第21項 『武器を扱ってください』
「ぐえっ!?」
壁の向こう側から、男の間の抜けた声が聞こえてきた。
水を挟んでいるためボヤけて見づらいが、男がルーカスに右手を噛まれて暴れまわっていることは分かる。
先程地面に落とした手のひらサイズの魔法陣でルーカスを呼び出し、透明化して男の背後まで回り込んでもらう作戦が成功したらしい。
あのルーカスは元々カザキリに見せるために召喚する予定だったので、『ディバイド』で9分の1に分霊していたもの。当然力も約9分の1に落ちている。
なのでルーカス単体では、透明化で気づかれずに近づくことはできても男を倒すことは出来ない。
そこで俺がルーカスに出した指示は1つ。
――――――ロッドを奪え。
この程度ならば小型のルーカスでも、相手の不意を突けば可能。
特に相手はおそらく魔術主体の魔導師系統の役職。近間に潜られることに慣れていないはず。
あの見るからに高品質のロッドを奪うことが出来れば、一気に相手の戦力を削ることができる。
『アクアモルド』を解除できる可能性も上がるだろう。
「キャンッ!」
壁の向こう側からルーカスの鳴き声が響いてきた。受けた指示が成功したときの合図だ。
つまり、男の手からロッドを強奪したということ。
鳴き声が響くとほぼ同時に壁の目の前に到達した俺は、走り込む勢いのまま右手に持ってい木の板を前方に突き出し、その魔法陣に勢いよく魔力を注入した。
光を放つ円の中から飛び出してきたのは、陽の光を浴びて鈍く輝く金属製の短槍。
アッカ採集の時のロープと同じ原理で召喚し、宿した使い魔に推進力を出させることで、予備動作ほぼ無しで強力な突きを打ち出すことができる。
貫通力に特化した鉛色の短槍は、ロッドを失い強度が弱まった水の壁をいとも容易く貫いた。
「ぬあっ!?」
壁の向こう側から驚きの声が上がる。
当然だ。召喚術師が扱う魔法陣の中から槍が飛び出てくるなど誰が予想できようか。
しかし、この槍は直接男に向けて射ったわけではない。素性もわからない男を殺すわけにはいかないからだ。
目的はあくまで、『アクアモルド』によって生成されたこの水を崩すこと。
俺は射出した短槍をそのまま掴み取り、切り裂くように横に薙ぎ払おうと手に力を込めた。
「…ぐっ」
しかし、動かない。エレオライトの恩恵を失ったとはいえ、相手はこの魔術に自身のほぼ全ての神経を集中させているのだ。
この程度ではまだパワー不足。
「!!」
そう判断した俺は迷うことなく、再び『百火掌』を発動。全身を巡る血の速度が爆発的に上昇し、体温が跳ね上がる。
しかしその時、俺の体に異変が起きた。
スキルを発動した瞬間鼻の奥のナニかが切れたのを感じた。
ツンと不快な感覚が鼻を襲い古臭い鉄の匂いがしたと思うと、右側の視界が赤く染まり始める。
それと同時に、頰を生温かい液体が滴っていくのを感じた。
右目からの出血。
本来数秒かけて発動させなければならない『百火掌』を瞬間的、爆殺的に使用してしまったためだろう。
ただでさえ連発は危険とされるスキルを正しく使わなかった代償が体に現れたのだ。
しかし、今はそんなことは意に介さない。
ここで止まれば殺されるのだ。片目に気をかけている時間はない。
俺は右目から溢れる血を撒き散らしながら、スキルで底上げした筋力と瞬発力を使って今度こそ槍を横一文字に振り抜いた。
しかし、短槍の刃によって端から端まで切断された水は、空中で2つに分かれながらもまだ壁の形を保っている。
(まだ足りないっ)
更に、左手に持っていた魔法陣からも槍を召喚。水の壁の真ん中上方に2つ目の穴をこじ開け、今度は左手で縦に切り裂く。
すると、十字に裂かれ大きく損傷した水の壁が揺らめき始める。型に嵌められたかのように固定されていたその輪郭が崩れ去り、水本来の流動性を取り戻す。
その液体は主の統制から離れ、バシャバシャと音を立てながら地面に流れ落ちて行った。
『アクアモルド』は使用者がイメージした形、動きを水に反映させる魔術。
外から強引に形を変えられ使用者のイメージで作られた型が崩れると、この魔術は自動的に解けてしまうのだ。
もう一度操るためには、再度型をイメージしながら魔力を込める必要がある。
「クソッ!」
男はもう一度『アクアモルド』を使おうと右手を振り上げようとするが、もう遅い。
丸腰の魔術師と槍を持った召喚術師がこの距離で向き合った時、どちらに分があるか言うまでもない。
俺は右手に持っていた短槍をその場で投げ捨てた。片手で1本ずつ扱うのは無理だからだ。
そのまま左手に持っていた短槍を両手で握りしめると、柄と石突きの部分を使って男の鳩尾、左足首を順に殴打した。
(よしっ)
完璧に入った。常人ならば確実に立っていられないほどのダメージ。
そのまま頭を叩いて完全に意識を絶とうと試みるが…。
「っ!」
突如地面に広がっていた水の一部が弾け、周囲に拡散した。
俺はそれを避けるため振りかぶっていた槍を下ろし、真後ろに飛んで距離を取る。
(驚いた。まだ立っていられるとは)
おそらく『アクアモルド』とは別の水を操るスキルを使って爆発させたのだろうが、威力が弱すぎる。たとえ当たっていたとしても大したダメージにはならなかっただろう。
男が最後の力を振り絞って放った足掻きだろう。目が虚になっているあの様子を見れば、あと1発入れればダウンするであろうことは明白。
右手を着いて着地した俺は、再び男に飛びかかろうと足に力を込め地面を踏みしめる。
しかし、折り曲げて力を溜めた脚を解放しようとした時、それに気づいた。
「……………ぅ」
男が、俺に殴られた腹の部分を抑えてフラフラしている。
「…」
口からよだれが垂れ落ち、顔は蒼白で白目を剥きかけている。
どうやら、もうとっくに限界だったらしい。
男はよろけていた体の動きが止まったかと思うと、手を腹に当てたまま膝から地面に崩れ落ちた。




