第9項 『存分に胃に穴を開けてください』
「―――というわけなんです。とりあえずここは俺が立て替えておくので、許してあげてもらえませんかね」
厨房に戻ると、エイデン料理長は先程と同じ場所で包丁を研いでいた。
周りを見渡しても他に誰もおらず、これ以上絶好の機会はないと詰め寄り一挙に説明を済ませた。
見知らぬ人間が厨房にいるところを他の人に見られたら後々面倒になることは分かりきっていたからだ。
「旅先で事故にあって遭難かぁ。たしかに可哀想だねぇ」
料理長に「この子は天使です」と紹介したところで信じてもらえるとは到底思えなかったので、移住の最中にモンスターに襲われ全財産を失いこの街まで放浪してきたサイネル人という設定を作った。
「なるほどねぇ。まぁ、いいよ、今回のところはお咎めなしにしとこう。他ならぬユーゴくんの頼みだしね」
「ありがとうございます」
予想通り許してくれるらしいエイデン料理長。さすがの器の広さだ。
「許してくれるんだとさ。お礼言っときな」
リズ語が分からないカザキリに状況を説明すると、それまで神妙だった面持ちが急に晴れやかになった。
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!ユーゴさんも、ありがとうございます!」
料理長には通じないと理解しつつも、ニホン語でお礼を言い続けるカザキリ。
なんとも物腰の低い少年だ。
「…さて、と」
これで一応の問題は解決した。
あとは損害を出したアッカ4つ分の金を払うだけだ。
「それじゃあ払います。4つ分だから…2ゼルと10ミナですね」
言いながら俺は、小袋からくすんだ銅貨2枚と鉄貨10枚を取り出して料理長に差し出した。
「…いや、その必要はないよ」
しかし、微かに微笑みながら受け取りを拒否する料理長。
「え?なぜです?」
「いや〜、さっき君にアッカを奢ると言ったじゃない。数の指定までしてなかったからね。今回のそれは僕の奢りぶんってことで」
なんて出来た人だ。先程ふざけたことを抜かしていた団長様にも聞かせてやりたい。
「し、しかしですね。それはさすがに……」
だが、泥棒を許してもらった手前あまり甘え過ぎるわけにもいかない。
渋る俺の表情を見た料理長は少し考え込むと、不意にカザキリの方を指差してとある提案を持ちかけてきた。
「その浮いたお金で彼に街案内でもしてあげなよ。最低限生活できる基盤は作ってあげないとね」
「ううむ……」
たしかに、このまま放り出してもまた同じ結果にしかならない。
カザキリにはこの街で生きていくための必要最低限の知識と働き口を提供しなくては。
「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
あまり相手の好意を無にするようなことも出来ないので、今回はこちらから折れることにした。
「うんうん。オースティン支部長には僕のほうから話をつけておくから、今日はもう上がっていいよ。彼…ソウイチくん?だっけ?彼に色々教えてあげてね」
「はい。それでは………ん?」
別れの挨拶を済ませようとしたその時、料理長の後方の壁際にフラフラと動くコック帽が見えた。
「どうしたウィアトール。なんでそんなところでフラフラしてるんだ」
料理長の後ろを覗き込むと、遠目からこちらの様子を観察していたらしいウィアトールと目が合った。
身長の半分はありそうな縦長なコック帽を左右に揺らしながら、料理長の後ろからコソコソと隠れるように見ていたらしい。
「うわっ……なんですかアレっ」
異常なほど背の高いコック帽を目の当たりにし驚きの声を上げるカザキリ。
「ニホンではどうか知らないが…この国では料理人としての地位が低いほど背の高いコック帽を被る決まりになってるんだよ。ほら、料理長の帽子はかなり低いだろ」
俺の説明を受けたカザキリはなるほど、と相槌を打つ。
まあ、それでもウィアトールの帽子は度を越して高いが。
「…」
隠れていたことがバレたウィアトールはしかし表情を変えず、目を合わせたまま首を少しだけ左右に揺らして反応してきた。
どうやら気にせず続けてくれ、ということらしい。
「いや、だからなんでそんなところにいるんだよ。こっちこいよ」
ウィアトールは会話するには遠すぎるが無関係の人間として扱うには近すぎる、そんな微妙な距離から見つめてくる。
正直気になって仕方ないのだ。今更無視などできない。
「……っ」
しかし、困った表情でこちらを見返すだけのウィアトール。
「な、なんだよ。本当にどうした」
俺はウィアトールに近づこうと、半歩前に出ながら声をかける。
「……」
しかしウィアトールは、それに合わせるように半歩後ろに後ずさる。
料理長…俺、本当にウィアトールと仲良いんですか?嫌われてるっぽいんですが。
見かねた料理長が俺を手で静止させながら振り返り、ウィアトールに話しかけた。
「ウェ…ごほん、ウィアトール。実は今ちょうど切らしてた食材があるんだ。ちょっと街に出て買ってきてくれないかい」
「え?」
そう言うと料理長はポケットから紙とペンを取り出し、食材をリストアップし始めた。
先程倉庫を見た限り、買い出しに出なければならないほど減っているものはなかったはずだが……。
「はい、よろしく頼むよ」
書き終えたメモを手渡されたウィアトールは、無言でそれを受け取る。
「それと、結構量が多いから。少しくらいおそ〜くなっちゃって構わないからね」
ウィアトールに小声で耳打ちする料理長。それを聞いたウィアトールは顔をほんのり赤らめて俯いてしまった。
ウィアトールが表情を変えるところは初めて見たかもしれない。
「ユーゴくん」
料理長はこちらを振り返りウィンクをしてくる。
え〜っと、ここは……。
「ウィアトール。俺たち丁度今から街に行く予定だったんだ。買い物が多いなら…一緒にくるか?荷物持ちくらいはするぞ」
さきほどウィアトールを街に連れて行ってあげる約束を料理長としたばかりだったので、カザキリの街案内ついでに誘うことにした。
ていうか、料理長は間違いなくこれを狙ったんだろうし。
「……ん」
ウィアトールは俯いたまま小声で返事をしてきた。決まりだ。
「それじゃあ…行くか」
かくして、今日出会ったばかりの少年とほとんど話したことのない無口な少女に挟まれるという胃の痛くなりそうな状況の中、俺たちは街に出ることとなった。




