第12項 『会話を弾ませてください』
「……こんにちは、お若い方々」
「あ、どうも」
ウィアトール、カザキリと共にテントの前に行くや否や、店員のおじいさんの方から静かな挨拶が飛んできた。
ちょっと覗いてみるだけのつもりだったのだが、こう丁寧に挨拶をされてはこの場から離れ辛くなる。
薄く細められた瞳、長く整えられた顎髭、落ち着き払った声音や態度。
なにやら、ただものではないオーラを感じる気がする。
旅商人の持つ独特な雰囲気というものだろうか。これは期待できそうだ。
「いや〜良かった良かった、今日はじめてのお客だよ。だ〜れも見向きもしてくれんのなんの」
……と思ったが、俺たち3人が足を止めると同時に、先ほどまで醸し出していた怪しげな雰囲気を消し去って気さくに話しかけてくる老人。
その落差に一瞬戸惑う。
客の存在がよほど珍しいのか、テンションが上がっているのを隠しきれていない。
元から隠す気などなかったのかもしれないが……。
「……調香師の方ですよね。どんな商品があるのか見せてもらえますか」
「ああはいはい、そうだね。せっかく客がいるのにいつまでもしまってちゃ商品の意味がないってもんだ」
老人はそう言いながら椅子から立ち上がると、後ろに積み上げられている箱をガサガサといじり始めた。
客を飽きさせないための気遣いか、後ろを振り向いたまま止まることなく口を動かし続ける。
「といってもね俺、最近修行し始めたばっかりだからあんまり自信ないんだけどね〜」
「最近……?」
店員の一言にウィアトールが反応を示す。たしかに俺も気になった。
この商人の年齢はどれだけ若く見積もっても50歳は超えている。
調香師などという、技術も知識も半端では務まらない特殊な職業をこんな歳から始めるなど、本来なら考えられないのだが。
「んん?ああ、なんでこの歳で調香師なんて始めたのか気になるって?」
ウィアトールの呟きを聞き逃さなかった老人がこちらを振り返る。
呟き1つでこちらの考えを言い当てるとは。おそらく何度もされた質問なのだろう。
先程から上がりっぱなしのテンションを更に加速させ、紡ぐ言葉にも一層弾みが増す。
「実はね〜、以前まで違う仕事してたんだけどちょっと行き詰まっちゃってね。なにかのヒントにならないかな〜っと思って科学知識とか漁ってたらいつのまにかそれなりに調香できるようになっちゃって」
早口で喋りながらも、道具の準備は怠らない。大きな木箱の中からは手袋や仮面、怪しげな瓶など実に様々なモノが出てくる。
長き歴史を重ねたであろう貫禄のある渋い声から放たれる軽い口調のアンバランスさ加減が、こちらの調子を狂わせる。
カザキリは会話の内容をほとんど理解できていないはずだが、雰囲気だけで十分なのか満足そうに俺たち3人の会話に耳を傾けている。
「なっちゃってって…そんな簡単に身につくものでもないでしょう。かなり高度な知識と技術が求められるはずですよ」
「いや〜、俺ちょっと天才だったみたいでね。今修行始めて2ヶ月くらいだけど、基礎くらいは全部マスターしたと思うよ」
その話が本当なら稀代の大賢者だ。こんなところで油を売ってないで王家直属の研究員にでもなってほしいものだが。
「と、さてさて。商品全部並べたよ〜。どれも一点ものの希少な品ばかりだからね、じっくりご覧あれ」
話しながら器用に商品をテーブルに並び終えた自称天才老人が、手を広げ自慢の品を披露する。
さて…修行期間2ヶ月の調香師の腕はどれほどのものか、みものである。




