Day of the birth
石のような体。けたたましく鳴り響く耳障りなアラーム。
ああ、もう起きなくちゃ遅刻しちゃう。
脳裏によぎる最悪のケース。それだけはイヤだ。
強ばった体をなんとか起こし、目覚ましを止める。
テーブルの上には昨日食べた夕飯の残りが放置されている。
部屋中に脱ぎ捨てられた服。どれが使用済みか分からない。
僕は比較的綺麗な物を選んで着る。
ああ、汗臭い。
自分の臭いなのか洋服に染み込んだ臭いなのか分からない。
もう、そんなことどうでもいい。
とりあえず髭だけでも剃らなくては。
顎に手を当てると無精髭が刺さる。
ユニットバスの洗面台に映る僕の顔。ああ、ひどい顔だ。
頬は痩せこけ、目の下にはクマができてる。薬物中毒者と見間違えられてもおかしくはない。
連日の酷務に身体がついてこれていないのだ。このままではいつ倒れてもおかしくはない。
でも、唯一の救いなのは心がまだ保たれている。いっそ壊れてしまった方が楽なのかもしれない。
などと考えているとカミソリで頬を切ってしまう。
頬から流れる鮮血。頬から伝わる痛みもどこか遠いモノのように思える。
いや、生きるためだ。心まで壊れてしまったらもうどうすることも出来ない。
(でも、何のために生きるんだ……)
僕はそこまで考えると思考を止めた。
これ以上考えるともう、何もかも投げ出してしまって戻れなくなってしまいそうだったから。
仕事は日雇いの力仕事。
身体が潰れるまで働いて日当8000円。
生きていくのでやっとだ。
そんな僕に友達なんていないし、ましてや彼女なんて夢のまた夢だ。
起きて仕事して食って寝る。
そんな日々をこなす起伏のないルーチンワークが当たり前になっていた。
街を歩く学生たち。楽しそうにこの後どこに行くか話している。
そんな姿に羨ましく、また妬ましくもあった。
かつての僕と何一つ変わらない彼ら。
どうしてこうなってしまったのだろう。
僕が悪いわけじゃない。でも全てがみんな悪いかと言われたらおそらく否定はできないだろう。
でも、人ひとりの力じゃどうしようもないこともあるだろう。
たまらず僕は夕空に染まった街を眺めた。
こうして空を見上げるのもいつぶりだろう。
昔はよくこうして夕空を日が沈むまでずっと見ていた。
その時は隣に友人もいた。彼は今どうしているのだろう?
上手くやっているのだろうか。結婚していてもおかしくはない年齢だ、幸せな家庭を築いているのだろうか。
僕はふと生命線でもあるスマホを取り出す。
「ああ、そうだったな」
今日の日付を見つめて思い出した。
そういえば今日は僕の誕生日だったんだっけ。
そんなことすら忘れていた。
かと言って特別なことは何一つない。
今日という日を消化する。
ただ、それだけの話。
僕はポケットに仕舞おうとすると、掌で震えを感じた。
仕舞いかけたスマホを目線に戻すと久しぶりに見たLINEのポップアップ画面
『誕生日おめでとう』
たった一言。彼からのメッセージだった。
無機質な文字列に僕はたまらず笑ってしまった。
同時に頬を流れる温かい涙。
いつぶりだろう。笑ったのは。
僕は『ありがとな』と簡単に返すと自宅とは違う方向に歩き出した。
たまにはケーキでも買って帰ろうかな。