一
西暦の部分だけが数字違います。
ほかは漢字です
その日はいつも通りだった。強いていうなら、異常なほどの青い空。雲ひとつない快晴。夜にならずとも浮かぶ赤い月。気味が悪い。
「今日の演習はここまで!各自着替えてHRに行けよ」
西暦2300年。大陸が全てひとつになり、東西南北の四つの国になった。
誰もが何かしらの能力の(ちから)を持っている。その能力は個体によってそれぞれだ。器用な者は卒なく全ての能力を操ることも出来る。また、希に亜人として、人間とそれ以外の種族の混血が生まれてしまうこともある。本当に希な存在。その分、力を悪用する者などによる犯罪が増え、それを取り締まる警備隊が国から派遣されている。子供たちのあこがれの職業として人気があった。だから私たち学生も力をうまく扱えるように、低学部から演習がある。そして道を踏み外さないために。
低学部から高等部まで、大抵が一貫校だ。学校が終わって、体の疲れもピークで限界な私。そんな私が必ず行くところがある。
「いらっしゃい、世泉ちゃん」
古い年季の入った建物の戸を開くと、暖かい笑みを浮かべ出迎えてくれる六十代後半ぐらいの男性。この喫茶店のマスターだ。小さい頃から毎日通っている。
「こんにちは、三芳さん。今日は忙しそうだから手伝うよ」
「大丈夫だよ。疲れているんだから、休まないと。はい、今日は紅茶だよ」
長い間の付き合いでなんでもお見通しらしい。渋々、いつものカウント席に座って、紅茶を一口。アールグレイの香りが口全体に広がり、疲れも一瞬で吹き飛んだ。
「疲れも吹き飛びました。ありがとうございます」
「そうかい、それならよかったよ。」
嬉しそうなマスターを見てこちらも自然と笑がこぼれた。
この喫茶の提供するものは全て美味しい。幸せの味。私が通うのはそれだけじゃない。さっきみたいに、自然と安心できる、心休まる場所であるから。マスターも言っていた。「求めてくる場所、とは言っても提供するのは一息つける場所って言うのが売りにしたいよね」と。何も頼まなくていいんだよ。水いっぱいだけでも、誰もが休める場所を作りたい。まさに私がその一人である。それを前に伝えたら、さっきみたいに嬉しそうで幸せそうな顔をした。
「一息ついたから、手伝う」
往生際の悪い私は、もう一度そう伝える。三芳さんは、苦笑してお願いするよ、と言った。たまにこうやって店を手伝うこともある。忙しいときは電話も来る。頼りにされてるのはとても嬉しいことだった。最初に手伝うと言ったときも結構頑固だった、と常連さんやマスターが話していた。からかわないでください、といつものくだりだ。
「ありがとう、助かったよ。料理の腕もあげたみたいだね」
「うん、だって幸せにしたいから」
「そうだね」
手伝うようになってから、調理の仕方を教わってようやく店に出してもいいぐらいになった。だから、迷惑をかけないよう必死になって家でも練習していた。だからさっきのマスターの言葉はとても嬉しい言葉だった。
「じゃあこれ、今日のお礼。ちょうど孫が作ってくれてね、昔は私が作ってあげてたのに今じゃあ孫の方が上手でね。今お店で出してるんだよ。それで余ったやつだけど、どうぞもらってくれるかな」
穏やかな表情で綺麗にラッピングしてある袋を差し出す。それはこの店の一番の売りであるパウンドケーキだった。私も昔からこれが大好きで、一昨日食べたばかりだった。今回は抹茶を貰った。
「ありがとうございます。お孫さんにも伝えてください。幸せになれましたって」
少々驚いたけれど、さすが三芳さんの孫だなと妙な感心もあった。パウンドケーキは元からあったものの、ここのスイーツは私が勝手に作ってきて、三芳さんや常連さんに出したらと言われて作り始めたものだった。手伝いに来る日はほぼ決まって、水・金・土・日の四日。その日がスイーツの振る舞われる日でもある。私の拙いお菓子でも喜んでくれるのはありがたかった。
「伝えておくよ、じゃあ気をつけてね」
頷いて自分の帰路についた。
朝から登っていた赤い月が夜道を照らしていた。何度かそういうことがあった。不気味な程に綺麗であった。しかし今日は胸騒ぎがした。帰り道を急いだ。
「____から____もうすぐだ」
怪しい声が聞こえてきた。まだこの距離では何を言っているのか定かではない。けれども良くないことなのはわかる。雰囲気が禍々(まがまが)しいのだ。だんだんと近づく距離、大きくなる声。
「____これで終わりだよ。準備は完璧なんだから」
「待て、本気でやるんだな」
「そうよ、誰にも私たちの邪魔はさせない!」
「……そうか、じゃあ俺はお前の敵になる。」
はっきりと聞こえた。
何が何だか分からなかったが、終わりだとか邪魔だとか目の前の相手だけでなく全ての人に言っているような気がした。私は足早にそこを離れた。




