退屈な日常Ⅰ
※主人公視点
※タイトルを修正しました。
(あれは一体なんだったんだろう・・・)
今朝、ベッドから盛大に落ちて痛めた腕を擦りながら、僕はふと考えた。
あれは本当に夢だったのか、と。
夢のわりにはあまりにも鮮明に覚えていて、まるで昨日の夜に実際に起こったかのような感覚だった。
だが、夢から覚めてみれば昨日寝た時の状態と何も変わってはいなくて、やはり夢だったのだと納得させられる。
今までも夢を見ることはたびたびあったし、そのいくつかはちゃんと起きた後にも記憶に残っていた。
覚えているということは今に始まったことではない。
ないのだが、どうにも今回だけは妙にリアルな感覚が体から抜け切らず、気持ちは今も尚夢の中に支配されているようだった。
(考えていても仕方ない。夢は夢だ。切り替えよう。)
僕は数回ほど頭を左右に振って不思議な夢に囚われていた自身の心を振り払う。
ふと前を向けば大きな図体で道を塞いでいる友人の姿が目に入る。
僕は気付かれないように彼に駆け寄って、昨日の仕返しだと言わんばかりに持っていた鞄でバシッと軽く一発決めてやった。
「いっだ!!!」
「昨日の仕返しだ・・・!」
それから驚いた様子の友人、剛造とふざけながら学校への道のりを歩いていく。
どうでもいい会話をしていると学校に着くのもあっという間で、目の前に迫る見慣れた校舎に吸い込まれるように僕らも他の生徒たちに混ざって中へと入る。
下駄箱で靴を履き替え、階段を3階まで上って校門から見て左側の建物の一番奥にある1組の教室へと入っていけば、いつもの退屈な学校生活が始まるを告げた。
いつもと変わらず騒がしい教室内には生徒たちのにぎやかな声が響き渡っている。
僕は僕の席とは反対側の廊下側に席を構える剛造と一時的に別れを告げ、自分の席がある窓側の一番後ろに向かって足を進めた。
途中、そこそこ仲がいい男子生徒に軽く挨拶をして自分の席に着けば自然とため息がこぼれる。
(あー・・・帰りたい・・・)
「はよーっす・・・どしたん?朝からそんな暗い顔して。」
「はっ?」
すぐ傍から聞こえてくる声に反応して思わず顔を上げれば僕の前の席に座っている男子が僕の方を向いて話しかけてきていた。
(・・・誰だっけ?こいつ。)
「はよー、八雲。」
「はよーっすタケ。」
背後から現れた剛造曰く彼の名前は”八雲”らしいが、名前を聞いてもまるでピンとこない。
「・・・その様子だともしかしてまだ僕のこと覚えてない?」
「お前いい加減クラスメイトの顔と名前くらい覚えろよ・・・」
「ごめん・・・」
「うわーまじかー!!僕はすぐに和くんの名前覚えたっていうのにねー」
僕の頭にクエスチョンマークでも浮かんでいたのか二人はすぐに僕が”八雲”のことを覚えていないことに気付いた。
「んー、まあいいよいいよ。改めて自己紹介するから。
僕は八雲明弘。八雲でも明弘でも構わないよ。席は和くんの前ね。
というか、プリント配る時とか何度か顔くらい見てるでしょ?」
「ごめん。プリントしか視界に入ってない。」
「まじかー・・・ショッーク!!」
大げさに頭を抱える八雲は僕とそれほど変わらないほど身長はあまり高くなく、顔も童顔で幼いという印象だった。
スラリとした細身で女装とか似合いそうだと思わせるほど顔も整っている。
一部の女子に人気がありそうな見た目の割りに明弘という男っぽい名前には驚かされたが。
(こんな中世的な見た目の男子が近くにいたら覚えていそうなものなんだがな・・・)
目の前の彼はじっと彼を見る僕の視線など気にもしないといった様子で僕の隣の席に腰掛けた剛造に「僕そんな影薄い?」と聞きまくっていた。
「和くんはある意味このクラスでは名前覚えていない人いないくらい有名人だろうけど・・・」
「僕そんな有名だっけ?」
「いやいや。あのクラス替え直後のやり取りを見てれば誰だってお前の名前くらい覚えるって・・・」
「タケの言う通りだ!あれは今思い返してみても凄かった・・・!」
二人の言う”あれ”というのはクラス替え直後の新学期が始まった当初の出来事だ。
担任教師をはじめ、各教科担当の教師までもが出席簿に記してある”水上和”という名前を前に一度口を噤んだのだから。
苗字はともかくとして名前が読めない。
出席簿にはふりがなが振っていなかったせいもあってか出席を取る際に必ず声がそこで鳴り止む。
そのせいか読み方を確認するために教師たちは困った視線を何度も僕に向けてきた。
『えーと・・・”わ”?』
『ちがいます。』
『”のどか”とか?』
『ちがいます。』
『わかった!!”かず”だ!』
『ちがいます。』
『大穴で”なごむ”とか!?』
『ちがいます。』
『ちょっと待ってもう思いつかないんだけどッ!?!?』
『正解は”いずみ”です。』
『そんなの読めるわけないじゃない!!!』
『・・・すみません。』
という一連のやり取りが各時間で行われれば嫌でもクラスメイト全員が僕の名前を覚えて当然だろう。
正直一回一回間違われる僕も一回一回それを否定するのが面倒くさかった。
凄い先生だとポケットからスマホを取り出し、名前の読み方を検索してまで当てようとしてきたので、これよりももっと長く時間がかかったのは言うまでもない。
おかげで授業の時間が少しばかり削れたと一部の生徒は喜んでいたが。
「僕としてはそこまで目立ちたくないんだけどな・・・」
「いやいや。僕が言うのは何だけど、その中世的な容姿に一発で読めない名前でしょ。
十分目立つ要素満載だと思うよ。」
「・・・嬉しくない。」
「ちなみに小学校の頃からの付き合いである俺はこのやり取りをもう結構な数見てるぞ!」
「それ自慢するようなことじゃなくね?」
キーンコーンカーンコーン
くだらない話をしている間に朝礼の時間になった。
慌てたように生徒たちは自分の席へと戻り、目の前の八雲は「また休み時間に」と一声かけて前を向き、隣に座っていた剛造は僕の隣の席の女子に「早くどけ」と言わんばかりに嫌な顔をされながら急いで席を立ち、廊下側の席へと戻っていく。
気がつくと僕はもうあの夢のことを考えなくなっていった。
朝礼が終わり、5分休憩を挟んで1時間目が始まる。
いつもの退屈な日常が始まれば、考えることを放棄するかのように頭がボーっとして、まるでその身が溶けて退屈な日常に一部になったかのような感覚に陥った。
ほぼ毎日のように繰り返されている日常に身を委ねれば、ちょっとやそっと違った夢のことなど、もうどうでもよくなってくる。
「じゃあ、次の行から読んでもらおうか・・・えーと、田中。」
「えー、また俺?」
1時間目の国語の授業で僕の席がある列、つまり窓側の列の一番前の席に座る田中が当てられた。
彼の席は他の列の一番前の席と比べて一席分前になっているのが特徴だ。
そのため、教室を見渡した際にパッと目に映りやすいのか先生が授業の際に彼を当てることが多い。
僕としては席替えで一番なりたくない席だったりする。
彼の前には先生が使う小さな棚だけが置いてあり、黒板は少々見えにくいのが難点。
加えて当てられやすいともなれば最悪だ。
(あの席だけには絶対になりたくないよな・・・
あれ?でも、田中の席ってあんなに前だったっけか・・・?)
ボーっとする頭の中、自身の記憶が曖昧になっているのを感じて少しばかり危機感を抱く。
(今からこんな記憶力ヤバいんじゃ、将来確実にボケるな・・・)
僕は周囲に気付かれないように小さくペチペチと頬を叩いてもう少し真面目に授業を受けようと背筋をしゃんと伸ばした。