第20項 『気を配ってください』
「はぁ…はぁ…クソっ。めんどくせぇ……」
呟きながら俺は手に持っていたロッドを振り上げ、円状の刃を形作った。
そのまま相手が反応できないほどの速度で刃の範囲を広げ、周囲を飛び交う目障りな鳥たちを1羽残らず切り刻む。
アミティアの樹液が混ざったこの特殊溶液は魔力に対して敏感になるため、俺がスキルを発動してからの反応速度が通常の水よりも速い。
更に、魔力と強く結びつくという性質上『アクアモルド』の強度も跳ね上がる。
(……さて)
男が操る使い魔たちを一通り片付けた俺は後ろを振り返り、構えを取る。
逃げ切るよりも殺してしまったほうが早いと判断したからだ。
さきほど『サモン』を使っていたことから召喚術師であることは確定。しかし見たところ大きな魔法陣は所持していない。つまり大型の使い魔は召喚できない。召喚できてもせいぜいポケットに入るサイズの小型くらいのものだろう。
この状況なら、たとえ相手が格上だろうとこちらが圧倒的に有利。
それを知ってか知らずか、召喚術師の男は懲りずにこちら目掛けて走り始める。
このまま馬鹿正直に突っ込んできても俺の『アクアモルド』に切り刻まれるだけ。必ずなにかしらのアクションを起こしてくるはずだが……。
(ん?)
男が走りながら、片手を隠すように後ろに回したのが見えた。
単純な魔法遠距離攻撃を仕掛けるのであれば、手は前にかざすのが普通。わざわざ後ろに回す必要はない。
この時点で魔法による攻撃の線はほぼ消えたと見ていいだろう。
あと可能性として浮かぶ次の行動は……後ろに回した手で腰に差しているナイフを抜き取って投げつける、もう片方の手に持っている小さな魔法陣から何かを召喚する、先程見せた体術スキルで加速しこちらのタイミングを外す、と言ったところか。
召喚術師は通常、戦闘は使い魔に任せ自身はサポートに徹するという立ち回りをする。
しかし今戦っているこの男は逆。使い魔にサポートをさせて自分が積極的に攻撃に加わっている。
俺が認識しているセオリーが通じないため、なにをしてくるのか読むことができない。
(クソ…ほんと厄介なっ)
俺が思考をフル回転させていると、男の背後から淡く光る球体が飛び出してくるのが見えた。
おそらく、背後に回した男の手から放たれた光属性の魔法だろう。
(そうか…目眩し!)
その光を見た瞬間、俺は男が次に出る行動を察知した。
なるほど、悪くない選択だ。『アクアモルド』は水が変形していくイメージを明確に持たなければならないため目を瞑った状態ではほとんど機能しない。このスキルの弱点を突きにきたわけだ。
光による目眩しを狙っているのだとすれば、男が手を後ろに回した行動にも合点がいく。
光を使った目眩しは使用者本人の目も焼いてしまう恐れがあるため、自分の背後…少なくとも頭上で光らせる必要があるからだ。
俺は1つの確信を持って、右手に握りしめていたロッドを力強く横に振り抜いた。
高純度のエレオライトを通して爆発的に加速、強化された魔力が溶液に伝わり、瞬時に俺の抱いたイメージ通りの形に再構成される。
つぎの瞬間には、俺の目の前には分厚い水の壁が形成されていた。
水で目眩しの光を吸収、分散してやりすごす。
『アクアモルド』は扱いが非常に難しく、素早く変形させようと思うと壁状や棒状のように単純な形にしかできない。
しかしあの男に、アミティアの樹液と5つのエレオライトによって強化されたこの溶液の塊を壊す手段はない。必ず手前で足が止まる。
その一瞬の隙さえあれば、槍状でも斧状でも好きに変形させられる。
そうなればあとはこちらの思うがまま。自在に蠢く硬質の水の前にあの男はどうすることもできずその命を終えることになる。
「っ!」
そこまで思考したところで、予想通り男の頭上に昇った光の球が眩い光を放った。
一瞬だが、分厚い水の壁全体が白く塗りつぶされるほどの強烈な閃光。対策をしていてもなお、ほんの少し目がチカチカする。
だが、ここまで。
俺は相手の手を完全に読み切った。もう奴に俺を倒す術はない。
あとはあの男の動きが止まる間に溶液を武器に変形させれば良い。
(さて、どう料理して――――――)
こちらに向かってくる男を一瞥してから、ロッドを振り上げようと手に力を入れた次の瞬間。
ロッドを握った右腕を激痛が襲った。
「ぐえっ!?」
横を見ると、どこから現れたのか超小型の可愛らしい犬が1匹、俺の手首に噛り付いていた。
(コイツ、いつの間に……っ!)
反射的に、振りほどこうと腕を上下に激しく揺らすが一向に離す気配がない。小さいクセに俺の腕をガッチリと噛んで動かない。
どうやって俺に気付かれずにここまで接近したのかは分からないが、おそらくあの召喚術師の使い魔だろう。小さいので大した脅威ではないが、とにかくこのまま右腕を噛まれていては邪魔で仕方がない。
このままコイツに構っていたら、目の前の男を倒すチャンスを逃してしまう。
焦った俺はローブの下から左手を出して、犬の尻尾を掴み取ろうと試みた。
「ああっ!」
しかし、右手の力が緩んだ一瞬の隙を突いた犬が、俺の握っていたエレオライトのロッドを口で毟り取り、首を器用に振り回して遠くに投げ捨ててしまった。
カラカラカラッと乾いた音を立てながらタイルの上を転がっていくロッド。
―――まずい。
あのロッドは高品質のエレオライトを5つも埋め込んだ高級品。
あれがなくなると『アクアモルド』の制御速度と硬度が一気に落ちてしまう。
俺は反射的にロッドが飛んで行った先を目で追いかけるが……その行動がマズかった。
「っ!!」
目を離した次の瞬間、前方に張っていた水の壁が、横一直線に大きく切り裂かれた。




