第9項 『馬車馬のように働いてください』
魔食。
包魔効率が良く冒険者たちに人気の食材群で需要が非常に高い。
では、わざわざ収穫しに遠出しなくとも畑で育てれば良いではないか、と言う人々もいる。
しかしほとんどの種類は、人の手で育てることが非常に難しく自生しているものを採る他ない。
なぜなら魔食は魔力をエネルギーにして生きているため、常に魔力を供給し続ける必要があるから。
普通に土に根を張り水を吸い日光を浴びても魔力は得られない。
植物が魔力を得るためには、同じく魔力を持っている何かしらの存在、モンスターなどを取り込まなけらばならない。
だから魔食たちは、モンスターを喰らうため様々な進化を果たす。
モンスターの身体そのものに根を下ろし魔力を吸い取る、寄生能力を備えた種類『寄生種』
魔食自らが動きモンスターを捕食する、戦闘力を持った種類『能動種』
そこに存在するだけで周囲の生物のエネルギーそのものを吸い取る、まだ解明されていない事柄も多い危険な種類『吸啜輪廻種』
そう、どれもこれも畑で育てるには危険すぎる特徴を持ったたくましい植物たちである。
魔食、という名称には魔力を込めた食べ物という意味のほかに、魔力のこもった生き物を食べてしまうというニュアンスが含まれているのだ。
当然アッカもその例に漏れず、寄生種に分類されている立派な魔食である。
「お、ペクラ鳥」
微かに物が動く気配がしたので見上げると、アッカの木の近くに留まる1羽の長細く細く大きな鳥が見えた。
基本討伐レベル20、ペクラ鳥である。
普段はドーム状であるこの森の天井を作る横張りのツタや枝に留まっているが、高い魔力を感知すると上空から落ちるように標的に突進し、その細いクチバシで串刺しにする。
そして刺さった状態のまま回転し、内臓を抉って確実に息の根を止める。クチバシにはかえしがついていて抜けないのだ。
そして動かなくなった標的をゆっくりと食べる。
食べるときは細いクチバシが縦4つにパックリと割れ、恐ろしい見た目の大きな口となる。中々にエグい。
「アッカに反応して飛んできたんだね」
ペクラ鳥はアッカの木に狙いを定めると、釣り上げていた糸が切れたように全身脱力し、その場で落下する。
そこから羽と魔力を器用に駆使して体を回転させ、うなりを上げながらアッカに向かって加速していく。
ペクラ鳥は飛んでから標的にぶつかるまでの速度が速い。
極限まで空気抵抗を無くしたフォルム、魔力と落下による加速、そして空気を裂く回転運動。これらの要素から成る凄まじいスピード。
条件さえ揃えば鎧の鉄板ですら貫通する1本の槍が、アッカの木に飛来する―――
「っ!!」
―――前に、その姿がかき消えた。
ペクラ鳥がアッカの木に近づいた瞬間地面が盛り上がり、大きな口が出現したのだ。
その口はペクラ鳥を捕食し、再び地面の下に潜りその姿を隠していった。
大きな口が地面の下に潜んでいるのも恐ろしいが、それ以上に恐ろしいのはその速度。
これら一連の流れが、瞬きするほんの一瞬の間に行われたことだ。
「うわぁ、全然見えなかったね。話には聞いたことあるけど実際に見るのは初めてだよ」
あの大きな口の正体は『ガルドゲルズ』と言われるモンスター。
背中にアッカの木を生やしている平たいモンスターで、地面の下すれすれに生息している。
高い魔力を求めてアッカに近づくモンスターたちを、先ほどのように目にも留まらぬ速さで捕食することでエネルギーを得ている。
アッカの実を採集するには、このガルドゲルズをどうにかしなければならない。
殺してしまうのは簡単だ。位置は既に分かっているので遠くから魔法攻撃でもし続ければ良い。
が、それはできない。してはいけない。
ガルドゲルズはオーレン国特別管理物というものに指定されており、国の許可なく移動させたり殺してしまったりしてはいけないように定められている。
つまり、ガルドゲルズを攻撃することなくやり過ごしつつアッカを回収しなければならないのだ。
「ウェイライ、届きそうか?」
しかし、今回は盗賊がいる。
盗賊が使う固有スキルに『オープンセプト』というものがある。
使用者の視界に入っている物を自らの手元に持ってくるというスキルで、これがあれば安全に実を回収できると思ったのだが。
「…ダメだね。ペクラ鳥が食べられたあの地点からだと考えると届かないかも」
「そうか」
やはり、そう甘くはなかったか。
『オープンセプト』は強力なスキルではあるが効果範囲が狭い上に魔力消費が激しい。さらに同じ対象にもう1度使用するにはしばらく間を置かなければならないという弱点を持つ。
できないならば仕方ない。当初の予定通り行こう。
「よし。じゃあ今から準備するからウェイライ、そこに立っててくれ」
「うん、わかった」
俺はアッカの周囲に生えている木々に目をつけ、根元にナイフで魔法陣を刻んだ。
魔法陣に魔力を送り、召喚したのは……。
「あれ?ロープ?」
俺が木の根元に描いた魔法陣からは、太く頑丈そうなロープの先端が飛び出していた。
「召喚術師って使い魔以外も…道具も召喚できちゃうの?」
「まあ、使い方次第だな。『サモン』っていうスキルは使用者と使い魔の位置を魔法陣を通して繋げるっていう効果だからな。その使い魔を物に宿らせておけばこうやって呼び出せるってわけだ」
ただし魔法陣は使い魔側から使用者側への一方通行で、呼び出した使い魔1匹しか行き来はできない上に1度使うと効力を失う。
さらに魔法陣を通して物を運ぶというのはある種の裏技的なもので、使い魔や物自体にかかる負担が大きいためあまり大きな荷物や重い荷物には使えない。
100フィート足らずのロープでも結構ギリギリなのだ。
俺は呼び出したロープの先端に石を括り付け、アッカの木の地点を通過する対角線上に放り投げた。
ガルドゲルズは目が見えているわけではない。生命力や魔力に反応して飛び出してくるため、ただの物がいくら上を通過しようと反応を示すことはない。
「ウェイライ、そのロープをそっちの木に括り付けてくれ。強めにな」
「あ、うん!」
ウェイライが手近の木にロープを結ぶ。これでガルドゲルズの頭上に1本のロープが通ったことになる。
しかし、1本だけでは足りない。
「よし、ドンドンいくぞ。そっちに回り込んでくれ」
これらの作業を繰り返し、やがてガルドゲルズの上には大量のロープが入り組んだネットのようなものが出来上がっていた。
「これでお前が近づいて飛び出してきても、数秒は動きを抑えられる。その間にあの袋をかっぱらえ」
俺はアッカの木から垂れ下がっている白い袋を指差しながら囁いた。
あの白い袋の中に大量のアッカの実が詰まっているのだ。
「よ、よーし。行くよぉ〜行くよぉ〜」
ウェイライは緊張した面持ちで屈伸をしている。
これから巨大生物が下にいるとわかっている領域に足を踏み入れるのだ。怖くないわけがない。
「先陣はクー・シーたちに切らせるから安心しろ。こいつらに合図したらあそこに向かって走り出すから、お前もその後ろについて行け。『オープンセプト』の範囲に入ったらアッカを盗んでクー・シーが背負ってる木箱に入れる。そしたらすぐに退却だ」
「う、うん。それは分かったけどさ…」
「なんだ、どうかしたか」
何か言いたそうにモジモジしているウェイライ。
「この作戦、ユーゴくんだけすごく安全な気が―――」
「ゴー」
俺のハンドサインと呼び掛けに呼応した2匹のクー・シーが走り出す。なんとも優秀な使い魔たちだ。
「あ!ちょ、ちょっと待ってよ!」
なにか言おうとしていたウェイライも、涙目になりながら後を追うように走り出した。
許してくれ。激しい運動は召喚術師の仕事ではないのだ。




