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孤独の吸血姫   作者: 凰太郎
~第二幕~
10/26

白と黒の調べ Chapter.1

挿絵(By みてみん)

 ロンドン塔在城五日目──さすがのカリナも退屈と鬱憤(うっぷん)が溜まってきていた。

 仕方なしとばかりに、今日は裏庭の薔薇(バラ)園で(ひま)を潰す事とする。

 彼女にとっては、貴重(きちょう)な憩いの場所だ。

「わあ!」あまりの華やかさに、レマリアが目を輝かせた。「カリナ? おはな、いっぱいよ?」

「まあな」

「これ〝おはなばたけ〟よ?」

「……薔薇(バラ)園だ」拙ない解釈を訂正しながらも、はたと思い起こす。「ああ、そうか。オマエを連れてきたのは、今回が初めてだったな」

「そうよ、はじめましてなのよ」

「この場所を見つけたのは、敵情視察を兼ねた城内散策の際だったからな。つまり、その頃は日々サリーに預けていたはずだ」

「…………」

「…………」

「………………」

「…………何だ?」

「……カリナ、ずるい」

「別に(ずる)くはないだろう」

 手入れの行き届いた薔薇(バラ)達の香りは、確かな〝生〟を謙虚に微笑んだ。その微々たるも強い自己主張を感じながら、心静かにくつろぐ時間──それは悠々と流れ過ぎ、(かたく)なに攻撃性を鎧とする少女の気構えを裸にさせた。何処に於いても忌避(きひ)される疫病神の、人知れぬ(なぐさ)めでもある。

 園の中央に設けられているのは大理石造りの東屋(あずまや)。その内には石卓が据えられた仕様となっている。

 背高く囲む薔薇(バラ)の生け垣は、赤と黒のコントラストが美しい。それは保養意識のみならず、周囲から視界を(さえぎ)るプライバシー保護壁としても機能していた。

 石卓へと席を取ったカリナは、頬杖ながらにレマリアを見守る。

 幼女は色とりどりの薔薇(バラ)に強い好奇心を向け、(なま)の花弁や葉に触れては喜んでいた。

「ま、感受性を育てるに自然は大事か」

 柘榴(ザクロ)を嗜好しつつ、独り納得に落ち着く。

「やはり此処にいらしたのね?」

 不意に鈴音のような美声が向けられた。

 それを耳にした途端、カリナは鎮静化していた気性を呼び起こす。正体知れぬ声の主を、敵意と警戒心が追い睨んだ。

 と、カリナの表情から敵対的な険が消える。

 別方角の入口から訪れた麗姿は、カーミラ・カルンスタインであった。

「探したわよ? カリナ・ノヴェール」

 白い高貴は慣れた足取りで石畳(いしだたみ)を渡り、東屋(あずまや)へと歩み寄る。

「何か用かよ」

「そうねえ、例によって〝暇潰(ひまつぶ)し〟かしら?」

 さらりと(とげ)を流し、そのまま正面へと相席する。

 カリナが露骨に牽制を向けるも、カーミラは気にも留めていない。柔らかな微笑(ほほえ)みで()わすのは、どうやら彼女の得意技のようだ。

 この数日間、少女城主は宣言通り〝暇潰(ひまつぶ)し〟を(きょう)じるようになっていた。時間にしてそれほどでもないが、(ひま)を見つけてはカリナの(もと)へと訪れている。日々募る鬱積(うっせき)にとって、この世間話は至極(しごく)有益な時間のようだ。

「〈レマリア〉は、御元気?」

「フン、あそこにいるだろうさ」

 (せい)の息吹に一喜一憂する無邪気を、カリナは投げる目線で示した。

 それを一瞥(いちべつ)に追ったカーミラは、()して関心を抱かぬまま話題の転換を(うなが)す。

随分(ずいぶん)と此処が御気に入りのようね?」

「最初の内こそは物珍しく見る場所も多々あったがな。次第に飽きが生じてきたのさ」

「あら、そう? ロンドン塔は格調高い内装を意識しているのだけれど……貴女(あなた)御眼鏡(おめがね)には叶わなくて?」

「同時に、幽然とした虚無感が蔓延している。(いた)る空間は日常的に霊気を帯び、どうにも辛気(しんき)(くさ)い。活気の欠落ってヤツだな」

 安っぽい自賛へと一矢(いっし)(むく)いてやった。

 カーミラが柔和を含んだ苦笑(にがわら)いに肯定する。

「そこは無理もないかしら。何故なら〝活気〟とは、(すなわ)ち〝()ける者の活動力〟ですからね。如何(いか)生者(せいじゃ)と近しい存在ではあっても、城内に住まう者達は〈吸血鬼〉──わたし達〈不死者(ノスフェラトゥ)〉には、真の意味での〝生命(いのち)〟など内在していないもの」

「そうした()びしさが満ちる城内に於いて、此処には唯一〝生命(いのち)息吹(いぶき)〟が在るのさ」

「そろそろ城外へと出向きたいところかしら?」

 見透かすような(かま)()けは正直面白くない。カリナは不機嫌そうに顔を(そむ)けた。

如何(いか)に私でも、キサマとの約束を反故(ほご)とする気は無い」

「あら、嬉しいわ。一応は、わたしの立場を尊重(そんちょう)してくれているのね」

 小悪魔的に喜色(きしょく)を浮かべると、カーミラは薄暗い空を仰ぎ眺めた。

 覆う暗闇は相変わらずだが、雲間には微弱な陽光が()している。

 されども、それは重厚な闇の濃度に呑まれ、全体的な光景としては灰暗(ほのぐら)い。

「今日は比較的明るいわね」

「真っ昼間から巨眼が鬱陶(うっとう)しいが……な」

 永劫に晴れない闇とはいっても、時間帯による微少な変化は存在する。日中にはうっすらと霞掛かった陽光が差して曇天(さなが)らになるし、黄昏刻(たそがれどき)ならば黒雲の波間にまばらな夕陽が茜の(いろど)りを添えた。いずれにしても、黒雲は邪魔立てる。

闇暦(あんれき)世界への変貌に感謝するとしたら、日照死の怖れなく陽光を拝める事かしら。ダークエーテルのベールによって弱体化した()の光は、もはや吸血鬼を焼き殺す威力を発揮しないし……」

「キサマのような〈血統(けっとう)〉には関係ないだろうよ」

 軽く鼻で笑う。

「あら、よく御存知(ごぞんじ)ね。わたしの事を……」

「名だたる〈怪物〉に限っては、基本的な情報を頭へ叩き込んである。でなければ、物騒な闇暦(あんれき)を渡り歩けるかよ」

 カリナが()す〈血統(けっとう)〉というのは、始祖(しそ)たる〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉の直系(ちょっけい)子孫(しそん)の事だ。吸血鬼の歴史は原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)から始まった。ギリシアの大蛇妖〝エキドナ〟や、ヨーロッパ圏の悪魔女王〝リリス〟等──多くの原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)は、神話上の存在と化している。もはや〈魔神〉とでも称する方が相応(ふさわ)しい。

 とはいえ〈血統(けっとう)〉は、直接的な親子関係になるわけはない。悠久の世代を越えた隔世(かくせい)遺伝(いでん)である。

「実際に陽光で死ぬのは〈覚醒型吸血鬼〉──つまり、血液嗜好症(ヘマトディプシア)や猟奇殺人鬼といった異常癖性(へきせい)からの突発的転生だ。(ゆえ)に〈魔〉として脆弱なのさ。人間としての側面が色濃く影響する分、吸血鬼としての特性は薄まるからな。対して、オマエや〝ドラキュラ〟とかいう()()れは〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉の呪血(じゅけつ)を受け継ぐ者──なればこそ、魔性として強力なのも道理だ」

貴女(あなた)の言う通りね。事実、わたしは昼でも活動していたもの」素直に肯定しつつも、カーミラは(もの)()いを落とす。「けれど、多くの吸血鬼は違う。やはり陽光で死ぬのよ」

「フン、そいつは自分が稀少種だという自慢か?」

「まさか? むしろ逆。共感者がいないというのは、とても残酷な事なのよ」

「ま、現在主流と蔓延(はびこ)る吸血鬼は、総じて〈覚醒型〉だからな」カリナは軽い共感に肩を(すく)めた。「あの髭面(ひげづら)共が〈吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)〉などと物々しい肩書きを飾ったところで、所詮(しょせん)は〝高位吸血鬼エルダー・ヴァンパイア〟──キサマとは根本的に別格だ」

「だからこそ、憂鬱(ゆううつ)なのよ」(むな)しさを吐露(とろ)するカーミラ。「だって〈吸血鬼〉という特異存在に在っても、自分だけが殊更(ことさら)に特異なんですもの。この孤独と疎外(そがい)(かん)は、貴女(あなた)に分からないでしょうけれど……」

「対価として、それほどまでに強い魔力を宿している。少しは祖先に感謝してやれよ」

「望んでいなくっても?」

「そうだ」流浪(るろう)(たび)の実体験に(もと)づく持論を、カリナが毅然(きぜん)と示す。「闇暦(あんれき)()ける絶対的な正義は〝生き延びる事〟だ。そして、それを()すには〝強さ〟が不可欠。オマエには、それが天賦(てんぶ)として(そな)わっている。それも誰もが(うらや)むような〝圧倒的な強さ〟がな。それだけでもオマエは幸運なのさ。望めど叶わず死んでいった連中の無念を、私は腐るほど見てきた」

「そうかしら?」

 ()に落ちない様子で唇を(とが)らせ、カーミラは(ほつ)()を梳き遊んだ。

 一方で、白き血統(けっとう)は思うのだ──「では、その〝わたし〟と対等に思える貴女(あなた)は何者?」と。

 ややあって、彼女は強引に気持ちを切り替えた。

「ねえ、カリナ? 貴女(あなた)、この現世が〈闇暦(あんれき)〉になった経緯を御存知(ごぞんじ)?」

随分(ずいぶん)と唐突だな。世に言う〈終末の日アンゴルモア・ハザード〉か? 事の起こりは、旧暦一九九九年七の月だろう」

「そうよ。無自覚にも〝大天使エノクエルからの啓示(けいじ)〟を受けた啓蒙者(けいもうしゃ)──確か〝ノストラダムス〟といったかしら──は、終末予言として世界中に警鐘(けいしょう)していた。何世紀も前からね。にも関わらず、俗世(ぞくせ)の人々は真剣に受け止めなかったのよ。わたし達〈怪物〉にしてみれば、(さいわ)いだったけれど」

「それさえも試練(テスト)だったんだろうよ。人類の信心を見極め、存続価値を(ふるい)に掛けるためのな。神界(しんかい)の奴等は、ほとほと格差選別が好きなのさ」

「結果、アレが姿を現した……魔界の深淵(しんえん)から、地上に蔓延(まんえん)する〝(おご)り〟と〝堕落(だらく)〟を道標(どうひょう)として」カーミラは闇空(あんくう)の支配者を(うと)み、睨み据える。「自らを〈門〉と転じたアレは、魔界の気〈ダークエーテル〉を現世へと呼び込んだ。それがきっかけで、多くの人々が死んだ──それこそ〈ヨハネの黙示録〉のように」

「アレこそが〈黙示録の獣〉だとでも? そんな高尚(こうしょう)なモノではあるまいさ」

 (きょう)()めに柘榴(ザクロ)(かじ)った。

「そこまで買い被るつもりはないけれど、アレ(・・)が人類文明を壊滅させた張本人なのは事実じゃなくて? 地上に蹂躙(じゅうりん)したダークエーテルが、人々の生命(いのち)を次々と奪ったのだから──その生命力を自らの(かて)と吸い尽くしてね」

「あらゆる接触対象から〝生命力〟を搾取(さくしゅ)吸収していく性質……か。ま、遠因的には間違っていないな」

「でしょう? 無差別に増産される〈デッド〉の群勢(ぐんぜい)も、ダークエーテルの性質が影響を及ぼした副産物に過ぎないんだし。万事(ばんじ)に影響を(およ)ぼしていると言ってもいいわよ」

 一転して、カーミラは暗く沈む。

 語り聞かせるのは、忌まわしい回顧。

「遅々と地表を浸食するダークエーテルの濃度は、現在の比ではなかった。発揮する性質も〝魔気(まき)〟の別称に恥じぬ恐るべき猛威だったわ。老若男女問わず餌食とし、逃さず枯渇(こかつ)させていく──それを(かて)として(さら)に増殖し、(いや)しい飽食(ほうしょく)の勢いを増した。無形(むけい)の死神は、あらゆる場所で(かま)を振り続けたわ。ただひたすらに──貪欲(どんよく)に────」

「そして、ダークエーテルの干渉(かんしょう)()で死んだ人間は、その場で〈デッド〉と()す。止まる事を知らぬ負の連鎖だな」

唯一(ゆいいつ)(さいわ)いだったのは、建物屋内へと進入できないというダークエーテルの法則──つまり〈魔〉としての(ことわり)ね。わたし達〈吸血鬼〉が、家主に招き入れられない限り屋内へと踏み入れないように。人間達が依存する科学的合理性などは無いけれど」

(ゆえ)に籠城した人間だけは、(かろ)うじて死の(あぎと)から(まぬが)れた。闇暦(あんれき)()いて、人類が死滅せず生き残った経緯(いきさつ)だな」

 カーミラの瞳が、(はかな)げな悲哀を宿した。

「ひどい有様(ありさま)だったわ。〈魔〉に属するわたしが言うのも何だけれど、それこそ地獄絵図よ」

「ああ、そうか。オマエは(じか)に見ていたのか」

「その頃には、このイギリスを活動拠点にしていたの」

「他の〈怪物〉とは異なり〈吸血鬼〉は、人間社会へ依存する傾向が顕著(けんちょ)だからな」

「あら、共に()ると言っても良くってよ」

 悪戯(いたずら)っぽく微笑(びしょう)する。

 が、それも一瞬。

 再び物静かな抑揚へと染まり、カーミラは語り続けた。

「〈獣人(ライカンスロープ)〉ならば野山に(かえ)ればいい──〈妖精(フェアリー)〉は(ゆた)かな自然で集落を(きず)けばいい──〈悪魔(デビル)〉なら伏魔殿(パンデモニウム)から現世を(あざ)ればいい──そして〈デッド〉のような単なる〝死人(しびと)(がえ)り〟ならば、場所を選ばず徘徊(はいかい)していれば済む話。けれど〈吸血鬼(ヴァンパイア)〉は、そうではないわ。何故か御分(おわ)かり?」

無二(むに)(かて)として〝()()〟が欠かせぬ事も、要因には大きいが……それ以前に我等の生前が〈人間〉そのものだからだろうよ。要は長らく〈人間〉として(つちか)った生活風習や文化的価値観が、その根底から抜けきらないからさ」

「御名答」淡く苦笑(にがわら)う。「わたし達は人間を(おびや)かす〈魔〉でありながらも、人間社会とは切り離せない〈魂〉でもあるわ。(ゆえ)に吸血鬼の活動基盤は、常に人間社会の内に求められてきたのよ」

「だからオマエは、(おのれ)懐古主義(ノスタルジー)を再現せんと模索(もさく)する──笑えんな」

「あら、それって皮肉っぽくてよ?」

「皮肉だよ」

 向けられる毒気(どっけ)を流し、カーミラは続けた。

「思い出しても憂鬱(ゆううつ)になるわね。人間側も軍隊を派遣して応戦するも、その武力抵抗は意味を為さない。無尽蔵に増殖するデッドの群勢(ぐんぜい)には、科学準拠の武装なんか焼け石に水──ただひたすらに銃声と()飛沫(しぶき)と断末魔が、街を染めていったわ」

「当然だな。如何(いか)にデッドとはいえ、本質は〈超自然的存在(スーパーナチュラル)〉だ。()してや唯物論(ゆいぶつろん)主義に準じて発展した〝同族殺し〟などが、人外に通用するものかよ」

 カリナの(あざけ)りは正論だ。冷徹ではあるが……。

「地上の(いた)る場所で混乱と争乱が支配し、逃げ惑う人々もパンデミック化を拡大していったわ。思いやりや美徳なんか、かなぐり捨ててね。老人や子供連れを進路障害と()わんばかりに暴力で()ぎ捨て、我先にと逃げ惑う。その浅ましい(さま)は、わたしが(おも)(いだ)く〝人間像〟とは掛け離れていた。そんな光景を()の当たりにして思ったわ。もはや理性を()いたケダモノでしかない……と」

 当時の惨劇を想起(そうき)すると、カーミラは必ず思い出す物があった。

 瓦礫(がれき)の廃墟と()した街角で拾った〝テディベア〟だ。

 しかし、(あた)りを見渡し捜せども、その幼い御主人様は見つけられなかった──それらしき肉塊(にくかい)しか。

 未曾有(みぞう)の混乱に壊滅した街並(まちなみ)には、人の姿など微塵(みじん)も無い。おそらく〝人だったであろう物体〟が多勢に徘徊(はいかい)し、(ある)いは路上投棄されているだけであった。

 ()もる大気は強烈な火薬の(のこ)()に染まり、見通しも(けむ)たく(にご)っている。銃撃戦の名残(なごり)だ。

 そんな中で入り交じりに感じる血臭(けっしゅう)は、けれども彼女の食欲をそそる事がなかった。

 苦い回想へと泳ぐカーミラの意識を、冷淡な達観(たっかん)が連れ戻す。

「それもまた本性だから〈人間〉ってヤツは怖いのさ。老若男女(ろうにゃくなんにょ)問わず、誰しもが心底(しんてい)に秘めている。実際、幾多(いくた)もの〈怪物〉が排斥(はいせき)されてきた旧暦時代の史実には、そうした暴徒による強襲ケースも少なくない」柘榴(ザクロ)(すす)り、カリナは渇きを(うるお)した。決して満たされる事などない渇きだが……。「苛烈(かれつ)に高ぶった激情任せの狂気は、時として〈怪物〉を上回る残虐性を(ふる)う。それは人間同士の事変でも(うかが)う事ができるだろうさ。例えば〝セイラムの魔女狩り〟であり、例えば〝欺瞞(ぎまん)的選民意識による暴行迫害〟だ。この愚かしさは人間が背負う(ごう)そのものだから、到底(ぬぐ)い去る事はできない──未来永劫に。ある意味、怪物以上に〈怪物〉だよ。ヤツラ〈人間〉は」

「そうかもしれないわね……けれど、やはり〈人間〉に対する理想像は捨てきれないのよ」

 (うれ)いのままに零れたのは、間違いなく彼女の本音であろう。

 だからこそ、カリナには空々(そらぞら)しくさえ感じる。

「せめて、この国に保護した人々には〝人間らしさ〟を失わないでほしい……そう(せつ)に願っているわ」

「言うわりには(おろそ)かだがな」

 赤の果汁を(すす)り、()めた()(ぐさ)で指摘した。

「そういえば会議乱入の際にも、そのような事を言っていたわね? あの非礼さには、正直(いささ)(あき)れたけれど」

「どうにも退屈だったのさ。ならば、雁首(がんくび)(そろ)えた間抜け(づら)(もてあそ)んでやるのも悪くないと思ってな」あの時の状況を思い起こすと、黒姫(くろひめ)の表情には自然と邪笑が含まれる。「それに面白そうな(くすぶ)りも見つかった……」

(くすぶ)り?」

「何でもないさ」

 思わず漏れた呟きを拾われ、露骨にはぐらかす。

 さりとて、仮に担ぎ上げられた立場だとしても、カーミラ・カルンスタインは愚かな飾り物ではない。誰が友好的で、誰が敵対的か──その相関図は頭の中に築いているつもりだ。

 カリナが指すのは、十中八九〝強健派〟の事だろう。大方(おおかた)の察しは着く。

 けれども、黒姫(くろひめ)の真意は見えてこない。

 漠然(ばくぜん)とした思索を押し殺して、カーミラは先の話題を(つな)いだ。

「それで? アレって、どういう意味だったのかしら?」

「御自慢の政策実状は、まるで(ざる)って事さ」

 文型的には予想通りの返答であった。

 だが、どうしてもカリナの意向が読めない。

 それはそうだろう。

 常々(つねづね)自負(じふ)するほど、カーミラは〈人間〉に温情を(かたむ)けているのだから。単に〝食料兼奴隷〟と見なしている他国勢とは違う──少なくとも少女領主自身は、そう思っている。

 互いの黙考が、静かに時を刻んでいく。

 観察視ながらに突っ伏すカリナが、ようやく進展を切り出した。

「明晩、()けておけ。居住区へ行くぞ」

「それって、わたしを連れて行くって事?」

「他に、どんな含みがあるよ。私個人で行くなら、わざわざ宣言などせん」

「けれど、城主が夜中に出歩くなんて問題じゃなくて?」

「気取るなよ。そもそも〈吸血鬼〉は、夜に出歩くのが在るべき姿だ。それに周囲へ吹聴(ふいちょう)するほど馬鹿でもあるまいよ」

「それは、そうだけれど……」

「それでも不安なら〝元・イングランド女王〟でも誘っておけ。アイツなら興味津々(しんしん)についてくるだろうよ」

「でも……」

 煮えきらない態度へ、カリナは後押しをする。

「オマエ、言ったよな? 私とは〝親密な友達〟になれそうだ……と」

「ええ」

「〝(たち)の悪い悪友(あくゆう)〟程度なら、なってやる」

 不遜(ふそん)(ひねく)れ者は意地の悪い邪笑を(あかし)とした。



 少女城主が立ち去った余韻へと浸り、カリナは独り言を呟く。

(さい)は投げてやったが……はたして、どう転がるか」

 カーミラだけに向けられた想いではない。

 彼女の脳裏には、居住区で出会った貧しい少年も同期的に浮かんでいた。

 (しがらみ)(いだ)かぬカリナにしてみれば〈吸血鬼〉も〈人間〉も大差無い。

 ならば、(こう)不幸(ふこう)も等しい権利であるべきだ。

 いずれにせよ、これでますます〈不死十字軍ノスフェラン・クロイツ〉の面子(メンツ)からは(うと)まれるだろう。最悪、カーミラ自身にも距離を置かれたかもしれない。

「ま、構わんがな」

 慣れた強がりに隠した。

 つくづく不器用で損な性格だ……と、自嘲を浮かべる。

 散々遊び尽くしたレマリアが、喜々(きき)として駆けて来るのが見えた。

「カリナ! むしさん、つかまえたのよ!」

「ほう? 見せてみろ」

「はい、どーぞなの」小さい(てのひら)を広げ、モゾモゾ動く(かたまり)を自慢げに見せる。「カブトムシなのよ?」

「……捨ててこい」

 何故こんな所にコレがいるかは分からないが、おそらく環境変化による生態系の異状だろう。

 とりあえずカリナは、愚図(ぐず)る幼女から〝フンコロガシ〟を捨てさせた。

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