三
ちょっとだけ、残酷な部分があります
一条ルカにすべて話し終えた後、ことは起こった。学校中から聞こえてくる悲鳴、恐怖の声。始まってしまった。破滅の階段を一歩ずつ上り始める。これまで一本の糸で保たれていた平和な時代は終わりを告げた。気配を消して私たちに近づいていた。それに気づかなかった。そもそもこれが平和なのかもわからない。感じ方は人それぞれだから。能力のないものは平気で切り捨てられる。それを平和というのか。がそんなことを考える前にそれはもう既に終わってしまった。これからたくさんの人が死んで、多くの人間が嘆き悲しむだろう。自分が生き残れるかさえわからない。事を起こした首謀者も、その理由も定かではない。その中で生きていくのだ。____生きていくしかないんだ。
ツンとする鉄の匂い。赤い血。
「…これは」
「全員死んでる、逃げた生徒もいるみたいだけど…もしあの兵器が作られていたとしたならば、生きてられるのは十人にも満たない。全員死ぬ確率のが高い」
陽和は冷静に分析する。ルカもそれに頷いた。
「じゃあ、私たちもここから離脱するのが得策。一条、お前は私たちよりずっと前からこうなることを知っていたんだろ?知ってしまったからにはお前にも話す義務があると思うのだけど」
「うん、そうだね。…今は、できる限り戦わずにここから離脱すること、一メートル以上離れないこと。じゃあ、行くよ」
世泉の言葉に納得し、合図をとった。
校舎からは脱出することはできたが、何しろ校門までが遠すぎる。校舎内は静かすぎて気味が悪かった。もうほとんどが殺されてしまっていた。行くところには、赤い血、飛び出した内臓、引き裂かれた身体。残虐なものだった。
もう少しで校門というところまできて空気が重くなった。二人も気づいたようで互いに目を合わせこれまでの警戒態勢をさらに強め、走るスピードを上げた。
ゴゴゴゴゴッと後ろから音がした。振り返ると人間よりはるかに力のありそうな巨体の生物がものすごいスピードで迫っていた。
「あれって…ホムンクルス」
「そうだね」
淡々と答えたルカ。見たことがあるのか。
史実では小さくフラスコの中でしか生きられないと書いてあるが、今は万能な時代。大きくするぐらいホムンクルスを作るよりか簡単なことであろう。それに体長は二メートル近くあり、体つきも全く違う。人間でないことは明らか。
「このままじゃ離脱前に追いつかれる。」
「身体強化出来るなら三回分上乗せできる。それだったら間に合う。」
私の言葉に二人がうなずく。ルカの成績は問題ないし陽和も強化ぐらい簡単にできるだろう。普通なら小学校で出来るようになる。どれだけ強化できるかは才能次第。その他の能力は自身の属性と武器によって異なる。
「それじゃあ一気に飛ばすよ。」
ルカの言葉に頷いてスピードが上がる。
残り数百メートルというところで誰かが立っているのが見えた。千里眼を使える陽和が見えないはずがない。つまり今この瞬間にここに来たということ。私たちは距離を置いて立ち止まった。立っているのは女の子だった。黒くウェーブのかかった髪に大きな碧の瞳。そしてこの近辺にある学校のセーラー服を着ている。ということは、同い年くらいだろうか。それか年下か。そんな幼い容姿だった。こちらをじっと見る目。感情の色の見えない冷たい目。彼女の口がゆっくりと開いていくのが分かった。
「思ったより残ったみたいね。あなただけかと思ったのだけれど…ねぇ、ルカ。」
この声には聞き覚えがあった。昨日の夜、路地裏で聞いた声。「終わりね」と言ったあの可愛らしい声が脳内で再生される。するともう一人の柔らかいけれどどこか淡白な青年の声も再生された。気づいた。この声はルカ____一条ルカ。
「あなた、昨日公園の前で彼と、一条と話していた子、でしょ」
確信がない。昨日の話を聞いていたことはルカには話していなかった。出来なかったというのが正しい。ルカは驚いた様子で大きな目をさらに大きくした。彼の様子からして私の検討は合っていたんだろう。
「…あら、聞かれていたのね。」
一呼吸おいて紡がれた言葉。
「それで、目的は何、あなたが壊したいのは何」
「教えられない、が今の答え。嫌でもわかるようになるよ」
「…一条との関係は」
一つ目の質問については予想通りだ。ここでネタ晴らしなんて馬鹿のすること。そして一番気になったことを次に聞いた。
彼女が笑った。
不気味に、悲しそうに。
初めて見せた感情。
「だって……ルカお兄ちゃん」
「…アリサ」




