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孤独の吸血姫   作者: 凰太郎
~第二幕~
12/26

白と黒の調べ Chapter.3

挿絵(By みてみん)

「チクショー! どうしてオイラは、こうなんだよ!」

 リック少年は自らの不運を呪った!

 死に物狂いで街路を駆け抜ける!

 振り返ると、追っ手の三人組は加虐心に(みなぎ)っていた。

 居住区を見回り警護する衛兵──(すなわ)ち〈下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイア〉だ。

「待てよ! ボウズ!」

「オレ達ァ、オマエ等〈人間〉を守ってやってるんだぜ? 少しは御褒美(ごほうび)があってもいいだろうが……へへへ!」

 要するに「オマエの血を吸わせろ」という事だが、冗談ではない。

 そもそも、対デッド警護は無償(むしょう)政策だ。

「オイラ〝血税(けつぜい)〟なら、ちゃんと(おさ)めてるよ!」

 怪物が統治する闇暦(あんれき)の国々では、(ぜい)の在り方も人間社会とは異なる。要求されるのは(おも)に支配怪物の(かて)となる物であり、此処ロンドンでは〝()〟だ。月一回は徴税隊(ちょうぜいたい)による強制採血(きょうせいさいけつ)が行われ、それが居住区在住を認可する(ぜい)として扱われる。

 いつしか誰とでもなく呼称し始めたが、文字通り〝血税(けつぜい)〟だ。

 それは吸血鬼達に給与として割り与えられる。

 だが、当然ながら均等(きんとう)とは言えない。階級格差による等分比率は、人間社会に()ける()()と変わらなかった。

 (ゆえ)下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアには、こうした横暴も(まれ)に現れる。種族的優位性と官軍的(かんぐんてき)(おご)りによる腐敗(ふはい)だ。(おおやけ)にさえ知られなければ良いというのは、人間社会から受け継がれた()の組織伝統かもしれない。

 ともかくリックは、そうした(たち)の悪い連中に目を付けられた。

 追撃状況を確認すべく、少年は振り返る。衛兵達には諦める気配も疲労の様子も無い。元来(がんらい)、体力の底値も人間とは違うのだろうが……。

「ぅあ?」

 疲労困憊で足が(もつ)れ、派手に転んだ!

 背後に気を取られたのは失敗だった。

 土煙(つちけむり)の中で痛みを(こら)えて(うずく)まる。

 ややあって追いついた足が、何者かは言うまでもない。

「おいおい、大丈夫かァ~?」

「素直に言う事を聞いてりゃあ、痛い目を見ないで済んだのによ~?」

 好き勝手に茶化し並べる下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイア達。

 (ひざ)から流れる(わず)かな血を、一人が指で(すく)()めた。

「あらら、勿体勿体(もったい)ねぇ」

「だよな。オレ達〝下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイア〟は、常に満足のいく食事にありつけねえってのに」

「おまけに脆弱で下らねぇ人間なんかを、無償(むしょう)警護(けいご)しなきゃならねぇなんてよ……貧乏クジそのものだぜ」

「オ……オイラ〝血税(けつぜい)〟は、ちゃんと……」

「オマエ、人の話聞いてる? オレ達は『()()()()()()()()()()()()()()』って言ってるんだぜ?」

「そんな配分、オイラの知った事じゃ……」

「この際、配分量はいいんだよ。とっくに諦めてるさ。ただ、スパイスが足りねぇのさ。味だよ! 味!」

「要するに〝味付けの無いステーキ〟を食ってるようなモンだ。空腹感の()しにはなるが無味(むみ)乾燥(かんそう)──如何(いか)好物(こうぶつ)でも食った気するか? あん?」

「つまり、オレ達が欲しいのは──」「──恐怖と悲鳴だよ!」

 恐ろしい本性を()()しにする魔物達!

 口角(こうかく)耳元(みみもと)まで大きく()け、歯茎(はぐき)が別生物のように()()した!

 ズラリと並び生える(ワニ)のような鋭歯(えいし)

 爛々(らんらん)とした赤い目は、血に飢えた魔獣そのものだ!

 理性無き狂気に染まっている!

「う……うわぁぁぁああ!」

 少年が叫ぶ!

 恐怖に!

 戦慄に!

 それぞまさに、彼等の望んだスパイス(・・・・)! 

 (いや)しい欲望を()らす牙が、少年の喉笛(のどぶえ)へと噛みつかんとした瞬間──「随分(ずいぶん)と安物のスパイスだな」──不意に割り込んだ少女の声が、鮮血の(うたげ)に水を差した。

 得体の知れぬ声に血獣(けつじゅう)達の動きが止まる。

 だが、少年だけは聞き覚えがあった!

 月明かりの一角で、壁へと()(もた)れる華奢(きゃしゃ)な影──。

 柘榴(ザクロ)(かじ)りの不敵な傍観(ぼうかん)()──。

 吹き抜ける風に(なび)くツインテールと(くろ)外套(マント)──。

 まるで再現の如き光景が、少年の視界を(にじ)ませる。

「カ……リナ?」

「やれやれ……つくづく襲われるのが好きだな、オマエ」

 少女は(あき)れ気味にボヤくと、物臭(ものぐさ)そうに身を起こした。

 相変わらずの(ひねく)れた態度。

 けれど、その裏に隠された心根(こころね)を少年は知っている。

 あの日の〝柘榴(ザクロ)〟を通じ……。

 だからこそ、安心して(ゆだ)ねる事できた。

「な……何だ、テメエ?」

 寸分(すんぶん)(たが)わず聞き覚えのある安い口上(こうじょう)

 が、そこに性蔑(せいべつ)的な(あなど)りはない。

 同属(どうぞく)(ゆえ)の感知だろうか、彼等は少女が()()である事を察知したようだ。

「どいつもこいつも……キサマ達のような(やから)は、同じ台詞(せりふ)しか吐けんのか? それとも、そういうルールでも流行(はや)ってるのかよ?」

 無造作に近付いてくる少女を警戒し、吸血鬼達が身構える。

 と、今度は背後から女性の声が聞こえた!

「まさか、衛兵まで腐敗していたとは……」

 汚職衛兵達が振り向くと、そこには新たな介入者が二人──清廉そうな(しろ)外套(マント)の少女と、厳格な気品を漂わす(あか)外套(マント)の淑女だ。

 声の主は、おそらく(あか)外套(マント)の方だろう。

「コ……コイツ等?」

 いつしか彼等は、逆に包囲される形になっていた。

 (しろ)外套(マント)が心底失望(しつぼう)して(なげ)く。

「本当に我ながら情けないわ」

「何も貴女(あなた)だけのせいではありますまい。(うと)むべきは、これら()ずべき汚点(おてん)愚劣(ぐれつ)さです」

「これは、やっぱり責任を取るべきでしょうね」

僭越(せんえつ)ながら、(わたくし)も……」

 何気(なにげ)に聞き逃せない決断へ、カリナが不服を(はさ)んだ。

「オイ、これは私の(きょう)だぞ」

頭数(あたまかず)は合ってるんだから、一人づつで(よろ)しいんじゃなくて? それに傍観(ぼうかん)だけじゃ寝覚(ねざ)めが悪くてよ」

「フン、勝手にしろ」

 不機嫌に投げる。

「な……何なんだ、コイツ等?」

 衛兵達は不気味さを味わっていた。不敵な会話は、自分達を歯牙(しが)にも掛けていない。

 途端、彼等の一人が驚嘆(きょうたん)を発する。

「あっ!」彼は仲間の存在すらも畏怖に忘れ、ただ小刻みに震えだした。ただでさえ生気(せいき)のない顔が、(さら)()()を失う。「ち……違……オレ、違うんです!」

 明らかに恐怖を()びた叫びを残して、彼は一目散(いちもくさん)に逃げ出した!

「一人減ったぞ」

 (くろ)外套(マント)が不満そうに(うと)む。

「じゃあ、これ以上減る前に始めましょうか?」

 清純な微笑(ほほえ)みと共に、白麗(はくれい)の少女は愛用の荊鞭(いばらむち)を取り出した。




 命辛々(いのちからがら)()(おお)せた(ヴァンパイア)は、ようやく心拍を整えていた。

 相当に距離を(かせ)いだ場所で、建物へと背中を預ける。

 過敏(かびん)に怯えた魂が自身の気配を殺させた。

「ま……間違いねぇ。アレは──」

 城主〝カーミラ・カルンスタイン〟に(ほか)ならない。

「生きた心地がしなかったぜ」

 あまりに強大で格違いな妖気を、まざまざと見せつけられた気がした。

 (さいわ)いにも正体を(さと)れたのは〈魔〉の本能だ。おかげで、より鋭敏な感覚に察知できた。

 彼女達にしてみれば、威嚇(いかく)したつもりもないだろう。ただ普段通りに振舞(ふるま)っていたに過ぎない。それでも強烈な圧であった。

「へっ……へへっ……」

 自然と乾いた笑いが零れ始める。身の安全を確保した実感からだろうか。

 否、それは精神的自衛かもしれない。骨身(ほねみ)に染みた恐怖を誤魔化(ごまか)すための……。

()()に気付けないなんて、アイツ等は間抜(まぬ)け過ぎるぜ」

 置き去りにした仲間達へと(あざけ)りを手向(たむ)けた。精一杯の現実逃避であり、取って付けた自己弁護だ。そうでもしないと罪悪感を割り切れない。彼等の絶望的な末路(まつろ)は見えているのだから。

 スゥと(ほほ)()でられた気がした。冷ややかな感触だ。湿(しめ)った風の(たわむ)れ──ではない!

「ひっ?」

 はっきりとした体感を確信し、思わず()退()き構えた!

 先程まで背後に在った暗がりから気配を感じる!

 (のが)(おお)せたはずの強大な妖気を!

 硬い足音を響かせ、戦慄の魔性が歩み出てきた。

 血のように真っ赤な外套(マント)が!

「仲間を見捨てて逃げるとは、どうやら最も恥ずべき下郎(げろう)は貴様のようだな」

 深紅のロイヤルドレスに身を包んだ凛然たる美貌──〝ブラッディ・メアリー〟だ!

「勘弁して下さい! アイツ等に(そそのか)されて!」

(さら)には保身に仲間を売るか……見下げ果てた性根(しょうね)如何(いか)なる理由とて、貴様達が領民に暴虐(ぼうぎゃく)を働いた(とが)は消えぬ」

「た……たかが、ガキ一人じゃないですか」

「たかが?」聞き捨てならぬ暴言に、メアリーの細眉がピクリと反応した。「その〝たかが〟の(とうと)き血によって、我等の(せい)(つな)がれている。なればこそ、血の重きを知らねばならぬ。『血は命なり』だ」

 これ以上は何を主張しても無駄と(さと)る。赤の吸血妃は、あまりにも人間へ肩入れし過ぎていた。

「な……何が『血は命なり』だ!」

 ヤケクソな叫びを吠えて、吸血妃へと斬り掛かる!

 衛兵の武装として携えた凡庸(ぼんよう)魔剣(まけん)だ!

 メアリーに動じる様子は無い。

 迫る狂犬を冷ややかな蔑視(べっし)で捕らえ続け、そして──!

「なっ? 消えた?」

 瞬間的な異変だった。

 (やいば)()いたと思えた瞬間、彼女は赤く霧散(むさん)したのだ!

 実体が消えたとはいえ、その存在が周囲に(ひそ)むのは確かだった。

 例えようもない不安に踊らされ、一心不乱の剣が狂う!

「ドコだ! チクショウ! ドコに消えた!」

 下級吸血鬼レッサー・ヴァンパイアである彼は霧化(きりか)(おろ)か、霧化(きりか)した存在を察知する事も(かな)わなかった。上級(エルダー)下級(レッサー)(ゆえ)の絶対的な魔力差だ。

 ひたすら空を斬る必死な抗いは、無様で滑稽(こっけい)な踊りにしか映らない。

「チクショウ! チクショウ! チクショウ!」

 次第(しだい)涙声(なみだごえ)()した罵倒(ばとう)に彼は狂い続けた。手応(てごた)えは無い。

 やがて緩慢(かんまん)()した動きの(わず)かな(すき)が、彼の命運(めいうん)を終わらせる。

「ヒィ!」

 しなやかな指がヒヤリと(ほほ)()でた。背中で感じる弾力に()(ふく)らみは、女性の()()だ。

 いつの間にか赤の吸血妃は背後へと現れ、処刑の抱擁(ほうよう)(にえ)を捕らえていた。

「何か言い残す事はあるか?」

 耳元(みみもと)で甘く(ささや)かれる破滅への(いざな)い。

「オ……レは……」

「フム、貴様は?」

「け……敬虔(けいけん)なカトリック信者なんです」

 情けない泣き(つら)へ、美しき冷笑(れいしょう)(こた)える。

「もうよい」

 鈍い砕骨音(さいこつおん)と共に、彼女は価値無き首を(ねじ)千切(ちぎ)った。

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