第10項 『明るく照らしてください』
外から見た印象通り屋敷の中は暗く、カビ臭い空気が充満していた。
足の踏み場もないほどに様々な物が散乱し埃かぶっている。
1歩踏み出すたびに顔や手などに蜘蛛の巣がまとわりつき、少なくともここ1階はほとんど使われていないということがうかがえる。
「さて、今日は上か……下か」
現に今は1階はほとんど使っていないらしく、このだだ広い空間は物置としてしか使っていないそうだ。
俺は足元に注意しながらゆっくりと、階段のあるところまで歩いていく。
しかし、なにか硬いものを踏みつけてしまったのか足元からパキッ!となにかが割れる音がした。
ほとんどなにも見えないので、何を踏んだのかすら分からない。
「……今日はいつにも増して暗いな。さすがに光源出しとくか―――」
「ひぃぃぃぃ……あぁぁぁぁ……」
……後ろから押し殺すような静かな悲鳴じみたものが聴こえてくる。
声の主はカザキリ以外には考えられないのだが、同じ人間から発せられたとは思えないひどくか細い声であった。
「カザキリお前……暗いところが怖いのか」
「全然平気です!オバケなんて怖くありません!」
「ああ、そうだな。俺の早とちりだった」
怖いのはオバケのほうね。
(早いところ光源出してやらないと。保ちそうにないな)
俺は右手のひらを上に向けて、魔術スキルの詠唱を開始した。
「『フォトンスフィア』」
唱えると同時、俺の右手の上に光る線が浮き上がる。
やがて線の繋がりが空中に1つの丸い魔法陣を紡ぎ出し、その円の中央から光り輝く球体が2つ飛び出してきた。
その球体の優しい光が、俺とカザキリの周囲を明るく照らし始める。
「よし、見えるようになった。行くぞ」
「へぇ〜、光る玉が……これもスキルっていうやつなんですか」
カザキリが球体を指先で突きながら呟く。当然、光の塊は実体を持たないのでその指は球体を貫通していく。
「そうだ。魔術スキルは魔法陣の組み方次第で無限の可能性があるからな。研究はかなり捗るぞ」
足元を光球で照らしながら進んでいくうちに、下りと上りの階段がある踊り場に到着した。
1階のフロアと違って階段と踊り場だけが奇妙なほど綺麗に片付けられており、まるで別の空間に移動したかのような感覚を覚える。
「さて、今日はどうやら……上にいるみたいだな。上るぞ」
階段の方に耳を傾けると、僅かにだが上の階から金属を打ち付ける鈍い音が聴こえてきた。
その音に従い2階へと上がっていく。
「全く……いい加減1階にも灯りを置いてくれよ。魔力だってタダじゃないんだぞ?」
2階のフロアは壁に一定の間隔でランプが吊り下げられており、オレンジ色の揺らめく光が広い空間を満たしていた。
入ってすぐ視界に映り込んだ、部屋の中央に設けられた台座の上で小鎚を振るう1人の人間に声をかける。
「ん〜、使ってない階に回すランプなんて持ってないからね。援助金増やしてくれるならそこから出してもいいけど」
気だるげな口調でこちらを見もせずに呟くのは、ボサボサの金髪を短く束ねた薄着の女性。
剣……槍……鎧……盾……。冒険者が使いそうな様々な武器が飾られた棚に囲まれて、1人目の前の作業に没頭していた。
飾られている道具はどれも標準の形から外れ、個性的であったり機能的であったり、実に様々なバリエーションで溢れかえっている。
「なら1階を研究所のスペースにすればいいじゃないか。なんであんなに散らかして……物置にしちゃってるんだよ」
「いや、さすがにあそこまで散らかってると片付けるの面倒だし。ていうか散らかしたの私じゃないからそんなこと言われても困るっていうか……」
そこまで言ってようやく顔を上げこちらに目を向けると、見慣れない人物が立っていることに気づいたのか動かしていた口を一旦止めて黙り込んでしまった。
そのままの体勢で首を右に左に動かして、俺とカザキリの顔に交互に視線を移す。
……やはり、紹介はしないといけないか。
「あ〜、コイツは最近冒険者になったカザキリソウイチ。サイネル人だ。今日はこいつが使う武器とか防具を見繕いにきた」
「……」
紹介を受けてもまだ黙ったままだったが、しばらくしてようやく腑に落ちたのか胸の前で手をポンっと打ち、いそいそと周囲の道具を片付け始めた。
「……あ、あ〜〜〜新人さんね。いや、パーカーくんが人を連れてくるなんて珍しい。ちょっち待って待って、今お茶とお菓子でも用意するから」
カザキリの存在を認識して初めてもてなしの態度を取り始めるとは……俺は完全に客として認識されていないという証拠である。
「あの、あの方が例の鍛冶屋さんなんですか?」
ここにきてようやく冷静さを取り戻したカザキリが、目の前で適当な片付け作業をしている女性を見て耳打ちしてくる。
「そうだ。鍛冶屋でもあるが……普段やっている作業はそれとは少し違うな」
俺は倒れていた小さな台座の1つを立て直し、その上に腰掛ける。
そして彼女の方を指差し、その名前を口に出してカザキリに紹介する。
「あいつの名前はシェルビー。鍛冶屋でもあり、道具開発も行う研究者だ」




