空の夢Ⅱ
※主人公視点
「ちょっとちょっと!!せっかく空飛べるよーって言ってんのに興味ないってどういうこと!?」
「いや、別に飛びたいとか思ったことないし。」
「カァー!!夢がないねー!
鳥とか見てさ、『あの鳥のように自由に空を飛んでみたい・・・』とか思ったりしない?
いや、人生で一度くらいは思うよ!!」
「誰基準の話だよ!!!」
どういうわけか僕は目の前の小さな女の子に子供のままでいられる願いを叶えてあげると言われた。
とはいえ、それもあくまでも夢の中での話。
現実で叶えてくれるわけではないのに意味なんてあるんだろうか。
「はぁ・・・とにかく、空飛びたいなら一人で飛んでなよ。浮くことが出来てるんだから空くらい飛べんだろ?」
「それは出来ますけど、せっかくだから誰かと一緒に楽しみたいじゃないですか。
というわけで、ボクにちょいとばかし付き合ってくださいよ旦那!」
「旦那って言ったりピーターさんって言ったり呼び名が統一しないな・・・」
「まあまあ。旦那呼びは単なるノリですよ!基本はピーターさん呼び。」
「そのピーターさんっていうのも何なんだ?僕そんな名前じゃないんだけど。」
「ここで単に本名で呼んでも面白さの欠片もない。
大人になりたくないなんてまるで物語に出てくる”ピーターパン”みたいだから”ピーターさん”
ってことでOK?」
「はぁ・・・もう勝手にしてくれ。」
「ボクのことはティンクって呼んでくれてかまわんよ!ピーター氏。」
「おい。」
目の前の少女、”ティンク”は僕をからかうのが面白いらしい。
ケラケラと腹を抱えて笑い、何もないところをバシバシと叩いている。
「さてさて、ご挨拶はこれくらいにして早速飛ぼうじゃないか!」
「だからやらないって。さっきからそう言ってるだろ。」
「嫌々言ってる人を無理やり巻き込むのが面白いんだろう、があああああああ!!!!」
「はっ・・・?」
バンとその小さな両手で押された僕の体はいつの間にか開いていた部屋の窓から飛び出していた。
どこにそんな力があるのか、手のひらサイズの体型からは想像もできないほどの力で押し出されたのだ。
「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!」
宙に浮かんだ体は窓から飛び出した途端に真っ逆さまに垂直に落下する。
空を飛べるという話は嘘だったのか。
飛ぶどころか浮くことすらできないじゃない。
「ほら何やってんですか!!そのままだと地面にめり込みますよ?
想像して!!自分が空を飛んでいるところを想像してください!」
「そっ、想像たって・・・!!」
夢の中だからかもうだいぶ距離も開いているはずなのに、僕の部屋から身を乗り出して声をかけるティンクの言葉がハッキリと耳に届く。
しかし、そんな急に想像しろと言われてもパニックになっていてそれどころではない。
「ほーらーはーやーくぅー!!!」
「も、もうっうるっさいなぁあああああああああ!!!」
急速に落下し、地面との距離が徐々に縮まっていく。
2階から地面まではそれほど高いわけではないはずなのに滞空時間がやけに長く感じられた。
そのせいか、酷く身の危険を感じる。
想像しろ想像しろ想像しろ
僕は鳥のように翼を羽ばたかせて空を飛べる
風を受けて遠くの空までずっと、まだ見ぬ土地まで行けるほど風に乗って自由に飛ぶことができる
夢の中だと言われても、やはり怖いものは怖い。
僕は死にたくない一心で、心の中で必死に自分が空を飛ぶ姿を想像した。
「や、ばい・・・ぶつかるっ!!!!」
地面まであと数センチ。
僕は衝撃に備えるように目をぎゅっと瞑った。
「・・・・・・えっ・・・」
ふわり、ふわり
僕が想像していた衝撃はいつまで経っても来なくて、恐る恐る目を開ければ、地面すれすれのところで僕の体は止まっていた。
「やれば出来るじゃないですかー!!!」
窓から飛び出してくるくると回りながら僕のところにやってきたティンクは嬉しそうにはしゃいでいた。
「僕・・・浮かんでる・・・」
「そうですよー!!ちゃんと浮かべてますよ、やりましたね!」
「はぁぁぁあああ~・・・死ぬかと思った・・・」
「現実じゃないんだから死にはしないって!まあ、強いて言えばベッドから落ちて体を強打するくらいですかね。」
「それも嫌だ。」
「まあまあ~」
「そもそも物語の中とかなら妖精の粉とか撒けば飛べるようになるじゃん。
そんな簡単な方法なかったの?ここまで死ぬ思いをする必要なかったんじゃない?」
「だってー、ボク妖精じゃありませんから!」
「はっ?」
「ピーターさん呼びがピーターパン由来のものなら、傍にいるボクもそれに応じた名前にしないとなーって思って付けただけで、別に妖精とかじゃないっす。」
「なんだそれ・・・」
「まあまあ。何はともあれちゃんと飛べるようになったんだし、いいじゃないですかー。
じゃあ、早速行きましょうぜぃ~」
「どこに?」
「夜の空を散歩ですよ。せっかく飛べるのに何もしないなんて勿体無いじゃないっすか。」
頭の後ろに腕を組み、ニシシと歯を見せて笑うティンクを見て僕はため息が出るばかりだった。
夢の中だというのにどうしてこんなにも疲れるのだろうかというくらいに。
「はぁ~・・・」
「ため息ついてると幸せ逃げますよ?」
「誰のせいだ。誰の。」
「まあまあ。とにかく行きますよ!!」
「おいこら引っ張るな!!」
どこからそんな力が出てくるのだろう。
小さなティンクに僕の体は強く引っ張られ、空高く飛び上がった。
気がつけば、それまで自分たちがいた場所をすっかり見上げるくらいの高さのところを浮いている。
「凄い・・・」
「ね、綺麗でしょ?」
夜だからか一軒一軒にともされた灯りがキラキラと光っていて、それが一面に広がっているのがよく見える。
道を走っている車のライトも動くたびに移動して、家の明かりとはまた別の美しさで真っ暗な夜を彩り、気がつけば、僕はすっかり夜景に夢中になっていた。
(上から見ると町並みってこう映るんだ・・・)
「ふふっ・・・もっと上まで飛んでみましょう!」
「ちょっ、ちょっと!!」
「あ!ボクが引っ張っている間、目を瞑っていてくださいね。」
ティンクに逆らえないことはここまでのやり取りで理解したため、僕は仕方ないと諦めて言われた通りに目を閉じた。
その間も僕の腕はその小さな体に強引に引っ張られる。
「もうーいーよー」
ティンクの声を合図に僕は閉じていた目を静かに開く。
辺りを見渡せば先ほどまで目に映っていた夜景すらもかすんで見えるほど上空に連れて来られたようだった。
「ピーターさん、見るべきは下じゃなくて上ですよ。うーえー。」
「上?」
言われた通りに上を向けば、夜景とは異なる光が空を飾っている。
いくつもの白い点がポツポツと光を放っていて、暗い空を光の模様が埋め尽くしていた。
「これって全部星・・・?」
「そうっすよ。超綺麗じゃないっすかー?」
「・・・」
「ありゃ、言葉も出てきませんかね?
町の光もそれはそれで綺麗だと思いますが、人工的に生み出されたものじゃない光っていうのも綺麗だと思いません?」
「ああ。星ってこんなに綺麗に見えるんだな・・・」
ふと星に向かって手を伸ばしてみる。
掴めそうなのに掴めない。
届きそうなのに届かない。
なのにその光だけはしっかりと届いていた。
「普段、町の中にいると町の灯りが明るすぎてなかなか見えませんからねー」
「勿体無いな、こんなに綺麗なのに・・・」
「ふふっ、満足してもらえたなら良かった。」
「なあ、もっと飛び回ってみてもいいか?」
「お好きにどうぞ。」
それから僕は思うがままに空を飛び回った。
急上昇してみたり、逆に急下降してみたり、ダンスでも踊るようにくるくると空の散歩を楽しむ。
星と町の光に包まれながら。
「ピーターさぁああああん!!」
「ん?」
「そろそろ別の景色見てみませんかぁー?」
「別のって?」
あちこち飛び回っていた僕のところにティンクが近づいてくる。
「まあ、もう少し待ってみてくださいよ。」
「ん?」
言われた通りに待ってみれば、遠くの空が少しずつ明るくなってきたのがわかった。
「もしかして日の出?」
「ピンポーンピンポーン!!やっぱラストはこれっすから。」
「ラストってことはそろそろ夢の時間も終わりってことか・・・」
「なんです?名残惜しいとかですか?」
ニヤニヤと口元を緩ませながらティンクがこちらをジロジロと見てくる。
「・・・まあ、なんだかんだで今日の夢は楽しかったよ。ありがとう・・・」
「・・・なんか今生の別れみたいっすね。」
「夢の中に必ずしもお前が出てくるとは限らないだろう。」
「それはどうかわからないっすよ。」
僅かに差し込む昇り始めたばかりの太陽の光を浴びた金髪をキラキラと輝かせたティンクが歯を見せて笑う。
「あ!ほら太陽が顔を出しますよ!!」
「うわあぁ~!!」
ガタッ
「・・・えっ!?」
「!?」
「うわああああああああああああああああああまたかよおおおおおおおお!!!!」
大事なところで目が覚めることはよくあるが、まさかここで目が覚めるとは予想外だった。
しかも、夢から覚めかけているせいか空を飛んでもいられない状況に陥った僕の体は急速に落下を始め、家の窓から突き落とされたのとは比較にならないほどの距離を落ちている。
(何このデジャヴ感!!!)
ガタン
「うわあああああああ!!ななななんだっ!?」
夢の中で落ちた感覚が現実では足を踏み外したようにベッドの上でガタンと音を立てる。
そのせいか僕は驚いて思わず飛び起きてしまい、体勢を崩してそのままズルリとベッドの上から転げ落ちた。
家中にドテンと大きな音が響き渡る。
「アイテッ!!!」
それから間もなくピピピピと朝を告げる目覚まし時計が鳴った。
まさかティンクの言うようになってしまうとは。
痛めた体を擦りながら、僕はゆっくりと体を起こした。
だけど、僕は知らなかった。
落ちる僕の姿を手を振って見送っていたティンクの口元がニヤリと笑っていたことに。