第1項 『遅刻はしないでください』
毎日目がさめると、必ずと言っていいほど無駄に広く本棚ばかりが並ぶ部屋が視界いっぱいに映る。
地下室があるからという理由だけで借りたこの一軒家は、1人で過ごすにはあまりにも寂しい物言わぬ本たちと空虚な広さだけを持て余していた。
オースティン団長の計らい…というかコネを使って破格な値段で借り受けることが出来たのだが、この広さが今となっては不便でしかない。
これまた無駄に大きなベッドから起き上がった俺は布団を引き剥がしシーツの下から鍵を、本棚の1つから1冊の本を取り出し奥の物置に向かう。
鍵を使って重厚な扉を開け中に入り、目の前にそびえる本がぎっしりと詰まった棚を全体重をかけて奥に押し込むと……。
ズズズ……と木の軋む音が鳴り響き、本棚によって隠されていた床に小さな扉が出現する。
先程手に取った本の鍵状にくり抜かれたページを開き、中に埋め込まれた鍵を取り出してそれを鍵穴に差し込み扉を開けると、地下室に繋がる階段が現れる。
ランプを手に取り階段を下ると、更に扉。
その場で羽ペンと紙を使ってサラサラと魔法陣を描き、そこから鍵を出現させてその扉を開け放つ。
過剰とも言える3段セキュリティ。
この地下室には貴重な武器やアイテム、本などが置いてあるため必要な措置だと思っている。
まあ、この部屋の主な使用目的はアイテムに宿らせた使い魔たちや武器の管理で、毎日使っているため面倒といえば面倒なのだが。
中に入った俺は椅子に腰掛けると、リーディングストーンという読書補助アイテムを使って本を読み始める。
片手間で使い魔を呼び出し、正常にアイテムが召喚されるかの点検を開始した。
俺は一般の冒険者としてはそれなりに腕に自信はあるが、天の目としてはまだまだ実力不足。
こうやって空いた時間があれば本を読んで見聞を広め知識を増やすか、スキルや肉体の鍛錬に励んでいる。
読んでいる本のタイトルは有名な著者イザベラ・オールドリッチ作の『天使と神子』
天使、そして神子と呼ばれる者は超常的な力を秘めた特別な存在とされ、都市伝説程度ではあるがオーレン全土で認知されている名称だ。
俺は天使という存在にとても興味があり、その手の本や噂を集め漁ったり実際に探しに旅出たこともある。
結局今まで1度も天使を名乗る人間とは出会えていないが…。
俺が開いたのはその『天使』の項目。
もう暗記してしまうほどに読み込んだページだが、天使の魅力を語るイザベラ・オールドリッチの文章に引き込まれてついつい目を通してしまう。
(天使は一見、頭がおかしいと言われる人物が多い。壊滅的な一般知識の欠如や妄想癖、突飛な発言が目立つと言われている。強大な力と引き換えに脳に欠陥を携えた人種なのではという仮説も…酷い言われようだな)
俺はリーディングストーンを動かしながら、目を細めて更にページをめくる。
(かのプラチナホルダーの1人「クレイ・ジョージ」も天使ではないかと噂されている。天使の特徴が顕著に見られるのだ。その特徴とは―――)
「……ん」
途中まで読んだところで俺は本を閉じ、目を瞑りながら大きくのびをした。
小さな文字を読んでいたせいで目を開くのが辛くなってきたのだ。
最近目が疲れるのが早くなってきている。
リーディングストーンとは文字の上に乗せることでその文字を拡大し読みやすくしくれるというガラス製のアイテムなのだが、これを使ってもまだ読みづらい時がある。
考え事をしていると胸のあたりが痛む時もあるので、自分は平均よりも老化が早いのかと心配になる。
23歳にして体の衰えを感じ始めた俺は、寝起きのローテンションとジメジメした陰鬱な部屋の空気も相まってか、普段あまりしない独り言を呟いていた。
「はぁ…助手が欲しい」
その独り言は単に自分の負担を減らしたいだけなのか、広すぎる家の中1人で居続けることに対する寂しさからなのか。自分でもよく分からなくなっていた。
(…よし、行くか)
簡単な確認が済んだ俺は椅子から立ち上がり、クローゼットを開いた。
クローゼットの中には、フードが付いた大きめの真っ黒なマントがズラリと並んでいる。
今日は街の外に出る予定はないので普通のマントにするか、万一を考慮して大量の魔法陣が仕込んである戦闘用のマントにするかしばし悩む。
結局、ズシリと重たい方のマントを取り出し、懐の確認をしてから着替えた。
真っ黒でそれなりの重量があるので日によってはかなり暑いのだが、天の目として活動するときの装着が義務づけられているため我慢するしかない。
しかも召喚術師は魔法陣をメインに戦う性質上、持ち歩く荷物の量も他の役職より多いためなおさらである。
机の引き出しから太陽のシンボルを出して首に掛け、服の下に滑り込ませる。
最後にもう1度部屋の中のチェックをして、なにも問題ないと判断した俺はゆっくりと地下室を後にした。
出勤の時間である。




