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 まだ重い空気が流れていた。先ほどははなにもされずに済んだ。ホムンクルスの試用を確認しただけなのだろう。狙われたのがたまたまなのか、故意があったのか。考えても無駄だと思いすぐにやめた。今はこの状況をどう整理して、今後どう生きていくか。戦うのか逃げるのか。



「黙ってても仕方ありませんから、ルカさん、話してくれますか?」


 私たちが学校から脱し、歩いていたら、陽和はそう切り出した。まあ、こうやって黙っているよりかはるかにマシなことは確かだ。するとぽつりぽつり、言葉を紡いでいった。


 要約すると、妹であるアリサは中学に入ったころから様子がおかしかったそうだ。だんだんと感情がなくなっていくようだった、と。人懐っこかったのが急変し、どうしたのか尋ねても無表情、何もない、と答えるだけだったそうだ。高校に上がるともう既に笑うことも一切なくなり、部屋にこもっていた。ある日、珍しく部屋から出てきたときに浮かべていた笑みは皮肉の混じった人間の笑みだったという。出て行った後を見計らい部屋に入って探りを入れると陽和と同じメモがあったと。問いただしてみると、ほくそ笑むだけだった。それが昨日の出来事で、今日にいたる。




「これが全部。俺にも目的はハッキリとは判らないけど、裏にはもっと大きなものがある。今言えるのはこれだけかな」


 と自嘲した。憐れむようなそんな表情だった。


「でもね、意外ともう踏ん切りはついてるんだよね。俺って結構冷たいのかもね」


 淡々とそう言う彼の表情は無になっていた。


「そうでもないと思う。」


 え、と彼はこちらに顔を向けたような気がした。けれど私は前を向いて歩いたままこう続けた。


「着いた。ここなら、ゆっくり話ができる」


 目の前には長年通っている年季の入った喫茶店『イエロー』と書かれた看板。それには黄色いゼラニウムが描かれている。


 扉を開けるとカランカランとお帰りといっているような、帰ってきたんだと思わせるような落ち着く音がなる。いつも通りマスターの三芳さんが、いらっしゃいと微笑んだ。すると三芳さんが私の後ろにある顔に驚いた。


「おや、ルカ君も一緒だったのかい。おかえり」

「うん、ただいま。じいちゃん。空木さんと知り合いだったの?」

「ああ、前に話したお手伝いの女の子だよ。ルカ君のパウンドケーキが好きって言ってた子だよ。」

「そうなんだ。」

「素敵な巡り会わせだねぇ。」


 三芳さんは心底嬉しそうな顔をした。ほんとまさか、パウンドケーキを作っていたのがこんな美青年だなんて。変なことを考えながらもとりあえず奥の席に腰を下ろした。誰にも聞かれないように声を潜め、今後について話し合うつもりだ。


 するともう一度カランカランと心地よい音が鳴る。陽和が遅れて入ってきた。念のため半径一キロ圏内に結界を張ってもらっていた。神社の娘というのはひいき目だけれど、こういった類は得意なのだとか。


「いらっしゃい…あれ、陽和ちゃんかい?」

「はい、そうです。もしかしていつも参拝に来て下さっている…一条のおじい様?」


 ちょうどこちらに飲み物を運んでくれている途中でその会話が聞こえてきた。三人ともマスターにつながりがあったなんて。とんだ巡り会わせである。


「じぃちゃんは人を巡り合わせる力があるみたいだね。」


 言えてますね、と陽和。するとまた幸せそうにマスターが笑った。


 今後のことについて、決まったのは一つ。単独行動はしないこと。つまり常に二人以上で行動するか、一人の時は外出をしないこと。


「明日はきっと大騒ぎね…」


 言いかけて、ふと気が付いたことがあった。二人はどうしたのかとこちらを見てくる。


「少し、気になることがあっただけ。明日もう一度学校に行くから。来るなら来て。」



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