだ)きつつ。

 静かに扉が(きし)み開いた。

 カーミラだ。気配で分かる。

「お母様、寝たわ」

「そうか」

「彼、相当怒っていたわよ?」

「……そうか」

「お母様が懇々(こんこん)(なだ)めてはいたけれど……ね」 

「構わん。別に誰からも好かれようと思った事など無い」

 あまりにも寂しい孤高──カーミラは、心優しい嫌われ者が(いと)しくなる。

 沸き立つ衝動に気持ちを(ゆだ)ね、背中からカリナを抱きしめていた。

「それは、わたしもなの?」

 甘い吐息は〈魅了(チャーム)〉を()がせるかのように(ささや)く。

「……そうだ」

 (ゆる)やかに首元へと(から)まる白い腕に触れ、カリナは押し殺した感情に呟いた。

「つれない事を言うのね」

「私にはレマリアがいる。コイツがいれば、それでいい」

 カリナが自己愛に撫でる組脚(くみあし)を、カーミラは想いを含んだ眼差(まなざ)しに盗み見ていた。

(でもね、いつかは貴女(あなた)も別れなければいけないのよ……カリナ・ノヴェール)

 抱擁(ほうよう)(かさ)なる少女達の影が、(いつく)しみと寂しさを分かち合う。

 と、不意に窓が(あか)を吠えた!

 静寂を破ったのは、明らかに異常事態の発現!

「何だ!」

 咄嗟(とっさ)に席を立ち上がるカリナ!

 窓へと駆け寄って外の様子を(うかが)うと、灼熱(しゃくねつ)(した)が街を蹂躙(じゅうりん)していた!

「いったい何事なの?」

 背後から覗くカーミラにも、困惑の色が浮かんでいる。

「カリナ殿! カー……マリカル様!」血相を変えたメアリー一世が、隣の部屋から飛び込んで来た。リックも一緒だ。「何が起こったのですか?」

 狼狽(うろた)えるメアリーへ、カリナが(くちびる)()みに返す。

「知るかよ。だが、ただの火災じゃないようだ」

 カリナが(あご)()(しめ)す先には、炎の街路を歩き進む幽鬼(ゆうき)的な群衆の姿!

 (しん)(がた)い光景に、カーミラは驚愕の声を上げた。

「まさかデッドが?」

「いや、違うな。奴等の手を見てみろよ」

 各人の手には、剣や(かま)などの簡易的な武装が握られている。

 彼等は()()を振るい、逃げ惑う人々を虐殺(ぎゃくさつ)していった。

「デッドには道具を扱うだけの知恵や記憶は無い」

「じゃあ、()()は何なのかしら? まさか他国怪物による侵攻?」

「さあな。しかし〝死人〟には変わりないようだ」

「どうして断言できるの?」

「自我損失・倦怠(けんたい)的動作・損傷不感──〈死人(しびと)(がえ)り〉としての主要条件は全て(そな)えている」

 正直、カリナには心当たりが無いわけでもない。

 欧州(おうしゅう)(けん)概念(がいねん)だけに特化(とっか)しているカーミラ達は(うと)いだろうが、()しくも自分はハイチのブードゥー教には多少詳しくなっていた──不本意だが、あの下衆(ゲス)のせいで。

(おそらく〈ゾンビ〉か……)

 アレが〈デッド〉でないならば、十中八九(じゅっちゅうはっく)、間違いないだろう。類似(るいじ)的特徴からは、それしか思い浮かばない。

 一瞬、ゲデの暗躍かとも考えた。

 だが、それは有り得ない話だ。

 あの狡賢(ずるがしこ)口八丁(くちはっちょう)が、表舞台(おもてぶたい)で反乱を仕掛けるはずもない。

 そんな面倒を()くぐらいなら、誰かをけしかけて漁夫(ぎょふ)()を狙う──そういう小賢(こざか)しい奴だ。

「数にして二〇体程度かしら?」

「いや、六〇体はいるだろうよ」

「それって見た感じより多過ぎなくって?」

「視覚認識の情報よりも、最低限二倍~三倍程度は見積もれよ。目に見える範囲だけが総てではない。初歩的な鉄則だ」

 意思持たぬ集団殺人鬼は、次々と無益(むえき)虐殺(ぎゃくさつ)を繰り返していた。回る火の手が怯え隠れる(うさぎ)(いぶ)り出し、殺戮人形の(むれ)へと追い込む。

 赤子(あかご)を抱いた母親が、背中から(なた)で斬り殺された。我が子を抱え(うずく)まる亡骸(なきがら)──泣きじゃくる赤子(あかご)──その泣き声も(ほど)なくして途絶(とだ)える。

 階下の惨劇を、カリナは(にら)み続けた!

 沸々(ふつふつ)芽生(めば)える激情!

 そして、意を決する!

「いずれにせよ、看過(かんか)はできまいよ」

 颯爽(さっそう)(くろ)外套(マント)(ひるがえ)す。

「行くの?」

 察したカーミラの()いに、憮然(ぶぜん)とした不敵が答えた。

「勘違いするな。ただの暇潰(ひまつぶ)しだ」

「そう……じゃあ、わたしも暇潰(ひまつぶ)しかしらね」

 愛用の茨鞭(いばらむち)を手に、(しろ)外套(マント)が並び立つ。

「勝手にしろ」

 静かな戦意に染まる二人の吸血姫(きゅうけつき)

 それに触発されたメアリー一世も、即座(そくざ)に加勢の意を示す。

「では、(わたくし)も!」

「いや、オマエは此処へ残れ」

「カリナ殿?」

「万ヶ一……という事もあるやもしれん。不測の事態が起きたら、オマエが守ってやれ」

 言い残して(あゆみ)を刻み出す。

 その時、(こら)えきれずに声を掛けてきた者がいた。

 それまで蚊帳(かや)(そと)だったリックである。

「あ、カ……カリナ!」

「何だ?」

「そ……その、さっきは…………」

 そこまで口にしながらも、それ以上は言葉が(つむ)げなかった。

 後悔を抱く少年が(こころ)(くる)しげに視線を落とす。

 仲直りをしようと自分へ言い聞かせていた──にも関わらず、肝心な時に勇気を(ふる)えない。弱さへの自己嫌悪と、もどかしさ。

 カリナは少年の躊躇(ちゅうちょ)を肩越しに見つめていた。

 そして、やがて静かな口調に(めい)ずる。

「オマエは母親の(そば)にいてやれ」

「え?」

「余計な心配を(いだ)かせぬように、オマエが不安を払拭(ふっしょく)するんだ。できるな?」

「う……うん!」

 決意を込めて、力強く返事をする。

 その気負(きお)った表情を見ると、カリナは薄く微笑(ほほえ)んだ。

 少年は思い出す──初めて彼女と出会った時を。

 いまのカリナの表情は、あの時と同じものであった。

 柘榴(ザクロ)を分け与えてくれた、あの瞬間(とき)と……。

 だからこそ、少年は(さと)った──肝心(かんじん)の言葉は()わせなかったものの、自分とカリナは(こころ)(つう)じあったのだ……と。

「さて、足手(あしで)(まと)いにはなってくれるなよ」

「あら、それはわたしではなくってよ?」

 見送る戦姫(せんき)達の後ろ姿は、美しくも凛々(りり)しい。

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