第5項 『思い出してください』
表の酒場の方に出ると、隅の方で2つの見知った背中を目撃した。
オースティン団長とウェイライである。
なにやら話し込んでいるようだが、ウェイライの声色が冴えない。
いつものような耳栓をしたくなるほどに大きな声ではなく、トーンが下がり音量も小さく消え入るような響きだ。
団長はそんなウェイライの話を黙って聞き、相槌を打っているように見える。
「なるほどなぁ…それで怒鳴られてたのか」
「はぁ…同じ失敗ばっかりで情けないです…」
どうやら、仕事で何かしらの失敗をしてしまったらしいウェイライを団長がフォローし励ましている構図のようだ。
「でもなウェイライ、職場ってのは怒られてるうちが華だからな」
「え?」
たしかにその通りだ。俺は後ろから聴きながら静かに相槌を打つ。
怒られるとはすなわち、言えば直ると思ってもらえてるということだ。
諦められた人間は失敗しても何も言われない。いない存在として扱われ最終的には辞めさせられる。
つまりウェイライはまだ期待してもらえているということだからそこまで落ち込むなと、団長はそう伝えようとしているのだ。
さすがはオーレン屈指の大都市『ラウンド』の支部長を務めるだけのことはある。部下のフォローにも余念がない。
「だってよぉ…説教されてる間は働かなくていいんだぜ?」
「たしかに!団長ってば天才ですか!」
ゴミどもめ。
ウェイライには後でお望み通り説教を喰らわすとして、俺は俺で仕事がある。今は構っている暇はない。
忙しくなると言われた手前急がないわけにはいかないので、いま俺の目の前でサボり談義に花を咲かせる団長とウェイライを無視してそのままディシャップに向かった。
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ディシャップとは料理を作るキッチンと料理を食べるホールを繋ぐ中継地点のことで、作られた料理はここを通してお客のもとへと運ばれる。
テーブルには縦番号A〜R、横番号a〜zと番号が振られており、ディシャップに置かれた料理にはどのテーブルの人間が注文したものなのか分かるようにその席番号が書かれたメモが貼付されている。
A-aと書かれていれば一番隅の席ということになる。
そのメモを頼りに正確な場所に料理を運ぶ、それがディシャップ担当の仕事。
単純だが非常に大変な作業であり俺はあまり得意ではない。
なんせここは冒険者の溜まり場と化している野蛮で粗暴な空間。
特に今のように客が多く混雑している時は変な座り方するわ無駄にデカい防具着るわ道端で寝るわ物を置くわ足引っ掛けてくるわケツ触ってくるわ…。
ありとあらゆる方法でこちらが通るのを邪魔してくる冒険者が多く、歩くだけでも一苦労。
スープなど不安定なモノを持とうものなら、目隠し綱渡りの方が簡単なレベルで難易度が上がる。
これから行われる苦行を想像した俺は、普段ただでさえ低いテンションが更に下がっていくのを感じていた。
ディシャップに着くと、早速コックの1人が2皿の料理と走り書きの記されたメモを置いていくのが見えた。
そして俺はその料理の1つを見た途端、心の中で盛大にため息をついた。
『アブドニドルの冷製スープ』
大悪臭を放つ公害モンスターアブドニドルの中腸腺を原材料にしたゲテモノ料理である。
温かい状態で出すと臭いが広がって大惨事となる恐れがあるので冷静スープ限定での提供となっている。
ついでに冷やすと膜を張ってくれるので、これも臭いを抑えるのに一役買っている。
しかしこの膜、皿を揺らしたりしただけで簡単に破れてしまう。
そのため慎重に運ばなければならないのだが、現在酒場は混雑状態。
はっきり言って絶対に運びたくない。
俺はもう1つの方の料理を運ぼうと、隣のサラダが乗った皿に手を伸ばした―――
「こっち!」
え?
と反応する前に横からきた太めの男に押しのけられ、手に取ろうとした皿をかすめ取られた。
本日のディシャップ担当の人だろう。自分がスープを運びたくないからと無理やり割り込んできて、その皿を俺に押し付けたのだ。
「あ、はいすいません……」
しかし天の目としてあらゆる場所で働く俺はいわば雑用係同然。
こういったひどい扱いをしてくる人間がいても、経験や勤務期間の差から引け目を感じてしまい強く出られない。
これが仕事と割り切り、仕方なくアブドニドルのスープを手に取る。
貼付されているメモに書かれた番号を見て、その番号に対応するテーブルまで持っていくのだが…。
(……なんだこれ)
手に取ったメモに書かれていた番号は…K-a。
いや、K-u?
字が汚すぎてaなのかuなのか分からない。
「…」
これはかなりマズい。aとuでは距離が離れ過ぎている。
今現在俺がいるディシャップの場所は横列で言ったらm席とn席の間に位置する。ちょうどど真ん中なのだ。
つまり選択を間違えれば、酒場のほぼ端から端までを行ったり来たりしなければならなくなる。
普段であれば間違えたら一言謝って、反対のテーブルに行けば済む話だ。
しかし今現在俺が持っているのはアブドニドルのスープ。これを持った状態ではあまり移動したくない。
揺らしてスープに張った膜を破ってしまえば、たちまち悪臭が立ち込める。
冒険者で混雑するこの酒場の中をスープを揺らさずに運ばなければならないので、移動距離はどうしても抑えておきたい。
aかuか、しばし悩む俺…。
「……」
こうしている間にも続々と料理が来る。あまり迷っている時間はない。
どうしてこんな混雑しているときにこんな料理注文するんだとか、どうしてこんな汚い字でメモするのかとか、あらゆる感情を込めてひたすらスープを睨み続ける。
こんなことをしていてもなんの解決にもならないのだろうが、人間考えることややることが多くなりすぎると手が止まってしまうもので。
俺の思考はフリーズしかけ、まったく関係ないことを考え始めてしまっていた。
(なんかこの皿…さっき見たような)
スープを睨み続けていると、ふとそのスープが入った皿の方に注意が行った。
アブドニドルの中腸腺の臭いはこびりつきやすく、使った食器が臭くなってしまうため特別な皿を用意する。
そもそもこんなゲテモノ料理を注文する人間自体少ないので、俺はこの皿はほとんど見たことなどなかったはずなのだが、なぜかつい最近見た記憶がある。
(…ああ、そうか。さっきウィアトールが洗ってた皿だ)
そう、これはさきほどウィアトールが俺にメモを渡したあとに洗っていた皿。
メモ……メモ?
(そういえばあの時…メモを受け取る時ウィアトールのやつ『青いほう』とか言ってたな)
先程メモを受け取るときにウィアトールから言われたことを思い出しながら、俺は何気なくK-aとK-uの席に座っている客を交互に見渡した。
「…………………は?」
(あれ?おかしい。嘘だ…そんなことが……いやしかし………)
その2人の客を見た瞬間、俺は頭を棍棒で殴られたかのような強い衝撃に襲われた。
普通に考えて有り得ない。しかしこれ以外に考えようがない。
俺は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
(まさかあいつ、最初から分かってたのか)
もしそうだとしたら、とんでもない奴がこの野蛮で粗暴な酒場の見習いに埋もれてるもんだ。
若干の恐怖すら感じつつ俺は、敬意と畏怖を込めて厨房で働く下っ端の雑用係に対して、一言呟いた。
「…………妖怪め」
1つの確信を得た俺はK-aの席、真っ青な服を着た、青いほうのお客のもとへと歩いていった。




