第6項 『緊急逮捕は迅速に行ってください』
昼前に差し掛かり冒険者のほとんどがクエストに出払った頃、酒場の方も労働力を空費する暇な時間帯に突入した。
先ほどまで人でも殺しそうな形相で厨房を走り回っていたコックたちも、今は半数ほどがエプロンを脱いで休憩に出払っている。
(もう夜まで忙しくなることはないだろ)
通常のギルド職員の制服に着替えた俺は、酒場を抜ける前に料理長に挨拶しようと厨房の方に出向いていた。
「やあユーゴくん、お疲れ様。いや〜今日は助かったよ」
「いえいえ」
重そうなフライパンを片手で自在に操りながらこちらに語りかけてくるエイデン料理長。
もう客はほとんどいないというのにこんな量の食べ物、誰が食べると言うのだろうか。
賄いか。
俺がフライパンの中の料理を凝視していると、ちょうど完成したのかフライパンを持ち上げて隣に置いてあった鍋敷きの上に移しだした。
「いつもウィアトールに良くしてくれてありがとう。ここ、彼女と歳の近い人がいなくて中々馴染めてなくてね」
料理長はコンロに薪を焼べながら、小さな声で話し始めた。
馴染めていないのはあの無口な性格が原因だと思うのだが……料理長は特に気にならないのだろうか。
「ああ、ウィアトールですか。そういえば今日すごい体験しましたよ料理長。先を読む力とか、段取りの組み方がすごいんですよ。あいつなんでまだ雑用なんてやってるんですか」
「う〜ん。いろいろ理由はあるけどやっぱり、1番はこれかな」
そう言って自分の左の二の腕を右手でパシッと叩く料理長。
そうか、力か。
現在オーレン王国で開発され使われている調理器具はどれも重く、扱うのにとても苦労する。
しかも焜炉の火の管理が非常にシビアな性質上、1種類の料理を1度に大量に作るのが普通なので食材を運ぶ時も調理するときも当然、かなりの力が必要になる。
ただでさえ女性がコックを務めるのは難しいとされる現状で、さらに平均よりも非力な彼女が調理を担当するのは厳しいものがあるのだろう。
「そもそも、なんでアイツはコックを目指したんですかね。ていうかあんなに喋らなくて本当になる気はあるのやら…」
「え?喋らない?そうかなぁ、普通によく話す娘だと思うけど」
「……んん?」
いまいちウィアトールの印象が噛み合っていない。
それとも、職場の人間とは人並みに会話しているのだろうか。
(もしくは、俺だけが避けられてるとか?)
……まあ、なんにせよこうやって俺にウィアトールの話題をふってきたという点から、料理長も料理長なりに彼女を心配しているということは伝わってくる。
「これからも仲良くしてあげて。多分、ウィアトールが一番仲が良いの君だし」
……たしかに、俺が厨房で働くときは大抵ウィアトールと一緒に行動している。
もしかしたら、他のコックよりも会話の回数は多いのかもしれない。
まあ、それでも俺もウィアトールのことに関してはほとんど何も知らないのだが。
「……そうなんですか。じゃあたまにはデートにでも誘ってみますかね」
「!それはいいね。ウィアトール多分、ここ数ヶ月ギルド館と銭湯の往復しかしてないから、街の楽しいスポットでも紹介してあげてよ」
冗談で言ったつもりだったのだが、予想以上に大きな反応が返ってきた。
このギルド館には寮も併設されており、住み込みで働いているギルド職員やコックたちも多い。
通勤が楽になるという利点はあるが、街中を歩く機会が減っていると思うと俺は少し勿体無く感じる。ちょうど今のウィアトールのように。
「はい、機会があれば。それじゃあ俺はこれで失礼します」
「あ、ちょっと待って」
軽く会釈をしてその場を離れようとした俺を料理長が呼び止める。
「ディシャップ担当、お客様が多くて大変だったでしょ。アッカ、僕がご馳走するから倉庫から持ってっちゃっていいよ」
「本当ですか?」
なんと。アッカは人気商品だが決して安くはない。実1つでランチ2食分の値段はする。
それを奢ってくれるとは…さすが料理長は違う。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。またよろしくね〜」
思わぬ報酬を得た俺は厨房の奥の扉を開け、裏の倉庫に続く廊下を少し早足で歩いていった。
腹が減っていたので丁度良い。アッカの実はありがたく頂戴することとしよう。
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酒場のコックたちが使う食材を保管している大きな倉庫群。
先程来たばかりなのだが、今回はアッカを1つ持っていくだけなので重いカートはない。実に心が軽い。
俺は扉の1つ1つを目で追いながら、1番端にある魔食の倉庫に向かって歩いていく。
(…ん?)
倉庫の扉が視界にはっきりと映った瞬間、言いようのない違和感に襲われた。
そして扉の前に立った直後、その違和感の正体に気づく。
(また扉が開いてる)
目の前にそびえる木製の扉がほんの少しだけ開いており、隙間から真っ黒な暗闇がこちらを覗いていた。
1度目ならば、だれかが閉め忘れたのだろうと納得できる。
しかし1日に2度となると、作為的ななにかを感じてしまう。
(…蝶番でも壊れたか?)
自然に開いたのだとしたら扉の破損ということも考えられる。
(まあ、なんでもいいか)
どのみちこの倉庫に用があるのだ。あとのことは開けてみてから考えれば良い。
ドアノブに手をかけた俺は、扉が壊れている可能性を考慮してゆっくりと、丁寧にドアを開けた。
「……ん?」
倉庫のドアを開けると、中には大量に積み上げられた木箱の山。
その中でなにかが後ろ向きにしゃがみ込み、暗闇の中でゴソゴソと蠢いていた。
(なんだ?)
目を凝らしてよく見てみると……人間のように見える。
スラッとした長袖長ズボンという、見たこともないおかしな格好をしている上に綺麗な黒髪。こんな人間はコックにはいない。一目で怪しいと分かる。
「っ!!」
ドアの開く音と俺の気配に気づいた何者かが、弾かれるようにしゃがみ込んだまま半身を捻ってこちらを見てくる。
振り向いてきた彼の顔は14、5歳ほどの幼さが残る1人の少年。
彼の手には齧られたアッカが握られており、口をもごもごさせている点からもこの少年が倉庫の中でこっそりとアッカをつまみ食いしているということが見て取れる。
これはあれだ。
「ドロボーーーっ!」
目があった瞬間、俺は反射的に大声で叫んでいた。




