空の夢Ⅰ
※主人公視点
※一部修正しました。
眩しい光が住宅街いっぱいに降り注ぐ。
まだ朝方だからか日中と比べると涼しいが、やはり外を出歩いていると体中が汗だくになる。
夏前とはいえ、5月ともなると気温は夏とそれほど変わらないのだ。
暑い日差しでじっとりとシャツが張り付き、正直気持ち悪い。
「ああああああぁーあちぃー…」
思わず独り言を呟きながら、僕は中学校へと続く道のりを歩く。
ぶっちゃけ言うと学校なんて行きたくはない。
ほぼ一日机に座らせられ、細かい字が並ぶ黒板を眺めながら眠くなるような教師の話を聞いて何が面白いというのか。
(あー、めんどくさい。)
今から引き返すことが出来たらどれだけいいだろう。
考えてみれば、振り返って来た道を戻ればいいだけだけのことだ。
カラフルとは言いがたいが様々な色合いの家々が並ぶ住宅街と、歩道脇に並ぶ木々がさっきまでとは左右逆になって僕の目に映るだけ。
それから何事もなかったようにマンションの7階にある自宅に戻れば済む。
一瞬でもやってみるかと考えた。
だが、僕には無断欠席するだけの勇気はなく、結局は学校へと続く通学路をのっそのっそと時間をかけてゆっくりと進むだけで終わる。
意外とビビリだな、なんて自分のことを他人事のように思ってみたりして。
「よっ!!!」
「なっっ!?!?」
今思いっきり肩がビクリと跳ねたのがわかった。
ふと自分の肩を見れば背後から自分じゃない腕が回されている。
僕よりずっと黒くて太くて力強そうなごつい腕だ。
それとずっしりとした重みが背後からかけられていて、正直重たくて仕方がない。
「な、なんだよゴリラか…驚かせんじゃねーよ!」
「そこまで驚くことかよ?つーかゴリラじゃねーよ!!!」
「朝っぱらからうるせーよ!背後からいきなり現れるんじゃねーよ剛造。これで満足か?」
「なんか適当だな。」
「お前と違って僕は朝からそんなテンション高くないだけだ。
とりあえず、その腕退けろよ。重い。」
「こんなんで重いとかお前どんだけ貧弱なんだよ。」
ガハガハと笑う友人の剛造。
だが、コイツの場合は縦だけでなく横にもでかいのが問題だったりする。
将来は相撲部屋にでも入るんですか?と聞きたいほどに今から随分といい体格をしているものだ。
おそらくは僕を横に二人並べたくらいのサイズだろう。
いくら僕が華奢だったとしても、お前のその体格はないと断言できる。
きっと制服を作る時も大変だったに違いない。
3年生までその制服がもつだろうかという疑問すら湧いてくる。
(とりあえず、ただでさえでかいのに隣に並んで道を塞ぐのはやめろ。)
そうこうしているうちに僕らが通う中学校が住宅街の間から見えてくる。
どこにでもあるような公立の中学校で年々増える生徒の数に合わせてか増築を繰り返し、校舎がどんどん広くなっており、ついにはエレベーターまで造られた。
とはいえ、3階建ての校舎はエレベーターをわざわざ使うほどでもなく、一般生徒の主な移動方法は従来通り階段だ。
エレベーターが使えるのは主に障害のある者や足の骨折などで階段の上り下りが困難な生徒だろう。
そのため、特にそういった状態ではない僕らにはエレベーターはあっても無くてもあまり関係ない。
教室は1組から4組までが正門から見て左側の校舎に、5組から7組までが右側に出来た新しい校舎になっている。
新しい校舎が出来る以前はクラスも6クラスまでしかなく、5組と6組も元々あった校舎を使っていたらしいが、生徒の数が増えたことでクラスも7クラスに増え、増築も余儀なくされたという。
それによって7組のみが新しい教室を使うのもどうかという話になり、5組以降が新しい校舎を使うことになり、使われなくなった教室は英語と数学でクラス内の生徒を半分に分けて教える少人数授業などで使われている。
1年生は1階を、3年生は受験などの関係もあって職員室がある2階に、そして僕ら2年生は最上階である3階だ。
そのため下駄箱で上履きに履き替えると、そのまま下駄箱が並ぶ昇降口を通り、左側の校舎と右側の校舎に一つずつある階段を3階まで上ることになる。
この階段が地味に辛い。
1組の僕らは昇降口から左側の校舎に入ってすぐのところにある階段を3階まで上り、一番奥にある1組と書かれた教室を目指す。
隣は2組の教室で、向かい側にはトイレと水のみ場がある。
よってトイレと水のみ場の掃除は1組の担当場所だ。
教室の中に入れば、約40人分の机と椅子が並んでいて、窓側の一番前の席の近くに先生の机があり、その隣に教卓がある。
が、40人ともなると教室は机と椅子でギッツギツ状態で教卓とそのまん前の席との距離はほぼないに等しい。
おかげで教師の視界には入りづらく、当てられることはあまりないため、実は一番後ろの席よりも穴場。
席替えでもっとも狙いたい席だったりするのだが、教師のまん前ということもあって寝るには少々厳しい席でもある。
残念ながら僕の席は所謂窓際の一番後ろという誰もが羨む席なのだが、僕としては寝られる席より当てられない席の方が好ましいため、教卓が目の前の方が有り難い。
こればかりはくじ運なので致し方ないが。
席が遠い剛造と一時的に別れた僕は今日もその誰もが羨む寝られる席に静かに腰掛け、退屈な時間の幕開けに備える。
だが、思うのだ。
退屈は退屈でも今がずっと続けばいい、と。
同級生たちは皆、「早く大人になりたい」と口を揃えて言うが僕は違う。
仕事から帰った母の愚痴を耳にするたびに大人というものは大変だと日々思わされる。
下げたくもない人に頭を下げ、上司に怒られ、汗水垂らして食い扶持を稼いでも、税金やらローンやら公共料金やら諸々に取られて手持ちに残るのはごく僅かでしかない。
家族がいれば、家族を養っていかなくてはいけないから自由に使えるお金なんてほとんどないだろう。
大人は自由だ。
自分のためにお金を使えるとか色々言っているやつがいるが果たしてそうだろうか。
親元から離れたら自分のことは自分でなんとかしないといけない。
自由なんてどれだけあるのだろう。
それならば、守られている今の方がよっぽど自由なんじゃないだろうか。
「大人になんてなりたくない・・・」
ふと呟いた言葉はガヤガヤと騒がしい同級生たちの声にかき消されて誰の耳にも届かない。
義務教育が終わるまであと2年もない。
高校を卒業するまで5年もない。
(嗚呼・・・終わってほしくないな・・・)
だけど僕は知らなかった。
誰の耳にも届いていないと思っていたその呟きが”誰か”の耳に届いていたことを。
*
退屈な学校を終えて家に帰った頃にはもう夕方だ。
仕事で母は家を空けていて帰ってくるのは夜7時を過ぎる。
それまでの間、僕はただ一人で誰もいないこの静かな空間で過ごすことになるのだが、今日は訳が違った。
「ごめんね、母さん今日ちょっと帰り遅くなるから適当にご飯食べてて。」
「・・・うん、わかった。」
かかってきた電話は母からで、今日は食事も一人きりになった。
別にそれが嫌だとは思わない。
だけど、一人だから何かしようとかそういうことも思わない。
僕は空っぽだった。
自室のベッドに仰向けに横たわって天井をただボーっと見上げる。
「今何時だろう」なんてくだらないことを考えながら。
しばらくすると眠気が襲ってくる。
ベッドにただ横たわってれば眠くもなるか、と僕はそのまま眠気を受け入れて瞳を静かに閉じた。
「・・・ターさん!・・・ピー・・・さん!ピーターさん!!!!」
「・・・ん・・・もうなんだよっ!うるさぃな・・・」
「そろそろ起きてくださいよ!!ピーターさん!」
「・・・はっ?誰それ?・・・えっ?・・・えええええええええ!!!」
「やっと起きてくれましたね!ここまで何度声をかけたと思ってるんですか!?
起こすの大変なんでボクが声をかけたらすぐに起きてくださいよ!!もうっ!」
驚いた。
目の前にいるのは僕より遥かに小さい手のひらサイズくらいの小さな女の子で宙に浮いている。
金色の髪は電気の光でキラキラと光っていて、エメラルドグリーンの瞳は宝石のよう。
どうやら一人称は”ボク”らしく、仕草が少々男っぽい感じだが可愛らしい容姿をしていた。
「どうやら僕はまだ夢の中にいるらしい・・・」
「夢の中ですよ?」
「はっ?」
「だから夢の中です。」
「えっと、どういうこと?」
「つまりですね、貴方は常日頃から”大人にはなりたくない”って思ってたじゃないですか。」
「どうしてそれを!?」
「まあまあ、まずは話を聞いてください。
だからボクがその願いを叶えてあげようと思ったんですよ。
でも、さすがにボクの力をもってしても現実で貴方の成長を止めることはできないんです。」
「は、はあ・・・」
「けど、夢の中なら可能じゃない?ってことでせめて夢の中だけでも子供のままの気分を味わってもらおうと思いまして!」
「それって叶えるってことになんの?」
「まあまあ。というわけで、早速子供らしいことしましょうよ!!」
「説明が雑すぎないか?それに子供らしいことって具体的には何すんの?」
「ずばり空を飛びましょう!!誰でも一度は憧れませんか?空を飛ぶこと!!」
「いや別に・・・」
「なんでぇえええええええええええ!?」
この妙な出会いをきっかけに僕は夢の中で小さな少女とともに様々な経験をすることになる。