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ネバーランドは夢の中  作者: 豆大福
6/6

怪物退治の夢Ⅲ

※主人公視点。

「自力でなんとかって言ってもな・・・」


「とりあえず学校まで行って、それからのことはその後にでも考えたらいいのでは?」


「ノープランでなんとかなるようなもんなのかね・・・」



 僕はため息を吐きながらも裏門から救助に向かった男性と別れ、宙に浮くティンクの後に続いて学校へと向かった。


 吹き飛んで道に転がる瓦礫を避けながらなんとか学校まで辿り着けば、敵の姿もすぐ目の前に。

 禍々しい霧に包まれているのこそ同じだが、最初に対峙した時とは違い、霧の中にはハッキリと中身があるように見える。

 おそらくは乗っ取った生き物なのだろうが、膨張したことで乗っ取られた生き物自体も本来の大きさより何倍も巨大になっていた。



「大きすぎてもはや元が何かわからなくなってる。」


「ちょっと見てくるー!」



 見上げてもよくわからない敵の姿をじっと見つめていると僕の目線の高さを維持していたティンクが敵を確認するべく、敵と同じくらい高いところまで浮上していく。

 手のひらサイズしかないティンクの姿は気付けばその姿を目で捉えることすら出来ないくらい小さくなっていた。


 しばらくするとティンクは飛び跳ねるように興奮した様子で下降してくる。



「ピーターさん!!アザラシ!アザラシだった!!」


「・・・なんでアザラシ?」


「さあ?その辺にいたんじゃない?」



 敵も形振り構っていられるような状況ではなかったのか、近場にいたアザラシの体を乗っ取ったのであろう。

 今や大きすぎて黒っぽくて丸い謎の物体にしか見えないが。



「とにかくじっとしてる今がチャンス!!早く退治しちゃいましょう!」


「倒すってもなー・・・。」



 手元を見れば、いつの間にか握られていた男性が持っていたのと同じタイプの剣が一振り。

 他に役に立ちそうな武器の類はない。

 次にキョロキョロと辺りを見渡すが、武器として使えそうなものは転がってはいなかった。


 となると、僕はこの剣一振りで敵を葬らなければならないわけだ。



「・・・あっ!」


「どうかした?」


「ティンク、あれ見ろ。」


「あれって・・・」


「屋上だな。」



 キョロキョロと学校周辺を見渡している最中に見つけたのだが、この学校には屋上があるらしい。

 学校は半壊状態になっているため、辿り着ける保障はどこにもないが、屋上まで行ければ敵の足元で戦うよりずっと致命的なダメージを与えられる可能性は高かった。


 何より踏み潰される心配をしながら戦わずに済む。



「とりあえずあそこまで行ってみようぜ!」



 僕らは敵に気付かれないように息を殺してガラスが散らばった昇降口から校内へと入っていく。

 中は静まり返っていて、男性が校内に残っていた生徒たちの救助に成功したとは到底考えられないほどに不自然だった。



「ティンク、なんかおかしいと思わないか?」


「おかしいって具体的にはどの辺が?」


「いくらなんでも静かすぎる。あれだけの爆発が起きたら悲鳴や泣き喚く声の一つも聞こえてくるだろうし、逃げ惑う生徒たちで溢れかえっててもおかしくないだろ。」


「単純にオッサンがみんなを救出したってことなんじゃない?」


「にしたって早すぎるだろ。ついさっき別れたばっかだぞ。

 それに校内をいくら歩いても怪我人や死体の一つも見当たらない。

 これだけ学校がボロボロになってるんだ。全員無傷ってのは考えにくい。

 瓦礫やらガラスやらで誰かしら怪我の一つくらいしててもおかしくないだろう。

 そうなると血の跡すら残ってないのも不自然だ。」


「ってことはオッサンの言ってたことは嘘だったってこと?」


「嘘にしては迫真の演技だったけどな。

 どっちにしても僕たちがさっき見てきた家と同じで無人だった可能性の方が高そうだ。」



 崩れかけた学校内は歩き回るにはあまりにも危険だった。

 足元は不安定で踏んだ瞬間に崩れ去ってしまいそうなほど脆い廊下、階段の一つが瓦礫で塞がれていて通ることができない。

 教室内には飛び散ったガラスの破片や倒れた机に椅子、教卓などが散乱している。


 足の踏み場のない崩れかけた学校の中を進むのはそれだけで骨が折れた。


 通れる道を探すだけでも一苦労。

 遠回りすることはもはや当たり前になっていて、慣れないボコボコの道は足に大きな負担もかけている。

 それだけに屋上に辿り着いた時に受けた風はじんわりと汗を掻いていた体には心地よかった。



「はぁ~・・・風が気持ちいい~」


「そうですね~・・・」



 ドーン



「わぁあああああ!!!」


「ピーターさん、どうやらホッと一息つく暇もないらしい・・・」


「・・・そのようで。」



 屋上まで上がってくると黒い霧に包まれたアザラシとの距離もグッと近くなった。

 当然ながらそれは相手にとっても同じこと。

 敵の目にこちらも映るほどの距離にいるため、僕らから身を守ろうと敵がその巨体を大きく跳ねらせて学校ごと僕らを潰そうと仕掛けてきた。



「で、本当にノープランだけどここからどうする?」


「とりあえず、ボクがアザラシの注意を引き付けるからピーターさんは隙を突いて攻撃して。」


「了解・・・!」



 僕らは足場が保たれている今のうちに敵を倒そうと二手に分かれた。

 宙に浮いているティンクが敵の目に映る距離の中で右へ左へ動き回り、その隙に僕は敵の死角からがむしゃらに剣を振り下ろして攻撃する。


 時折敵から発せられる痛がるような悲鳴にも似た声には心が痛んだ。

 敵が乗り移っているとはいえ、元は害の無い生き物。

 なんとかアザラシを傷つけずに済む方法はないだろうかと僕は一瞬剣を振り下ろすことを躊躇う。


 だが、躊躇ったところを狙って敵も巨体で学校を押しつぶしていき、僕らの行動範囲はどんどん削られていった。



「なあ!!これ敵の本体だけを傷つけることとかできないのかな?」


「そんなこと出来たらとっくにやってるって・・・!!躊躇してたらこっちが殺られますよ!?」


「でも・・・!!!」


「ピーターさんがやらないとボクら全員が危険に遭うだけじゃ済まないんです!!

 アザラシだって苦しみ続けるんだぞ!!!」


「っ・・・!!」


「もうこれ以上足場削られたらさすがにヤバいっす!ピーターさん!!」


「くっ・・・!」



 僕は踵を返して真後ろにある給水タンクまで上ると、手の中にある柄をギュッと握り締め、剣を頭上に構えたまま敵に向かって飛び掛った。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!!!」


「ピ、ピーターさんっ!?!?」



「想像力でなんとか出来るような夢ではない」とティンクにはそう言われたが、とはいえ夢の中の世界であれば現実ではありえないようなことの一つや二つくらい起こってもいいはず。

 どこにでも居そうな風貌のあの男性が薄っぺらいこのペラペラな剣で敵を真っ二つに出来たのなら僕にだって同じことが出来るのではないだろうか。

 想像力を駆使した後付ができないとしても、最初から想像力が必要ないほどの身体能力が備わっているのだとしたら僕にも成し遂げられる可能性は十分にある。


 自分を信じて僕は振りかぶった剣を敵に向かって勢いよく振り下ろした。


 僕の思いが通じたのか、それともおもちゃのように見えて実は剣の性能が良かったのかはわからないが敵は綺麗に真っ二つに割れて最初に男性が倒した時のように黒いゼリー状のものが辺りに飛び散り、背景を黒く染め上げる。


 男性のように綺麗に着地とはいかず、両足で着地したものの、ダンと大きな音を響かせた僕の足は引くことのない痛みに悩まされ、足を抱えるように抱いていた僕の目は痛みで涙目になっていた。



「大丈夫ですか~?」


「だ、いじょ・・ぶじゃ、ない・・・」


「無茶するからー・・・」


「くぅ・・・!」


「それよりその剣貸して下さい。」



 僕の手から無理やりに剣を奪ったティンクは飛び散ったゼリー一つ一つにトドメを刺すように剣を突き刺していく。



「これでもう敵も復活しないっしょ!」


「お前容赦ないな・・・」


「そんな褒めないでよー!照れるっしょ~?」


「褒めてねーよ。・・・そういえばアザラシは?」


「そういえば、見当たらないね。」


「やっぱり僕が・・・」


「いや、だとしても影も形も見当たらないのはおかしいっすよ。」



 その後、屋上を中心にそれらしい姿を探し回ったが、アザラシと思われる生き物の姿は確認できなかった。


「とりあえず一旦オッサンと合流しよう。」


「そういえばオッサンどこ行ったんだろうね?」



 僕らは今にも崩れそうな屋上を後にし、先ほどよりずっとボロボロになった校内を歩き回った。



「あ!いたいた。」


「おーいオッサーン!!怪物退治終わったぞい!」



 男性は裏門の傍で何かを抱きしめるようにして地面の上で正座していた。

 僕らに気付いた男性はゆっくりとこちらを振り返り、ホッとした様子で「お疲れ」とだけ言葉を発する。



「オッサン、娘さん無事に見つかったの、か・・・?」


「ああ。お前らのおかげだ。」


「えーと・・・それが娘さん?」


「俺の自慢の娘だ。可愛いだろう!!!」



 男性は抱えていた”娘”をこちらに持ち上げるようにして見せてくれた。

 だが、彼の腕の中にいたのはどう見てもただの赤いランドセルでしかなく、人の形をしてはいない。



「そうだ。基地に任務成功の報告をしなくちゃな!」



 そう言って端末を取り出した男性は任務の報告をベラベラと通話相手に話し始める。

 ハッとした僕は男性に「僕にも報告させてほしい」と一言言って端末を借りたが、通話相手と思われる仲間の声は端末から聞こえてくることはなかった。


 無人の家、無人の学校、影も形も残っていないアザラシ、”娘”と呼んでいた赤いランドセル、存在しない通話相手。


 ふと目の前を見れば、赤いランドセルを愛おしそうに撫でる男性の姿が目に入り、僕は急に怖くなって学校を飛び出して住宅街に出る。

 すると、先ほどまでまるで生活観のないモデルルームのような作りをしていた家々は何かに破壊されたようにボロボロの姿で僕の目に飛び込んできた。

 整えられていた庭の草木は荒れ果て、さっきまでこの辺には降っていなかったはずの雪が降り積もっている。



「なんか今までと全然世界観が違うような気がする。」


「違うようなっていうか全く別物と言ってもいいかもしれないっすよ・・・」


「でも、家の色合いとか作りはさっき僕たちが調べた家と同じだ。」


「・・・ひょっとしたら、崩壊した景色こそが本来の姿なのかもしれないっすね。」


「どういうことだ?」


「もうこの世界にはオッサン以外人は住んでいないってこと。

 この世界は彼一人を残して滅んでしまったんす。

 けど、一人残されたオッサンは自分だけが生き残った現実に絶望して、心が壊れてしまったんじゃないっすかね。

 ボクたちが今まで見てきたものはオッサンが作り上げた幻のようなものだったのかも。」


「じゃあ、あのオッサンの言ってたことは嘘ではなかったってことか。

 娘さんがあの学校に通ってたのも、怪物を退治するための組織があったのも、仲間がいたことも全部本当のことだったと。」


「そういうこと。で、壊れたオッサンはついにはもういないはずの娘や仲間、敵までも生み出してしまった。

 ただ、見たところオッサンの作り上げた幻は完全ではないっぽいっすね。

 見慣れた景色はともかく、そこに住んでる人間一人一人を再現するのは難しかったのか、人の存在は今のところオッサンにしか見えてないと考えていいかも。」


「でも、どうして急に景色が変わったんだろう?」


「うーん・・・基地から連絡がきたり、オッサンも学校にはまだ人が残ってるような発言をしてたからボクらも怪しいと思いつつも、そんなもんかくらいに思ってたってことが原因とか?

 でも、オッサンの娘を見てハッキリとおかしいって思えたでしょ?

 ありゃどう見てもランドセルだったし、ランドセルを娘として扱ってるオッサンもヤバかった。

 だから自然とボクらが見る景色も本来の姿で映し出されるようになったんじゃないっすか?」


「・・・なんか、そういういい加減なところが実に夢っぽい。」



 怪物退治なんて夢を見てたかと思えば、思いのほかシリアスというかホラーな内容で背筋がゾッとする。

 これなら単純に怪物と戦うヒーローになる夢でも見ていた方が幾分かマシだったと僕は思いながら遠くで聞こえる目覚まし時計の音に起こされ、夢から目覚めた。



「はぁ~・・・なんつー夢見てんだ。

 というか、夢の中だけでも子供らしくって方向性はどこ行った!!」



 怪物を退治するところまでがそれに該当したのか、それとも単純に夢の中では今より肉体的にも精神的にも大人になることはないということを意味していたのか。

 なんにせよ、自分の中で思い描いていたようなものとは違ったことに自然とため息が出た。



「あのオッサン大丈夫なんかな・・・あ!美術で墨汁使うの危うく忘れるところだった!」



 まさか夢のことを思い出している途中で授業で使う墨汁の存在を思い出すことになるとは思いもしない。

 僕はふと「もしかしてそのために敵が黒かったりして」と考えては「ないな」と自分自身に言い聞かせて用意し忘れていた墨汁をそっと通学用鞄の中に入れた。

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