第16項 『証明してください』
老人のもとを離れた俺たち3人は、中央街の中でも特に人の多い密集地帯に来ていた。
押し寄せる人の波の動きは非常に激しく、連れと共に歩く際は気をしっかり配っておかなければ簡単にはぐれてしまう。
街をほとんど歩いたことのないウィアトールとカザキリがはぐれるのはかなり厄介だ。
自分とはぐれぬよう2人に注意を促そうと振り返ると、カザキリが難しい顔をして街の風景を見渡しているのが見えた。
今俺たちが歩いているこの場所は人通りが多く、すれ違う人としょっちゅう肩がぶつかるレベルで混雑しているのであまり立ち止まって欲しくないのだが……。
「どうした?カザキリ。そうか、慣れない異世界の雰囲気に当てられて緊張したか?」
軽口のつもりで言ったのだが、俺の言葉を聞いた途端にカザキリの表情がほんの少しだけ曇ったのが見えた。
「いえ、その…なんというか。ぎゃ、逆なんですよ」
「逆?」
どういうことだ?
「いえ、つまりですね。ここ、本当に異世界なのかな〜って。今頃になってこんなこと疑問に思うのもおかしいですけど。風景なんかはもう本当に、異世界!というか、よくある中世ファンタジーみたいなんですけど」
「けど?」
俺の相槌に一瞬躊躇いを見せるカザキリ。しかし会話を止めた方がむしろ失礼だと思い直したのか、こちらに向き直り再び口を動かし始めた。
「その…こういう風景だけなら僕がいた世界にも普通にあるんですよね。外国なら」
「え?そうなのか?」
しかしたしかに言われてみれば、俺はカザキリが元いた世界を見たことがない。この風景がカザキリのいた世界とどのくらい違っているかなど分かりようがないのだ。
「はい。ユーゴさんから天使の話を聞かされて、その話通りの痣もあったからなんとなく信じちゃってましたけど…。今のところ僕、ここが本当に異世界だと確信できるものを見てないんですよね。使われてる言語も…ほぼ英語ですし」
申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見上げてくるカザキリ。助けてもらった恩人を疑うのは気がひけるということなのだろうが。
「なるほど。つまり君はここが異世界ではなく、ただの外国である可能性があると言いたいわけだ」
「はい…う、疑ってるわけじゃないんですよ!?何度か見たこともない生き物だとか道具は目にしたのですけど、どれも断定するには弱くて。その…この目ではっきり証拠となるものを見たいというか…」
証拠か。しかしこれは少し難しい問題だ。
この世界にあってカザキリの世界にないものを見せなければならないわけだが、俺自身がカザキリのいた世界を知らないので、なにがそれに該当するのか見当がつかない。
「うむ…じゃあ、これ。煉瓦壁に漆喰塗って固めた壁だ。すごいだろ?かなり頑丈だし熱に強いんだ」
言いながら俺は手近にあった民家の壁をコツコツと叩いた。
「いやぁ、それは僕がいた世界にもありますね。ていうかそれより高性能な壁が普及してると思います」
なんと。
オーレン有数の技師たちが死にものぐるいで完成させた壁を一蹴されてしまった。
「な、なら…このプレートはどうだ?」
俺は懐から鉄製の板を取り出した。冒険者であることを証明するライセンスである。
このカードには細かい字で様々な情報や模様が刻まれている。
「見ろ。鉄をここまで細かく加工できるなんてすごいだろ?特にここほら、黒い石を埋め込んでるんだ」
「はい。それもできます」
「……嘘だろ」
なんでそんな当たり前みたいな顔で返せるんだ。鉄だぞ?
「よ、よし。ならとっておきを見せてやる」
再び懐に手を伸ばし、今朝使ったままうっかり持ってきてしまっていたブツを抜き取る。
「これだ」
リーディングストーンである。
光の屈折?がどうとかで字を大きくし、目が悪い人間でも簡単に本を読むことができるハイテク最新道具である。
いくら異世界生まれのボンボンでもこれには驚きの―――
「うわぁ、懐かしいなぁ。これ新聞とか読むときに使うやつですよね?ひいおじいちゃんが使ってた記憶があります」
「ひい…おじいちゃん?」
なんということだ。こちらの世界では最先端を行く技術も、カザキリの世界ではすでに使い古されたものとしてあしらわれてしまう。
この時俺は、文明機器ではまるで太刀打ちできないということを確信した。
(まずい。実際にモノを見せるのが一番手っ取り早いと思ったが…想像以上に難しいぞこれは)
俺が目の前の難題にフリーズしていると、少し考え込んだ素振りを見せていたカザキリが口を開いた。
「この世界には冒険者っていう職業があるんですよね?モンスターという危険な生き物を倒すのが主なお仕事なのだとか。そのモンスターを見せていただくことはできませんか?」
「…難しいな。普通は街中にモンスターなんていないし」
一応この街には冒険者とモンスターの戦闘を見世物にした施設も存在するのだが、現在は建物の補修作業中で入ることができない。
そもそもモンスターという存在自体、カザキリの世界にはいないという保証もない。
今のノリではグリフォンを見て「こっちの世界ではペットとして大人気です」くらい言ってきそうで恐い。
(しかしそうだな…試しにルーカスでも召喚してみるか)
それでも、やはり手っ取り早く信じてもらうためには何かしらの現物を見てもらったほうが良い。
『ディバイド』で分霊した状態であれば、往来で出しても周りに迷惑はかからないだろう。
そう思いなおし、羽ペンと羊皮紙を取り出そうと懐に手を伸ばすと―――
「……そういえば、一緒にいた女の子はどこに行ったんでしょうか」
カザキリがポツリと呟いた。
「……ウィアトールか?」
言われてみれば、確かに。
振り返ると、いつのまにか先ほどまでそこにいたはずのコックコートを着た小柄な少女の姿が消えて無くなっていた。
「…あー」
(参ったな。こんな人が多いところではぐれたら面倒だぞ)
辺りをよく見回してみるが、やはりそれらしい影は見当たらない。
人混みに揉まれて後ろに押しやられたのかもしれない。
俺はカザキリとの会話に夢中になりすぎていたことを少しだけ後悔しながら、丁度今懐から取り出そうとしていた羽ペンと4枚の大きめの木の板、そして手の平サイズの小さな木の板1枚を素早く引き抜いた。
こうなったら使い魔を召喚して捜索を手伝ってもらう。打てる手は早いうちに打っておいた方が良い。
「なにをしてるんですか?」
「魔法陣描いてるのさ。使い魔を呼んでウィアトールを探してもらう」
「へ?魔法陣?」
それを聞いたカザキリが、興味深そうにこちらを覗き込んできた。
(なんだ?リーディングストーンに反応しなかったわりに魔法陣には食いつくんだな)
若干視線を気にしつつも俺は、木材に布を張ったキャンバス状の板に魔法陣を描き出した。
この板は作るのに手間がかかるため本当はあまり使いたくはないのだが、立ったままグニャグニャと変形する紙に描くのは大変なので仕方ない。
描くこと数十秒、歩きながらだったのでいつもより遅くなってしまったが、大きな魔法陣4枚、小さな魔法陣1枚が完成した。
途中カザキリがなにか話しかけてきてたような気がするが、集中していたせいで全く聞こえなかった。
「……よし」
「え…あの、ユーゴさん。本当にこの模様で召喚ができるんですか」
「なんだその反応。まさかお前、魔法陣見るの初めてか?」
そう言いながらポケットからエレオライトの宝石がついた指輪を取り出すのとほぼ同時。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
「っ!」
大きな甲高い悲鳴とともに、進行方向の先にあった店の扉が内側から吹き飛ばされるのが見えた。




