第11項 『匂いを気にしてください』
ギルド館を出た俺たち3人は、とある場所を目指してラウンドの中央を横切る形で歩いていた。
綺麗に舗装された通路。
視界の端まで広がる煉瓦造りの建物の数々。
そんな穏やかな街並みを上書きするように飛び交う人々の声。
繋がりの街というだけあって多くの荷車や人々が行き来しており、真昼間のこの時間帯は街中が活気に溢れていた。
特にここ中央街は多くの店が立ち並び、オーレン全土、果ては海外から集められた商品が所狭しと並べられている。とにかく人や物、金の動きが激しく忙しない場所なのである。
飲食から工芸、演劇に大道芸、見世物小屋なども多く存在している。
オーレン王国では街ごとに税の重さに差がある。ラウンドのように大都市になればなるほど納めなければならない額が大きくなる。
人頭税、土地保有税、公共施設使用税、交通税など項目も多岐に渡り、多くの町民の悩みの種となっている。
とくに『繋がりの街』ラウンドにおいて、商品の取引の際に間に入る間接税、市場に参加するために支払わなければならない市場税はとてつもなく重たいもので、皆日々不満を募らせている。
その不満を取り除くべく国王や領主は積極的に娯楽を開発、開拓して取り入れ、自らの地位を維持する。
大きな街になるほど税は重くなるが、娯楽などのエンターテイメントもまた多くなるのだ。
普段街中を歩かないウィアトールにも、この世界のことをほとんど知らないであろうカザキリにも楽しんでもらえるであろう。
「さて、なにか興味を惹かれるものはあるか?」
慣れない人混みに目が泳いでいるウィアトールに話しかけると、俺の袖を軽く引っ張りながら一点を指差す。
「ん?」
ウィアトールが指さした方向を見ると、大通りの脇道に小さなテントが張ってあるのが見えた。
簡単に組み立てて、簡単に分解することができる簡易テントだ。色々な街を行き来し移動の多い旅商人がよく使っている道具である。
旅商人は身軽さが特徴で、遠く離れた街の見知らぬ品を手に入れやすい。
そのため扱っている商品はクセがあり数が少ない場合が多いのだが、普通に暮らしていては一生見ることもできないような珍しい商品と出会える可能性もあるロマンあふれる出店だ。
身軽さが特徴、というだけあって一度入る機会を逃すと再び同じ店を目にする確率はほぼゼロに等しい。
良さげな旅商人を見かけたらひとまず覗いてみるのも一興だろう。
その簡易テントの下では、テーブルに肘をついた状態で座っている初老の男性が、右手に握り込んだ木片を左手にもったヤスリでゴリゴリと削っているのが見えた。
削られた木屑はテーブルに置いてある皿のなかにこんもり溜まっており、随分長い時間作業を続けていることが見て取れる。
「なんですか、あの怪しげなおじいさんは……。ハッ!まさか、錬金術師ですか!木から金を生み出すとかいうあの伝説の……っ!」
「……」
天使は頭のおかしな連中が多いという記述を目にしたことがあるが、カザキリのこの言動を見ているとそう言われても仕方がないと思えてくる。
「あれは調香師だな。草花とか木を混ぜたりして作った香料を圧搾とか…発酵、あとは……溶解?とか色々な加工方法で弄って香りを作り出す職業だ」
「ああ、じゃああの削っている木は香木ですか」
調香師は知らないのに香木は知っているのか。天使の知識範囲はさっぱり分からない。
香木は、普通上流階級のお偉いさんしかお目にかかれないとても希少なモノだ。
一般市民はまずその存在すら知らない者がほとんどだろう。
「まあ、アレはパフォーマンスのためのただの木だろうけどな。本物の香木なんて使ってたら商売にならないぞ」
とは言いつつも、気づけば俺も少し期待を込めてその老人を見つめていた。
調香師は最先端の複雑な科学技術と知識が必要なとても難しい職業なので、まずその数自体が少ないのだ。
ひょっとしたら、ここで出会えたのはなにかの縁かもしれない。
「見てみるか?」
俺の問いに頷きで答えたウィアトールは、ややぎこちない足取りで簡易テントの方向へ歩いて行った。
俺とカザキリも、その後ろについて行く形で歩き出す。




