第13項 『無茶振りをしてください』
老人が取り出したのは帽子、包帯、仮面、手袋、瓶など実に様々。
商品それぞれに独特の香りが染み込んでいるらしく、手にとって軽く嗅いでみると芳しい香りが鼻腔をくすぐる。
「うわぁ〜、すごい……。このベルト、ラベンダーみたいな香りがしますね」
先ほどまで会話に参加できず見ているだけだったカザキリも、並べられた商品を積極的に手に取る。
「お?それかい。ペンシャルの花とダモアの木の根っこと……え〜、あと色々混ぜ合わせて作ったオリジナルの香りさ。自信作だよ」
カザキリはリズ語が分からない、ということを知らない老人は、自信作に食いついたカザキリに嬉しそうに語り始める。
カザキリのほうも、言語が分からないことなど意に介さずニコニコ笑顔で老人に応対している。
本当に、異世界の雰囲気さえ味わえればなんでも良いらしい。
(……それにしても確かに。結構珍しいタイプの調香師だな、この人)
通常、調香師は作り出した香りを液状か粉状にして持ち歩く。
物に香りを付けるのは、香りを作るのとはまた別の技術が必要だ。
これだけ芳醇な香りを作り出せる調香師が匂い付けの技術まで持ち合わせているとなると、やはり本人の自称する通り天才というやつなのだろうか。
しかも調香師はあくまでも副業だと言う。
(これは先程行っていた『本業』とかいうものも気になってくるな)
まあ、これだけお喋りな人間がほの部分だけは伏せて話すのだ。こちらから突っ込むような野暮な真似はしないが。
「あの…これ、中身がないのですが」
と、ここで先ほどまでほとんど話していなかったウィアトールが老人に話しかけた。
彼女の手には握り込めるほどに小さなサイズの小瓶があり、それを老人の目前に突きつけて質問をする。
「ああ、それかい?それはお客さんが希望する匂いをこの場で作って詰めるための空ビンだよ」
「この場で?どんな匂いでもいいんですか?」
老人の答えに対して俺が重ねるように質問を返す。
客の希望する匂いを作ってくれる、という商売は、難しそうだが中々ユニークで面白い。
「うん、俺が知ってる匂いならね。大体30分くらいでできちゃうけど」
「例えば……アブドニドルの匂いを依頼したら30分で作れちゃうってことですか」
「……君、そういう趣味?まあアブドニドルの香りならわざわざ頼まなくてもここにあるけど」
そう言いながら後ろの木箱を漁り始める老人。
「いや、一例ですよ一例。いりませんよそんな匂い取り出さないでください」
ていうかなんでそんなモノ持ってるんだ。
「え?そうなの?ごめんごめん。まぁでもこの匂い作りのサービス自体 は結構人気だよ、にいちゃんたちもおひとついかがかな」
「……ふむ」
たしかに、こんなに面白い調香師とはこの先そうそう出会えないだろう。
この商品は、思い出の品としてはかなり有能なのではなかろうか。
「それじゃあ―――」
「それ買いますっ」
「!」
俺がなんの香りを作ってもらおうか悩みながら老人に購入の意志を伝えようとしたとき、珍しく感情のこもったウィアトールの声が横から聞こえてきた。
「お、買うのかい嬢ちゃん。それじゃあなんの香りにするか言ってごらん」
「あ…そのぉ……」
しかし、元気が良かったのは最初の一声だけ。また尻すぼみに声量が落ちていく。
見るに、老人と話すのが苦痛というよりも作って欲しい香りを言うのが恥ずかしい、といった様子だ。
(……なにを恥ずかしがってるんだ?)
しかし、一度下げかけた視線を再び前に戻したウィアトールは勇気を振り絞って、小声ながらも自らの希望する香りをはっきりと口に出した。
「ワ、ワーテルグリフのステーキ……の香りを」
「……」
「……」
ステーキ、か。うん、たしかにこれは女の子にはちょっと恥ずかしいかもしれない。
花の香りとか、お菓子の香りとか、そういうのを想像していたのだが……結構肉食系なお嬢様らしい。
このオーダーはさすがの老人も予想していなかったらしく、一瞬ではあるがカラ瓶で手遊びしていたその動きを止めた。
「ほ……ほいほい、ワーテルグリフのステーキね。承りやした」
出来るのか。先程から驚かされっぱなしだ。
「そっちのにいちゃん達は?買うかい?」
気を取り直した老人が、こちらに狙いを定める。
「……なあカザキリ。お前、好きな香りとかあるか?」
せっかくなので、お近づきの印にカザキリにもおひとつプレゼントすることにした。
「好きな香りですか?そうですねぇ」
カザキリからすれば、話の前後も解らずいきなり香りの話を振られた形になる。好きな香りなど急に尋ねられても難しいだろうか。
しかし、俺の心配をよそに予想以上に早く答えが返ってきた。
「鉄の匂い……焼けるような鉄の匂いが好きです」
「…」
これはまた、ずいぶん難しそうな注文だ。
(いやしかし……この人さっきから1度も「できない」って言ってないんだよな。こうなったらどこまでできるのか、試してみたくなる)
「焼ける鉄のような匂いを1つ」
「!」
俺の注文を聞いた瞬間、老人は先ほどの呆気に取られたようなものとはまた別の驚きの表情を作り出した。
そもそも焼けた鉄の匂いなど再現のしようがないだろう。流石に無茶振りが過ぎたと感じた俺はすぐに詫びを入れることにした。
「あ、流石に無理ですよね。失礼し―――」
「デキるよ」
デキるのか。もう驚かない。
「……その要望は、もしかしてそちらの外国人の兄ちゃんのものかな?」
できる、と断言はしつつカザキリを指差しながら質問をしてくる老人。
やや警戒するように左目を曲げるその様子は、明らかにカザキリを怪しんでいるように見える。
「ま、まあそうですけど。少し変わった奴なのであまり気にしないでください。それより、俺のリクエストも聞いてもらえますか」
あまり深く突っ込まれるのを避けたかった俺は話題を逸らし、自分が要望する香りを聞いてもらう方向に話を持っていく。
「ほう、3人とも買ってくれんのかい!いいねいいね!商売繁盛で助かるぜ。で、なんの香りを作って欲しいんだい?」
……と、ここで俺は1つ、俺が考えうる中で最も難しいであろう無茶振りをしてみることにした。
別にこの老人を試そうとか、そういうわけではない。ただ他2人が良い感じに難しい要望を出したのに、俺だけ普通の香りをお願いするのが少しだけ気まずかっただけだ。
老人も俺がなにを希望するのか、楽しみといった具合に期待を込めた瞳で見返してくる。
(さて、期待に応えられるかどうか……)
俺はもったいぶるように一呼吸置くと、若干の恥ずかしさを吹き飛ばすように堂々と宣言した。
「俺の香りを、作ってください」




