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Ideal’ Garden 〜ギルド職員は冒険者より多忙です〜  作者: RinRin
ギルド職員入門編 ―第1条―
9/55

第8項 『事前準備をきちんと行ってください』



 ラウンド近隣に位置する、様々な木々が密生しドームのような形に繁茂した巨大な森『グランダム樹海』


 幾重にも重なる枝葉によって日光が遮られたその場所は、薄暗い不気味さとわずかに零れ射し込む陽の光、涼やかな空気の流れ、虫のさざめきだけが響く儚げな雰囲気が合わさり、妖艶で神聖な世界を形作っていた。


 目を瞑ってその空間に身を委ねると、自らも樹木の一部に、この樹海の一部になったかのような感覚に陥る。


 足から根が生え大地とつながったような、無数に生い茂る木々の一端でありながらこの森そのものになったかのような感覚。


 一と全、空間という存在そのものをこの身で体感することができる。


 俺は森に入るとしばらくの間、この奇妙とも快活ともいえる不思議な心地よさに身を委ねていた。



「ユーゴくん、立ったまま寝てる…?」



 目を瞑って動かなくなった俺を不審に思ったのか、ウェイライが横から話しかけてきた。



「…いや、なんでもない」



 まあ、確かに俺たちは森林浴に来たわけではない。いつまでも棒立ちしているわけにもいかなかった。


 俺はポケットから小さな黒い宝石が埋まった指輪を取り出し、それぞれ右手中指と左手人差し指にはめた。


 指輪には『エレオライト』と呼ばれる特殊な宝石が埋め込まれている。


 この宝石は放出される魔力の流れを固定し速度を速める役目があり、使うことで余計な魔力消費を抑えつつ威力を上げられ、更にスキルの使用速度も速くなる。持っているのと持っていないのとで大幅に差が出る。


 魔術スキルを主体とする冒険者は誰もが欲しがる優れたアイテムだ。


 

「あれ?そういえばユーゴくん。その指輪なに?」



 俺の手を見ながら尋ねてくるウェイライ。



「なにって…エレオライトだ。お前も着けてるじゃないか」



 俺はウェイライがはめている腕輪に着いた黒く光る宝石を指差しながら応える。


 エレオライトは大きく純度の高いものほど効果が高まるが、大きすぎても戦闘の邪魔になる場合がある。


 役職(クラス)によって大きさも形も着ける部位も千差万別なのだ。


 魔導師系統の役職(クラス)はエレオライトの質が冒険者としての強さに大きく依存するので、できるだけ大きいものを使いたがる。そのため杖など大きい道具に埋め込む。


 しかし盗賊(シーフ)はどちらかというと魔術よりも体術を主体とした立ち回りをするケースが多い。両手を空けるために腕輪やスカーフといった小物に仕込むのが主流だ。


 当然指輪を使う人間も少なくない。いくら世間知らずのウェイライでも自分の適正にあった道具の存在を知らないわけがない。

 


「そうじゃなくてほら、こっちだよ。この白いやつ」



 そう言いながらウェイライは、俺の左手小指を握りしめて顔を近づけてきた。



「ああ、こっちか」



 俺の左手の薬指には、白く濁った大きめの石が埋め込まれた指環がはめられている。これのことを言いたかったのか。


 確かに、お世辞にも綺麗とは言い難いこの宝石は装飾品には向かない。しかし戦闘を有利に進めるためのアイテムにも、白い宝石なんて俺の知る限り存在しない。


 疑問に思うのも無理はないのかもしれない。



「ユーゴくんこういうオシャレとかする人には見えないからさぁ、ちょっと気になってたんだよね」



 それはそうだ。これは俺が自分で買ったものではなく、人から貰ったものなのだから。



「これは…まあ、御守りみたいなものだ」



 俺はウェイライの手をそっと引き剥がすと、目線を逸らしながら言葉を濁した。


 隠すようなことでもないが、話すと長くなる。



「へぇ〜、御守りね」



 ウェイライもそれ以上は言及してこず、納得したのか手の力を抜いて離れていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――




「ここから先はいつモンスターが出てくるから分からんからな。注意していくぞ」



 指輪をはめて魔術スキルを使う準備をした俺は更に、筒状に丸められていた大きな紙を3枚地面に広げた。


 7フィート四方もあるその3枚の紙には縁ギリギリまで描かれた巨大な円、そしてその中に様々な記号が記されていた。



「おぉ〜、これが魔法陣」



「見るのは初めてか?」



 召喚術師(サマナー)は適正を持つ人間の数が極端に少なくとても珍しい役職(クラス)とされているのでおかしくはないが。


 俺は3枚の魔法陣に手をかざし魔力を送る。


 送った魔力が先程身につけた指輪を通して魔法陣に届くと、円をかたどっていた黒い線が淡く光を放ち始めた。


 その光はドンドン強くなっていき、やがて円の中全てが白い光で塗りつぶされる。


 そして、牛ほども大きさがある巨大な犬が、2つの光の円から1匹ずつ飛び出してきた。



 召喚術師(サマナー)固有スキル『サモン』


 契約した妖精などの使い魔の位置と所有者の位置を魔法陣を通して繋げるスキルである。


 そして召喚された使い魔は犬の姿をした妖精『クー・シー』


 俺は主に物を運んでもらう時に呼び出す。


 今回はこの2匹に大量のアッカを運んでもらう。



「あれ?こっちのは?」



 1つなにも出てきた様子のないまま光を失った魔法陣を指差したウェイライが尋ねる。



「大丈夫だ。召喚は問題なく成功した。それよりこの紐、結ぶの手伝ってくれ」



「え?あ、うん」



 ウェイライはまだなにか言いたそうであったが、俺がロープを渡すと大人しく作業に取り掛かる。


 召喚した2匹のクー・シーに大きな木箱を括り付け、2人と2匹は歩き始めた。




――――――――――――――――――――――――――――――




 苔と野芝で埋め尽くされた地面を踏みしめながら、慎重に進んでいく。


 森は死角が多くモンスターの不意打ちに遭いやすいため、周囲に警戒しながら進まなければならない。


 モンスターは高い魔力や生命力などに反応して襲ってくるため、それらを高水準で内包している冒険者という存在はまさに格好の標的なのだ。


 『サーチャー』を使えば負担を軽くできるのだが、ウェイライにはこれから大いに働いてもらわなければならないので魔力を温存する目的で使っていない。


 その代わりの意味も込めて嗅覚の優れたクー・シーを召喚したのだ。


 こうしている間も2匹は鼻をスンスンと鳴らしながらモンスターの接近に気を配っている。


 あとはこの森にいるモンスターならばいくらでも対処できる。不意打ちにだけ気をつければなにも問題はなかった。



「今更だけどさ、馬車の見張りは大丈夫だったの?」



 森は木の根がそこら中に出ている上に苔だらけで滑りやすいため、馬車を乗り入れることができない。


 そのため入り口で待機してもらっているのだが、ウェイライは心配なようだ。



「カーターさんがいるからな。大丈夫だろ」



「いやぁ、その。カーターさん1人で大丈夫なのかなって…」



 確かにぱっと見は普通のおじいちゃんなので、その疑問も最もだ。



「あの人が戦ってるところを見たら分かる。1度だけ見たことがあるが、とても60代とは思えない異常な強さだった」



 なんでもその昔、有名な格闘士(モンク)の冒険者として活躍していたらしい。


 20代から冒険者を始めて50歳で引退したらしいが、オーレンの平均寿命を下げる一因となっているほどに死亡率が高い冒険者人生を30年も生き抜いたその実力は疑うべくもないだろう。



「凄かったぞ。ゴブリンに触れただけで気絶させてたからな。魔術か体術か…なにをしたのかすら分からなかった」



「ひぇ〜」





 と、まあ。こんなとりとめのない会話をしながら歩くこと数分……。



「あ、あれじゃない?」


 

 ウェイライが指差した先を見ると確かにそれらしい木が、他の木から離れた場所に1本だけポツンと立っていた。


 足のサイズほどもある大きな葉、生命の躍動を感じさせるうねった力強い茎、そしてその先に垂れ下がった巨大な白い袋。


 アッカの木で間違い無いだろう。


 俺は周囲の地面を足で弄り、土がよく柔らかくなっているのを確認しながらウェイライに注意を促した。



「さて、本当に危ないのはここからだからな。しくじるなよ」



「う〜ん、信頼ないなぁ」



 ウェイライの初陣ということもありやや忠告し過ぎたようなのか、頬を膨らませ拗ねてしまった。



「まあ、仕方ないか!はじめてのお仕事だもんね。見ててよ、ここで活躍してあたしが使い物になるってことを証明してあげるから!」



 しかしすぐに立ち直るウェイライ。禍根が残りにくそうな性格で助かる。



(まあ、心配なんてしないけどな)



 天の目(サンヘッド)初勤務にしてラウンドに派遣されたという事実が、上が彼女を相当有望視していると証明している。



 身体を伸ばして準備運動をしているウェイライを一瞬だけ横目で見やるとすぐに視線を戻し、頭の中で今日の作戦の復習を開始した。



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