末項 『カッコつけてください』
薄暗い階段を、手探りで少しずつ下に下に降りていく。
なぜわざわざこんな不便なところに会議室など設けたのか疑問だが、できてしまったものは仕方がない。
最後の1段を降り終えると、だだ広い石造りの大部屋に足が着く。
大部屋と言っても、四方の広さは40フィートにも満たない。この建物にはここ以上に広い部屋がないので便宜上そう呼んでいるに過ぎない。
壁に取り付けてある複数のランプの炎の灯りだけが、この部屋の光源だ。地下室のため、日の光は決して入ってはこない。
俺が所属している組織……『無術師団』の会議室だ。
部屋の中央には大きな四角いテーブルが設置されてあり、四隅と上座に計5つの椅子が置かれている。
そのうちの3つは既に埋まっており、各々決められた自分の定位置に居座っていた。
この場に4人の人間がいるというのに、誰も言葉を発しようとはしない。
俺が席に座るのを待っているのだろう。
「……」
俺も空いている席の1つに腰掛けると、全員揃ったことを示すように1度大きく深呼吸して口を開いた。
「全員揃ったぞ。なんの目的で集めたのか話してもらおうか、名無しさんよ」
俺はテーブルの向こう側、上座の位置を睨みつけながら吐き捨てる。
俺の視線の先……テーブルの孤立する位置に堂々と座り込むのは、灰色の長髪をツーサイドアップでまとめた13、4歳ほどの小さな少女だった。
この場の誰よりも実力がある。しかし目的も、素性も、なにもかもを隠して距離を取ろうとする謎の多い人物である。
正直、なぜ無術師団に身を置いているのかすら分からない。
名前すら明かさないため、メンバーの面々からはニックネームとして『ジェンドゥ』と呼ばれている。
「…」
「な、なんだよ」
ジェンドゥは睨むわけでも、嗤うわけでもなく、ただ俺の方を無気力に向くだけだった。
しかし、それだけ。たったそれだけの行為で、先ほどまで挑発的だった俺の態度を自粛させてしまう。
ランプの灯りに照らされ光る紫の瞳は、心の底まで全て見すかすような不気味さと透明感を持って俺を映し出す。
我ながら情けないことではあるが…口調と態度を強くするくらいでしかこの少女に対抗するすべがなかった。
そんな不思議な…不気味な雰囲気を漂わせる少女が、ゆっくりと口を開く。
「なんでもありません。ただ……ハイデンさんがいらっしゃらないのにと疑問に思いまして」
「ハイデン…ああ、あいつなら捕まったよ。今頃牢屋の中で寝てるんじゃないか」
俺の言葉に、この部屋にいる全員が驚きの表情を浮かべた。
当然だ。この場にいる人間は……空席に座るはずだったハイデンも含めて全員、単独での行動が許された実力者『術師長』と呼ばれる存在なのだから。
捕まることなど最初から想定に入れていなかったメンバーなのだから。
「合流場所が割れていたらしくてな。待ち伏せされていた。天の目の人間と街中で正面衝突したらしいが、相手が悪かった。さすがに逃げ切れなかったみたいだ」
「そうなんだ……どうしよう、それは困ったことになったね。彼の部隊の団員もどうにかしないと……」
横から術師長の1人、ダグラスが会話に入ってくる。
特にハイデンと仲が良かったため、このメンバーの中では最も心中穏やかではないだろう。
そんな彼の心を気遣う気配もなく、ジェンドゥは再び口を開く。
「それはお気の毒ですが……街中で戦闘を行ったのですか。私言いましたよね、協力する条件は『なるだけ穏便に』『無関係の人間を巻き込まない』『大勢の前でスキルを使わない』……ハイデンさん1つも守れていないではないですか」
「うるせーな……なんでリーダーになった気でいるんだよクソガキ」
ジェンドゥの物言いにカチンと来た俺はら反射的に言い返していた。
ピリッ……と、場に緊張が走る。
臨戦態勢に入った俺の衣服の端とジェンドゥの髪先が、目に見えぬ力でゆらゆらと揺らめき始めた。
ランプの炎が1つ、また1つと搔き消え、部屋が暗さを増していく。
双方強力な風属性魔術の使い手。まだ魔法陣を結んですらいないというのに、魔術を使うその前兆の余波のみで空気の流れが捻じ曲げられる。
一触即発の雰囲気を破ったのは俺でも、ジェンドゥでも、ダグラスでもなかった。
「『フォトンスフィア』」
「「っ!?」」
ここまで始終無言を貫いていた女の詠唱が響くと同時、空中に無数の光の球が浮かび上がる。
完全なる闇に包まれかけていた地下室を、一瞬にして太陽のごとき強烈な光で満たした。
「やっぱり、部屋が暗いからみんなドンヨリした気分になるんだよ~。これくらい明るくして、みんなちゃんとお互いの表情をよく見て話せば、も~っと仲良くできると思うよ~」
「ハリエット……」
ハリエット。彼女の魔術が生み出す光とその独特なテンポの喋り方は、対峙する人間から敵意や悪意…マイナスの感情をことごとく削いでいく。
正直、この娘がいなければ無術師団は今頃2回は解散の危機に瀕していただろうと思う。それほどまでにメンバー同士を繋ぐ架け橋として重要な役割を果たしている人物だった。
「そ・れ・か・ら~っ、みんなを呼んだのはわたし、ハリエットちゃんだからね。ジェンドゥちゃんには集めるのを手伝ってもらっただけ、だ、よ~」
「そ、そうか。それは悪かった」
すっかり毒気の抜かれた俺たちは、ハリエットの作り出した太陽のごとき光に煌々と照らされながら、皆素直に本題の話に耳を傾けた。
ジェンドゥはまだなにやら不満そうな顔を浮かべていたが、いつものことなので誰も相手にはしない。
「最近、私たちのことを嗅ぎまわっている人たちがいるみたいなんだ~。もしかしたら、私たちがラウンドに潜伏していることがバレちった……かもん」
「「……」」
皆思うところがあるのか、それぞれ表情を歪ませはするが誰も口を開こうとはしない。
先の話を促しているのだ。
「あんまり大々的に動いてはいないらしいから~、たぶんあちらも『表』の人たちではないんだろうね~。私たちをエイっ!てね、しちゃうのにためらいはないかもん」
口調は丸みを帯びているので感じ取りにくいが……要するに「殺される危険性が上がったから気をつけろ」とい
う、かなりぶっそうな注意喚起だ。
「それでね~、そろそろ私たち無術師団の元々の目的……『占術師の解放』の段取りを組もうと思って~。ラウンドの占術師さんもそろそろ自由にしてあげるべきだよ…………ね?」




