第7項 『対話は相手の目線に合わせてください』
俺の声を聞いた瞬間、泥棒少年が俺の横をすり抜けて部屋から出ようと、低い体勢のままこちらに向かって飛び込んできた。
これで確定的。コイツは間違いないなく黒だ。
俺は突っ込んでくる少年の高さに合わせて腰を落とし、その左手首と右肩を掴み取った。
「っ!!」
体を捻って俺の手から逃れようとするがそうはさせない。
少年が自ら作り出した勢いを殺さず、脚を払って姿勢を崩す。
そのまま魔食倉庫の前、廊下の床に流すように叩きつけた。
「ぐえぇっ!」
動きからして完全に素人な上にまるで力がこもっていない。
想像以上に簡単に捕まえることができてしまった。
俺は関節を極め動きを封じてから、応援を呼ぶために大きな声で叫んだ。
「おーい!誰かー!」
……が、誰も現れる気配はない。
そういえば今厨房はアイドルタイムで人が少ない。タイミング次第では誰もいない可能性すらある。
「うあぁぁぁぁ!おぉぉぉぉっ!」
「ぐ…っ、暴れるなって」
捕らえた小年は喚きながら必死に抵抗してくる。
(参ったな。いつまで抑えてなきゃいけないんだ?)
少年は絶え間無く暴れ続けている。そのうち疲れて動かなくなるとは思うが、終わりが見えないとこちらも精神的にキツい。
手が自由になれば魔法陣を取り出してロープを召喚できるのだが…。
なんとか手を使わずに拘束しなければと考え始めた矢先、手の内で暴れる少年の動きが急にピタリと止まり、全身の力を完全に抜いてしまったのが伝わってきた。
そのまま、なにやら外国語をぶつぶつとつぶやき始める少年。
「?」
本来なら抵抗が無くなったことは喜ぶべきなのだろうが、あまりにも急な出来事だったため警戒心はむしろ強まってしまう。
視線を下ろすと、横目でこちらを見上げてくる少年と目があった。
改めてその顔を見ると、ウェイライと同じくクリーム色の肌に彫りの浅い顔。外国人であることは間違いないだろう。
(サイネル人……か?)
先程からこの少年が呟いている外国語は、イントネーションや文法に違和感を感じるがサイネル人固有の言語『サイネル語』に酷似していた。
俺は世界各国の本をかき集め読む趣味があり独学で勉強していたので、オーレン王国の公用語である『リズ語』、サイネル語を含め6ヶ国の言語を読み書きすることができた。
特にサイネル語はかなり熱心に勉強していたので会話も問題なくできる。
なので少年が呟いているサイネル語?にもすぐに気づくことができたのだ。
「お前…サイネル人か?リズ語は話せるか?」
俺はサイネル語を使って少年に話しかけた。
先ほどからサイネル語しか喋らないため、これ以外の言語は話せないという可能性もある。
「…あ」
俺がサイネル語を喋ると、先ほどまで死んだ魚のような虚ろな目をしていた少年の表情に急に血が宿り、飛び上がるような勢いで反応してきた。
「あ、あなた!ニホン語話せるんですかっ!?」
「は?ニホン語?」
水を得た魚のように急に元気になった少年は、取り押さえられたままの状態にも関わらず嬉しそうに感情を高揚させ始めた。
「よかった〜、やっと言葉が通じる人に会えた…」
どうやら今まで話せる相手がいなかったらしく、俺と簡単な会話が出来ただけで安堵してしまったらしい。
まあ、普通一般人はリズ語だけ使えれば生活するのに不自由はしないので外国の言語など話せなくて当然なのだが。
しかし、それよりも今は……。
「お前今、ニホン語って言ったか?」
俺は先程少年が口にした『ニホン語』というワードに釘付けになっていた。
今捕らえているのが泥棒なのだということも忘れて、思わず声に力を込めて聞き返す。
「え?あの…言いましたけど」
少年は急にこちらの態度が変わったことに戸惑いを隠せない様子だったが、若干怯えながらもはっきりと答えてくれた。
やはりか…まさか、こんなところでその名前を聞けるとは。
「お前、ニホンを知ってるのか。どこで聞いたんだ?」
段々と自身の語調が強くなっていっているのがわかる。
長年探し求めていたものが今目の前にあるかもしれないという興奮から、段々と自制が効かなくなってきていた。
「知ってるも何も……」
そして少年は―――。
「僕は『ニホン』という国から来た者で」
俺が望んでいた通りの理想的な返しをしてくれた。
「…………そうか」
気づいたら俺は極めていた手と足を離し少年を起こして、その両肩に掴みかかっていた。
「な、なんですか!?」
解放されたと思ったら急に体を激しく揺さぶられ、露骨に狼狽する少年。
しかし俺は気にせずそのまま、核心に触れる問いを投げかける。
「つまりお前は、『天使』ってことだな……!?」




