殺戮王子の微笑
「何者なんだ…彼は…」
一人地上へと降りていくデイトナを見つめマントは呟いた。
「ただの馬鹿王子ですよ?」
すかさずルーシェは答える。
「…馬鹿王子…ですか、そういえば彼は…[ルスタチア王国]の王子でしたね…」
「不思議でしょ?王子と言ってもデイトナ様の見てくれはただの糞餓鬼なのに、私よりも強いんだもの…認めたくないものよね」
ルーシェは腕を組んでは苛立ちを浮かべ、またブツブツと不平不満を呟いていた。
「…あ、貴女よりも…強いんですか?」
マントは驚いていた。何故ならルーシェの実力は先程にも体験したばかりで、
「僕ならまだしも…アブゾーブ様を倒した貴女よりも…彼は…更に強いというのか?」
「そうよ、ムカつくでしょ?どう、一緒に殺さない?あなたそこそこ頭良いみたいだし、あなたと私が協力すればもしかしたら殺れるかもよ?」
「………ルーシェ、ソレハワタシガユルサナイ…」
アヴァロンは不服そうに身を揺らしながらには口を挟む。
「じ、冗談よアヴァロン?ほんとよ?」
「………ジョウダンデモ、イッチャダメ」
「そ、そうよね。ごめんねアヴァロン…」
「君達は、一体…」
マントの疑問は深まるばかりあった…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
場面は移り地上へ。アヴァロンの飛翔する遥か地上に、[ゾロマンティス軍第6兵団]の野営地はあった。
その日、[ルスタチア王国]より少し離れた場所で野営する[ゾロマンティス軍第6兵団]の情報系統は乱れに乱れていた。その理由として、[ルスタチア王国]へ進行を開始したとされる[連合アークスター軍]の情報を掴んで近くまでやってきたものの、その後の情報が一切入ってこなかったのが最もたる原因であった。
先の計画では[ルスタチア王国]へと潜り込んでいた先遣隊が情報を持ち帰る手筈だったのだが、『[連合アークスター軍]、[ルスタチア王国]に侵攻、戦闘開始スル』という情報を最後に、再度戦場に戻っていったその後音沙汰はなかった。
また指揮権等を担うべき上2人、最高幹部であるアブゾーブとその腹心であるマントの不在は、尚の事現場を乱している大きな要因の一つとなっている。
「クロス曹長…いかがなさいますか?」
1人のゾロマンティス兵士がその男ーー[ゾロマンティス軍第6兵団曹長 クロス・ルシウス]へと尋ねた。
「おいおい、それ俺に聞いちゃうわけ?」
「…まぁ、アブゾーブ総監もマント副官も居ないので…」
兵士は申し訳なさそうには答えた。そんな兵士の言い分に、クロスは最もだと認める他なかった。
何せ総監であるアブゾーブとその副官であるマントがいないこの状況下に於いては、クロスとは実質今この[ゾロマンティス第6師団]の指揮を担う立場といっても過言ではなかったからだ。
クロスは重たい息を吐いて野営地を見回した。
クロスの視界先で、総勢にして千名にのぼる第6兵団は各々が自由には過ごす。酒を飲み酔いつぶれた者もいれば、仲間内で喧嘩を始めるもの、そのあまりの無法ぷりには呆れてため息しかないクロスであった。
普段から緩い規則の第6兵団とはこの時、特に酷い有り様であった。その酷さについては過去最高潮といっても何ら間違いではなく、これも全て指揮を放棄して一人突っ走っていった総監であるアブゾーブが悪いとクロスは考える。
もちろんそんな事は日常茶飯事で分かり切っていることだったからまだいいが、まさかマントまでもがいなくなるとは予想外だった。
勝手な行動を繰り返すアブゾーブの代わりに指揮一切を担うマントーーそれが第6兵団のスタイルだっただけに、今この場に2人がいない事は最悪であったのだ。
「…糞、嫌な状況を押し付けられちまったもんだぜ…」
もしもこんな状況で敵に襲われようもんならたちまち第6兵団は壊滅してしまうのだろうな…クロスがそんな事を思っていたーーその時だった。
「クロス様、あれ、何でしょうか?」
唐突に、兵士は空を指差して言った。
「ん、どこだ?」
「あそこですよ…空から#何か__・__#落ちてくるようです」
「…お、ほんとだ…でも、ありゃなんだ?」
「さ、さぁ?私の目には人のように映りますが…」
「はぁ?人だと?馬鹿言うな、空から人が落ちてくるわけないだろ?」
「そ、そうですよね」
ハハハと、兵士は渇いた笑い声をあげた。
「…それでも#何か__・__#が落ちくることに間違いはない。おいお前、落下地点は予測できるか?」
「え、ええ。大体ここより、500メートル圏内には落下するものだと思われます」
「そうか、よし。ちょっくら俺はそいつを見てくる。その間、警戒態勢を強めておけ…いいな」
「はっ!!」
兵士は敬礼して、その場を離れていった。
クロスは歩き出しては落下圏内へと向かう…その間にも、その#何か__・__#とは地上へと落下するだった…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ、着地成功っと…ん?」
地上に降りたった矢先にも、僕は#そいつ__・__#と目があった。
「誰だい…お前は?」
「それはこちらの台詞だ…貴様、今空からやって落ちてきたのか?」
やたらガタイのいい#そいつ__・__#は恐る恐るといった様子では言った。
「うん、そうだけど」
一見して、#そいつ__・__#はどうやらゾロマンティス軍の誰かで間違いはないだろうことが伺えた。それは服装からしてーー特徴的な黒い軍服を身に纏う[ゾロマンティス軍]とは容易に想像できる。また[ゾロマンティス軍]の#誰__・__#とまで分からないが、その風態からして並みの兵士でないことは明白、
「ふむふむ、つまりお前はゾロマンティス軍でもそこそこ偉い奴と見たが…違うか?」
「貴様に答える義理はない!」
「ああそうかい。聞く耳を持たない訳ね…だったらーーー」
瞬時に#そいつ__・__#の背後を回ると、首を手刀では切断した。頭と胴体が切り離された#そいつ__・__#の体は力を抜け地面へと崩れ落ちた。
「別に答えないってのなら構わない。また聞いたところで直ぐには忘れてしまうだろうからね?」
そう死体に呟いたところで意味はなく、目線を[ゾロマンティス軍]の野営地へ、そしてゆっくりとは歩みを進め始めた。
………
……
…
[ゾロマンティス軍]の野営地に着いた折にも、僕は兵士達に囲まれた。
「おい餓鬼…どこからやってきた?」
僕の取り囲む兵士の中の一人[兵士A]が言った。
「餓鬼じゃない、デイトナだ」
「名前なんてどうでもいいんだよ、何しにここへやって来たのか…答えろ」
「嫌だと言ったら?」
「こ、このクソ餓鬼!!生意気な!!」
兵士は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「おいおい、餓鬼相手に何ムキになってんだが、みっともねぇ!!」
違う兵士[兵士B]が嘲けた笑い混じりには口を挟む。また続けて、
「おい坊主、お前はルスタチアの者か?」
「正解」
「成る程な、つまりここまで逃げて来たということだな…」
「それは不正解」
「ん、違うのか?くくく、まぁいい。坊主、もしよかったら今のルスタチアの状況を教えてくれないか?」
「…いいけど、おじさんたちはそれを聞いてどうするの?」
「どうする?ふふふ、決まってるじゃないか…助けにいくのさ。おじさんたちは残虐非道なる[連合アークスター軍]を殲滅しに行く途中だったってわけさ…はは、良かったな坊主」
兵士は汚い顔を浮かべ笑った。その笑みの裏に隠れた真の意味を分からない僕じゃない。
また違う兵士[兵士C]は口を開いて話しかけてきた。
「ところで…デイトナと言ったな、ここに来る途中、我々の仲間を見なかったか?」
「仲間って、もしかしてやたらガタイいい人の事?それだったらついさっき会ったばかりだよ」
「おい、それってクロス曹長のことか?」
と[兵士B]。
「ああそうだ。少々戻りが遅いと思ってな。デイトナ、その後彼はどうしたか知ってるか?」
とは[兵士C]。
「うん、そいつなら死んだ」
「し、死んだ…だと?」
[兵士C]は驚愕した顔では訊ね返してきた。
「そうだよ…僕が殺したんだ」
そう笑って答えた僕に対し、兵士達は皆一様にはキョトンとした視線を送ったーー次の瞬間、一斉に声をあげて笑い始めた。
「がははははは!!おい餓鬼、人間にしては最高なジョークを言うじゃねーか?」
「ジョーク?いやいや、ホントさ」
「ははは!まだ言うか!!良い度胸してやがる」
「くくく、確かにそうだな?クロス様もまさか通り過がっただけの餓鬼にこんな事言われてるとは思ってもみてないだろうなぁ!?」
「面白い事を言う餓鬼だ…ではどうやって殺したか、聞いていいか?」
「いいけど、口で言うより実際にやって見せた方が早いと思うけどね」
「ほう、では実際にやって見せてはくれないか?」
「いいよ。でも、恨まないでね?」
そんな言葉を皮切りに、僕の殺戮は始まる。
「えっ」
兵士の肩に飛び乗ると、両手で兵士の顔を掴んだ。
「まずはこうするだろ?そうしてーー
そのまま勢いよくは兵士の首を捩じ切って、頭と胴体を切り離した。
「これで、一人死亡」
その時見た兵士達の戸惑いに満ちた表情が面白く仕方がなくーー僕は微笑みを浮かべていた。