第23項 『離れてください』
気絶した男を召喚したロープで縛り終えたところで、鎧に身を包んだ衛兵4人が騒ぎを聞きつけこちらにやってきた。
仕事柄暴れる冒険者を取り押さえ衛兵に引き渡す、ということは稀によくあるので知り合いも多い。
もしかしたら知ってる顔がいるかもしれないと期待したが、残念ながら4人とも初めて見る人たちだった。
国直属の衛兵であれば、俺が今着ている真っ黒なマントを見れば一目で天の目だと認識できるはずだが、念のためネックレスに着けているシンボルも見せて状況を説明した。
知り合いが1人でもいれば俺の素性などを話す手間が省けるので助かったのだが仕方ない。
俺の説明を受けた衛兵4人は互いに顔を見合わせると無言でうなずき合い、縛られて床に転がされている男に手を伸ばし始めた。
2人の衛兵が縛られた男を抱え歩いて行き、1人がその後ろをついて行く。
最後に残った1人がこちらに向き直り、敬礼をしながら話しかけてきた。
「……分かりました。あとの事はこちらで処理しておくのでもう大丈夫です。ご苦労様でした」
「……はい」
正直言って、今回の騒動は不可解な点が多い。
あれだけの実力者が昼間にこんな騒ぎを起こした理由も気になるし、なによりあの男自身の素性も気になる。
衛兵はあの男1人を連れて行ってしまったが、そもそも単独犯とも限らない。この事件はまだ終わっていない可能性だってある。
しかし、天の目の仕事は暴れる冒険者を抑えることであって、事件を調べて罰することではない。
いくら気がかりでもこれ以上踏み込むことは出来ないし、ギルドの立場を考えると衛兵に逆らうのもよろしくない。
ここは素直に引いて方が良いだろう。
(そういえば…ウィアトールとカザキリが置き去りだったな)
仕事の事でいっぱいだった頭を1度リセットし冷静になると、今度はあの2人のことが気になり始めた。
辺りを見回すと、俺が立っている場所から数十フィート離れて、俺を取り囲むように人集りが出来ていた。
先程派手な戦闘があったばかりなので近づきたくはないが、野次馬本能で騒ぎの中心を見てみたい。そんな考えの人間の集まりだろう。
正直、なにも悪いことはしていないのに変に注目されて居心地が悪い。
幸いこの現場はカザキリと別れた場所からさほど離れていない。
さっさと2人を見つけて目的地に行こう。そう思ってこの場を離れようと後ろを振り向いた時。
「……あ」
「っ!」
小柄な体型で必死に人混みをかき分け、周りの人間よりも1歩前に進み出てきた女の子と目が合った。
「………ウィアトー、ル?」
邪魔だったのか長いコック帽を外して右手に握りしめ、肩で息をしながらこちらを見てくるウィアトール。
その姿は普段の彼女のイメージからかけ離れすぎていて、あの女の子がウィアトールであることを認識するのに多少時間がかかってしまった。
いや、それだけではない。
俺が彼女を認識するのに時間がかかった最も大きな要因。
ウィアトールは顔を真っ赤にして眉を吊り上げ、口をキュッと結んだ状態でこちらを見つめていた。
知り合ってからずっと無表情だった普段の態度からは考
えられない。笑っているところどころか頬の筋肉を使っているところすら見たことのない俺にとっては、幻獣でも発見したかの如き衝撃だ。
そんな呆けた顔で見つめていると、目が合ったことに気づいたウィアトールが、俺が驚きで固まっているのには構わず大股でズンズンと近づいて来た。
俺はあまり人に関心を向ける性格ではないので、感情の起伏などに少々鈍感なのは自覚している。
しかし、この時ばかりはウィアトールの感情がよく分かった。
その表情を見た瞬間に、嫌でも気づいてしまった。
―――カンカンに怒ってらっしゃる。
(あれ?でも……)
怒っていることはわかったが、なぜ怒っているのかが理解できない。
(途中で置いてけぼりにしたから?いやいや、あの後すぐに騒ぎがあったんだから仕方なかったじゃないか。それくらいはウィアトールも分かってるはず)
まず頭の中に浮かんだ説を速攻で否定する。
(街中で暴れ回ったから?いや、さすがに違うだろ。暴漢を取り押さえるための処置だ。むしろ惚れられたっておかしくない功績じゃないか)
脳内で思考をグルグル回している最中も、ウィアトールはドンドン近づいてくる。
「わ、分かった。話をしようかウィアトール。まずなんでお前そんなに怒って―――」
どれだけ考えても答えが分からず、とりあえずギブアップするように両手を上に広げる。
そのままなんに対してかも分からない弁明を始めようとした直後、
「―――え」
丁度俺が手を上げたことで空いた腰の辺りにフワリと、心地よく、それでいて力強く巻きつく小さなものがあった。
「ちょ……ウィ、ウィアトール?」
目の前まで歩いてきたウィアトールが俺の背中に手を回し、腹に顔を埋めて………。
泣いていた。
「!」
声を出すまいと…いや、泣くまいと必死で堪えているのだが、抑えきれないほどの嗚咽と涙が溢れ俺のローブを濡らしていく。
厚手の服を貫いて、生暖かい涙が俺の腹部まで浸透していくのを感じる。
「ユーゴ……よかった。生きてる……ヒッ………生きてる……っ!」
「……、」
どうやら俺は、やはり人の感情に対しては本当に鈍感らしい。自分でも呆れるほどに思い知らされる。
ウィアトールは…この少女は怒っていたのではない。危険な戦闘に身を投じる俺を案じて、俺を心配して泣いてくれていたのだ。
終わってみればあっと言う間であったが、確かに俺はあの時本来なら死んでいたかもしれないのだ。
(また…俺が弱いせいで心配かけちまったな)
ウィアトールは溢れる涙を隠すためか、俺の黒いローブに鼻を口を潰すようにして押し付けている。
普段のウィアトールからは想像もつかない表情、声、行動に面食らうが、今はそれに反応している場合ではない。
その様子を見ているうちに、先ほどまで混乱していた自分自身の頭の中が急激にクールダウンしていくのを感じる。
俺は上げていた手をそっと下げると、そのまま静かにウィアトールの小さな背中に回した。
飴細工を包み込むかのように優しく、毛布の柔さを感じるかの如く力強く、その体を抱き寄せる。
「……っ」
ビクリッ!と体を一瞬強張らせるウィアトール。
「……ん」
しかしそれ以上は動くことなく、互いの抱擁に身を委ねるように脱力する。
俺はウィアトールが泣き止むまで、周囲から来る好奇の視線も気にせずに彼女を抱きしめ続けた。




