右か左か
ぼんやりとした意識が覚醒していき、瞼の裏側から光を感じると共に周囲の音が聞こえ始める。
がやがやとした人々の話す声とどこか硬質な足音は自分が今までいた場所とは異なる音であることを俺は感じていた。
ゆっくりと瞼を上げて目の前の光景を網膜へと移し込むと木造の建物が多いためか茶色がベースの風景に色とりどりの花が咲いたかのように花畑が耐えず移動していた。
そう見間違うばかりに人々の髪の色がカラフルで肌の色がごちゃまぜであり、しかも元居た場所では人間かと疑問に持ちそうな耳や尻尾が生えた人間や鱗を持つ人間がいる。
また鼻に突くように感じる土と汗の臭いがここが現実であることを俺に認識させた。
「これが異世界かーー。本当にくるとは思わなかった」
俺はどうやら前世で死んでしまったらしくそこで神らしき存在と遭遇した。
転生先として聞く限りでは中々殺伐としたファンタジーな世界に転生させてくれることになったのだが如何せん俺の異世界転生はあまり特別な物では無かったらしい。
このままでは転生して直ぐに死亡ルートのモブ転生になると神様の話で感じた俺は神様と交渉する。
ようするに神様に対価を差し出して特別に加護を受けさせてもらうことにしたのだ。
もちろん死んだばかりの俺が持っているのは前世の記憶しか無く、その記憶を対価に差し出した。
内容は死んだ原因の記憶と神様が危険だと思う技術や兵器に関する記憶と神様がいる世界のいくつかの事柄だ。
死因に関する記憶を差し出すと言ったとき顔も思い出せない神様が何故かほっとしたのを見た記憶がぼんやりとあるのだが思い出したくても思い出せない。
きっとこれが対価として差し出した結果なのだろう。
その代わりに俺が得たものはある程度成長した状態での転生と希少能力だ。
この世界では人が死ぬのが珍しく無く、医療技術も発達していないと聞いたので回復する魔法を望んだらこれがこの世界では一部の層が独占しているものらしく貴重な物で対価に渡した記憶の大半がこの能力に起因する。
さらにその回復魔法である治癒魔法をカスタマイズする能力で前世で風邪を引きやすく周囲から虚弱体質と呼ばれていた俺はこの世界で平均して健康な肉体を手に入れた。
その辺りを俺はお願いしたのだが神様は何故か大丈夫かこいつ?という顔をして神様からの加護という形で神様が何かしらの能力をプラスで与えてくれたようだけど思い出せないのでこれもどうやら対価にした記憶に入っているようだ。
「さて、俺が転生したこの場所は迷宮国家ウルセラって話だったが……」
人が多く集まる看板が立っている場所に俺はいるのだがどうやらこの国の迷宮は近場に大きなものが二つもあるらしく人々はそれぞれの迷宮を目指して歩いているようであった。
高い山の右半分と左半分にその迷宮はあるらしく、はてどっちに向かうかと歩く人々を観察していると俺は気付いた。
身なりの清潔さや明らかに高そうな装備をしている屈強な者達は左側の切り立つようにそびえる山の迷宮に向かい、ボロボロの使い古した装備を身に纏う痩せた者達は右側の高い山によって影のようになっている場所に向かっている。
「そんでもって俺の見た目や装備はというと」
そして俺の見た目は屈強な装備をしている人間では無く、ちょっと変わった服を着た旅人といった感じの装備であったため俺は右の迷宮に行くのが正解だと感じた。
そんな装備をして向かう迷宮に俺のような何の装備も自分で整えていない者が向かうのは命知らずに感じたのだ。
こうして俺は山の影が街を覆う迷宮の方に向かう。
このとき俺が光り射す左の迷宮の方へと向かっていればきっと全然違う人生を歩むことになったであろう。
そのことを後悔することがこの先何度もあるが、それでも俺はこの選択を生まれ変わってもう一度することになったとしてもまた右の迷宮へと向かう。
それだけは確信して言えるのであった。